逃亡の始まり
ヴァレンヌ逃亡事件です。
ルイ16世一家にギロチンを。
そんな事が少しずつ噂され始めた。
ギロチンの考案者でもあるルイ16世だが、その時に自分の運命を悟っていたのか、囚人に苦しまずに死を、そんな思いで制作したギロチンだったのだが……
「なあオーギュスト。明日の朝だ。明日の朝迎えを寄越す。その時までに準備をしておいてくれ。」
フェルセン侯が去り際に渡した一通の手紙。
パリから逃亡する為の計画を書いた手紙である。
「私はここに残るさ。フランス国民同士で争うなど具の骨頂だ。家族を頼むぞハンス……」
「いや、ダメだ。君も来てくれないと困る。グスタフ陛下も君の身柄を望んでいる。君が居ないと革命軍を攻める理由が無いんだ。」
そんな事は望んでいないルイ16世。
「私は地方で職人として生きて行くさ。地方に下れば誰も私の顔を知らんだろう?」
「そんな事は許さない。まだまだ王権は必要なんだ。世界が落ち着くまで、次のステップに安定して上がるまで、君の存在は必要なんだ。」
一年以上掛けて説得し続けたハンスの言葉にルイ16世は折れたようだ。その後にパリ脱出を決める。
「ニノ。オーギュストやマリーの乗る馬車はお前に御者を任せる。」
ルイ16世一家に最も信頼されている、プライベートでは家族のように扱われている従者。
独身で子も居ないフェルセン侯には実の子のように扱われている。
最も信頼出来る者を最も肝心な王の御者に。
その事に誰も異論を挟む物は居なかった。
フェルセン侯が明日の準備の為にパリを離れた頃。
「テレーズ様の変わりに私が馬車に乗ります。」
マリー・テレーズが10歳の時に付けられた従者。
テレーズに瓜二つの外見を持ち常日頃から影武者としてテレーズの傍にいた女性が身代わりになるようだ。
「テレーズ。お前はエルネスティーヌの代わりにジャックの所に行きなさい。後の事はスシー夫人に頼んである。」
落ち着いたら合流しようと伝えられて家族の元を離れるテレーズだが……
「ニノ。パパとママもだけど、シャルルをお願い。叔母様はどうなっても構わないわ。だけどシャルルだけはどうにか助けてあげて。」
「もちろんですテレーズ公女。それにハンス様の計画に抜かりはありませんから、心配いりませんよ。」
「テレーズ。貴方の無事を祈って居ますから。どうか……2回くらい何かの角で足の指をぶつけて、もがきあそばせ。」
叔母様と呼ばれた事に腹を立てたのか、どうなってもいいと言われて腹を立てたのか……
こんな時まで啀み合うテレーズとエリザベート。
「叔母様。どうかご無事で……」
「ええ、テレーズ。私は強いのよ、知ってるでしょ?ヘタレで腰の重いお兄様よりずっと強いの。だから心配しないで。」
姪に向かいにこやかに微笑みかけるエリザベート、別れを惜しむ間も無く数人でテュイルリー宮殿を後にした。
ルイ16世一家の逃亡の準備も終わり、2台の馬車に別れて出発しようとしている時に、一家の世話役に付けられていた従者が1人、どこにも居ない事に気付く者は居なかった。
読んで貰えて感謝です。
本日夜にもう1話更新予定です。




