EP.21 幼馴染の母親が、折れない同棲フラグを立てる
「粗茶ですが」
「二杯目です」
咲夜さんによって差し出されたほうじ茶を受け取り、脇にそっと置いた。咲夜さんは先程から俺の一挙手一投足に目を光らせているので、安易に動くことすらはばかられる。
「…………」
――『咲夜ちゃんは哲也君なんかと違ってすーっごく賢い可愛いイイ子だから。敵に回すなよ?いいな?絶対に、だ』
おじさんの言葉と笑顔、そして殺気が脳裏をよぎる。
(咲夜さん相手に、下手を打つわけにはいかない……)
俺の心の冷や汗を気にもせず、笑みを向ける咲夜さん。
にこにこ。
「ねぇ、みっちゃん……」
びくっ。
「咲月と、何話してたの?」
「哲也君の連絡先を知りたいって言われたのよ。なんか、咲愛也が教えるの渋ってたみたい」
「ああ、そうなんだ?」
「はい……」
咲月さんは女神だ。こんな俺を助けてくれるなんて。
内心安堵していると、咲夜さんが口を開く。
「で?夏休みはどうやって過ごすの?」
「――っ!」
(どうして急に夏休みの話題を!?やっぱり、咲夜さん……知っている?)
疑いの眼差しを向けると、咲夜さんは意外にもけろりと聞いてくる。
「哲也君の連絡先を聞くってことは、哲也君が海外出張するって聞いたんじゃなくて?」
「え?」
「ああ、そういうことだったのね。そうそう、咲愛也達が夏休みの間、哲也君出張で家を空けることになったのよ。決まった夜は泣いてたわ」
「え?海外出張って……長いんですか?」
「ええと、赴任じゃないからそんなには……けど、新規事業の立ち上げに携わることになったらしくて。打ち合わせと、それを見守るまで……三週間くらいかしら?」
「さ、三週間!?」
それ、ほとんど夏休みいっぱいじゃないですか。
「私達、そんな長く哲也君と離れられないから。ついて行くの。それで心配してくれたのね?」
「哲也君と咲月とエンジョイNY!!」
「あの、失礼ですがおふたりともお仕事は……?」
「休暇取れないなら辞めるって言ったわ」
「わたしリモートワーク~。回線あればどこでもできる~」
「…………」
このふたりの哲也さん溺愛っぷりを見る限り、間違いなく咲愛也の親なんだということがよくわかる。半ば呆れ気味に耳を傾けていると、さらに驚きの事実が。
「海外出張に連れまわされる代休で、その後一週間お休みが貰えるらしいから、ついでにハワイに寄って帰ってくるわ」
「え??」
「同じアメリカだしね?」
「そ、そういう問題じゃなくないですか?離れてますよね?日本からハワイより遠くないですか?」
「前から行きたいと思ってたのよ、ハワイ」
「ハネムーンはパリだったからね?また写真撮り直しちゃう?」
「この歳でウェディングドレスなんて、ちょっと……////」
「ええ~!可愛いよぉ!イケるよぉ!ビーチフォト撮ろうよぉ!」
(えええ~……)
ふたりしてきゃっきゃと盛り上がる双子の様子に、開いた口が塞がらない。
いや、おふたりなら何歳になってもどんな格好も似合うだろうからそういう意味で引いているのではなくて。この後に控えるイヤな予感を俺は肌で感じ取っているのだ。
(帰ろう。大変なことになる前に……)
俺は立ち上がった。
「待って♡」
案の定、咲夜さんに捕まった。
「…………」
「わたし達から全幅の信頼を寄せるみっちゃんにお願いがあるんだけど……」
「その、お願いとは……?」
(きっと、碌でもない!)
俺は腕に力を込める――が、咲夜さんの腕は細くて白くて、少し力を入れただけでも折れてしまいそうだ。そんなことになったら……きっとおじさんに殺される。社会的な意味で。そもそも、咲夜さんやおじさんに嫌われるようなことができる俺じゃない。
汗を拭きだす俺に咲夜さんは告げた。満面の、咲くような笑みで。
「咲愛也のこと、頼むね?」
「それは、どういう……」
「あの子、きっとひとりじゃ寂しいと思うの」
『とほほ』とでもいうように愛らしく頬に手を当てる咲月さん。
俺は当然の可能性を指摘した。
「あの、咲愛也は旅行に行かないのですか?家族旅行……ですよね?」
「それだと私達が哲也君と夏休みエンジョイできないじゃない?」
「それだと咲愛也がみっちゃんと夏休みエンジョイできないでしょ?」
流石は双子。美しいハモりだ。
ここまで来たら、次の台詞はわかってる。
ごくりと喉を鳴らす俺に、おふたりは揃って口を開いた。
「「夏休み、ウチで咲愛也と暮らしたら?」」
「…………」
です、よね……




