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おっさん家!  作者: サン助 箱スキー
閑話 鬼の目に涙
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エピソード6 神と横の猫

久しぶりに主人公登場回ですよ。


 鬼の住処に大陸側から入る事を遮断するように展開された(おさ)の作った青い壁を崩すのに、二千人規模の集団儀式魔法28発を要した。

丸一日を費やし崩した壁が無くなれば、先に見える鬼の住処は、割れや欠けた壁の隙間から漏れた衝撃の余波で、ただの荒れ果てた平地へと変わっている。


「近隣の村より集めた補充兵は最後尾に並べよ。このまま1人も通さず、隙間も与えず半島を囲むように包囲を狭めていけ。」


馬上から将軍が各隊の指揮官に指示を出す。

それを受けて各隊長が各々の持ち場を動かし始める。半島に追い込んだはずの鬼の残党を殲滅するために。


「その方ら四人は、この後に必ず攻め込んで来る鬼を迎え撃つ準備を頼む。もはや私の体も動かすのが億劫になってきているからな。」


馬上でほとんど首を動かす事もせず、半島の方向を見つめたままで話す将軍。


「あんたも呪い持ちだったのか、どんな呪いだ?」


「少しずつ石になるだけの、動かし辛い事だけの、痛くも痒くも無い呪いだ、心配するな。」


2日前より更に身が腐り始めた冒険者と将軍が会話しながら行軍する中、徐々に鬼に対する包囲が狭まってくる。



 それから丸一日、半島に繋がる全ての街道は封鎖が完了し、更に半島から連なる山中までも封鎖が完了する。


「現在間欠泉地帯を進んでいる所だと思われます。この後に二千の重騎兵に法兵を運ばせつつ、その他の騎兵にて所在の正確な位置を探し出す予定であります。」


報告を受けた将軍が若人(とも)に引導を渡すために全体の指揮を執る。


「現在位置を確定出来次第、集団儀式魔法を二千の法兵で発動させよ。使う魔法は天罰で良かろう。半島ごと海に沈めるつもりで放て。」


二千人規模で放つ集団儀式魔法など、長いこの星の歴史の中でも稀な事、半島を沈める事すら出来る。

その魔法を紡げるのは、人間だけ。幼き頃より集団行動を学んだ、平成を生きた人間が作った教育に関する法を持つ、この国の人間だけである。


しかしその頃。昼間の空に浮かぶ青い月が、かねてより一段強く光った事に気が付く者は1人もおらず。その後三日、全軍を投入して鬼の1団を探し回ったが、ついぞ見つけることも出来ず。その時点でヤポーネ王国内統一戦争の終結を将軍が参加した全軍の将兵に宣言した。




 中央大陸と呼ばれる神の住む大地で、夜空に浮かぶ月の灯りと、手製の机の上に置いてあるタブレットの光で薄気味悪く光る顔をしたタブレットを操作する男が1人。


「うーん……やっぱり知ってしまったもんなあ。」


そう呟いて、近くに作った簡易の屋根の下に寝転ぶ三十を超える鬼達を見渡して溜息をつく。


「あちらを立てればこちらが立たず、なんてのも嫌だし。それに出来るだけって言われたもんな……出来るだけって事は絶対って事じゃ無いし。テキトーにって言われたけど適当にって事と解釈すれば……介入していいかな。」


誰も聞いていない独り言を呟く、まるで自分に確認するように。

その呟きに1人納得した後に、鬼の寝静まる屋根の下で鬼達の匂いを嗅ぎながら尻尾を膨らまし、鬼の心の傷を癒している愛猫を呼ぶ。


「ガンモー。ちょっと、お仕事しよう。こっち来て。」


呼ばれた猫は、尾が九つに別れる黒白の猫、中型犬サイズの体躯に、膨らんだ九つの尻尾を真上に真っ直ぐに立てて、そのうち数本をハテナ型にしたゴキゲン尻尾で呼んだ飼い主の元へ駆けてくる。


「ん?お仕事!美味しいゴハン!お仕事して美味しいゴハン……じゃない!マタタビの枝ちょうだい!ガンモお仕事するから、マタタビの枝2本ちょうだい!」


「お仕事しなくてもあげるのに……準備するから少し待ってね。ちゃんと待てる?」


愛猫の頭を指でポリポリしながらこの服装だと不味いなと思い、着て行けそうな服を思い出す。

さすがに愛♡猫とプリントしてある白いTシャツと無地の黒いハーフパンツと裸足にスニーカーでは不味いと思ったようだ。


「えーと……服装は、爺ちゃんの葬式の時の礼服くらいかな……

顔はどうしよう……アジア系だと警戒されるかな……

ん……最初の顔でいいか。」


光るタブレットの画面を操作して見た目を変える、変えたあと愛猫に行こうかと声を掛けた後に、その場には何者も残っていなかった。




 ヤポーネ王国、王城内の謁見室。

今回の内戦の完全な終わりを告げる王の言葉を静かに、しかし噛み締めるように聞く部屋の左右に並ぶ各部署の長と四人の冒険者。

王の終戦の宣言が終わったと同時に、この後に始まる諸外国との交渉や国内の新たな組織作りのための会議が始まる。


その中で外交の話が始まった時に、その場の全員を静かにと言って黙らせた男、今回の勝利に最も貢献した将軍カイゼル。


「もはや口を動かす事も億劫となった、王と共に首を落とし私の首は西の国との交渉に使えばいい。」


呪いの石化が徐々に進行する己の体を最後まで役に立てろと言う将軍。


「カイゼル……すまぬ……余がもう少し力が残っておれば、お主一人の呪いくらい治せてやれたものを。」


そう言ったのは、既に首から下は人としての体を保てず腐り崩れ落ちる直前の、この国の若き王。


「我が王よ、我が友よ、必ず国益に繋がるように交渉を進める。この命を全て燃やしてでも。」


そう言って深く頭を下げた外交の長ダナウェル。


今回の内戦の責任、人間以外の他種族の住む土地を奪った事、人間以外の他種族を他国に追放した事、全てが王と将軍の独断と偽って王と将軍の首を用いて近隣の国との交渉に臨もうとしている。


「ついぞ、古の勇者と聖女の血も絶えるか……」


そう呟いた王が、もはや焦点も合っておらず、口から涎を垂れ流しながら更に続ける。


「古より続く鬼と共に絶えるのであれば、それも時代と言う物よな。北の魔人の統べる聖国には、常々欲しがっていた聖女の血が流れる我の首を。西の獣が統べる獣王国との交渉に先王の仇の鬼を滅ぼしたカイゼルの首を持って交渉に当たれ。」


その場に居る全ての国に仕える者が気炎を吐き更に議論は加速する。

左右に別れ部屋の端に立つ冒険者四人は、あと少し残された時間を、この国の行く末を見ながら過ごすようだ。



 いよいよ王と将軍の首を落とそうと言う時が来た。

腐りかけた冒険者が2人の首を落とすための斧を構える。


その場の国に仕える全員が拳を握り締め、目から血涙を流す。しかしその時に部屋の入口も開かずに入口の内側から場違いな拍手が聞こえる。


パチ……パチ……パチパチ……パチパチパチパチ……

そしてコツコツと石畳歩く靴の音。

祭儀の長が大声で叫ぶ。


「何者!」


「いやあ、何者と言われても答えにくいです。とりあえず怪しい者じゃ無いですよ。」


そう言った男は、どの大陸でも見る事の出来ない無い異様な黒い装束を纏い、右目から下に掌を置いた程の広さに白人系の顔が見えるが、それ以外の頭部がケロイド状になっており額に2本の触覚を生やす……


魔族!と誰かが叫んだ時には槌と槍の冒険者が既に攻撃を仕掛けていた。胸に突き刺さった槍と、頭に振り下ろされた槌。

しかしその攻撃にまるで怯むことなく。身体に当たった部分から神器が溶けて身体にめり込んでいく。


「こんな、解放もされてないみずみずしい世界樹の若葉ありきなジョークグッズなんて使うから、そんな事になるんですよ。」


そう言って、仕掛けた2人の冒険者に右手をかざせば、2人の冒険者がその場に崩れ落ちてしまった。


「とりあえず皆さん大人しくして欲しいので少し力を使いますね。」


そう言って左手に持つ黒い板を右手で触ると、その場に居る全ての人間の体が動かなくなる。

しかし喋る事は出来るようだ。


「そこの魔族、2人に何した!ふざけんな!ふざけんな!」


王と将軍の首を落とすために斧を持っていた冒険者が叫ぶ。


「おお!この位の力で拘束しても喋れるのか……凄いな人間の冒険者も。もう少し強く拘束するね。」


そう言って、叫ぶ冒険者を更に拘束した後に。冒険者が壁に立て掛けていた神器2つ、将軍が所持していたが今は壁に設えた置き場に鎮座している槍を、念力を使いでその手に集めた。

集めた神器は触れた部分から溶けて右手に融合して行く。


「こんな、能力解放もしてない魔剣や魔弓や魔槍まがいの神器を使うから、そんな事になるんですよ。これは没収。」

あとそこで固まってる将軍様と王様に少し話があるんで他の人は壁際に避けて貰えませんか?」


そう言うと将軍と王を残してその場の全員が左右の壁に押し付けられる。開けた中央を歩いて将軍の近くまで行き、何かを呟く。


「まず、将軍様……えーとカイゼルさんでしたよね?貴方に大切なお知らせです。貴方の探している生き残った貴方の大切な家族達、全て私が保護してます。この先どんな者達にも虐げられる事無く保護し続けますんで安心してください。」


言われた将軍は、何を言われているのか全く分かっておらず。ただ言葉の意味を考え狼狽するだけだったが。意味を理解したのだろう。堪えていた事を我慢する事が出来なかったのか、両目から涙を流して嗚咽し始める。


そして静かに進み、玉座に座る王に近付くと。


「それと、ヨーシュロー・ミーニャウ王……でしたよね……ヨーシュロー・ミーニャウ・ジン・ヤポーネ……

と言うか日本人の南 与四郎さん。貴方も、そんな劣化したギフトなんか使い続けるから、そんな事になるんですよ。没収しますね。んでこれあげます。」


王家の人間しか知ることの無い真名で呼ばれ狼狽える王、しかし左手をかざされて何かを抜かれた後に渡された物は、少し変わった色をしたスキルオーブであった。


「貴方は何者なのですか?何故私の真名を知っているのですか?その名を知る者は、もう私だけなのですが。」


ギフトが抜けて少しだけ体調が戻った王が、目の前で微笑んでいる男に話しかける。


「えーとですね、貴方の御先祖様。初代勇者と初代聖女でしたっけ?それと同郷の者ですよ。あと今の仕事は、いちおう星神をやっていますけどね。」


小さく、王に聞こえるくらいの声で呟いた。そして更に小さな声で王に呟く。


「あれですよ、貴方達全人種が棄てた神ですが、太古より、この世界を守護する大いなる神は、貴方達全ての人種を見捨ててませんよ。ちゃんと気にしてます。だから私なんかをこの地に配属したんでしょうから。とりあえず、鬼さん達を優遇してしまったので、貴方達も優遇してあげないと差別になっちゃいますから治しちゃいますね全部。あっ!でも死人は生き返らせる事は出来ませんよ。そこは自分達で反省してください。死んだ鬼さん達と痛み分けです。」


王に呟いた後に何かを招き入れる仕草をする。

そこに現れたのは中型犬サイズの猫……

猫……

いや、人からはこう呼ばれる。

災厄の獣キャットナインテイル。

その場の全員が息を呑む。その姿を見れば国に人も獣も魔物でさえも死に絶える疫病が流行り、日照りが続き、草木も枯れる。そんな災厄の獣が、謁見室の真ん中に現れる。


「さあガンモお仕事だよ。とりあえず、そうだな……この国の全部治しちゃって。出来る?」

「もちろん余裕!後でちゃんとマタタビの枝2つちょうだいね!」


うにゃぁにゃぁとナインテイルに語り掛ける神を名乗る男、鳴いて答えているように見えるキャットナインテイル、男の猫の鳴き真似が終わったと思えば。災厄の獣の九つの尻尾が膨らみ白く光り出す。


その光は余りにも眩しく、その場の全ての人が目を閉じた。


目がぁ目がぁと先程現れた男の声が聞こえた後に光が収まる。瞼を開けた時にその場に居た人間が神を自称する男と災厄の獣を探すが、既に何処にも居なかった。


何も無かったかのように、謁見室が静かになったが、最初に動き出したのは首から下が腐っていたはず王。


「なんだこれは……動く……辛くない……痛くない……」


そう呟いた王の顔色は22歳の若い美男子の顔そのもの、健康的な肌の色をしていた。


次に動いたのは将軍と冒険者四人。


石になって動かなくなった身体が、古傷すら残さずに完治している。

腐りかけた全身が、畑を耕していた頃の体に。

傷だらけの、顎や舌の無い顔や全身の傷が全て無くなり茶色の髪の素朴な顔立ちで木こりだった頃の身体に。

無かったはずの双眸が戻り、曲がった鼻も、捻れていた四肢も全てが元に戻り、森で狩人をしていた頃の身体に。

戯れにむしり取られた全身の皮膚が元に戻り、五月蝿いと開けられた喉の穴も塞がり、食事処の看板娘だった頃の小柄で可愛らしい女性に。


それだけでは無い、今回の戦で死んだ1万に近い老兵達を除き、今でも戦の傷に苦しむ全ての傷病者が。この国に住む全ての病を患う者が死病も含めて余すことなく治っている。



 数日後


「本当に神だったのか……」


国内各地から上がって来る報告書に目を通して、内務の長、医療の長が呟く。答える者は誰も居ない。


王の私室、簡素な作りの部屋に2人の男が入ってきた。


「王よ、お体に何かございませんか?」


そう聞いたのは先日まで死を覚悟していたはずが、すっかり身体の調子が良くなり50を超える年齢を感じさせない将軍カイゼル。


「とんでも無かったな、ありゃよ。なんだこれ百姓やってた時より楽に動けるぞ。」


数日前まで脳にまで腐敗が進み、もはや死ぬ事を待つだけの元冒険者。


「受け取ったスキルオーブの解析が出たぞ。もう使ったがな。身体の調子など幼い頃程に動く事が出来る。」


身体の事を心配するより先に受け取ったスキルオーブの解析の話をしたいようだ。22歳と言う年齢で17年にも及ぶギフトの呪いを受け続け、強い意志と精神力で身に纏っていた呪いを耐え続けた若き王と知っているから多少の事は誰も何も言わない。


「どのような効果なのです?」


訪ねた将軍に嬉しそうに答える若き王。


そのスキルオーブに込められたスキルは、王の威厳と王への罰。

王が正しく導く存在である限り繁栄をもたらし、王が狂えば国に滅びを与える。そんな2つの融合したスキルであった。


この(のち)二千年後に、世界が神の元に帰る第二神奴期と呼ばれる時代に至るまでの第一次神奴期から神棄歴、独立歴を含む八千年の間に、唯一ラスト大陸を統一して、その国の憲法1条に。


全ての人種が他者の尊厳を傷付ける事無く、身分の垣根無しに節度を持って互いを尊重し合って生きる事を最上とする。


と言う理念を掲げ、1番大切な法とする国が数十年後にこの地に現れるのだが、それはまた別のお話。




 時差があるのでラスト大陸と比べたらまだ夜中の中央大陸南西部。

目がぁ目がぁと、まさか愛猫に大佐扱いされると思わずに転げ回る男。

目を押さえたまま、薄目を開けてタブレットを操作して普段の見た目に戻る。


「もう!ガンモ!光るなら光るって教えてよ!おかげで目がやばかったよ!」


「いつも光ってる、たくさん治したからいつもより光っただけだもん!ニノのバーーーカ!」


突然強烈に光った事に少しだけ怒りながらも、笑顔になって、足首に齧り付き前足の爪を立て後ろ足で猫キックをする愛猫に微笑みながらマタタビの枝を2本与える飼い主。


バカと言いながらも嬉しそうに受け取ったマタタビの枝を恋猫に1本分け与え、マタタビの枝を咥えて喉をゴロゴロし始める愛猫。


「さて、明日は鬼さん達の家の壁の石組みを手伝わないとだから寝るよ。ガンモどうする?」


そう聞いて自宅に戻ろうとする飼い主に向かい。


「春芽姫と夜の警備してくるから、朝になったら帰る!」


恋猫とデートしてくると答える愛猫。

夜空に六つの月が光り、大地を照らす。


外の世界には色々大変な事もあるけれど、聖域は概ね今日も平和です。



なんと言ってもガンモが癒し、フサフサ尻尾が癒しです。そう書きたいだけの閑話でした。


次回から本編に戻ります。何時もの軽いコメディが入ったスローライフをお楽しみください。


次回予告 4章 鉄製の自転車モドキを作る為に鉄を手に入れろ プロローグ


3章エピローグから少し時間が経ちまして、モフモフが1匹増えてます。もちろん3章エピローグで産まれたあの子ですよ。


こんな後書きまで読んで貰えて嬉しいです。




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