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おっさん家!  作者: サン助 箱スキー
閑話 鬼の目に涙
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エピソード4 鬼と人の再開

何も書く事が無いよ、読んでください。読めばわかります。


 ヤポーネ王国で始まった(いくさ)が開戦して7日目、若き鬼3人が蜜酒に酔った日より3日目、その日の未明に人間の軍が、それまで悟られぬように進めてきた静かな行軍を終わらせて、鬼の住む森の北西側に全軍姿を現す。


ここ数日の山の静けさを気にしながら監視していたアオと言う名の鬼が、人間の軍を見つけたのは夜が明ける直前、全ての月が沈み太陽が登り始める直前のことだった。


「なんだありゃ……なんだあの数は……」


山の頂きから見える光景は、先日までの森から続く草原の風に揺れる草などでは無く、その場所を埋め尽くす人間、武装して陣形を組む人間の軍隊だった。



 草原を埋め尽くす人間の軍。盾や槍を持つ歩兵四万、重装騎兵二千、軽装騎兵八千、各部隊の指揮官一千、合わせて騎兵一万一千、儀式魔法に特化した魔法兵二千と障壁魔法に特化した五百を含む魔法兵五千。ヤポーネ王国の総人口25万人、そのうち1割程が今回虜囚となった人間以外の他人種という事、北と西の2つの国に備える守備隊をそれぞれに一万ずつ配置したままという事を考えれば、各地に残る戦に参加していない女子供を除いて数えれば、動ける男のほぼ全て。


そんな人間の軍の中で、騎乗した1人の男が全軍の前に立ち、静かに……しかし力強く語り始める。


「盾を持つ老兵よ、槍を持つ若者よ、杖を構える法兵よ、騎乗する荒武者よ……これから始まる戦いで何人の命が散るかは、我も分からぬ。」


将軍の持つスキルの効果なのか、虫1匹騒がない未明の草原だからなのか、その大軍全てに聞こえる将軍の声は徐々に力強さを増していく。


「しかし!この戦が始まりなのだ、我々人間と言う種族の!個として弱者である人間の!四つの大陸全てに響かせよ、人間の叫びを、人間の慟哭を、人間の怒りを……」


聞く側も微動だにせず、ただ将軍の言葉を噛み締めるように、全ての人間が真っ直ぐに将軍を見つめている。


「父祖の受けてきた屈辱を、姉弟の受けてきた凌辱を、我々が踏みにじられてきた尊厳を取り戻す。この戦に全てを掛けよ。人間が人として生きる、人としての尊敬を何一つ失う事無く生きる国の礎たれ。」


将軍の語り掛けが終わり、最初に反応したのは、最前列に盾を構える老兵。

この者、普段は田畑を耕す百姓である、曲がった腰を伸ばすのに背に板を括りつけ、歳を重ね老いた体でなおも最前列に並び盾を構える、数年前に北より進軍してきた魔人の軍との戦で命を失った息子夫婦とその子の3人の遺骨を懐に忍ばせて。


そんな老兵が掠れた声で、おお!おお!と1人叫べば。次第にその波は全軍に広がり。

五万六千を超える人間全てが雄叫びを上げる。

その怒号、大気が震え、草も木も震え。その土地に生きる魔物さえも逃げ出す。


まだ少し距離のある森にまでその大気の震えは伝わったようだ。

そして将軍が右手に持った槍を掲げ全軍に合図する。


「駆逐せよ。」


その言葉を受けて、各部隊が動き始める。1歩ずつ1歩ずつ……

まだ日が登らず冷たい大気を、その熱気で暖めながら。



 鬼の一族の中で最初に人間の軍を見つけた男、名前をアオと言う。

人の群れから1人先頭に立ち話しかける言葉が、その耳に届いていたようで、少しずつ少しずつ顔に怒気を孕んでいく。

駆逐せよの言葉が聞こえた時に、見ていた山の頂きから叫び出す。


「カイゼルゥゥゥ!なんだそりゃ!どう言う事だ!」


その怒号を受けて、カイゼルと呼ばれた将軍が答える。


「聞いての通りだ、人間の為に死んでくれアオ。」


将軍の持つスキルで鬼の耳に届けられた死ねと言う言葉を聞き鬼が吠える、兼ねてより鬼に伝わる戦の合図を。


ただ1人で叫ぶ声が人間の足音をかき消し付近一帯に響き渡る。

そして、その叫びが終わったと同時に山の頂きが弾け飛ぶ。



 大気の震えに気付いた、数日前に友人から備えを頼まれた2人の鬼が1人は村の中央の大櫓に駆け上がり、1人は村の長の住む自宅へと向かい走る。

そのうち1人が長の住む家に走り初めて少しすると、警戒を促した友人の叫び声が聞こえる。その声を聞いた村の鬼達が各家屋より飛び出して来ている。そして長の住む家から飛び出してきた鬼に。


「何があったクロ!この叫びはアオであろう、何があった!」


この一族の中で一際体躯の良いクロと呼ばれた鬼に、叫ぶように話しかけたのは、ハイという名の鬼。


「兄者、今はまだ何があったか分からぬ、しかしアオの奴が待機しておけと言うた。大戦(おおいくさ)の始まりを告げる叫びが上がった。アオ奴はこんな事で悪戯などせぬ。族長殿(おやじどの)に指示を受けてくる、兄者は皆の者を纏めてくれ。」


そう言われて動き出すハイという名の鬼を置いて、鬼の長が横たわる部屋に入る。


族長殿(おやじどの)、何かとてつもない事が起きたようだ、どうすればいい?」


次男に問い掛けられた長は、床に伏せたままに呟く。


「四十と数年前に人間の子を拾い我が子とした、こうなる事は薄々分かっていたのだが、見捨てる事など出来んかった……」


呟くように瞳を閉じたまま話す族長の言葉を受けて。


「カイゼルなのか?カイゼルが何か始めたのか?」


古い友の名を放ちながら困惑する2番目の息子に語り掛けるように床に伏せたまま長が答える。


「我らニカラの緑鬼に軍で向かう意味を知って、それでも勝ちを見据えて挑んで来る者など、この大陸にアレ以外におらんだろうよ。」


「そうか……カイゼルが、か……」


そう言って顔を伏せようとするクロに向かい


「どれ、北の広場まで運んでくれんかの、まだこの身でも出来ることがあろうて。」


そう言われて、顔を上げるクロ、その背に族長を背負い家を後にする。




 クロが村の北側に位置する広場に、族長を背負い到着した時には既に村中の年寄りが集まってきていた。


「おお!族長殿(おさ)よ、やっと来ましたか。」


そう言ってクロの背に背負われる長に話し掛けるのは族長の弟、クロにとっては叔父にあたる鬼である。


「最も若き2人を若者について行かせよ、若者だけではいずれ限界が訪れるであろうからな。」


族長の言葉に年老いた鬼達の中から比較的若く見える鬼が2人選び出される。


「クロ、行くぞい……」

「若いもんだけにしておけば何があるかわからん、現族長の指示だ、従え。」


そう言ってクロを引けと促す。二人とも握りしめた拳から血を流しながら。



 クロと老人2人が村の中央に戻って来た時には既にエンジと呼ばれる鬼が食料を纏めていた。


「どれくらいある?」


普段なら、その日の糧はその日に採取する生活をしている鬼族なのだが、その日の糧を獲られぬ者がいた時の為にと数日分の食料は確保してある。しかし蓄えなど少量、その少ない食料を見てクロがエンジに問いかける。


「子供達だけに食わせても、4日はもつまいよ。」


苦々しく話すエンジに向かいクロが何かを言おうとした時に、エンジの後ろからクロの兄で族長の長子、アオの姉の嫁ぎ先、ハイという名の鬼が叫ぶようにクロに話し掛ける。


「こんな時にアオは何をしている、アカお主もだ、さっさと降りて来ぬか。」


「何を言うのだ兄者、アオは既に人間の軍に相対している、そんな者の文句をここで言う必要があるのか!」


弟に言われたことに顔をくしゃりと歪めて睨み付けながら。


「次の族長となれば己の心を殺してでも一族の為に動くのが務めであろう、我ら年長者全てが耳に痛い事を言うが、あれが次の族長となる事を分かっていての事だ。」


「ならば何故に普段より口煩くアオにあたるのだ!次の族長と分かっていて何故!」


ハイの後ろから1歩前に出てその巨体を震わせながらベニという名の女の鬼が叫ぶようにクロに話し掛ける。


「時期族長だからだよ。アオが拗ねたのなんて、あれの心の小ささのせいだろうに。なんでもかんでも甘ったれた事を言うんじゃ無いよ。さっさと逃げる準備をしな!クロ、アカ!あんた達2人が責任もってアオを連れてきな。そのまま殿(しんがり)は任せたよ。」


キツイ物言いであるが、母は強し。2人の子供を両の腕に抱えて吐く言葉は、その巨体と相まって、これから逃げると思えない程に力強かった。



 弾け飛ぶ山頂の岩、500m垂直に切り上がった断崖を駆け上がる脚力でアオが跳ねたからだ。

そして古き友の率いる軍に向かい一目散に駆けて行く。


「叫んでおるな、来るぞ……障壁魔法部隊、全出力で展開せよ。」


鬼が地面を抉りながら駆け寄って来る様を見てカイゼル将軍が指示を出す。


「あれがアオと言う鬼だ、行けるか?」

「行けるか?じゃねえよ、やるんだよ。」


そうかと頷き、さらに指示を出す。


「全軍その場で止まれ。魔法兵、集団儀式魔法の発動準備に入れ。準備出来次第、前軍は天罰を発動せよ、後軍は獄炎を何時でも放てるようにしておけ。」


「100人がバッチリ合わせられりゃ島でも沈められる儀式魔法だろ?なのに、この数で発動する儀式魔法なんて必要なのか?」


魔法兵に指示を出した将軍に向かい、腐りかけた冒険者が疑問に思った事を尋ねる。


「この数で発動したとて、数発なんぞ何の意味もなさぬ。そう言う一族なのだ……

最初の1発が発動するまで耐えられるか?来るぞ。」


「ひょえ〜マジかぁ。どらよ、ひと当てしてきますかね。」


そう言った冒険者の言葉が終わった瞬間に地面が爆ぜる。


その手に人間の身の丈より大きい神器オーガキラーの1つ鬼斬刀を構えて飛び出した冒険者がアオの前に飛び出てくる。


むろんアオとて邪魔が入らぬなどと思っていなかったようで、目の前に現れた自分の半分程しか背の無い人間を油断する事無く金剛木の棍棒を横なぎに払い吹き飛ばしたつもりだったが。


轟音が激しい衝撃と共に起こり、冒険者の手に持つ大剣に受け止められた。


二撃、三撃と連撃を放つも全て受け止められる。

四撃目をいなされて出来た隙に容赦なく大剣が振り下ろされるも、その身をよじり避けるアオ。


「カイゼル!カイゼル!何があった!何故に家族に向けて集団儀式魔法(そんなもの)用意してやがる!答えろカイゼル!」


冒険者の持つ大剣を受け流し、さらに手に持つ棍棒で応戦しつつも、幼き頃より何をするにも一緒にやってきた人間の友に大声で叫ぶように訴えるアオ。


「もう体勢は決したよ、お主1人を此処に縛り付けておければ、我々人間の勝ちは揺るがぬ。」


アオの方を向くことも無く、最初に放つ儀式魔法の準備が整うのを確認している将軍。何故何故と問いながらも気を抜くと一撃で殺される程の斬撃を受けていなして避けるアオ。


「カイゼル将軍、魔法兵前軍儀式魔法天罰の準備整いました。」


馬に乗った指揮官が将軍に準備が終わったと直接伝える。それを受けて将軍は。


「放て、人間の紡いだ集団儀式魔法・天罰」


そう言って上げていた腕を振り下ろす将軍の仕草と同時に、空に巨大な魔法陣が浮かぶ。



「やめろぉぉぉ!」


発動を見て叫んだアオに出来た隙を見逃す冒険者でもなく、その懐に入り腹を横に薙ぐ。


「ちっ!浅かったか、内蔵までガッツリやったつもりだったんだがなあ。」


切り裂かれた腹から腸がこぼれ落ちそうなのを左手で掴み押し込んだ後に、そのまま腹の肉を掴んで踵を返し村に走るアオ。

その速度は腐りかけた冒険者に追いつけるはずもなく、大剣を背に納めて将軍の元に歩いていく。


「次の俺の出番は、もっと後だな。」


「ああ、後ろに下がり休んでいてくれ、あれくらいの傷なら2日は生きているであろうよ。」


「やべえなあ、オーガキラーで切られて2日も保つなんて化け物だろ。」


将軍の答えに、化け物を退けた己も化け物だと思いつつ、おどける冒険者。残りの三人に将軍に従えと指示を出し、軍の後方に下がっていく。


「さあ来るぞ、障壁魔法隊全力を込めろ。あれを老兵と侮るな!」


大地を揺るがし、駆けて来る鬼の集団を見て将軍が更に力を込めろと指示を出す。人間の軍に緊張が走る。最前列に並ぶ盾を構える老兵達は既に明日を見ている者など1人もいない。



 アオと冒険者が撃ち合う頃に村の北側の広場に集まった老鬼達と言えば。


「さて族長殿(あにじゃ)、先に逝きますわい。こんな老骨でも数発くらい耐えられるでしょうて。」


族長を兄と呼んだ老鬼が、辛うじて動く四肢に力を入れ大地を踏み鳴らす。

発動するのは青い月になった英雄ニカラチャの血を受け継いだ、この一族の秘術。その身を神ですら閉じ込める檻に変える禁呪、たとえ世代を重ねる毎に劣化したとしても、その力は一面だけなら先祖に劣る事は無い、そんな物を発動する、残り少ない己の命と引き換えに。


「とりあえず上でよろしかろうて。ではお先に。」


その体が少しずつ細い糸となり、糸玉が解けるように空に向かい展開して行く。それを見て、他の老鬼達も大地を踏み鳴らす。


「若人共の逃げる時間くらい稼がにゃならんて、いっちょ気張るかの。逝くぞ。」


1列25人、3列に並んで老いた鬼が駆け出す。

その姿に老いなど一切感じさせず。

先頭を走る老鬼の1列は手に何も持たず、ただ展開された防御魔法壁にその身を使って穴を開ける、その為だけに走る。


2列目に並ぶのは手に棍棒を持つ老鬼、そこには男も女も関係無く入り乱れて走る。前列が開けた穴を広げる為に。


3列目に走るのはこの中で比較的若い鬼、と言っても齢150を超える老鬼なのだが。男も女も関係無く走る。1列目が開け、2列目が拡げた穴から入って大暴れする為に走る、広場に残した2人の老鬼が準備を整えるまでの時間稼ぎに。


その時に放たれた集団儀式魔法・天罰の発動が始まる。


村の上空に一面だけ作られた神の檻という名の一枚の壁に向かい降り注ぐ。大陸の西の端まで大気を震わせ、轟音と共に。


しかし、数千年の時間2柱の神を閉じ込め続ける檻、劣化したと言っても一面だけに力を注げばいかに大陸を割る勢いの集団儀式魔法とて一撃で破壊する事は不可能で、多少の綻びが出来つつも、村の上空に出来た壁は、その姿を保っている。


ひび割れた神の檻が長き時間伝統を保ち続けた、鬼の一族の行先を暗示しているようにも見えた。




難しいな三人称……


次回予告 エピソード5 鬼の目に涙


我ら鬼を舐めんなよ。こうご期待。


読んでくださって、ありがとうございます。

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