第一章 第六節 底の底
【第一章 第六節 底の底】
奴隷街に堕ち、訓練を初めて数週間が過ぎた。
鉱山仕事により体は絞られ、ガイードとの夕食後の訓練により対武器の対処法にも慣れてきた。
リアーナはあの事件以降、自身の手柄を横取りされることなくちゃんと報酬ももらえているようで、毎日一緒に食事もしている。
心なしか体重も増えているのかあの頃よりも血色もよくなっている。
奴隷街に堕とされ一時はどうなることかと思ったがここに来て数週間、ガイードとリアーナのおかげで俺は充実していた。
しかし、そんな俺にこの世界はどこまでも冷たかった。
*
いつも通りガイード、リアーナと夕飯を食べていると食堂の外から慌ただしい音が聞こえた。
ガイード「なんだ?騒がしいな」
ガイードのセリフに俺もリアーナも食堂の外に目をやった。
すると数名の兵士がドガドガと食堂に乗り込んできた。
なんだなんだと食堂内がざわついたが兵士が黙れと叫ぶとその場はシンっと静まり返った。
兵士「この中に我らが王国兵士に暴行を働いた者がいるとの知らせだ!」
俺たちはその言葉を聞いてギクリとした。
あの事件のことか・・・。
リアーナは俺の隣で顔を真っ青にしてブルブルと震えている。
兵士たちの奥から、リアーナを脅していた女たちと俺に警棒を止められた兵士が出てきた。
ガイード「あいつら・・・!」
あの兵士たちが報復に打って出たのだ。
ガイード「スバル、どうする・・・?」
スバル「どうするって・・・」
俺はリアーナをちらりと見た。
このまま俺たち全員が目をつけられるとガイードに迷惑がかかる。
リアーナはまたあいつらに脅され続けるかも知れない。
スバル「ガイード、リアーナのこと頼む・・・」
ガイード「スバル?頼むって?あ、おい!」
リアーナ「スバルさん・・・?」
俺は静まり返る食堂の中、ガタリと音を立てて席を立った。
くるりと兵士たちの方を振り返って答えた。
スバル「俺だ」
兵士「なにぃ!」
兵士たちがドガドガと俺の方に歩み寄ってくる。
スバル「お前たちが探しているのは俺だ。俺がやった」
俺ははっきりと言った。
兵士「貴様ぁ!生意気な口を、名を名乗れ!」
スバル「スバル・・・タスク スバルだ」
兵士「スバル!?貴様が王を欺き、我国に仇なした無能者というのは!!」
「無能者!?」「魔力がないのか!」兵士の声に食堂がザワついた。
リアーナ「無能・・・?」
俺はこの世界に来たときのことを思い出してムッとして兵士を睨んだ。
兵士「なんだぁ?!その生意気な態度は!」
そういって兵士は俺の顔を殴った。
スバル「ぐっ!」
頬が鈍く痛たんだが俺はぐっと堪えた。
リアーナ「きゃぁぁ!」
俺が殴られたことがショックでリアーナはその場で叫んだ。
兵士「貴様のような無能者はここですら贅沢だ!連れて行け!」
兵士は俺の胸ぐらに掴んで後ろの兵士に方へ引っ張った。
ガイード「ちょ、ちょっと待ってくれ!こいつは闘技者だ。既にエントリーも済んでいる!人数に空きが出るのはまずいんじゃないか?」
兵士「ガイード・・・チッ!しかし、兵士に暴行を働いた罪は見逃せん!」
そういうと兵士は俺の方を向き髪を思い切り掴んで引っ張った。
兵士「予選前日まで貴様は採石場行きだ!」
住人A「採石場!」
住民B「採掘場送りだ!」
兵士の言葉に周囲にいた住民がざわつく。
ガイード「ぐっ・・・さ、採石場・・・」
採石場、ガイードの表情を見る限りここよりさらに劣悪な環境のようだ。
兵士「連れて行け!」
兵士たちに連行され、食堂の外に止めてあった檻付きの馬車の檻に入れられた。
ガイードが慌てて近づいて来る。
ガイード「スバル!諦めるな!嬢ちゃんのことは任せておけ!!」
俺はそのまま兵士たちに連れて行かれてしまった。
*
兵士は俺の乗った馬車をしばらく走らせ、奴隷街を出て国の外にでた。
さらにしばらく馬車を走らせると岩場に到着した。
採石場と呼ばれる場所はその名のとおり石切場だった。
石切場のすぐそばには奴隷街の宿舎のような建物がいくつも並んでいた。
俺は馬車から下ろされると、建物の中に連れて行かれて中に入った。
建物の中は監獄のようになっていた。
粗末な寝床とトイレのみの作りとなっていて中は強い刺激臭が漂っていた。
そして中のにいる囚人は全員足かせがつけられている。
俺は空いていた独房の一部屋に入れられた。
スバル「俺はこれからどうなるんだ・・・」
すでに夜もふけていたため俺は仕方なく横になることにした。
*
翌日、俺は朝日の眩しさに目を覚ました。
鉄格子に近づき周囲を見てみたがいびきが聞こえる。
まだ早かったのか周りの囚人はまだ寝ているようだ。
やることがない俺はガイードの諦めるなという言葉を思い出していた。
予選の前日には開放されるならここでじっとしていては駄目だ。
俺は瞑想を始めた。
奴隷街での仕事や訓練に体が慣れてきた頃から朝に必ず行うようにしている。
ガイードが教えてくれた武器を持った相手に対して恐怖で体がこわばってしまうと普段行えることも行えなくなると。
そのため俺は肉体の鍛錬とともに精神を鍛えるために朝起きたら必ず瞑想を行うようにしていた。
瞑想を始めてしばらくすると周りの囚人が起きてきたのかガヤガヤし始めた。
しかし瞑想中の俺は周囲の雑音も、刺激臭も何も感じず時の流れすら感じないほどに集中できるようになっていた。
しかし・・・。
バシャァ!
俺は水を全身に浴びせられハッと集中が切れた。
看守「貴様、何グズグズしているか!さっさとその重り付きの足かせをつけて表へ出ろ!」
瞑想していて気がつかなかったが両足用に重りがついた足かせが2つ置かれていた。
俺が足かせをつけると看守は鉄格子のカギをあけた。
俺は兵士に逆らわず他の囚人とともに外に出た。
俺は看守の指示の元、石切場となっている小山より切り出された巨大な石をほかの囚人と共に小山の麓にある馬車まで運ぶ作業を行った。
スバル「ぐっ・・・ぐうぅ・・・!」
ただでさえ足かせによって動きづらい上に巨大な岩を人力のみで運んでいるため鉱山仕事が楽な仕事に感じるくらいきつい。
同じ作業を何度も繰り返し、どれだけ時間が立ったかもわからなくなった。
看守「よし、昼休憩だ。さっさと食事を受け取れ!」
兵士の声が聞こえようやく休憩に入った。
俺たちは皆、フラフラになりながら食事を受け取るため炊き出しに並んだ。
食事は粗末なスープのみで、奴隷街の食事より数段劣る内容だ。
仕方なく俺はスープをすすり周囲を見渡した。
囚人は皆、目に生気はなく俺と同じように配給された食事を食べている。
誰も会話をしようとしない、少しでも体力を温存しておきたいんだ。
俺もさっさと食事を済ませることにした。すると・・・。
「あんた、昨日からこの底の底に来た人だろう?」
食事をしているところにじいさんが近づいてきて話しかけてきた。
スバル「それがどうかしたのか・・・?」
俺は力なく返事した。
じいさん「あんたも無能者と言われここに落とされたのか」
無能者、その言葉にふつふつと怒りが湧き上がってきた。
スバル「無能者・・・だからなんだって言うんだ!?」
じいさん「すまんすまん、ここにいる人間はほとんどそうさ。」
何!?俺はじいさんの方を思わず見てしまった。
じいさん「ワシはオルドという者じゃ。お主の名前は?」
スバル「スバル、タスクスバルだ」
オルド「スバルか・・・珍しい名前じゃな」
スバル「俺はこの世界の人間じゃないからな・・・」
どうせ信じないだろうと思いつつ言った。
オルド「ほう、ということは転生者か。なるほどの・・・」
オルドは顎髭を手で触りながら興味深そうにこちらを見た。
スバル「な・・・!?信じるのか?こんな話を・・・なぜ?」
オルド「ふむ、それを語りたいがそろそろ時間じゃの。またの機会にな」
そういうとオルドはその場を離れてしまった。
スバル「あ、ちょ、ちょっと・・・!」
俺は引きとめようとしたが看守が休憩の終了を告げる笛を鳴らした。
俺は仕方なく食器を戻し作業に戻った。
*
午後は日が高く昇り、採石場内の気温も上昇して作業はさらに過酷になった。
過酷な単純作業、皆フラフラになりながら作業をしている。
もう何個、石を運んだかわからなくなっていた。
所定の位置に石を置き、上に戻ろうとした時。
ドサリ・・・。
囚人の一人が倒れた。
俺は驚き、反射的に駆け寄った。
スバル「お、おい。大丈夫か・・・!」
倒れた囚人を抱きかかえたがやせ衰え成人男性とは思えないくらい軽かった。
囚人「うぅ・・・」
倒れた男は虚ろな目をしてよだれを垂らしながらうめき声をあげている。
スバル「だ、誰か・・・!手を、手を貸してくれ!」
しかし、ほかの囚人達はこちらをチラリと見て、すぐに作業に戻った。
余計なことに体力を使いたくないのだ。
スバル「くっ・・・」
仕方なく一人で運ぼうとしたら数名の看守が駆け寄ってきた。
看守「どうした!何をしている!?」
スバル「病人だ!手を貸してくれ!」
看守「なに?チッ、またか・・・こちらで運んでおく、貴様は作業に戻れ!」
そういって看守達は倒れた囚人をどこかへ運んでいってしまった。
オルド「ああなってはおしまいだ・・・」
いつの間にかオルドが側に来ていた。
オルド「ああやって兵士に連れていかれ帰ってきた奴は一人もおらん、ワシらの命などあいつらにとって虫以下の存在じゃ」
そういうとオルドは持ち場に向かっていった。
俺は倒れた囚人のことを考えていた。
自分がもし同じように倒れたらと思うと絶望しかなかった。
スバル「どうして、こうなった・・・」
ポツリと呟き俺は天を仰いだ。
今までのことが走馬灯のように駆け巡った。
召喚され嵌められ落とされ、せっかく出来た居場所も奪われ、さらに落とされこんな所でこき使われている。
自分の身に起こったことを思い返していたら、看守がこちらに向かってきた。
看守「何をサボっている!無能者のクズがぁッ!」
叫びながら手に持つ警棒で俺の体を打ち据えた。
スバル「ぐっ!ど、どうして・・・こんな・・・ことに・・・」
看守は俺を罵倒し、殴り続けた。
俺が殴られている間に作業時間終了の笛の音が響いた。
看守「ふん!運のいい奴め!」
ぺっと地面につばを吐き、看守はその場を後にした。
俺は体中が痛むがよろよろと立ち上がり、集合場所に向かった。
*
点呼が終わり独房に戻ると俺は疲労と体の痛みに倒れこむように横になった。
置かれていた夕食も食べる気力もなく、俺はその場で目をつぶった。
すると隣の独房から声が聞こえた。
誰かの声「スバル・・・スバル、大丈夫か?」
スバル「・・・・・・・・・オル・・・ド・・・?」
聞いた事のある声に俺は反応した。
オルド「災難じゃったのう・・・しかし、これでようやくお主と話すことができる」
オルド「重要なことだ。この国のこと、お主の体のこと、知っておくべきじゃ」
そう言うとオルドはポツポツと話始めた。
俺はこのオルドの話でようやく自身に何が起こったのか知ることとなる。