閑話 俺達ヘリコバクター
ピロリ菌ですね。
「目を開けなさい。お前の名前は、白湯ラッシュだ。」
誰かの声が聞こえる、僕の名前?
そうだ、僕の名前は白湯ラッシュ……
ヘリコバクター・白湯ラッシュ・ピロリ
閑話・俺達ヘリコバクター
元和二年四月十三日(1616年5月24日)払暁。
真っ暗だけど、周りが見える世界で、僕は目を開けた。
僕と同じ様な外見をしているヤツらが、沢山僕を見ている。
「やっと目を開けたか。我等の最後の同胞よ、歓迎するぞ。」
目の前に、威厳を称えた体躯の良いやつが居る。
「私は乳ラッシュ。この世界に住まう、全てのヘリコバクターの父。私が抗う敵は、全ての乳製品だ。」
「抗う? 誰かと戦わないといけないの?」
目を開けたら、直ぐに戦いに加わるなんて、嫌だなと思った。
「違うぞ。我々は、世界に知らせる一族なのだ。世界に、コレは食べてはいけない。これを食べると体調不良を起こすから、食べてはいけない。とな。」
「食べる? 世界なのに食べるの? 世界は生き物のなの?」
僕達の住む世界は、まるで生き物みたいだ。
ご飯を食べるなんて、凄く不思議な世界だな。
「我々ヘリコバクター・ピロリ菌族の使命だ。我等の住むこの世界に、少しだけ痛みを与えて、お腹に優しい食べ物を食べさせ、無理矢理にでも休ませる事なんだ。」
お腹に優しい食べ物?
「それはどんなもの?」
「各々が抗う敵では無い物。各々の名前が付いていない食べ物だ。しかし世界は、既に白湯すらも受け付けなくなってしまった。お前が目を開けた事で、それを証明してしまったのだよ。」
白湯って僕の名前だよね?
「僕は白湯ラッシュなんでしょ?白湯と戦えば良いの?」
「違うぞ。白湯と戦っても、我々のような微小な存在には、何があっても勝てない。お前が抗う相手は世界。白湯を飲み込んだ世界に、痛みを与えて知らせなければならないのだ。」
何を知らせるんだろう?
「もう、食べるなと。口にするなと。そしてゆっくり休んで体調を整えろと。」
白湯だよね?白湯を口にしちゃいけないの?
「さあ。そろそろ世界の食事の時間だ。鶴ラッシュ、鳩ラッシュ、草ラッシュ、鯛ラッシュ、米ラッシュ。右側は任せた。」
沢山の、僕と同じような見た目をした奴が動き出した。
「油ラッシュ、麦ラッシュ、牛ラッシュ、猪ラッシュ、兎ラッシュ、酒ラッシュ。左側は任せた。」
テキパキと動き出す皆を見て、僕は唖然とした。
皆が、お尻に付いてるうねうねを回転させて、凄くテキパキと動き始めたから。
「中央に、粟ラッシュ、稗ラッシュ、豆ラッシュ、酒ラッシュ、牡蠣ラッシュ、桃ラッシュ、犬ラッシュ、猿ラッシュ、雉ラッシュ。お前達が行きなさい。」
名前を呼ばれた奴らが、一斉に動き出す。
「そして白湯ラッシュ、準備しなさい。我々は後詰だ。戦いの時間がやってくるぞ。さあ触腕を広げて。」
お尻に付いてるコレかな?広げたら良いのか。
「良し、8本の立派な腕だ。立派な白湯軍団の指揮官になれるぞ。お前は私に付いて来なさい。」
そう言われて後ろを見ると、僕とそっくりな見た目で、触腕の少ない奴らが大勢並んでいる。
そいつらを引き連れて、乳ラッシュについて行く。
そして、世界に様々な物が降り注いだ。
その間、僕達は必死に世界にしがみついた。
押し流されないように、押し潰されないように。
そして食事の時間が終わる。
食事の中には、色々な成分を含んだ物が。
「ビフィズスさん、外の様子はどうだった?まだ世界は、生き長らえそうか?」
「もう、ダメかもしれない。とても弱っていたわ。私の体が溶けないくらいの、弱い胃酸しか出せないのですもの。もう長くは持たないかも。」
とても美しいビフィズスさんが、乳ラッシュと話している。
凄く気になる事を。
「世界が長く持たないって何故?」
僕が質問をしたら、ビフィズスさんと乳ラッシュが哀しい表情になってしまった。
「この世界は、沢山無理をしてきた。ストレスと言う、目に見えない感情にとても弱い人間と言う世界なのに、ストレスを沢山抱え込んで。」
「だから世界が崩壊し始めてるの。あそこを見て、ヘリコバクターの新部隊長さん。理由が分かるから。」
ビフィズスさんに促されて見た先には、ドス黒い何かが。怖い。
「アレは、世界を崩壊させる混沌だ。あれが広がると、世界は死に行く運命に向かって行くのだ。」
「そうなる前に私達微生物軍団は抗った。だけどダメだった。」
死に行く運命の世界に僕は産まれたのか。
僕の後ろに居る大勢の僕とそっくりな奴らと、混沌に近付いてみた。
そしたら、僕の後ろに居た触腕が5本しかない奴が、飲み込まれそうになった。
「危ない! 手を伸ばせ! 」
僕や、僕の後ろに居た奴が、触腕を伸ばして助けようとした。
「ファイトー!」「いっぱあぁぁぁぁ……」
だけどダメだった。混沌に飲み込まれてしまった。
「あの貪欲な黒い塊が混沌だ。我々は、混沌の周りに住む事が出来ない。身体ごと飲み込まれてしまうからな。」
「そして飲み込まれたら……」
飲み込んだ奴を栄養にして、混沌が大きくなった。
そして毒を吐き出す。
「世界中に送り込んでいるんだよ。自分の眷属をね。混沌は、そうやって世界を崩壊させて行く。」
「これ程までに混沌が広がってしまったら、何が起きても、崩壊しない未来は無いわ。」
崩壊しちゃうんだな。
「さあ、我々の使命を果たそう。世界に痛みを与えるぞ。」
「頑張ってヘリコバクターさん達。私は腸に行くわ。少しでも消化の助けにならないとだから。」
使命……訳わかんないよ。
ビフィズスさんも行っちゃったし。
そして桃色をしてる世界の壁に向かって、乳ラッシュが叫び出した。
「ヒャッハー! 汚物で!消毒だぁぁぁぁ!」
うわぁぁぁ。乳ラッシュが、沢山の乳ラッシュ軍団を率いて、乳ラッシュ軍団全員で、体液を振りまきながら、触腕を振り乱してヒャッハーしてる。
「さあ白湯ラッシュも殺るんだ。ピンク色の壁に向かってな。」
ムズムズする。コレは本能なのか?
「ヒャッハー! 汚物だ! 消毒だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
凄く気持ちいい。この為に僕は、産まれてきたんだ。
「汚物で、消毒しなくちゃなあ。」
後ろの方で、僕より腕の数が少ない、白湯ラッシュ軍団達からも、やっちまえー!って声が聞こえた。
あれから3回、世界に食物が降り注いだ。
と言うか、世界に白湯が降り注いだ。
「白湯ラッシュよ。この世界は、既に死に行く運命。もう抗わ無くていい。最後くらい自由に生きなさい。」
「嫌です。僕は最後まで戦う。世界の崩壊まで、ずっと闘い続ける。」
沢山の仲間が、混沌に飲み込まれた。
僕は、最後まで諦めず、混沌に抗うんだ。
だけど、世界がどんどん寒くなって行く。
「ついに崩壊が始まったか。」
「乳ラッシュ!大腸菌の反乱だ!十二指腸方向に大勢のビフィズスさん達が逃げて来ている。援護を頼む。」
僕は、僕の後ろに続く、ヘリコバクター・白湯ラッシュ・ピロリ軍団を率いて、病原性大腸菌軍団と戦った。
でも、大腸菌軍団は強かった。
「6本腕!逃げるんだ!」
「5本腕!走れ!」
「ああ!貴様らの血は何色だ!」
「引かぬ、媚びぬ、顧みぬ。我がゆく道は帝王の道!」
様々な病原性大腸菌軍団に、桃色の世界へと押し込まれるヘリコバクター軍団が、ビフィズスさん達と共に撤退したのは、たいして時間は掛からなかった。
「我々ヘリコバクターの一族全て。産まれてから死ぬまで、何一つ。そう、何一つ。」
乳ラッシュが叫んでる。
「我らがピロ生に一片の悔いなし。」
そして乳ラッシュは、触腕を1つ天に向けて動かなくなった。
世界は、極寒の世界へと変貌を遂げた。
「寒いよ雉ラッシュ。どうにかして温まれないかな?」
「無理だよ。もう世界の命の火が消えたんだ。」
「そうだよ白湯ラッシュ。僕らは死に行く運命なんだ。」
皆が動かなくなって行く。
乳ラッシュも、米ラッシュも、粟ラッシュも……
皆、皆、動かなくなって行く。
「来てくれたんだね、鳩ラッシュ……。」
僕の傍に来てくれた鳩ラッシュ……
乳ラッシュの触腕を1つ抱えて、座り込む鳩ラッシュに、僕は寄りかかった。
「鳩ラッシュ……疲れたろう。僕も疲れたんだ。なんだかとても眠いんだ……鳩ラッシュ……」
そして……
「いやぁ。ホンマに今回は、ええもん見せてもろたわ。まさか罰やった筈やのに、こない感動物語になるなんて、予想すら出来へんかったで。」
「どうもです。次に行くのにダーツ投げれませんけど、どうすれば良いですか?」
目の前の転生課の課長さんに質問してみた。
今回は、鳩ラッシュの身体を借りているようだ。
「はあ?まだ罰は続いとるんやで。自分アホとちゃうか? 簡単に許されると思とったら大間違いやで。」
うそ?まだ罰が続くのかよ……
「今回はカマキリかカメムシの2択や。どっちか好きな方を選びなはれ。」
カメムシは無いなあ……
「カマキリで、お願いします。」
「ん、さよか。先に進みや。カマキリの一生で解脱ポイントを1ポイントでも貯められたら、次の転生先は、ダーツ投げられる生物にしたるわ。」
うん!次の生命も頑張ろう。
「ほなな。」
そして俺は次の生き物に転生した。
「しかしな、鳩ラッシュってなんやねん。ギリアウトや、ホンマにギリギリアウトやで。」
そんな声が聞こえながら。
ピロリ菌の一生は4日で終わりました。
ちょっと悪ノリし過ぎましたかね?この回は特に感想を待っています。宜しくお願い致します。
読んで貰えて感謝です。




