第4話
お待たせしました。ちょっと長いかもです。終わり所が見つからなくて...
夜も更けた頃だった。小さなテーブル中心に、2人で向かい合うようにしてリカルドとウィレーヌが座っていた。
「それにしてもリオンのあの剣さばき、どこで覚えたのか...」
「でも、リオンちゃんもとっさの事だと言ったんでしょ?なら特に気にする事はないじゃない。」
もちろん議題は今日の昼リオンと共にハイウルフの討伐の際について。一頭のハイウルフを見逃したせいでリオンが襲われてしまった。と思われたその時、たまたま持っていた剣を使って反撃をしたのだ。しかも今まで教えたことも見たことも無い、剣を抜いてそのままの勢いで斬りつけるという所業を。
そもそものこの世界の剣術として、両刃剣であると同時に抜刀術がない。基本、抜いた状態から戦闘を行う。
それはレーベアス流に限らず王国で使われている流派でもだ。片手剣であれ、両手剣であれ、二刀流であれ、抜いた状態から構えるのが普通だ。
もちろんそれには理屈がある。戦う時にその大きなソードを盾に使う事もできるからだ。魔物に対してもそうだが、ひいては戦争などでの対人戦ではみんながみんな剣を使う訳でもない。魔法も当然使う。そうなった時、簡単な自衛として剣を盾にする。切り伏せたら楽かもしれないが、相当な実力も必要になるし、誰もが使えるわけではない。
抜刀しないということは丸腰と変わらないということだ。
「しかし、あの緻密な動き、全身を使い素早く剣を抜いてそのまま斬りあげる、みたいなことが、正に流れる様な動作を咄嗟にできるとも思えないのだ」
「家で教えているのはレーベアス流ですし、教師も他の剣術歴もありませんし...」
「そうだよな...お前たちは何か知らないか?」
リカルドは少し離れたところで待機している、2人の執事、メイドに話を振った。
好々爺然とした執事はそもそもリオンと関わることがないので、かぶりを振る。もう1人は昼間はリオンの侍女をしている。
「私も詳しくは存じ上げません。午前は真面目に勉強されてますし。となれば、リオン様の午後は自由時間で外に出られるのでその時に何かやっておられるのかも...。その時は私は中で働いてますから。」
「ふむ、その時誰も付いてないのか?」
「いえ、私の娘であるテレサがおります。あの年頃はまだ歳が近いほうがいいと思いまして。今は就寝していますから、もしお話しするのであれば翌日にして頂きたいのですが....」
「わかった。ではまた明日聞くとする。お前たちももう下がって良いぞ。」
「「かしこまりました」」
2人息を合わせるまでもなく、同時にお辞儀をして退出していく。
明くる翌日。
リカルドの部屋で怯えた様子も緊張した様子もなく、素っ気ない態度で佇むテレサがいた。青みがかった銀髪を後ろで一纏めにし、後ろには長いしっぽが生えている。動きやすさを重視した形だ。その髪に映えるような赤い瞳は少しつり目がちだが、その無表情の顔と合わせると穏やかに見えなくもない。
11歳の少女とは思えないほど毅然とした姿は素直に賞賛に値する。
「旦那様、朝から私めのような者に何用でしょうか?」
「リオンのことを聞きたいと思ってな」
「リオン様ですか?」
「ああ、リオンのことで気になることがあってな。だから色々聞いて回っているのだ。お主はリオンの自由時間に一緒にいると聞いた。そこで何か変わったことはないか?誰かと接触したりなど...」
そう問いかけると、テレサは黙ったままだった。何を考えているのか、そのあまりに表情が変わらないから、読み取ることも出来なんだ。
「何か言えないようなことでもやっているのか」
「いえ、そのようなことはありません。リオン様は自由時間の時、私以外の人とも会っていません。」
「ならば変わったことでもやっているのか?」
「そういう訳でもありません。いつも同じことをしておられます。」
「同じこととは?」
「自主練です。自主的に剣の稽古をやられております。しかし、私には武の心得に疎いもので内容はよく分かりません。」
「剣?あいつには実剣どころか木剣や模造刀もやってないし、借りているとも聞いたことがないぞ。」
確かに剣の稽古をしているなら一通り説明はつく...のか?それでも違和感だらけだ。レーベアス流を教える時以外にリオンは剣を触った痕跡は無いのだ。盗まれたとも聞いてない。
そんな疑問を抱えていると、
「それは当然です、リオン様は剣を使っておられませんから」
「何?」
さも、当然の事のようにテレサが淡白に言うものだから余計に分からなくなる。剣の稽古なのに、剣を使わないという矛盾。
「わたしも最初同じように思いました。でもリオン様曰く、これは確かに剣の稽古だと。」
「そ、そうか...もういい、下がって良いぞ。協力感謝する」
嘘の気配も感じず、これ以上情報を得ることも出来ないと思い退室を促した。一旦頭を整理したかった。するとテレサは恭しく一礼し楚々として去っていった。
更にはリオンにレーベアス流の剣技を教えている教師に話を聞いた。昔はリカルドにも教えていて、実は一家二代にわたって剣術指南をしてもらっている50半ばであるにも関わらず、未だに現役のである中々強い教師だ。
「ほっほっほ、さすがリカルド様の血を継いでいるだけはありますな。防御に関してはまだ発展途上。しかし、攻めに関してはなかなかに光るものがありますな。一撃一撃が重く片手で受け止めた時、支えきれず思わず落としてしまいましたよ。やはり老いもあるのですかねぇ...」
と供述していた。しっかりと成長しているようで安心した....。違う、そういう話をしているのではない。
実の所、リオンの一撃の重さは4年間振り続けた結果、実を結んだものであるから関係していなくもない。
結局よく分からないまま、リカルドは仕事に取り掛かるのだった。
「直接聞いてみるしかないか...」
陽は既に南中し、頂点を通り過ぎた頃。
今日も今日とて、大木に木の棒を打ち付けていた。最近見つけた、中々丈夫なものだ。
俺は、昨日の光景を思い出す。初めて実剣を持った時の興奮が今も冷めないくらいだ。反省点としてはハイウルフを斬れなかったこと。普通の動物と比べ、魔物はより硬かった。
もっと力をつけなければと思った。剛力という訳では無い。力の入れ方、つまり筋肉の動かし方をより工夫する必要がある。これからはそれも意識して振っていく。
ダァァァン!!!
衝撃音の余韻が残る。今のはいつもより力が大きかった。今の感覚を思い出しながらもう一度打つ。それの繰り返しだ。今までもそうだったように。
「リオン様、今日旦那様にリオン様の事を聞かれました」
「父が?」
「はい、この時間は何をしてるのかって」
近くの木陰でシートをひいて体育座りして見ていたテレサが声をかけてきた。安定の無表情だ。別に感情が無い訳ではない、目に見えて現れにくいだけなのだと知ったのは、もう昔のことだ。
やはりか。昨日の夜から父の様子もおかしかったしな。教えてもいなければ、知りもしない剣を見せられれば何かあったと疑わずにはいられないだろう。
「それでなんと言ったんだ?」
「...剣の稽古、と。」
前にテレサが聞いてきた時に俺が言ったことだ。もう4年前のことだ。
「それだけか?」
「はい、申し訳ありません。」
「そっか、ありがとうな」
「...?」
テレサが目を少し開いて、後にキョトンと首を傾げた。
「ん、どうしたんだ?」
「いえ、てっきり怒られるかと...。」
「...怒る?なんでだ?」
「いつも1人でここに来られるし、誰にもお話にならないし、よっぽど秘密にしていたいことなのだな、と思ってたので。」
「確かに、言われてみればそうだな。」
さすがに家の大主にいつも俺の隣にいるテレサが知らぬ存ぜぬが出来るわけがない。
「でも、それ以上は何も言わなかったんだろ?」
コクリと肯定するテレサ。俺は木の棒を置き、テレサの元へと行く。シートには俺が脱いだシャツが綺麗に折りたたまれている。何も言わずともテレサは持ってきたコップに飲み物を注ぎ「どうぞ」とタオル一緒に差し出してくる。両方受け取り一口飲んで答える。美味しい、しっかりと塩分が入っている。
「別に絶対に秘密というものでもない。けれどこうして俺の、まあテレサは俺のメイドだし別にいいけど、こっそりやっていること、影の努力?みたいなことを知られるのは誰だっていい気がしないだろ?
さらに言えば、そもそもこれは魅せるための技じゃない。本当に実践向けのものだからさ、見せろと言って見せられるような、いや、見せていいものではないんだよ。
聞かれたら、俺も答えるかもしれない。ましてや父に聞かれたら尚更だ。だけど俺は、今も、そしてこれからもこのことを自分から誰かに話すことはしないだろうな。
だからさ、最低限の事しか言わなかったテレサには感謝しかないよ」
聞かれたら聞かれた時考えればいい。そんな楽観的な思考。
一時停止したように固まったテレサが、急に下を向いた。
「異性の前で裸など恥ずかしくないのですか?」
いきなり恥ずかしがって、唐突に当たり前のような事を聞かれたので一瞬面食らった。そもそもこの時間はやる事的に大量に汗をかく。そんなことがわかっているのに着たままするのは効率も悪いし、なにしろ気持ちが悪い。
それに、
「もう見慣れただろうに」
「...今日は別です」
テレサは4年前からずっとこの時間は俺といる。仕事がなくて暇なのか、やりたくないのか。けれど俺が帰るまでずっと待っている。
俺は、そんなテレサに救われている節はある。もちろん1人の時間は好きだが、それだけでは生きていけない。孤独であることと孤高であることは違うみたいな感じだろうか。自分が孤高とは思ってないけど。だがしかし、テレサと話しているおかげで俺は孤独を感じずに済んでいる。
テレサのことを見つめながら考え事をしていると、テレサもこちらの視線に気づいたのか顔を上げてきた。
「もう日も暮れそうだし、早めに帰るか」
「はいっ」
2人並んで帰り道を歩く。テレサも気にしてないし、俺も咎めない。その姿は前と後の主従のようなものでなく、まるで幼馴染のそれであった。
テレサが前を向きながら俺に訴えてくる。
「リオン様は見せるようなものじゃないって言ってましたけど....、私は懸命に鍛錬しているリオン様のお姿はとっても...かっこいいです。」
「!...こっちこそ、いつもありがとうな」
感謝を込めた笑顔を向けると、そっちもふにゅりとした笑顔を向けてくれる。つり目がちな目が垂れて優しい瞳をしている。
褒められるのは全然悪い気がしない。自分をちゃんと見てくれている、認めてくれてるんだ、って思えるから。
テレサがため息を吐くような声音で静かに吐露した。
「でも、でも私は2人の秘密が良かったです....」
テレサを見やると、その銀の髪色と白い肌と夕日のコントラストも相まってやけに赤く見えた。
お読みいただきありがとうございました。m(_ _)m