閑話 蟲と融合して転生してしまいました
本編には東郷君の息子の慈王君の方が大きく関わるのですが、東郷君の過去編も、白い月パートで大きく関わるので書いておきます。
令和元年11月11日11時11分11秒、1人の少年の周りの時が止まった。
少年が腕に付けていた、高校の入学祝いに親戚からプレゼントされた電波式腕時計が、その時間を指したまま止まっているので正確な時間のようだ。
少年の名前は東郷 和真。
突然現れた召喚の魔法陣に吸い込まれる瞬間に少年に聞こえた言葉が二人分。
「東郷君、行ってこい。そしていつかまた会おう。」
「東郷少年、ニノさんにいくら迷惑を掛けても許します。必ず帰って来て下さい。」
その言葉の意味も分からずに、日本から東郷少年の存在が消えて行く。
その時の東郷少年はと言うと。
何時だったか、どこかで聞いた事のある、星プラチナなるほどThe世界の声が微かに聞こえてクスッとしてしまった。
天の川銀河から、東郷少年の存在は、過去にも未来にも現在にも全て消え去り、何一つ残ってはいなかった。
閑話 蟲魔王になった少年
惑星パンツの四大陸と呼ばれる中でも最も戦いが重要視されるアトラ大陸の中央部に聳え立つ霊峰アトランティス。
その西側の麓から最西端まで拡がる深淵の森と呼ばれる古来より人の侵入を拒んでいる大森林がある。
深淵の森の最東端に位置する、人の領域にほど近い木漏れ日の差す森の中に東郷少年は転移してきた。
数日前から体調が優れず、早退して帰宅途中の電車の中だったはずが、月に1度は行く祖父母の住む地域のような森の中に居る事に驚いているようだ。
手にいつの間にか握っていた手紙を読む、その手紙が何よりも重要な気がしたからだ。
「惑星パンツって何処よ!なんで俺じゃっとよ、他にいくらでんイケメンは居ったろ!ゴキブリとかなんよ!ちくしょうめえぇぇぇ!」
鹿児島県民特有の方言丸出しで叫ぶ東郷少年。
手紙の内容はこうだ。
私達は、惑星パンツを支配する邪神の力で白い月の中に封じ込められている神です。
私達が封じ込められたままでいると、惑星パンツの住人達が滅びに向かって行く事になります。
私達を信仰してくれる住人は、とても少なくなってきていて最早自力で封印を解く事すら出来ません。
貴方の人生を私達に下さい。
そして私達を解放して下さい、消え行く惑星パンツの住人達の為に。
貴方に特別な力を授けました。
テイミング特化と言われる特別なギフトです。
その他にも、無限収納と呼ばれるインベントリや強靭な肉体、多数のスキル。
内包する魔力は惑星パンツのトップクラスの物を授けました。
ステータスオープンと言葉を放てば、現在の自分の能力が確認出来ます、有効活用して下さい。
貴方の命が簡単に失われないように強い生命力を持つ昆虫であるゴキブリと融合させています。
その能力を使い世界を解放して、我々の封印を解いて下さいね。
白い月に封印されている神々より。
「ステータスオープンとかなんだよ、ゲームか? ラノベか? ちくしょうめぇ!」
15日がバイト代が入る給料日だった事と、今回のバイト代で原付通学に使う為の原チャリを手に入れる為の資金が貯まるはずだった東郷少年が、何も説明も無いままで異世界に飛ばされたのだ。
女子の方が多い学科に在籍していたので、中学の頃より数段モテたし、同じクラスに好きな相手も居た。
小学生の頃よりバイクに憧れて、ついに手が届くと言う直前だったのに、未知の世界に飛ばされた。
そして何よりも重要なのはゴキブリと融合したと言う事、せめてカブト虫にしてくれよと嘆く東郷少年。
ゴキブリも凄いんだぞ。
トンボ学〇服に身を包む東郷少年。
手紙の裏面に授けられた能力の使い方が書いてあるのを読んでいる。
「え〜と、こうかな?」
まるで仮面ラ〇ダーの変身シーンのような動きをする東郷少年。
最後のキメポーズで着ていた学生服が変形する。
「ちょ、これ着ぐるみやらよ。なんよこれ!」
見た目がコント番組に出て来るような、ゴキブリの姿である。
「しかも3分しか稼働しないとか、ウルト〇マンか!」
腕時計を見ると秒針が止まっている。
「うわぁ、G-SH〇CKが壊れとる。大切にしとったのに。ショックだ……。」
日付や曜日はデジタルだが、時計そのものは針で示すタイプのG-SH〇CKが壊れて居る。
修理出来るのかな?と考える東郷少年。
無理だよ惑星パンツじゃ。
東郷少年が現状を把握しようと森の中を捜索し始める。
母方の祖父母の住んでいる鹿児島県長島町の山の中の家と比べたら、まだ少しマシなかんじのする森の中なので少し安心している。
「ワラビもゼンマイもあるし、アケビもある。
栗も落ちとるし、山芋の蔓もあるし、ムカゴもある。水と火の確保が出来たら、とりあえず腹は満たせるか……。」
小学生の頃に母方の従兄弟と共に山の中で走り回った経験が生きているようだ。
普通の高校生は餓死するよ、鬱蒼と繁る森の中に飛ばされたら。
胡桃を見つけた東郷少年が、虫が入ってない胡桃をより分けるのに集中していたら、後ろにあった藪がガサゴソと動き出す。
「あんれまぁ、魔族様でねえか。こんな端っこによくぞおいで下さいました。」
「うわぁ!!牛?牛ですよね?あれ?言葉が分かる……。」
目の前に現れたのは角が付いた兎を抱き抱える牛のような生き物。
「オラは、牛じゃないぞぉ。ミノタウロスだぁ。」
「あたしは、角兎です。よろしく魔族様。」
ピチピチのビキニパンツ1枚に背中に棍棒を背負ったミノタウロスと、額と頭頂部に尖った角がある兎に挨拶された東郷少年。
「魔族なんですかね僕って……。東郷和真って言います、ミノタウロスさんと角兎さん、よろしくお願いします。」
普通なら逃げるんだろう魔物の見た目、だが抱いている兎のせいで、ホッコリしてしまった東郷少年は普通に挨拶してしまった。
「ミノタウロスのモーブだぞぅ。森の端っこの見張りをしているんだぞぅ。」
「モーブと一緒に人種を見張っているタマオです。恋人募集中なので、カッコイイ角兎族が知り合いに居たら紹介して下さい。」
突然現れた魔物と普通に会話出来ることに驚いている東郷少年。
テイムスキルで言葉が理解出来るのかな?と考えている。
通常のテイムだとテイミングしていない魔物の言葉は理解出来ないのだが知る由もない。
「あれ?お二人って怪我してません?」
「してんるだぞぅ、オラは小さい擦り傷だから大丈夫だども、タマオさんが後ろ足に大きな切り傷を受けて歩けないんだぞぅ。」
先程ステータスを確認していた東郷少年はスキル一覧の中に治癒魔法・中とあったのを思い出したようだ。
後ろ足の膝の部分が骨が見えているタマオさんに向かって。
「治癒魔法ってのを使えるみたいなんで、試していいですか?」
東郷少年が問い掛けてみれば。
「さすが魔族様だぞぅ。オラ達魔物は治癒魔法なんて使えないんだぞぅ。」
「お願いしていいですか?見張りの交代まで、まだ少し時間が残っているので。」
治癒魔法の使い方が何となく分かる東郷少年。
最初に治療魔法で傷口を綺麗にした後に治癒魔法を発動する。
治療魔法の緑の光が収まった後に、治癒魔法の薄い白い光にタマオさんの後ろ足が包まれて、傷口周りの体毛まで健康な状態に戻っている。
「ほええ、こんな綺麗に治る治癒魔法とか初めて見たぞぅ。」
「上手く出来たみたいで安心しました。」
「東郷様、ありがとうございます。」
バイトで散々怒られたり注意されて、素直に褒められたり感謝されたりに慣れていない東郷少年にはとても嬉しかったようだ。
その時からこの3人は常に行動を共にする事になる。
テイムスキルも使っていないのに。
その日から2ヶ月程過ぎたある日。
モーブの自宅である巨木のウロに居候させて貰っている東郷少年は、日々自分の能力の確認や仕事に行くモーブやタマオの食事の準備をしている。
「タケノコがあると思えばミカンもある、タラの芽もあれば唐芋もある、指宿産と変わらないくらいのオクラも生えてる。季節感がバラバラだけど異世界だから良いのか?」
何故か植物を採取する時に微かに聞こえる、美味しそうでしょ?と言う声に戸惑いながらも空耳だと思いながら日々採取に励んでいる東郷少年の耳にモーブとタマオの叫び声が聞こえた。
「うわ!なんだよ。モーブさんがやられたのか!」
走り出す東郷少年、後に自分の事を語る東郷少年が言うには、この時に東郷少年は人間を辞めたとの事だ。
東郷少年がミノタウロスのモーブと角兎のタマオの元に辿り着いたのは叫び声が聞こえた3秒後、転移スキルで飛んで来たのだ。
東郷少年の目の前には、全身矢が刺さり腹を切り裂かれ仰向けに倒れて動かないミノタウロスのモーブと、2本の槍が首元に突き刺さり、滑らかな毛並み焼け焦げて絶命している角兎のタマオ。
動き安そうな革鎧に身を包んで剣や弓や杖を持つ屈強そうな人間達……。
その光景を見た時、東郷少年の覚醒が始まる。
ドムンと言う音と共に空気が弾けた、その瞬間6人居た人間達は吹き飛び、木や岩や地面に打ち付けられて半数は気絶したようだ。
「なんだよこれ、なんだよこいは、何やっといよっと人間っ!」
気絶しなかった人間は即座に戦闘行動に出る。
盾を持つ獣の耳が付いた人間と剣を持つ人間が魔法障壁を貼る肌の紺色な人間の後ろから飛び出してくる。
額に触覚を生やし、頭頂部に30cm程の角が付いている東郷少年を魔族と判断したようだ。
東郷少年は、ただ盾を片手で押しただけ。
それだけで盾を持つ人間は吹き飛んだ。
剣を振りかぶる人間に向かい東郷少年は剣と腕を掴み投げ飛ばしただけ、それだけで剣を持つ人間は地面に強かに背中を打ち付けて気絶してしまった。
最後に残る魔法障壁を貼っていた魔人の冒険者は、東郷少年から発せられる巨大な魔力の塊を受けて魔法障壁ごと吹き飛んでしまった。
「モーブさん……タマオさん……。死んじゃダメだ。」
涙に顔を歪めながら、何度も何度も治療魔法や治癒魔法を繰り返す東郷少年。
しかしモーブとタマオが動き出す事はない。
これまで16年しか生きていない東郷少年からすると、知り合いの死に直面する事など殆ど無く。
それがさらに2ヶ月ほど一緒に暮らした相手である事など初めての事。
人間達が動き出した時に東郷少年が怒りに震えながら人間達に話しかける。
「お前達、二度とここに来るな。次に見付けたら殺す。」
武器すら拾わずに人間達が東郷少年の前から逃げ出す。
人間達の領域へと向かい。
途方に暮れる東郷少年、せめて墓でも作ろうとモーブの自宅にスコップを取りに向かおうと2人の遺体に背を向ける。
「死ぬかと思ったんだぞぅ。」
「魔石抜かれてない、生きてる!」
魔物や魔族は、体内の魔石を抜かれない限り死ぬ事は無い。
魔石が残っている限り、魔石の魔力が残っている限り、魔力を吸収して復活する。
その際に30分ほど仮死状態になり治癒や治療を受け付けないのであるが、東郷少年は知らなかった。
「モーブさん?タマオさん?」
「東郷様が、追い払ってくれたの?」
「さすが魔族様だぞぅ。今日の冒険者は強かったから死んだと思ったぞぅ。」
涙と鼻水と嗚咽で顔をクシャクシャに歪めながらモーブとタマオに抱き着く東郷少年。
この日に決めたらしい、魔物達や魔族達と共に生きる事を。
自然がいっぱいな地域で少年時代を過ごすと、花の蜜とか吸いますよね?
食べられる野草や木の実の知識もつきますよね?
読んで頂けて感謝です。