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第34話 血迷いました。ごめんなさい。


「なぁ、仕事よかったのか?」


 俺はポルシェの後部座席で折れた脚を伸ばしたままの体勢で声を掛ける。

 相手はもちろん、困ったときの典ちゃんだ。


「逆に聞くけど、仕事って何のためにしてると思う?」

「それは――」


 言いかけて口を噤む。だって、こんな高級車を何台も保有するような金持ちが仕事をする理由なんて俺にはパッと思いつかない。


「言い淀むのも無理ないね?まだ大学生だもん」

「う……」


 子ども扱いされたみたいでなんとなくバツが悪い。


「僕みたいなお金に困ってない人間でも、生きていくには『やりがい』や『生きがい』が必要だ。逆に言えば、それが無ければ死んでいるのと同じだよ」


「再来年の就活に役立ちそうなお言葉どーも」


「僕にとってはそれが『咲夜ちゃん』だったわけで。あの子の為なら仕事っていうか、看護もするし、こうしてキミに協力するわけ。だから、咲夜ちゃんの為なら仕事は二の次でいいのさ」


「正直助かった。ふたりに会いに行こうにも、脚折れてるし」


「ふふ、僕の押す車椅子は快適だったろう?」


 ミラー越しの、柔らかいドヤ顔。


「キミは、ふたりに会って話をしてくるんだろう?彼女たちを解放するのかい?」


「解放は、する。ふたりを守ろうにも、俺がこのザマじゃあかえって足手まといだ。それに、監禁する必要はもう無い。俺が間違ってたよ」


「そう?」


「お前もな」


「ふふっ。そうだね……」


 典ちゃんは短く笑うとアクセルを踏み込んだ。


      ◇


 一日ぶりの我が家に到着すると、ふたりが鎖を引きずって出迎えにきた。抱き着いてくるかと思いきや、車椅子な俺のどこに抱き着けばいいのかわからなかったらしい。

 おろおろと脚の怪我を心配しては声を掛けてくる。


「哲也君!脚、痛いよね?大丈夫?どうしよう……」


「処置は施してあるから、あとは本人の回復を待つしかないよ。痛みが出たとき用に鎮痛薬も渡してあるし、困ったら連絡くれればいいから。じゃ、僕はこの辺で」


「あ、典ちゃん……」

「なぁに?」


「ありがとう……」

「ふふ。こちらこそ、こないだはごめんね?やっぱり来てよかったよ。哲也君には、感謝しないとかも?」


 咲夜に礼を言われてご機嫌な典ちゃんは、俺をやんわりと見下ろす。


「なんだよその目」


「轢かれてくれてありがとう?」


「うわ」


「はは、冗談。患者の怪我を喜ぶ看護師なんていない。たとえそれがキミだとしてもね?困ったらまた呼びなよ。罪滅ぼしならいくらでもするからさ?」


「世話になったな」


 色んな意味で。


 俺はひらひらと手を振って帰る典ちゃんを見送ると、咲夜に押されてリビングに入る。


「ふふ、車椅子って、押すの初めてかも?押されてばっかりだったから」

「迷惑と、心配かけてごめん」


「そんな顔しないで?哲也君は笑っていた方が素敵だよ?」

「ちょ……」


 相変わらず、咲夜の言葉はストレートでこそばゆい。

 俺はリビングについて早々、ふたりに頭を下げた。

 そして、スイッチで足枷を開錠する。


「ごめん……!俺は……血迷いました!」


「「…………」」


「ふたりにもうあんな思いして欲しくなくて、ひとりで張り切って、空回って。あげくこのザマだ。もう、情けなくてどんな顔すればいいのか――」


 うまく言葉にできない俺に、ふたりは微笑みかける。


「「笑ってよ?」」


「え――」


「哲也君が嬉しいと、わたしも嬉しいな?」


「咲夜……」


「そうそう。最初はびっくりしたけど、考えてみれば監禁は『愛情の究極系』よね?私が言うんだから間違いないでしょ?」


「咲月……」


(やっぱ、かなわないなぁ……)


「ありがとう」


 俺は心からの思いを述べると、深呼吸をして話を切り出す。


 大好きなふたりに、嘘はつけない。正々堂々、包み隠さず話すべきだ。


「ふたりに、聞いて欲しいことがあるんだ」

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