与えられた名前
名前です
オーギュストが目覚めたのは12時間後であった。
その間に少年の事を看ていたのはハンス。マリーも自室に帰って一眠りしているようだ。
「なあ子供……なんでお前は喋らんのだ?名前くらい言ったらいいじゃないか……」
まだ殆ど体を動かす事の出来ない子供に語り掛けるハンス。
「あんな物を見せられると諦めなければと思わされてしまうな……親友の妻でなければな……」
社交界デビューの後に様々な貴婦人と浮き名を流す色男だが、この時はまだ破れた初恋の傷を引き摺っているようだ。
ソファーで寝ているオーギュストが起きて来たのだが。
「ハンス……どうだ?変化はあったか?」
目が覚めたオーギュストに首を横に振って答えるハンス、その後も2時間くらい子供に語り掛ける2人だが、ベッドで寝ている男の子は一言も答えを返さない。
「ルイ。ハンス。少しどいてちょうだい。ご飯の時間ですの。」
粥を煮る事が得意になってしまったマリーが少年に食事を与える時間、2人はマリーの翻訳していた本を読んでいた。
「う〜む……名前が無いのは不便であるな。」
「確かにそうだな……君が付けたらいいんじゃないか?そのうち2人の間に子が出来るだろう、その時の予行演習の為にもな。」
「あらハンス。それはいい考えだわ。ルイお願いして良いかしら?」
しばらく部屋の中をウロウロするオーギュスト……少年の寝ているベッドの横に立つと……
「お前の名前と言われてもな……私には名付けのセンスが無いようだ。なのでさっき読んでいた本の表題から名付けよう。」
マリーの翻訳した本は、東の果てにある国のお伽噺。湘南地方の二宮で作られた物語、二宮今昔物語だったりする。
「お前の名前はニノ。フランス王太子である私が名付ける。お前の名前はニノだ。」
オーギュストの言葉が終わると同時に、それまで殆ど反応しなかった少年が声を出した。
「ん?ニノ?僕ってニノ?ニノ……ニノ……ニノ!」
言葉を出した事に驚いた3人だったが、少年の続く言葉に更に驚く事になる……
「ごめんなさい。喋ってごめんなさい。うるさくしてごめんなさい。殴らないで下さいごめんなさい。痛くしないでください。ごめんなさい。ごめんなさい……ごめんなさい……」
何度も謝る少年を抱きしめたのは目の前に立っていたオーギュスト……
「何故に喋ったくらいで殴らねばならんのだ。子供はうるさくするのが仕事だろう。殴るわけが無い。痛くするわけが無い。良いか、フランス王太子の私が認めてやる。お前は喋って良い。うるさくして良い……」
2人を包み込むように抱きしめたのはマリー。
少し離れて3人を見るハンスは決めたようだ。
「オーギュスト、マリー。私の初恋は諦める。今の君達を見て壊そうとも思えない。いつまでも仲良くしてくれよ……」
呟いた後に立ち上がったハンスが2人に話し掛ける。
「なあオーギュスト、マリー。この子を俺にくれ。俺が立派な人間に育ててやる。お前たちは子を作れ。」
そんなハンスの言葉に反応したのはオーギュスト……
「君も私の獲物を奪おうとするのか?この子は私の初めての狩の獲物だ。私が育てる。私の元で立派な大人に育てる。これは王太子の私が決めた。だからやらん。」
自身の趣味だった狩だが、従者達が狩った獲物を渡されて、自身では何も狩った事がないオーギュストが初めて手に入れた狩の獲物。誰に渡すつもりも無いようだ。
そんなオーギュストの言葉にマリーも強く頷いている。
「それなら教育係は俺に任せろ。立派な従者に仕立て上げてやる。」
涙目で抱きしめるオーギュストの胸の中で、ひたすらごめんなさいと呟く少年の将来はこうして決まった。
読んで貰えて感謝です。




