エピソード3 鬼の手に丸太
ニカラの鬼さん達の丸太の説明を含みます。
ラスト大陸南東に位置する、突き出た半島の根元近くの周囲10km程の森と、その半島から連なる標高400m程と500m程の二つの山。
その地域は古来より一つの種族が同大陸に存在する全ての国より統治を認められ、百数十の世代を越えてなお1部を残して古からの姿を保っている。
1部と言うのが、ここ数十年で大きく姿を変えた森より遠い山の事で、元来岩肌のなだらかな傾斜の標高500m程の山だった物が、一面は切り立った険しい岩の崖になってしまっている。
その切り立った岩肌の崖を作った張本人を探して1人の鬼が森の中の木の上に登り遠目に姿を探している。
その背に、金剛木と言われる世界で1番硬く、世界で1番粘り強く、最高の木材と言われるが、重量も同じ大きさの鉄をゆうに超える超質量の木材から削り出した長さ4mを超える大弓を背負うアカと呼ばれる鬼。
その鬼が、崖を猿の如く駆け上がり駆け下りる鬼を見つけ、背にしていた弓を構えて地上に降り立つ瞬間を狙い、その太さと長さから大杭にしか見えぬ矢をつがえて狙いを定めて放つ。
一方放たれた鬼と言えば。元は、なだらかな岩の山をどう削ればここまで切り立った崖に出来るのかと言われる程に地形を変えた者。
アオと呼ばれる、その鬼は同族の中でも少し背が低く、体も細く。しかし、しなやかさと瞬発力を備えたその体は、同族の鬼達に勝るとも劣らぬ程に鍛え上げてある。
幼き頃より50年以上の間、雨の日も雪の日も嵐の日ですらも、金剛木から削り出した直径30cm程の丸太にしか見えぬ棍棒を用い、岩を投げ山を駆け上がり岩を殴り砕き、岩を落とし山を駆け下りつつ岩を殴り砕く。そうやって少しずつ少しずつ地形を変えて行った。
継続は力と言うが、まさにその通りの事を示した証である切り立った崖の麓の地上に降り立った時に。凄まじい衝撃波を撒き散らしながら近付く矢を、振り向くことなく少し右に避けつつ左手で鷲掴みにする。
「アカ!危ないだろうが!用があるなら声を掛けろ。」
そう言われて当然である。音の速さを超えて衝撃波等を撒き散らす矢など、たとえ鏃の無い木製の矢であろうと当たれば痛いくらいでは済まない。
アオと言う名の鬼が憤りながら後ろを振り向けば、森から出てこちらに歩いて来るアカと呼ばれた鬼。
「危ないも何も、お前なら避けるか掴むかすると分かっていたからな。現に掴んだだろう?」
大声で叫ばれ、それに笑いながら答えるアカと言う鬼、その所業まさに鬼である。
イライラしながら待つアオという名の鬼が近付いて来るアカと言う鬼に、普段から悪い目付きをさらに細くして。
「普段なら使い捨ての鏑矢で呼ぶのに、今日はどうした?ここまで来るなんて珍しい。」
「族長殿がお前を呼んでいてな、何故か今日は直接呼びに行けと言われた。」
訝しげに尋ねるアオという名の鬼に、アカと呼ばれた鬼が一欠片も悪びれることも無く答える。
「族長殿が何の用だ?また説教か?」
「今度は何をやったのだ?直接呼びに行けなどと、30年前に干してあった族長殿の褌にカイゼルと唐辛子汁を塗り込んだ時ぐらいだろう?」
とんでもない悪戯である。そんな事をされたら神でも怒るだろうに……想像すると股間がヒヤッとなる。
「最近と言えば。去年の大祭の時にハクがやらかしたアレのせいで獣人共が挑んで来るのを蹴散らしているくらいだが……。」
「死人は出ておらんのだろう?それならば文句どころか誉められる事であろうし……
族長殿が考えている事は俺が考えてもわからんよ。とりあえず……なんだ。癇癪だけは起こすなよ。」
さっぱりわからんと身振りを交えて話すアカという名の鬼に、振り向きつつ右手を軽く上げ。
「わーってるよ。」
そう言って村の方へと歩き出すアオと言う名の鬼。しかしもう一度アカと呼ばれる鬼が呼び止める。
「そうだアオ。この間、クロと3人で大蜂の越冬の為の巣箱を作りに行っただろう?あの時に大蜂に分けてもろうた蜂蜜ひと樽、今が飲むのにちょうど良い塩梅の蜜酒になっておるぞ。後でクロも誘って1杯やらぬか?」
そう言われ、アオと言う名の鬼が顔を綻ばせつつ振り向きながら。
「族長殿の、めんどくせえ説教も、後に楽しみがあるなら我慢出来るな……夜が楽しみだ。」
「そうだろう。また森でキノコでも拾ってくるか、焼いてツマミにしよう。」
その瞬間に村に戻るはずのアオと言う名の鬼が、アカと言う鬼に詰め寄って。
「やめろ!この間も地味なキノコは食えると言って、お前が取ってきて焼いて食ったキノコで腹を3日も下したのを忘れたのか!あれのおかげで獣人共の襲撃の時に下痢糞を撒き散らすのを我慢しながら戦ったのだぞ!あれは死ぬかと思った。」
そんな事は終わった事だからどうでもいいと軽く口笛を吹いて誤魔化そうとするアカという名の鬼が答える。
「確かに戦いの最中に漏らしていたら社会的に死んでいたな……ププッ……
それでも戦いに勝ったのだから細かい事を言うな。今度は毒々しい物を見つけてくるさ……ププッ。」
「ふざけるな!エンジの所にでも行ってツマミになる物でも貰ってくれば良いだろう!あれは子供の名付けから浮かれ過ぎて、この数年の間、毎日余る程に食い物を用意してやがるからよ。」
何かに気付いたような顔をしたアカと言う名の鬼が。
「妻と同じく巫女になる者が授かる良い名前が授けられたのだ。真面目なエンジとて浮かれよう、しかしそれはいい考えだな。クロに言うて持ってこさせよう。」
「なんでクロなのだ?」
なぜに自分で行かないかと訪ねたアオと呼ばれる鬼にアカという名の鬼が、申し訳なさそうに答える。
「昼にエンジの家で飯を食うて来たのだ、さすがに日に二度は……俺でも遠慮する。」
自信満々に答えるアカと言う名の鬼に呆れつつ、アオと言う鬼は村に向かい踵を返した。
村の北に位置する山からアオという名の鬼が村に向かって歩く。
この地に居を構える鬼族、氏族の名をニカラと言う。
古に大陸を救った英雄として今でも青き月になって世界を見守っているニカラチャから続く古き緑の鬼の一族。
村の作りは、地球で言うとアマゾンの奥地に住む原住民のような物なのだが、狩りをすることも無く、森と山の恵を採取して生きる暮らしである。
そして何より、その種族特有の知識欲。死ぬ日まで学び続けると言われる程に、歴史や文化を知る事が何より好奇心をくすぐる事と言う少し変わった一族である。
現在26戸の石壁の家屋が建つ村に向かってアオと呼ばれた鬼が歩く。村の方からひときわ体格の良い鬼が歩いてくるのが見える。
「おお、アオ。ちょうど良かった。族長殿がお前を呼んでいてな、探していたんだ。」
先程のアカと呼ばれた鬼と似たような事を伝えて来る鬼。若者の中でも最も体格の良く、膂力もひときわ強いクロと言う名の鬼なのだが。
「さっきアカにも同じ事を言われたぞ。後でアカが探しに来るはずだが先に伝えておく。
この間の蜂蜜が良い塩梅らしくてな、夜に飲もうと言う事だ。それでエンジの家に行ってツマミを貰ってきてくれだとよ。」
「おお、それは良い。お前に話したい事もある、ちょうど良かった。」
そう言ってクロと言う名の鬼がエンジという名の鬼が住む家に向かおうとする。それをアオと言う鬼が、少し待てと呼び止めて。
「ハクの作った握り飯だけは貰ってくるなよ。あいつの作る握り飯は、旦那や子供に出す物は、ふうわり柔らかく程よい物だが……俺達に出す物は岩よりも硬いからな。この間の握り飯で歯が欠けそうになったぞ。」
そう言って渋い顔をするアオと言う鬼に。
「アレはお前に食わすと言うて、わざわざ握って貰ったのだ。ププッ歯が欠けそうで済んで良かったじゃないか……ププッ。」
「クッ……クロ!」
悪戯が成功して笑うクロと言う名の鬼にアオと言う鬼が突っかかりそうになったが。
「早く行け、夜の準備はこちらでしておく。もちろん普通の握り飯も貰ってくる。」
急に真面目な顔になってクロと言う名の鬼が話す。
なんだよ全くと悪態をつきながら着いたのはニカラ氏族の現在の族長が住む家。
族長が住むと言っても、先程のクロと呼ばれる鬼や、アオと呼ばれる鬼の姉夫婦も住む家である。
「ちーす。来てやったぞ族長殿。」
そう言って家の戸を開け入っていくアオと呼ばれる鬼。出迎えたのは、ここの長子に嫁いでいる実の姉。
「あんた何したんだい?ここに来るなんて……
アレかまた何かやらかしたんかい?このろくでなしが!」
「ちっ、うっせえな。何したかわかんねえよ。デカい声出すな。まったくよう……」
小言を言われながらも、族長の居る部屋に入っていく。
部屋の中に入れば普段なら床に寝ている族長が上半身を起こして座っている。
「なんだ?身体起こして大丈夫なのか?」
そう言ったアオの言葉通り、族長と呼ばれる鬼は齢250を数える、人間で言えば95歳程だろうか。
既に下半身は自分の意思で動かす事も出来ず、かろうじて動くのが両の手と首から上だけだったはずなのだが、床の上に座ってアオという名の鬼を見ている。
「大丈夫な訳がなかろうて。先程クロに起こしてもろうたわ。それにくそじじいとはなんだ、族長と呼べ族長と。」
「なんだよ、やっぱり説教かよ?」
自分が呼んだ、くそじじいと言う呼び名を諌められ少しむくれるアオと言う鬼。
「違う違う、今日はお主に話があって呼び出したのじゃ。入り口に立っておらんと、入ってきてそこに座れ。」
そう言って床の近くに敷いてある座布団に座れと指示されて、しぶしぶ扉を閉めて胡座をかいて座るアオ。
「話ってなんだよ?真面目な話か?」
「そうじゃ、真面目な話じゃ、お前に話しておきたい事が1つ、お前に頼む事が1つじゃ。」
ん、と頷いてアオと言う名の鬼が佇まいを直し正座に座り直す。
それを見て族長が語りかける。
「この話はの、各時代の族長に伝わる話じゃ、心して聞け。」
そう言って少しだけ間を開けて話し始める族長。
「アオよ、お前は英雄チャがどのような鬼人だったか想像出来るか?」
その問いかけに少し考えてアオと言う名の鬼が話す。
「あれだろ?クロみたいに大きい体躯で力強くて、アカのように皆から愛されてて、カイゼルのようになんでもこなす鬼だったんじゃねえか?」
「違うの、歌う事と戦う事の他は、なんもマトモに出来ん、お前のような小さく細い鬼だったんじゃよ。」
「なんだそら?俺にそんな事聞かせてなんになる?」
このアオと言う鬼、生来不器用を極めていると言うくらいに戦う事と歌う事以外に何一つマトモに出来ない不器用物であった。そのせいで村の歳上の鬼どもから厄介者扱いされ続けている。
現に今も蝶結びが出来ず、毎度結ばねばならない時はエンジと呼ばれる鬼に頼んでいるほど……
「それはの、お前に次の族長になって欲しいからじゃ。」
「はっ!バカ言うなよ、俺が族長とか……誰もついて来ないだろ。次の族長と言うならアカやクロの方がお似合いだろうよ。」
次の世代の一族を率いる長になれと言われて、他者の方が良いと答える。
「お前アホか?あの二人に族長が務まると思うてか?あの二人では危機感が足りぬ、優しさだけで族長が務まる訳がなかろうて……ププッ」
小馬鹿にしたような物言いに怒ることも無く考え込むアオと言う名のろくでなし。
「そんなにか?そんなに世間はきな臭いのか?」
「世間が平和でもだ。それに慕われている者より嫌われているものが族長になる方が上手く行くというものだ。ワシもそうじゃったからの。」
「なあ族長殿、アホと言う者がアホなんだよ。それとな小馬鹿にしやがって死にかけのくせに……
次の族長の事は、アカとクロに相談して決める。受けるかどうかは、それからで構わんか?」
アオと言う名の鬼がそう言って、シワだらけの干からびた顔の族長の問いに答えると、族長の顔がくしゃりと歪んで満足したような顔になって。
「それで良い、そうやって行けば上手くいく。2人を使って次の世代を導いてくれよアオ。」
そう言ってまた床に伏せた。
もう話すことは無いと言う事である。
まったくようと言いながら族長の部屋を後にするアオと言う鬼。
夜もすっかり深まり、崖下を青と赤とカラフルな月が照らしている、目を凝らせば灯りなど不必要なのだが、アカと言う鬼が持ってきた赤黒く毒々しいキノコを焼くために焚き火をおこしている。
「そうか、次の族長か!良かったなアオ、やはり族長殿はわかっておられる。」
そう言ってアオと言う名の鬼の背をばしばし叩くアカと言う鬼。
「俺も聞いた時は耳を疑ったぞ。これまで散々っぱら叱られてきた悪たれが族長なんてな。」
手に持つ蜜酒を煽りながらクロと言う名の鬼も嬉しそうだ。
「俺で務まるもんかね?まあ族長殿があんななってまで言うんだからよ、叶えなきゃなんねえよな……手伝ってくれるか2人は?」
「「おう!」」
アオと言う名の鬼に頼まれた事を間髪入れずに答える2人の鬼。
「カイゼルが国に使えてなきゃ、あれが補佐するのが一番なんだがな……」
「あれならアオを族長にせずともアレが族長になればいい。」
「だけどアイツは人間だからな……鬼の族長にはなれんだろ?」
ここには居ない幼い頃からの大悪友の名を思い出す3人の鬼……酒が進むにつれて、懐かしい話や、これからの話で盛り上がる。3人の鬼からすると良い夜である。
この後に誰が毒々しいキノコを食うかで相撲で戦う事になるのだが。それもまた、この3人からすると楽しい事のようで。結局の所、勝った者が食うべきだ、負けた者が食うべきだと言い争うことになる。その間に焼いたキノコは焦げて食えなくなるのだが、そんな良い夜である。
夜が開けてクロと呼ばれる鬼とアカと呼ばれる鬼が昨晩の深酒を反省しつつ、泥酔して外で寝たせいで朝露に濡れた体を起こす。既にアオと言う名の鬼は起きていて、崖の頂上で人間の国の方を睨んでいる。
「アオ!何かあったのか?」
そう聞くクロと呼ばれる鬼に。
「わかんねえよ、でもなんかある。鳥がいねえんだ。」
普段なら朝になればうるさく鳴き出す鳥達が静かな事に言われて気付くアカと言う鬼とクロと言う鬼。
「なんかある、無いに越したことは無いが、なんかある。お前達2人は村に帰って待機しといてくれ。数日のうちになんかある、そんな気がする。」
「分かった。何も無いならそれで良い。なんかあった時は何時ものやつだぞ!」
アオと言う名の鬼が頼んだ事を快諾してアカと言う鬼とクロと言う鬼が村に向かって歩いて行く。
数日後に起こる大戦の影がすぐそこまで来ていた。
閑話のプロットも細かく出来ているのですが、文章にすると、すごく気力を消費します。
1話を細かく長く書きながら、毎日更新している作者さんの事を本当に尊敬出来るようになりました。
次回 鬼と人の再開
家族として生きてきた、人と鬼の運命の歯車が大きな音を立てて軋み始める。
ちょっとカッコイイ(と思っている)次回予告を書いてみました。
読んで貰えて、ありがとうございます。




