EP.10 育ての親の幸福と憂鬱
「はぁ……道貴、今頃うまくやってるかな……?」
僕は、大人しくなった野薔薇ちゃんを横目に白い天井を見上げる。
いくら見上げたところで夜空なんて見えない地下室。
兄さんが逮捕されて一斉捜査されてからというもの、警官も鑑識も気味悪がって碌に取り壊しも命じられなかった『思い出の場所』だ。
といっても、僕には兄さんや哲也君、咲月ちゃんにぶちのめされた苦い思い出しかないこの場所。『思い出の場所』というのは、あくまで野薔薇ちゃんにとっての、だ。
僕は、その匣の一室で静かに寝息を立てる野薔薇ちゃんに目を向けた。
(起きる気配はない……すこしやり過ぎたか?)
野薔薇ちゃんを大人しくさせるのは、結構気を遣う。方法はいくつかあるが、どれも道貴には難しいものだろう。
それに、この部屋に長いこと道貴を『誰かと一緒に』置いておくのもよくない。
教育的にも。その他の意味でも。
「ほんと、手のかかる子達だよ……」
野薔薇ちゃんを大人しくさせるには、この匣で『思い出に浸らせる』のが一番よく効く。
今日は匣に入れて『思い出話』をしても、窓から手を握ってあげても中々大人しくならなかったから、思わず『紅茶』を差し入れしちゃったけど、ちょっと効き過ぎたみたい。
(こりゃあ、明日の昼までぐっすりかな……?あんまりやり過ぎると耐性がついちゃってよくないんだけど……)
手にした睡眠薬の瓶。ふと見ると、ほんのり中身が減っているような?
「道貴……また持って行ったな?」
効き過ぎるから、持っていくときは一声かけろって言ってるのに。あいつ、僕に話しかけると根掘り葉掘り聞かれるから避けてるみたいなんだよな。
だったらそっとしておいてやれよ、って話だけど。気になるんだから仕方ないだろ?
「まぁ、うまくやってればいいけど……」
うまくやり過ぎて、間違った真似だけはするなよ?
別に《《そう》》なったって僕は構わないし、咲愛也ちゃんだって、咲月ちゃんも咲夜ちゃんも構わないだろう。
だが、哲也君は別だ。哲也君に殴られたところで痛くも痒くもないわけだけど、あいつのパンチっていうか、言葉は、まっすぐ過ぎて心にクるからなぁ……
「ま、道貴なら平気だろ。あいつ、兄さんに似て頑固だし。鈍いし。意思も堅いし。コンビニにも寄ったし。避妊しろよって、いつも言ってあるし」
(でも、野薔薇ちゃんに似て寂しがりだからなぁ……多分自覚ないけど)
物心がつく前はよく甘えてきて、困ったよ。どう扱ったもんかなって。
子育てなんてしたことないしさ、しかも僕の子じゃないし。本物の父親みたいに振舞うべきか、距離は保つべきか。難しいよね、親子って。
「はぁ……」
思わずため息が出る。
やっぱ心配?いっぱしに父親面?なんて。冗談じゃない。らしくもない。
けど……
(気になるもんは、気になるんだよなぁ……?)
「じゃあ、僕はもう行くね。ごゆっくり、野薔薇ちゃん?」
すやすやと寝息を立てる野薔薇ちゃんに背を向け、地下室を出る。もちろん、匣にもフロアにも鍵なんて掛けてない。いつでも好きに出て、好きに籠ればいいさ。
ただ、僕と道貴に迷惑はかけないでね?
「…………」
声を掛けたところで、深い眠りに落ちている野薔薇ちゃんから返事は来ない。
やっぱ、やり過ぎたっぽい。今日は僕もそれなりに、この子に対して怒っていたのかも。
「はぁ……やり過ぎたと言えば――」
咲愛也ちゃんと、道貴もだ。
「咲愛也ちゃん、道貴のこと好き過ぎ……」
僕は、さっき送られてきた咲愛也ちゃんからのメッセージを二度見する。
――『典ちゃん、今日はありがとう!』
そこには、満面の笑みで道貴の寝顔とツーショットで映る咲愛也ちゃんの姿があった。
「嬉しそうな顔しちゃって、まぁ……」
哲也君にバレたら、うるさそうだな。
哲也君がどこまで知ってるかわからないが、咲愛也ちゃんと僕は、結構仲がいいメル友だ。
メル友って言い方古い?今の子は何て言うの?誰か教えて?ま、僕オジサンだしね。古くても許して?
――で。咲愛也ちゃんにしてみれば、僕は『好意を寄せる幼馴染の父親代わり』。仲良くしないに越したことはないし、そうしていれば今日のように咄嗟に味方に付いてくれる『良き協力者』だ。
今日お泊りに協力したのはあらかじめ仕組んでいたことではない、ただの偶然。けど、それでも咲愛也ちゃんの笑顔を作るには十分だった。
咲愛也ちゃんの幸せが、あの家庭の幸せ。
そして、咲夜ちゃんの幸せで、僕の幸せ。
ここ十数年で随分と遠回りな幸せになってしまったけど、僕は現状にそこそこ満足している。
だから、こうして咲愛也ちゃんの味方にもなるし、可愛い咲愛也ちゃんがかつての僕みたいな奴に目をつけられても守ってやれるように、道貴を強くした。
そして、道貴が咲愛也ちゃんの幸せの為に幼馴染として力になってくれるように教育してきたつもりだったんだけど……
――やり過ぎたよ。
道貴は、咲愛也ちゃんにとって完璧な幼馴染になってしまった。
今の咲愛也ちゃんは、幼馴染を溺愛し過ぎてる。盲目的――とまでは言わないけど、心が囚われたみたいに、道貴以外の男を眼中に入れることがない。
あれじゃあ、まるで――生きた【檻】だ。
(僕は、剣となり盾となる存在を育てたつもりだったんだけど……)
「はぁ……」
やり過ぎた。僕ってこだわり始めるとつい突き詰めちゃうタイプなんだよね。
道貴のあの口下手っていうか、鈍いとこまで可愛く思えちゃうなんて、咲愛也ちゃん、ほんと甘いっていうか、やっぱ盲目?
「ま、咲愛也ちゃんが喜んでるならそれでいいか?」
僕は再びスマホに視線を落とし、返事を打つ。
――『よかったね。幸せそうで、なによりだよ』
(道貴……お前はそれでいいの?このままだと、咲愛也ちゃんはお前のものに――)
それがいいことか、悪いことか。僕にはわからない。
けど、彼女の望みを叶えるべきか、否か。それが本当に彼女の幸福なのか、否か。
悩んじゃうよね?
「はぁ……親って難しいね。兄さん……?」
僕は再び、夜が見えない天井を見上げた。




