エピソード5 鬼の目に涙
鬼vs人間クライマックスです。
怒号を上げて走る75人の老鬼が障壁魔法に突撃した頃、アオは山に近い村の西側の入口から中央の広場に向かい走る。
切り裂かれた腹を掴んで押さえるも、血を流しながら。
「クロ!どうなってる!何故にお主らも攻めんのだ!」
1人で軍に向かい村より少し離れた場所に釘付けにしたアオが叫ぶように訴える。
「族長殿の指図よ、逃げるぞ。」
「何を言う、年寄りどもを置いて行けるか!アカ!援護を頼む!」
村の中央に位置する大櫓の上で今も人間の軍の中から飛んでくる矢を、その大杭に見える矢で撃ち落としている。
「アオ!既に矢が無くなりかけておる。下から補充してくれぬか!」
村まで飛んで来る矢は、どれもこれも刺さればそこから腐り落ちる猛毒を塗った矢。弓のオーガキラー鬼滅弓から放たれたものである。
兼ねてより備えはしてあるが、大軍を率いる人間の物量に対応しきれていない。
しかしアカ、クロ、アオの三人のやり取りを見て1人の鬼が大声で怒り出す。
「アカ!クロ!アオ!貴様ら年寄りの思いを無駄にする気か!さっさと逃げる準備を整えよ!」
そう言って三人の若鬼を叱りつける男、クロの兄ハイである。
「アオよ、貴様に後を託すのは腹立たしい、口惜しい、しかし誰かが年寄りと共に逝ってやらねばなるまいよ。」
睨み付けながら、語りかけるハイに向かいアオが叫ぶ。
「腹立たしいなら自分でやればいいだろう!俺が残る!」
そう言ったアオにすがり付くように、普段ならおっとりしていて、鬼の見た目と真反対の性格をしているアイという名の鬼がアオを止める
「お前が残れば誰が若人を纏める、お前が次の族長なのだ!今は耐えろ、耐えて逃るぞ。」
思いもよらぬ人物から出た言葉を噛み締めながら、アオが叫ぶ。
「アカ援護を頼む。クロ、お前に殿は任せた。俺は先頭に行く。1人とて脱落させるなよ。」
そう言って南を目指し進み始める。向かう先は灼熱の活火山地帯、猛る山ニカラ山の座する半島……
先に進むも、たぎるマグマと岩と灰と断崖から見える海しかない絶望の地に。
その頃、村の北の草原では、5重に重ね合わされた防御魔法壁に鬼の先頭集団が辿り着く所であった。
魔法壁の後ろから槍を持っていた若者達が、手に持つ槍を弩に変えて、集団儀式魔法の構築に参加していない法兵は杖を構えて。
向かってくる先頭集団に数段に分けて一斉射している。
吠えながら駆けて来る先頭の鬼達は、その身を一切守る事もせず、飛翔する矢や魔法を己の皮膚で弾き返す。中には数本程、刺さる矢があり、その頑強な皮膚を焦がす魔法も受けていると言うのに突進する勢いは強くなるばかりで、衰えることなく障壁の目前に迫る。
「来るぞ。盾を持つ老兵よ、若者達の為に死ね。」
馬上の将軍のスキルに乗った声が、障壁すぐ後ろに隊列を組む老兵に届く。
通常の戦となれば参加することも無い老人達なのだが、1人残さず死者名簿に名前を記入して、後ろに隊列成す若者達の元に、死んで肉塊になろうとも鬼を届かせる気は毛頭無いようで、全ての老兵が前を向いて盾を構える。
ドラゴンのブレスすら容易く弾き返す5重に展開された多重障壁に鬼の前段が届いた時に、轟音と凄まじい衝撃が起こり、重ね合わされた防御魔法壁に小さい穴が開く。
人間の2倍を超える背丈と4倍を超える体重が時速80kmを超えて魔法壁に衝突した時に最前列を走っていた鬼達は、1人残さず潰れて肉塊になったようだ。
残った肉塊の先には障壁に小さく開いた穴。
「くあはぁ、それだけ開けば十分ぞ!」
中段の鬼が障壁に辿り着けば、手に持つ棍棒を前列が開けた小さな穴にねじ込む。
そして力任せに障壁を引き裂いていく。
その身に至近距離からの矢と魔法を受けてもなお守ろうともせず屈強な体を少しずつ削られながら。
中段の鬼が降り注ぐ矢と魔法に撃たれて全て息絶えた所で、障壁に大穴が開いている、そこに最後尾を走っていた後段が飛び込む。手に持つ棍棒と屈強なその身を使い盾を構える人間を掴み潰し、殴り殺し、踏み潰し、体の赴くままに暴れ回る。
「弩構え、村の広場に踊り狂う鬼こそ先代の姫巫女ぞ、あれに踊らせてはならぬ、準備出来次第斉射せよ。障壁魔法兵!再度正面に障壁を展開せよ。」
盾を持つ老兵は、武器と言えば先に少しの鉄片の付いた簡素な手槍のみ。老いた体の何処にそんな力が残っていたのかと問われる程に鬼を押し止める。足に縋り付き、握り潰されてなお、近くの誰かが鬼に槍を突き立てる事を信じて。
「槍と槌の冒険者よ行けるか?」
将軍の傍らに控えていた2人の冒険者。フルプレートメイルを身に纏い槍を持つ冒険者が左手を。仮面と帽子、黒の軽鎧を着込む大槌を持つ冒険者が右手を。それぞれに突き出し拳を合わせて散開して行く。
その身を肉片に変えてでも鬼にまとわりつき、少しでも重しになろうと老兵が1人、また1人と鬼の眼前に飛び込む中で、先端が異常に大きな槍が人の隙間から差し込まれる。
神器オーガキラーの1つ鬼穿。その槍に穿かれれば、いかな鬼とて叫び出す激痛を与える。
全身を鉄の鎧で固めているが、鬼と変わらぬ速度で最前線右手を駆け回り1人また1人と鬼を穿ち命を絶つ。
暴れる鬼の足に縋り付く老人達の背を踏み台に飛び上がり、仮面と帽子の冒険者が手に持つ大槌・神器オーガキラー鬼滅槌を振り下ろす。
その槌が鬼に当たれば当たった部分が砕け飛ぶ、いかな鬼とて当たれば肉塊に変わる槌。最前線左手を縦横無尽に駆け回り1人また1人と鬼を肉塊に変えてゆく。
「間に合わぬか、兼ねての策通り全軍を持って南方を開けて包囲せよ。重騎兵1人につき法兵1人を乗せ周囲の警戒に当たるように。軽騎兵、ある程度の距離を離れ生き残った鬼の行き先を調べよ。」
広場に踊り狂う老婆の姿を見て、間に合わぬと悟った将軍がさらに指示を飛ばす。
「法兵前軍、儀式魔法を水平方向に撃てるよう準備しておけ。後軍、村の上空に現れた壁に向かい集団儀式魔法獄炎放て。」
将軍が指示を出し終わると、軍の後方に行ったはずの腐りかけた冒険者が傍に来ていた。
「水平方向に放つとか大地を削るつもりか?そんな事しなくても上から落とせばいいだろうに。」
冒険者の言葉に顔は村を直視したまま、馬上から将軍が答える。
「まだ侮っておるな。上に拡がる壁は、あくまでも檻の欠片。これから現れる壁は本物の青き檻だぞ。」
冒険者に答えた後に更に指示を出す。
「後軍、前軍と混じり前軍と合わせて水平方向に儀式魔法を放てるように準備せよ。来るぞ幼き頃に聞いた寝物語の英雄を継ぐ者が。」
そう言って広場を凝視する将軍に見えた物は、過去に兄としたった鬼が両の腕に持った大岩を振るい飛んでくる矢を撃ち落とすも、眉間に鬼滅弓から放たれた矢が突き刺さり絶命する所であった。
村の中央広場にて。
「なあギンよ、これからはアオを親と慕い付いてゆくのだぞ。」
幼子に、そう言った男はハイ。両腕を大岩に突き刺し二親の居る北の広場に走り始める。
「アオ、貴様に息子を託すのは、本当に気が滅入る。真っ直ぐに育ててくれよ。」
時期族長に皮肉を言った後に、妻の目を1度見た後振り向いて走る速度を早める。
広場に着けば、前に出て両腕に付けた大岩を縦横無尽に振り回す。その体も使い後ろで伏せる父親と、踊り狂う母親に降り注ぐ矢の盾になって。
「族長殿、母者、思うままに準備去されよ。いかな矢玉とて後ろに通さぬ。」
踊り狂う老婆がその身を青き粒子に変えて、伏せる夫にまとわりつく。その身を全て生命力に変えて。何故か太古より姫巫女に受け継がれた、魔族の女王パンチョモのギフトを発動しつつ。
「ハイ、お主もアレと共に行かぬのか?」
伏せる長の問いに大岩を振り回しながらも答えるハイ。
「アレらに1番ワシが疎まれておる。そんな者がついて行っても禍根を残すだけ。ここで族長殿と母者と共に逝きましょうぞ。」
その言葉を言い終わった時に空に展開した叔父の作った一枚の壁に、新たな集団儀式魔法が降り注ぐ。欠けやヒビに侵食して燃やし始めるその儀式魔法は黒い炎。1度着けば燃やし尽くすまで消える事の無い地獄の炎。
中央広場から南に向かう若人の1団にも、燃えた壁の隙間から黒い炎が降り注ぐ。
その黒い炎が幼子が歩く上に降り注いだ時に1人の鬼が飛び上がり、その身を持って防ごうとする。
「姉者!」
叫んだのはアオ。飛び上がったのは夫から幼き息子を託された直後に、その身を犠牲に愛する我が子とその周りの幼子を守るアオの実姉。
黒い炎に身を焦がされながらも。
「愚弟、あんたに任せるのは癪だけど、ギンを頼んだよ。」
先頭近くに降り注ぐ黒い炎は、当代の姫巫女ハクが踊るように放つ魔法で防ぐも、その規模から全ての垂れ落ちる黒い炎に合わせるのも不可能に近い。
幼子に降り注ぐ黒い炎をその身に全て受け止め、我が子に笑顔を向けたままで1人の女の鬼が燃え尽きる。その体1片たりとも残さずに。
「ぐおぉぉぉ!カイゼルゥゥ!」
叫び声を上げ中央広場より北を見れば、ハイの眉間に矢が突き刺さり、崩れ落ちる所であった。
眉間に鬼滅弓から放たれた矢を受けたが両腕に付けた大岩が重しになったのか、立ち尽くすままで絶命したハクに向かい長が語りかける。
「親より先に逝くなどと、親不孝者め。そちらに行ったら説教でもしてやらねばな。」
踊り狂い、粒子に変わった先代姫巫女の発動したギフト・生命力増幅(劣化版)を纏い。己が力で起き上がる事も出来なかった長が、その上体を起こす。
何を思ったか四足歩行の獣の如く、両の腕を前足代わりにして這い始める。
年老いて弱った皮膚が、土と剥き出しの岩に削られ小さき肉片になりつつ、それでも腕で進むと思えない速度で。息子と呼んだ人間の元へ。
各方面に散開する軍を見ながら、馬から降りた将軍が新たに張られた魔法障壁に近づいて行く。
その手に槍を持ち。
「前に出て大丈夫なのか?俺も付いて行くぜ。」
そう言って無言で前に出る将軍のすぐ後ろを腐りかけた冒険者が歩き始める。
既に突撃してきた75名の鬼達は1人も生きてはいないようだ。
「今代の長と先代の姫巫女、過去に私が親と呼んだ2人だ。私の手で引導を渡してやらねばな。」
そう言った後に正面に張られた魔法障壁近くに残る歩兵達に。
「少し下がれ……あとは1人で良い。」
村の広場から獣の如く……いや魔物の如く腕を振り迫ってくる老いた鬼の正面に向かう。
他の老鬼と同じく障壁に体当たりをするのかと歩兵達は考えたが。その鬼は障壁の内に立つ将軍の前まで辿り着いた時に歩みを止める。
既に両の掌はそげ落ち、腰から下は血を垂れ流すだけで、何も無かった。
「このバカ息子、われは鬼を舐めとりゃせんか?」
ドスの効いた低い声で将軍に語り掛ける長。
「舐めて等おりませぬ族長殿、既に先は決まりました。死んでください。」
俯いたままに長におやじと言った将軍が答える。
「お主の持つその槍、それの在り処を教えたのはワシだったの。貫いてみよその神槍で。」
そう言った長の胸を、将軍が右手に持つ槍がひとりでに長さを伸ばし長の胸を貫く。
「槍兵隊、その持つ槍をこの鬼に投げよ。」
将軍の言葉を受けた槍を持つ若者達が手に持った槍を老いた鬼に投げ付ける。
全身を槍に貫かれなおも意識を手放さぬ長が将軍に言葉を掛ける。
その目から涙を零しながら。
「苦しかったろう、辛かったろう。それでええ、それでええ。」
一族の7割の命を奪う命令を下した、息子と呼ぶ人間に向かい、シワの刻まれた顔が少し緩み。
「しかしバカ息子よ、やはりお主は鬼を舐めとるの。鬼の意地見せてやろうて。」
そう言った長の顔を、伏せていた顔を上げ将軍が見つめる。その目に涙を溜めながら。
「殺したくもない親殺しを息子に背負わせる親が何処におる。お主の手では死なぬよ。」
そう言って目の前の地面を、無数に槍が突き刺さり削れた両腕で叩く。その耳に妻の粒子から放たれる、最後に1つ頑張りましょうの声を聞きながら。
発動するのは神の檻(劣化版)、妻のギフトを纏う本物の青い檻、水平方向に向けて魔法障壁に沿うように。村の南西の先の断崖から東の半島の先の断崖までを遮断する。
糸のように解けて行く途中で、信ずるままに進めよ我が子と言葉を残して。
泣くのはアオさんじゃ無くて、族長殿でした。
次回予告 閑話 鬼の目に涙 エピソード6 神の横の猫
やっと主人公が出てきます。
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