閑話 武具を作らないドワーフ
武器を作らなくなった理由
ドワーフ四人が魔物の島に来てから1年が過ぎようとしていた。
「お前達、今日帰れ。」
今日も、何時もと変わらぬ日常がやってくると思っていた四人はいきなり帰れと言われて困惑する。
「今日ならアトラ大陸の霊峰に繋がる転移門が動く。今日を逃せば来年。だから今日帰れ。」
アトラ大陸にある最高峰の山の頂上にある聖域への転移門とは別に、山の中腹程に魔物の島に繋がる転移門が開く日。魔物の島に六つの月が全て登る日。
「いきなり帰れと言われても帰れんぞ。」
「そうじゃ、あと数ヶ月で地竜が襲ってくるんだろ。奴を叩き殺すまでは帰れん。」
昨年25人のゴブリンを食い殺した地竜の襲撃を、二度と来ないように叩き殺すつもりで、前回の襲撃から棍棒をグレードアップし続けて来たドワーフ四人。
「今年の地竜は、沢山来る。去年子供を産めなかった。だから今年は沢山食べるのに何匹も来る。」
一匹ですら25人の被害を出した地竜の襲撃が、今年は複数体来ると言う。
「尚更だ。お前達だけでは食われるだけだろう。世話になっとる礼だ。地竜共を叩き殺してやるわい。」
騒ぎ立てるドワーフの声を聞いて、エルフが眠そうに家から出てくる。
「帰るわよ、あんた達準備しなさい。」
「エメリーさん、そんな事言って良いんですか?アナタだってお世話になってるでしょ。」
「ドワーフ四人、あんた達と私は何?ゴブリン達は何?ちゃんと考えなさい。」
人と魔物。ドワーフもエルフも人種。ゴブリンは魔物。
そしてここは魔物の島。
「木を削る人。貴方から教えて貰った器の作り方は忘れない。」
アルトがゴブリンの女性から何かを受け取りながら握手を求められる。
「美味い酒を作る人。貴方の教えに従って、これからも美味い酒を作る。」
ゴブリンの中でも一番に酒造りが上手い男がコリンナに何かを渡した後に握手を求める。
「大きな棍棒を振り回す人。貴方の力強さはゴブリン全員の憧れ。いつか我々も同じ大きさの棍棒を振れるようになりたい。」
ゴブリンの中でも一番の戦士と言われる男が、ゴスペルに何かを渡しながら握手を求める。
「盾で地竜の牙を受け止める強き髭の人。貴方の後ろ姿を我々ゴブリンは忘れない。」
ゴブリンの老人達が、一人一人ドルトムントの髭を触りつつ何かを渡していく。
「気高き森の人。貴方のおかげで森が生き返った。貴方の優しさを我々は永遠に伝え続ける。」
ゴブリンの子供達がエメリーに近づき、ありがとうと言いながら何かを渡す。
五人が渡された物は、ドングリの実をすり潰して作ったパン。見た目はナンとかチャパティに近いが。
「我々チョモの血族。パンは、とても大切な食べ物。沢山塩を練りこんだから、長持ちする。」
チョモの現族長が五人に近付いて来る。
「今の季節ならアトラ大陸は真夏、だから凍えない。霊峰を下る時に食べてくれ。」
集落の中央に位置するストーンヘンジが怪しく光り出す。
「行くわよ、ドワーフ。」
四人のドワーフは、涙と嗚咽で声を出せなかった。
だが、力の限り手を振り、見送るゴブリン達にさよならを告げる。
「地竜が襲ってくる前に集落の場所を変える。だから地竜の襲撃も怖くない。安心しろ髭の人、森の人。」
転移門に入った直後に聞こえて来た声を聞いて、涙を流す五人は少しだけ笑顔になれた。
アトラ大陸最高峰の山の中腹。五人が転移して来たのは、ドワーフ四人の故郷に近い場所であった。
「ゴッペ、ここなら分かるぞ。あっちに行けば故郷だ。」
「エメリーさん、あまり野菜は無いけどお酒ならたっぷりあるわ、一度寄っていってくれませんか?」
ドルトムントが行き先を示し。コリンナがエルフを誘う。
「そうね、ある程度装備も揃えないと天元大陸まで帰れないわ。しばらく冒険者として活動しながら帰る資金を貯めるのにお世話になろうかな。」
エメリーの故郷は、中央大陸から見て南西に位置する天元大陸の自由交易都市。
「エメリーさんよ、ワシらの親に頼めば世界樹の枝から作った弓でも用意出来るぞ。金剛木だとエルフには重いだろうからな。」
「世界樹の枝とか、どんだけ金持ちの実家なのよ。私の親は、木工ギルトのギルドマスターだからお金はあるけど、世界樹の枝なんて手に入らないわよ。」
ドワーフ四人とエルフ、これからの事を話しながら楽しそうに山を下る。
この後に絶望が来るとも知らず。
ドワーフ四人の実家のある工場街は、鉄を溶かす高炉の煙が絶えず。その煙突は、遠目に見ても分かる物なのだが、煙突は見えず、煙すら上がっていない。
「何じゃ!街が……街が無くなっとる……」
廃墟と言えばいいのか。瓦礫の山と言えばいいのか。
そんな景色が広がっている。
五人が走り出す。瓦礫の山の近くにボロ小屋が建ち並ぶ場所へと。
「誰かおるか!ガムラスの息子のドルトムントだ。知り合いはおらんか?」
大声で叫ぶ、知り合いが1人でも居ればと思い。
四人のドワーフの叔母にあたる女性が居たようで、何があったのかを聞く四人。
数ヶ月前に魔族の軍隊が攻めてきて、街の全てを破壊して行った。
その時にドルトムントとゴスペルの両親は、子供達が帰ってくるまで店を壊される訳にはいかんと言い、魔族の軍隊と戦って死んだと言う事だ。
なぜに魔族の軍が攻めてくるのだと叔母に詰め寄るゴスペルに叔母が答えたのは。
人に奪われた魔物達の命の怨みを晴らすために。
人に奪われた魔物達の住処を取り戻すために。
人に奪われた魔物達の魔石を取り返すために。
そんな言葉を全軍で叫びながら襲って来たと言う事だ。
途方に暮れる四人のドワーフに、エメリーが話しかける。
「ねえ、あんた達四人さ。天元大陸に来ない?手に職は持ってるんでしょ?木工ギルドのつてで仕事くらいあげるわよ。」
その言葉を聞いても、四人のドワーフ達は魂が抜けたかのように、暗い表情が晴れる事は無い。
「鍛冶ギルトにだって、紹介状用意してあげるから。さあ立ちなさい。行くわよ。」
無理矢理四人のドワーフを立たせて、エルフが先頭を歩き出す。
「海を渡るお金くらいなら、この葉っぱとキノコを売れば余裕なのよね。」
魔物の島で手に入れた、外界では絶滅した神力草、効能は世界樹の葉に劣るが、最高級のポーションの材料になる高級品である。
キノコの方は万病の薬と言われるものである、見た目はエリンギなのだが。こちらも高級品。
数日後。
ヘルポートから出航する船に乗り五人は天元大陸にたどり着いた。
「のう、エメリーさんよ。俺は鉄を叩くしか能のないドワーフだ。だがもう武器は作らん。だから細工ギルドに紹介してくれんか?」
「どうしたのよ?鍛冶をやるドワーフなら武器を作れて一人前なんでしょ?」
突然ゴスペルに言われた言葉に疑問符を浮かべるエメリー。
「ワシも武器は作らん。しかし鍛冶しか出来んから鍋やフライパン、その他の生活雑貨を作るぞ。」
「私も弓や矢、杖なんかの武器は作らない。農具の柄を作る方がいいし、木の器を作る方が良い。」
ドルトムントもアルトも武器は作らないと言う。
「私は、お酒を作るわ。もう武具を作るのは止める。」
コリンナまで武具を作らないと言う。
「何よあんた達、どうしたの?別に武具だけがドワーフの仕事じゃないだろうけど、生き甲斐だったんじゃないの?」
エメリーの言葉に、ドルトムントが四人の思いを話す。
「あの島で生きた一年は楽しかった。辛いこともあったが笑っていられた。武器なんか棍棒くらいしか無くてもだ。」
ドルトムントに続いてゴスペルが話す。
「他人を傷付ける武器なんか、もうコリゴリだ。二度と作らん。命を奪う武器なんか作りたくない。」
「そうね、あんた達の考え方嫌いじゃ無いわ。でも無理はしちゃダメよ。」
四人の思いをよく分かる唯一のエルフ。
この後もこの五人の仲は、別れの日まで変わることが無かった。
聖域の新ニカラ村の大食堂。
「とまあ、こんな感じじゃ。」
なぜ肉を食いたくないのか?なぜ武器を作らないのか?と螻蛄の神に聞かれて、答えた四人のドワーフの昔語りが終わる。
「ちょっ、パンさん。なぜに号泣しとるんじゃ?」
そりゃそうである、滅んだと思っていた血族が脈々と生き続けていると六千年の時を超えて知ったのだ。
チャの胸にしがみつきながら号泣している。
「そう言えばエメリーさんと言うエルフさんですが、もしかして木工ギルトの受付嬢じゃないですか?」
この聖域の主で惑星パンツ圏の主神でもあるニノに聞かれる。
「おっ!ニノ様、会ったことがあるのか。そうじゃ受け付けに座っとったエルフがエメリーじゃ。愛想が無かったじゃろ?」
「あれは真顔だと少しだけ微笑んどるように見えるからの。微笑んどると美人過ぎて、男が寄ってきて叶わんと常にしかめっ面しとるからの。」
そんな理由でしかめっ面だったのかと少しだけヘコむ神。
「エメリーさんって聖域に呼ぶ事って出来ないですかね?」
ヘコんでいることを悟られ無いように、しかしエルフも勧誘したいなと思って聞いてみる神。
「ナメッコのエントが生きておると言えば、荷物1つ持たずに押し掛けて来るぞい。あれは植物バカじゃからの。」
それじゃ四人で勧誘して来て下さいと神に言われて大興奮のドワーフ四人組。
聖域の夜の大地を、六つの月が優しく照らしていた。
聖域は今日も平和です。
ドワーフ四人組の昔話でした。
ベジタリアンで武器は作らないドワーフを考えたら、こんな感じになりました。
5章ではエルフのエメリーさんが聖域に来ます。
というか、5章のプロローグで登場予定です。
ここまでのキャラの補足情報と新キャラ紹介を書いてから5章を開始しますね。
読んで貰えて感謝です。
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