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第20話 待ちに待った……雨の日。


 ――しと、しと、しと…………


 雨というのは不思議なもので。しとしとというその音を聞いていると、どこか懐かしいような、悲しいような、あたたかいような、何ともいえない気持ちになるのは俺だけだろうか?


 結局あの後目を覚ました咲月はどこか具合が悪いということもなく、すぐに元気を取り戻した。信じていた友達に裏切られたのはショックだったようだが、元から入り浸っていたわけではないのでサークルを辞めることにも抵抗は無いようだ。


 そして、待ちに待った雨の日。時刻は午前九時少し前。

 俺達は金髪の美女が通う公園に来ていた。


(もしあの美女がママだったら、今日でお別れなのかな……?)


 センチメンタルな俺の心を知る由もなく、ミーナちゃんは公園でちゃぷちゃぷと水たまりを蹴る。迂闊に近づけば泥水をかけられるという危険極まりない生き物。今日のミーナちゃんは『アリス』ではなく、さしずめ小さなゴ〇ラ。間違えた、これだとあらぬ誤解を招く。ゴジ〇だ。


「ミーナ!ちゃぷちゃぷしないで!お手々繋げないでしょ!」

「む~」

「リュックのくまさんにかかったらどうするの?防水カバーはしてるけど、下からの攻撃は防げないのよ?」

「おいおい、攻撃て……」

「泥水は洗濯大変なの!」

「それもそうか……」


 咲月の剣幕に押されてたじろいでいると、ミーナちゃんが俺の手を掴む。


「にーに……」

「…………」


 ああ、この視線は『味方として加勢しろ』の合図だ。


 ミーナちゃんの最後の砦、俺。

 右翼には怒った咲月。左翼には泥水をばっちぃする咲夜。


 さぁ、どうする――?


「こっちだ!」

「「あ――!」」


 俺は、その手を引いて駆け出した。ズボンの裾が汚れる?そんなもん気にするか。この世は可愛いが正義だ。悪いな、咲月。これは俺が洗うから許してくれ。


「わ~!きゃははは!」

「ちょ、長靴は容赦ないな!そんなに全力で走ると危な――」

「……ミーナ?」


(え……?)


 今、知らない女の人の声が……


 振り返ると、そこには赤い傘を差した金髪の女性が立っていた。


(この人は……)


「その声、ミーナなの……?」

「……?」


 小さな背中が、くるりと振り返る。そして、表情が凍り付いたかと思った矢先、その氷は一瞬で溶け、ヒマワリのようなパアッとした笑顔が咲いた。


「ママ……ママ!」

「ミーナ!ああ!本当にミーナなのね!?」

「ママぁ!」

「ううう……!神様!なんてことなの……!」


 傘を放り出し、抱き合って崩れ落ちるように泣き出す金髪の美女――もとい、ママ。


(そうだろうとは思ってたが……こんなに早く見つけられるなんて思ってなかったな……)


 その様子を黙って見守っていると、咲夜と咲月が駆けつける。


「えっと……その、もしかして、ママかな……?」

「えっ!?こんな簡単に!?嘘でしょう!?」


 呆気にとられる双子に、俺は困ったような笑みを向ける。


「俺達、日頃の行い良すぎ?」


(監禁したりもしたけど……ま、色々がんばったしな。けど――)


 ――ママが見つかった。ミーナちゃんとは、ここでお別れだ。


 何ともいえない気持ちで親子の再会を見守っていると、美女が立ち上がって傘を持ち直す。その足元には、くっついて離れないミーナちゃん。


「あの、あなた方は……」

「ええと、迷子になっていたその子を見つけて、保護した者です。色々あって貴女に辿り着くまでに時間がかかってしまいました。すみません……」


 咲夜の返答に、ミーナちゃんはにっこりと笑う。


「さくやとさつき、にーに!たくさん遊んでくれたの!」

「ああ、そうだったのね?この子を見ればわかります。本当に良くしていただいたようで……はぐれたときはもうダメかと思いましたが、こんな、元気な……ううっ……」

「あああ、お母さん泣かないで……他にも話したいことがあるんです。まずは、落ち着いて話せるところへ移動しませんか?できれば、人目につかないところがいい」


 そうして、俺達は公園内の屋根付きベンチまで移動すると、ママが落ち着くのを待って話を切り出した。


 最初にミーナちゃんを保護したとき、足枷をつけていたこと、おそらく警察関係者に監禁されていたこと、『彼』が厄介な存在であること。そして、どうやってママに辿り着いたのか。

 もちろんドローンによる監視などのグレーっぽい部分は除いて、できる限り詳しく、真実を話すことにした。


 ママにとってはショックだとは思うが、ミーナちゃんの足首にはいまだに『痕』が残っている。黙っていれば疑われるのは俺達だ。

 だから、丁寧に丁寧に、時間をかけてゆっくりと話すことにした。


 話を聞き終わったママは驚き、泣いて、ミーナちゃんを抱きしめる。

 そして最後に、頭を下げた。


「本当に、ありがとうございます。ミーナを見れば、あなた方が良い方たちで、今言ったことに嘘が無いのはわかります。正直、信じられないことも許せないことも多いけど、今はこの子との時間を取り戻したい……ミーナを監禁した犯人を捕まえるのは、一旦保留にします」


「それがいいと思います。『彼』はおそらく、一般人が相手にできるような存在ではない。今は、家族で幸せに暮らすことを考えましょう。わたし達も……」


 咲夜はそう言って俺と咲月に目を向け、最後にミーナちゃんを見た。


「ミーナ。寂しいけど、さくや達とはこれでお別れだよ。ママと幸せになってね?」

「え……?」


 悲しそうなその声に、きょとんとするミーナちゃん。


「さくや行っちゃうの?」

「うん。ミーナの本当の家族はママだから。少しの間だけだけど、一緒に暮らせて楽しかったよ。ありがとう」


「ヤダ……!さくや言ったのに!帰ってきたら、もうひとりにしないって!」

「ミーナ……」

「にーにも嘘つき!」

「ミーナちゃん……ごめん。ママのところにいることが、ミーナちゃんの幸せなんだ。わかってくれるだろ?だって、ミーナちゃんは世界で一番いい子なんだから」


「ヤダ!ヤダぁ!」

「あ、こらミーナ!お兄さんを叩くのはやめなさい!」

「にーにのバカぁ!嘘つきぃ!」


 ママは急な別れを受け入れられず、じたばたと暴れるミーナちゃんを抱き上げる。しかし、ミーナちゃんの悲しみはおさまらない。

 そんな様子を見かねた咲夜はミーナちゃんのリュックから『あるもの』を取り出した。それはヴェルタースオリジナル。

 『特別な存在』にのみ与えることを許された、極上にして至高のキャンディだ。


「ミーナ。ほら、あーん」

「あー……」


 暴れていたミーナちゃんは条件反射のように口を開ける。そして……


 ぱくっ……


「ふふ。――おいしいね?」


 こくり……


「あまい?」


 こくり……


 咲夜はもうひとつの包みを開けて自分の口に放り込むと、目を細めて笑った。


「美味しいね?ミーナ……」


 それは『暗示』などではなく、心からの言葉だった。

 ミーナちゃんはその言葉で『あの日』の楽しかった記憶を思い出し、笑顔を取り戻す。


 やはり、咲夜は子守りの天才だ。


 その様子を見ていたママは驚いたように声を上げる。


「すごいわ……ミーナは泣き出すと中々おさまらないのに……」

「ふふ。それはわたしの手腕じゃないですよ。ミーナだって今までがんばって、ちゃんと大きくなったんですから」


 ミーナちゃんに代わって今度はママが泣き出したのを見て、俺達は思うのだった。

 ああ、やっぱ親子だなぁ……と。

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