閑話 鋼の肉体を持つ肉を食わないドワーフ
鍛冶仕事や木工で鍛え、冒険者として生きた戦う身体。
チョモの集落に四人のドワーフが転がり込んで既に2ヶ月が経とうとしていた。
その間に産まれたゴブリンの数は18人、どの赤子もよちよちとハイハイで動き回り、乳を飲んで糞を垂れる。
「髭を引っ張るなミカン、涎を擦るなアンズ。」
「気に入られちゃったわねドルトムント。」
この集落で産まれた子供は、全て同じように育てられる。
大人のゴブリン達が代わる代わる面倒を見ながら、ゴブリン流の教育をしているようだ。
「しかしゴブリンの成長と言うのは、早いもんだの。産まれて1週間で歩き回るとは、驚く事しか出来んぞ。」
「そりゃそうでしょ、この子達は弱いの。魔物の森でも一番に弱いの。だから群れを作って生きるし、直ぐに立ち直れるように、大きな財を持たないの。」
成長の早さの理由を弱さと言い切るエルフ。
しかしドルトムントは、そう思わなかったようで。
「コイツらにも武器を作る技術がありゃ、そんなに弱いもんでも無かろう?」
「そして森を切り開いて、他の生き物が住む場所を奪って行って、他の魔物が凶暴化するのね。四大陸みたいに。」
………………
「棍棒だけで良いんじゃろか?盾の1つも持たんでいいんじゃろか?」
「それがゴブリンの生き様だもの、良いんでしょ。」
そうかと呟き、子供達の面倒を見始めるドルトムント。考え事をしながら子供達を見るのは危ないと大人のゴブリンに怒られるのは、直後の事である。
その頃、他の三人のドワーフは大人のゴブリン達と共に森の恵みを採取に来ていた。
「最近、肉を食う事も無くなったが、これでも十分に美味いなあ義姉さん。」
木になっている四大陸では見た事が無い果物を頬張るゴスペル。食べているのはバナナだったりする。
「これだけ甘い果実なら美味しい果実酒が作れそうね。作り方を考えて見ましょうか。」
「コリンナ義姉さん、それはいい考えだわ。ゴブリン達も喜んでくれるかしら?」
口噛み酒?と思う方も居るかもだが、酒の一族ドワーフに口噛み酒を作るなんて言ったら殴られるぞ。
ドワーフ特有の火酒を混ぜて糖化させ、火酒の中で生きる微生物が発酵を促して酒に変化させる。
不思議な酒、ドワーフの火酒がまだ数瓶残っている。
大人のゴブリン達も十分に採取が終わったようで、集落に向けて帰っていく。
食料採取をしないゴブリン達が森を整備する。
排泄物を溜めた穴に枯葉を押し込み掻き混ぜる。
日本で言うと肥溜めと同じ物だ。
食べた果実の食えない部分や、落ち葉を入れて発酵させる時に出る熱で寄生虫を処理する。
一年近く発酵させて作られた肥料は、森の木々や草等にうっすらと撒かれる。
そして森の恵みにと変わっていく。
この2ヶ月死んだゴブリンの数は10人、どれも老衰や病気なのだが、死んでどうなるかと言えば、森に返される。
沢山生えている果実の実る木々の根元に、土葬である。
自分達の身体が木々の栄養となり、実った果実が集落の食となるように。
それから更に2ヶ月が過ぎた。
「みんな逃げる準備をしろ。棍棒を持て、奴が来るぞ。」
穴に潜った野ウサギを見て数人の男のゴブリンが叫び出す。
繁殖期に肉を得るのに、この集落を狙って毎年やってくる奴が居るからだ。
「何が来たんじゃ?ワシらも戦うぞい。」
「矢の数も十分に用意できてるわ。鏃が付いてるのは数本だけど。」
「木の大盾じゃが五枚もあれば代わる代わる使えるだろ。」
「火魔法だと森を焼くから土魔法主体で行くわ、地面に陣が浮かんだら気を付けて。」
ドワーフ四人が武器を構える。しかしゴブリンが止めに入る。
「鉄の武器はダメ。相手は武器なんか持っていない。鉄の武器は強い。だけど卑怯。」
「あんた達、一緒に戦うつもりなら、棍棒に持ち替えなさい。」
ゴブリンと一緒になってドワーフに忠言したのはエルフであるエメリー。右手に棍棒を持つ、エルフなのに。
「弓もダメよ。私ですら弓を使わないんだから。」
走り出すゴブリンの男達、普段は温厚な者達だが、この時だけは凶暴化する。
「何じゃありゃ!地竜じゃろうが!あんなモン相手に棍棒だけで挑むんか!」
地球で言えばアロサウルス程の大きさと外見で全身が被毛で覆われている地竜。
この島の主である。
「ドルト兄さん、エルフに負けるな!走るぞい!」
ゴブリン達の持つ棍棒より少し大きめの棍棒を片手にゴスペルが走り出す、前を走るエメリーを追い越せと言わんばかりに。
ゴブリンの先頭が地竜の眼前に迫ろうと言う時。
木々や草花がうねり出す。
森精人が森の人と呼ばれる理由でもある植物操作を発動したからだ。
うねって足に絡み付いた植物を、うっとおしそうに引きちぎろうとする地竜にゴブリン達が飛び付く。
「どりぁぁぁぁぁ。」
怒号を上げてゴスペルが棍棒を地竜の足に叩き付ける。
エメリーが持ち前のジャンプ力で地竜の背に飛び乗り、首を殴りつける。
弦を外した金剛木の弓を棍棒のように振り回しアルトが前足を牽制する。
木の大盾を複数枚背に持ち、地竜の噛み付きをドルトムントが受け止める。
コリンナの放った魔法が発動して土の壁が凪払われようとするゴブリン達の前に立ち上がる。
死闘であった。四辛ダンジョンの最深部のボスよりも、遥かに強い地竜を相手に。
1人1人と力尽きるゴブリンが食われて行く。
四人のドワーフと一人のエルフは、血まみれになりながらも、持ち前の種族特性を生かして戦い続ける。
日が沈み始めた頃に戦いも終わった。
地竜が抵抗に嫌気が指して撤退したからだ。
怪我をしていない者など1人も居ない。
今朝まで笑っていたゴブリンが肉塊に変わっている。
生きている者は怪我した身体のままで、仲間の遺体を丁寧に木の根元に埋めていく。
五人の他種族も手伝っている。
「25人か……沢山死んだのう。」
「去年の半分じゃない。すごい事よ、誇りなさいドワーフ。こんなに少ない犠牲で済んだのは、あんた達のおかげなんだから。」
ゴスペルが、バナナの酒を美味い美味いと飲んで共に森の恵みを採取したクコという名のゴブリンの遺体を埋める時に、堪えきれなかった涙を流す。
「何じゃこりゃ。こんな理不尽な事があっていいんか?」
「外の世界で貴方達がゴブリンにして来た事と同じよ……いえ違うわね。地竜はゴブリンを食べるもの。貴方達は殺すだけ、殺して魔石を奪うだけ。どう?考え方が変わった?」
四人のドワーフは、何も答えない。
ただひたすらに、己達の行動がどれだけ残酷で傲慢だったのかを恥じて。
何も答える事が出来なかった。
ゴブリンの集落に何時もの日常が戻ってきた。
先日の地竜の襲撃の際に受けた傷など、どこ吹く風。
変わらぬ日常が流れていく。
「ドルト兄さん、俺はもう肉は食わんぞ。」
「ゴッペ、ワシも同じ事を考えておったわい。」
「あんた達ってほんとバカね。極端過ぎるのよ石頭ドワーフ。」
肉を食わないと言った兄弟に対して、皮肉を言うエメリー。
「殺したならちゃんと食べてあげさない。もしくはちゃんと土に返してあげさない。それくらいで良いのよ。」
「石頭とは、何じゃ。」
「だってそうでしょ、一切肉を食わないって土精人の社会で生きてたら無理でしょ?出来るだけ食わないって言い直しなさい。」
石頭と言われて怒り出そうとしていたドルトムントをエメリーが諌める。
「おんしら、エルフは知っていたのか?知っていたから肉を食わんのか?」
「草食なのは元々よ、ここに来るまで……違うわね……ゴブリン語を覚えるまで知らなかったわよ。」
「そうか……」
「ゴブリンがエルフを攫う理由を教えてあげるわ。」
ドルトムントとゴスペルがエメリーの言葉を聞き漏らす事が無いよう真剣な眼差しを向ける。
「エルフって植物操作出来るでしょ?だからなのよ。森の弱った木を助けてくれって言われたわ。森の弱った草を助けてくれってね。体の中にある魔石を渡すから助けてくれ森の木々を。そう言われたわ。」
目を見開いて震える二人のドワーフ。
「言葉が分かれば、全てワシらの勘違いだったのだな。」
「そうね、勘違いで何人もゴブリンを殺したわ私も。」
「償えるのかのう?」
「そんな事、求められて無いわ。だから気にしないの、これからどうするかよ。これから。」
島に春が訪れ、春の桃祭りがすぐそこまで来ていた。
島に降り注ぐ日差しが暖かく。風に春の匂いが混じっていた。
今朝まで笑っていたゴブリンが食われる所を見て、肉を食わないと決めました。
でも無理するなとエルフに言われます。
次回 武器を作るのを辞める。
読んで貰えて感謝です。