ヴァレンヌ
ヴァレンヌ逃亡事件です。
夜のうちにテュイルリー宮殿から逃げ出したルイ16世一家、当日の朝に合流したフェルセン侯とニノが御者を務め一行の先行きは順調に見えたのだが……
「陛下!国王陛下!そのようなみすぼらしい馬車では国民に示しがつきません。革命軍を恐れるのもパリだけです。あちらに王にふさわしい馬車の用意が整っています。どうか乗り換えになって……」
フェルセン侯がいくら拒否をしても保守派貴族が用意した逃亡には相応しくない立派過ぎる馬車に乗り換えろと落ち合う予定のフランス貴族達に押されて許してしまう。
「ニノ。私は先に行って私兵を纏めて迎えに来る。どうかそれまで耐えてくれ。」
「はい!ハンス様。お気を付けて、王党派は全て信用出来ません…………」
「言わなくていい。そんな事は分かっている。オーギュストが消えれば自分の所に権力が舞い込んで来ると勘違いしているだけの愚者共の事なんかな。」
用意された馬車に乗っている大量のワインや銀食器、そんな物を国外逃亡の時に積込む馬車に乗せらては……王党派、保守派と呼ばれる貴族達を信用出来ないのも仕方の無い事かもしれない。
「市民達の協力は有難い。見覚えのない人間の居る護衛を引き離してくれたのだからな。」
「ですね。竜騎兵部隊の全員の顔は覚えていますが、今回護衛に就こうとした者は大半は見知らぬ者でした。」
逃亡の最中に王妃マリー・アントワネットは殆ど口を開く事が無かった、ただ唇を噛み締めるばかりで……
ヴァレンヌの街に一行が到着した時も、連絡将校が待機していた筈なのだが、何処にも姿が見えないばかりか、橋にバリケードまで用意されていた。
「市民よ……ヴァレンヌの市民よ。協力は有難い。しかし君達の犠牲を私は望まぬ。」
王の盾になろうと集まった市民をかき分ける猟騎兵、武装した国民衛兵隊との衝突は時間の問題であった。
「ブイエもジョズワールも裏切ったようですね……」
ここに来て口を開いたマリー・アントワネット。
「のようだな。亡命は失敗だ。」
「まだ失敗していません。ハンス様がおられます。」
橋の向こうまでフェルセン侯爵家の部隊が救出に駆け付けていたのだが……
「猟騎兵や衛兵隊、竜騎兵までもを正面から抜けて来れるとも思わん。」
「これで良いのですニノ。私達が終わらせなければならないのですから。」
「そうだな。これで国内に残る保守派の追い出しも殆ど終わったであろう。後は民主化の波に乗って進むだけだ。」
逃亡は2日で終わった。
ルイ16世一家がパリに移送される時の事……
市民の目の届かない街の外でソレは待っていた。
「何故に何も無い所で止まるのだ……」
「陛下。御者を任せますのでお逃げ下さい……」
馬車の窓を開けて外を見るルイ16世だったのだが……
「オルレアンか……やはりな……弟を裏で操っていたのが奴と言うなら頷けるさ。」
パリに移送されている途中に武装した数十人の盗賊のような人間を率いて国王一家の乗る馬車の前に現れた男。
フランスの国土の1/20を所有する富豪であり、王位を狙っていた最有力者でもあった。
「なあ御者君。君は落ち目の王の味方をするのか?それとも次代のフランス国王の味方をするのか?」
馬車の周りの護衛達も全てオルレアンの後ろに回って、この場には味方は誰も居ない。
頼みのフェルセン侯も己に忠誠を誓ってくれている十数人の部下と共に必死にバリケードを突破しようとしていたのだが、力及ばす奥歯を噛み締めている。
「陛下。お逃げ下さい。ここは私が。」
そう言って馬車から降りるニノ。
降りたと同時に右腕に仕込まれた鉄の扇を広げる。
「さあ、ここからはフランス国王ルイ16世の最初の民が相手をする。掛かってこい。」
多勢に無勢である。武装も解かれ義手に仕込まれた鉄扇と鋼鉄の胸当てと下半身に仕込んだ鉄の鎧だけで、一家の為に時間を稼ごうとしたニノに……容赦なくマスケット銃の弾丸が浴びせられる。
「陛下!お逃げ下さい。私は大丈夫です。弾丸等で死にません。早く!」
ジョゼフの為に作られた鋼鉄の歩行補助具の改良版や毎年進化して行く胸当て。右手に仕込まれた鉄扇は鱗型になっておりマスケット銃の弾丸を斜めに受ければ簡単に受け流してしまう。
「ハンス様の元へ!陛下!必ずお迎えに上がります。それまでしばしの別れです。」
逃亡する気を無くしていたルイ16世の代わりにマリー・アントワネットが御者席に座る……
「ニノ!任せました。必ず帰って来なさい。」
もう一度ヴァレンヌへ、フェルセン侯と合流して国外へ。
その思いが叶う事は無かった……
読んで貰えて感謝です。




