閑話 蟲魔王と呼ばれました。
何故呼ばれるのかは次回。
なんと言えば良いのか、東郷少年はとても頑張った……。
ゴキブリの着ぐるみの性能が素晴らしい事もあって、モーブとタマオを救った日から3年の間、深淵の森の最東端から内部に冒険者を通すことも無く、様々な生き物達と交流を深めて行った。
「黒い悪夢だ、防御陣形を敷け。魔法隊構え!」
人種側も黙ってはいない、深淵の森の資源が無ければアトラ大陸で現在流行っているインフルエンザの様な症状のトリフルエンザで苦しんでいる者達の治療もままならないからだ。
「何としても特効薬の赤芋を手に入れるんだ。冒険者よ剣闘士よ兵卒達よ。ここで悪夢を終わらせるぞ。」
アトラ大陸の霊峰アトランティスは、大陸を東西に分ける山脈の中央に聳えており、その麓に大渓谷と呼ばれる幅30m程の渓谷のみが東西をつなぎ深淵の森に抜ける道になっている。
『特効薬……赤芋……。あれかな?』
「モーブさん、保管庫の唐芋って正式名称赤芋ですか?」
魔物特有の言葉を喋る東郷少年の言葉は人には唸り声にしか聞こえない。
「そうだぞぅ。あれは病気の薬になるから直ぐに掘られて大きくならないんだぞぅ。」
「タマオさん、大きな唐芋をひと籠、敵の指揮をしている大男の前に置いて来れますか?」
「行けるよ和真、後ろのスケルトンさんに頼んで投げて貰えば。」
渓谷の中、最前線で人の軍を持ち前の素早さとトリッキーな動きで縦横無尽に翻弄し続ける東郷少年。
東郷少年を抜けようとした冒険者や剣闘士等はモーブの棍棒で押し返され。
兵隊達は東郷少年の後ろに控えるスケルトンの大軍達と矢の撃ち合いをしている。
スケルトンの放つ矢の先に付けられた30cmサイズの芋、それが人種を指揮している大男の前に30も撃ち込まれる。
「持って帰れ、その大きさと量でも足りないなら、その3倍迄ならくれてやる、森を荒らすな。」
なぜか植物の声が聞こえる東郷少年、様々な植物から。
「美味しく育ちましたよ、ここが食べ頃なんで収穫して下さいね。でもこっちはまだ育つから収穫しちゃダメですよ。」
なんて植物から収穫して良いと許可を貰い、様々な食べ物を少しずつ集めている。
集めた果実や種、地下茎等はモーブの住処の地下に作った保管庫の中で、保存のスキルを使って長期保存されている。
そのうちの大きく育って掘ってくださいと言われた芋を人に手に委ねる。
「黒い悪夢よ、十分な量がある、だが礼は言わん。いつか必ずキサマを突破して深淵の森を人の手に取り戻してみせる。全軍撤退!」
3分しか使えなかった着ぐるみが慣れて来るとどんどん使用可能時間が伸びて行き、今では半日程度は維持出来るようになっていた。
お笑い番組のコントに出てくるゴキブリの着ぐるみにしか見えないのだが性能は素晴らしく、殆どの攻撃を無効化する。
そして短距離なら飛べるのだ、まさに黒い悪夢。
「今日も何とかなりましたね。」
「和真が居ると大怪我を誰もしないんだぞぅ。」
「和真が居ると人の話が分かるから目的の物をさっさと渡して戦う意味を無くせるから助かるよ。」
3年かかって渓谷の中央部まで人を押し返した。
人種側の犠牲者は、まだ1人の死人も出ていない。
「和真は、先代の魔王様みたく優しい魔族なんだぞぅ。何となく見た目も先代の魔王様に似てるんだぞぅ。」
「魔王ですか……。見た目が似てるんだ……。」
日が暮れて渓谷の見張りを不死者達に任せてモーブの自宅のある大木のウロまで帰る途中で、和真、モーブ、タマオの3人は新しい人生を歩む事になる。
最初は空耳かと思った植物達の声が、ハッキリと聞こえるようになって、今では自分に話し掛けて来ているのが理解出来るようになった。
話し掛けて来たのは、ただの雑草。
「魔王様のおかげで、意識がハッキリとしてきました。でも無理はなさらないで下さいね。」
「魔王様、僕らの搾り汁は怪我の炎症を抑える効果があるので、必要な時はむしり取って下さいね。」
様々な植物達が東郷少年を魔王と呼ぶ。
モーブやタマオには言葉が理解出来ないようで、家に帰る途中で、何時も東郷少年が戸惑っているのを不思議に思っている。
「ねえ和真、草木達と何を話してるの?ワタシに言えない事?」
「それはオラも気になるんだぞぅ、教えて欲しいぞぅ。」
なんて事ない雑談ですよ、と言いながら家に辿り着いた。
「あれ、中に誰かいる……。」
家に異常があったのに気付いたのは、この3人の中で最も耳が良いタマオ、兎だけに。
「大丈夫だぞぅ、人は1人も森の中にいないんだぞぅ。きっと知り合が尋ねて来たんだぞぅ。」
ただいまと言いながら入った家の中には、3人の魔族。
1人は獅子の頭に山羊の角、屈強そうな肉体はミノタウロスのモーブに勝るとも劣らぬ大きさで、何時もモーブが座っている大きな足の椅子に座っている。
1人は、小悪魔とでも言えば良いのか、部屋の中でふわふわと浮きながら獅子の頭の魔族の鬣に掴まって帰宅した3人を見ている。
最後の1人は薄い色素の肌、薄緑の長い髪、細身の身体で背は東郷少年より10cm程高い170cm程の美しい女性、薄緑の髪に数輪の華の冠を付けている。
その3人の魔族が東郷少年を見た途端佇まいを直して魔族の正式な礼を取る。
『次代を担う新たなる魔王様、お迎えに上がりました。』
東郷少年は、ついにこの日が来たと思った。
モーブは、自分は魔物で魔王じゃないぞぅ?と思った。
タマオは何となく理解していたようだ、首を縦に振りながら何かに納得している。
ライ造と名乗った獅子頭、ポロと名乗った小悪魔、サマンサと名乗った樹魔族、3人ともが先代の魔王の側近で深淵の森の中央に建つ魔王城で魔族や魔物を束ねている3将と呼ばれる大魔族のようだ。
東郷少年やモーブやタマオが魔王城へと招かれた。
3将の作り出した転移門で一瞬の事だったのであまり移動した気はしていないのだが。
魔王城の大門の前に転移して来た東郷少年。
「江戸城じゃん、小学生の頃に父さんと分冊百科に付いてくるプラモで作ったよこれ……。」
お城のプラモとか渋い趣味だな。
「絶対日本人の悪ノリだろこれ……。」
中に入れば悪ノリだと思った事を後悔した。
「なんですこれ?どう見ても日本人をモデルにした彫刻でしょうけど、水晶?ガラス?」
胸の前で手を合わせて跪き、空を見上げながら祈る様な仕草の男の彫刻を見付けた東郷少年。
彫刻の額には2本の小さな角がついていて、着ている服はノーブランドのジャージである。
「先代の魔王様です。森の狂った魔力を正常にする為に、自らを犠牲にして魔水晶にお姿を変えて祈り続けています。」
「こちらを、次代の魔王に渡して欲しいと遺言を承っております。」
「蟲魔王様。我ら深淵の森に住む全ての魔族、魔物、動物、植物達が、貴方の誕生をお待ちしておりました。」
東郷少年が渡されたのは、もし君が日本人なら読んでくれと書かれた、汚れた白い封筒。
この手紙を読む者が日本人である事を切に願う。
5000年前に樹魔王様に託された魔王業だけど、僕は維持する事しか出来なかった。
それももう終わりに近付いている。
最近は、羽を出す魔力すら補充出来なくなった。
ある日突然こちらに召喚されて、額に大きな角を生やし、背中に四枚の羽がある僕を見て、人々は魔族と叫びながら僕を追い立てた。
人の世から逃げ出したよ、そして深淵の森に辿り着いた。
僕に初めに優しくしてくれたのは、小さい小さい1本の樹魔族の幼木と僕の頭の周りを飛んでいる黒い小さな綿毛とライオンみたいな顔に山羊の角が付いた子供だった。
その子達と行動しているうちに、いつの間にか魔王になった。
魔王になった時や魔王をしていた時の事は長くなるから省こう。
読んでくれているのが日本人なら、同郷のよしみで頼みを1つ聞いてくれないか?
今も何処かで生きているはずの、僕の先代の魔王様を探してくれ。
僕は森の魔力を維持するために魔水晶になる、だから探す事が出来ないんだ。
樹魔王ナメッコ、必ず何処かで生きているはずだから、探して深淵の森の現状を伝えてくれ。
願わくば僕が変化した魔水晶の魔力が切れる前に日本人に手紙が渡り、この手紙を読んでくれる者に本当の神の加護がありますように。
禽魔王 安西 隆文
背中に小さな羽が四枚ある水晶の前で手紙を読み、そこに書かれていた事を理解した東郷少年。
「その手紙に書かれている文字は、私たち魔族でも、人種の使う文字でも無く、誰も読めないのです。読めますか?蟲魔王様。」
サマンサから聞かれた事に東郷少年が答えた。
「教えて下さい、この手紙を書いた人の事を。教えて下さい、樹魔王様の事を。教えて下さい、森に何が起きているのかを。」
所々滲んだ手紙を片手に東郷少年は決意した、この手紙を書いた人の思いを、いつか叶えようと。
東郷少年が巻き込まれて行きます。
読んで頂けて感謝です。