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おっさん家!  作者: サン助 箱スキー
5章 レシプロエンジン完成しました。
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丸兎昔語り 帰郷する茂助と兎

マルトさんと茂助さん田舎に帰ります。


*1 忘八者=遊郭の店主等をこう呼んだ。

*2 禿=遊郭に買われた女の子、まだ客を取る程に大きくなっていない。

*3 一尺=約30.3cm。

*4 鯉口を切る=刀を何時でも抜けるように、少しだけ(さや)から引き抜く事。


 綱吉公がマルトさんの話に出て来てから、マルトさんがヒートアップしてきた。

俺の焼酎も三杯目、少しだけ頭がフラフラしてきたのが分かる。


「そんな所で出会ってたんですね、カンタ君と。」


「ニノさんはカンタ様とお知り合いなのですか?」


そりゃね殆ど一緒に暮らしてるようなもんだからな。


「私の住んでる家の敷地に、家を作って住んでますよ今は。」


なんとなんと、なんてマルトさんが言いながら話を続けてくれる。



   兎が神になった理由(わけ)



 店の庭に(しつら)えてある兎小屋の周りの草に1匹の螻蛄(オケラ)も住んでいる。

この螻蛄の名前は螻蛄のカン、虫けらの神である。


「トトよい、オイラ江戸に住むのは初めてだけどよ、やっぱり田舎が良いと思うよ。でもここは良いな、草も木も、井戸の水もちゃんと綺麗にしてあるからな。」


「ムキュムキュ……。」


やっぱり兎じゃ会話は無理かな?と言う螻蛄の神。


「お前も出雲に行って解脱してくりゃ話せるのによ、オイラ兎語は覚えて無えからな。仕方ねえ人間になるかな。」


そう言って、十を少し回った子供の姿になる螻蛄の神。

額に生えた触覚を、少しだけ揺らし見えなくする。


「まっ、飼われてたら無理か。両国に相撲でも見に行こ。」


モキュとしか答えない兎に行き先を伝えて庭から出て行く。

兎小屋の周りの(しげ)った草が江戸での住処なので帰ってくるのだが。



 そんなこんなで、数年が過ぎた。

その間に何度も綱吉公が茂助を尋ねてくる。


小さい蝋燭一本買うのに毎回茂助と話し込むのだが、店の者は誰一人とて小言すら言わない、小さな侍が何処の誰かを知っているようである。


「なあ、お若いお武家さん。貴方様のお歳はいくつなんだい?初めてあってから八年も経つってのに見た目が変わらんじゃないの。」


そりゃそうだ、背が低いだけで、だいぶ前に成人してるからな。


「余は既に五十を回っておるわ、背が低いが子供では無いぞ。」


「お武家さん、冗談なんておよしよ。この茂助、如何に田舎の育ちだからって簡単には騙されません。」


茂助と初めて会った時には綱吉公は既に四十二だった。

全く信じておらんなと言いつつも楽しそうに笑っておられる。


「して、茂助。お主は今の上様をどう思う?」


唐突に聞かれた事に対して、恐れ多くも将軍を語る事などできる訳もなく。

しかし頭の回転が早く頭脳明快であるのに、少しだけ馬鹿な茂助は。


「ここ数年で威張り散らかし刀を抜くお武家さんが減って、切り殺される町人が減った。他所の国の、とんでもなく重い年貢を取っていた藩が潰れて、百姓の年貢が軽くなった。先代の上様の話を聞くと、今の上様の治世は、良い世の中だと思いますよ。」


などと、本人と知らずに話してしまう。


「さようか、それは良かった。」


真面目ではあるが、偶に江戸城を抜け出し江戸の街を散策するのが楽しみな綱吉公。

兄のさようせい様がやりたかった事を、少しでも出来ている自分の事を茂助に言われて、今はとても上機嫌である。


だが茂助が小声になって目の前の綱吉公に更に話す。


「しかし犬御殿は、やり過ぎですよね。あんなに金子(きんす)を使っているのに、餌は野犬が食わぬような残飯の如く。物乞いや無宿人に面倒を見させて、金子を浮かし。更に各藩邸に売りに行ってるらしいじゃないですか犬肉を。どこで誰が中抜きしてるか知りませんが、あんなに金子が掛かると思いませんがね。」


なんて言ってくれる。

おかげで上機嫌だった綱吉公が、少しだけむくれたようだ。


『あれは、気狂いの病に罹った犬を隔離させているだけなのだがな……』




 そんな話をしている綱吉公と茂助の側を犬と禿(*1)を連れた派手な着物の忘八者(*2)が通る。

吠えた犬を殴る男が連れている禿を見れば、様々な怪我が治っておらず、鼻が折れて腫れ上がってている。


「ほれ、そこの忘八者。犬は吠えるのが仕事よ、殴るでない。それにそちらの禿は、まだまだ子供であろう。」


んだあ文句あんのか、と凄む男に対して綱吉公が前に出る。


「お若いお武家さん、やめときなよ。あんたじゃ勝てんよ、あれは吉原の忘八者だよ。」


茂助は軒に隠れておれと言いつつ綱吉公が、凄む男の目の前に立つ。

身長差が一尺(*3)以上もあり、見物する通行人は全て忘八者に賭けているようだ。


匕首(あいくち)を抜いた男が、綱吉公に禿を殴り自分の所持品だと主張する。


道行く見物人は、綱吉公が殴られて泣き叫ぶ事を期待しているようだ。

だがしかし……


音がなったのは、鯉口を切る(*4)時と納刀した時のみ。

シャリっと音がしたばかり。


 忘八者の首が音もなくずり落ちる。

見物していた通行人は皆が青ざめ、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

連れていた犬は、首に繋がれた紐が邪魔して逃げられず、禿は腰を抜かして座り込んでしまった。


「こんな者が()るから、生類憐みの令なぞを作らねばならんのだ。」


綱吉公が呟いた声を聞き取れたのは、店の軒先に(しつら)えてある長椅子の上で丸くなる兎だけだった。


その後に騒ぎが大きくなり、役人に綱吉公と、初めから見ていた茂助がしょっぴかれる。


しかし奉行所に付いた後に綱吉公が刀の鞘にある三つ葉葵の紋を見せた途端にその場の全員が頭を伏せる。

気付かぬ茂助だけが立ち尽くしたままである。


「茂助よ。さっきは、この綱吉に言うてくれたな。耳に痛かったぞ。しかし痛い言葉ほど捨ててはいかぬな。しかと心得ておく。」


奉行所の与力に説明される迄、自分の置かれた状況が全く分かっていない茂助であった。




「うわぁ茂助さん打首ですか?と言うか綱吉公ってカッコイイじゃないですか。見えなかったんですか?首を切る瞬間って。」


少しだけ呆れ顔のマルトさんが。


「武家の頂点に立つ征夷大将軍様ですよ、強いに決まってるじゃないですか。御留流の柳生新陰流もですし、小野派一刀流の何方(どちら)も達人クラスですよ。」


太平洋を泳いでる場合じゃ無かったな……




 その後に茂助は、何も無く解放され店に戻される。

数日後に、この店が将軍家御用達になる事をまだ誰も知らぬ。



「それからの四年は幸せに暮らしましたよ。私も茂助さんも、お店の方々も。それにちょくちょく顔を出される綱吉公も。」


「身バレしてからも綱吉公は、茂助さんの所に通ったんですね。でも五年後は?」


それはですね……


当時、日本全国に災害が降り注ぎ始める頃でした。

刀を振り回し処罰を受けた旗本の方々も沢山いらっしゃって、職を失った侍は何になると思います?

盗賊ですよ、刀を使ってね……


あの日は……


 冷たい西風が少しだけ緩んで暖かくなって来た頃でした。

茂助さんは若旦那様に連れられて、若旦那様の奥様の実家に行っていたので、助かりましたが。


将軍家御用達の大店(おおだな)ですから狙われましたよ。

そして若旦那と若奥様と茂助さんを残して店の人間は小者(こもの)も丁稚も皆殺しになりましてね。


店の床下に隠してあった千両箱だけが若旦那様に残された財産でした。


その財産から五十両、茂助さんは頂いて暇を貰ったんです。今で言うとクビですね。


茂助さんは若旦那に何一つ文句も言わず、田舎に帰るんです。

小屋に隠れていた私を抱いて。

帰る途中の宿場町で、雌鳥を五羽と雄鶏を一羽買って。


 店が野盗に皆殺しにされたのを綱吉公が知ったのは、茂助さんが帰省して半月の後の事だと、カンタ様に後で聞きました。



 「なんと言えば良いのか……」


「もう昔の事です。私の中では一区切り出来ているのでお気になさらず。」


マルトさんのコップに焼酎を注ぎながら、俺は既に水を飲んでる。


マルトさんって意外と飲むな……



徳川綱吉公カッコイイ話と、こうであって欲しかったな、と言う筆者の願望を混ぜた回でした。


八代将軍徳川吉宗公が手本にしたほどの治世を作った人ですもん。

これくらい盛っても良いでしょ?


読んで貰えて感謝です。


ハイファンタジーに挑戦中の

【ゴブリンスレイヤー】ゴブタク【風間拓斗の苦悩】もよろしくお願いします。

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