閑話:ジョシュ、告げる。
※本編79話以降にお読み下さい。
僕には、本当に親しい友人がいなかったのかもしれない。
この数日、ユーリの事で悩んで、誰かに相談したいって思ったけど、誰に相談したいのかは思い付かなかった。
――――そんな浅い付き合いだから、友達が噂だけで消えて行くのかな?
「でも、カナタちゃんには話したかったな……」
きっと後押ししてくれる。笑って『ドーンとぶつかっておいでよ! 骨は拾うよ?』って言いそう。想像したら何だか勇気が出てきた。
カナタちゃんって猪突猛進なイメージだけど、言ったら怒りそう。
――――もう王都に着いてるよね。
って、ユーリの事考えてたはずなのにカナタちゃんの事に替わってた!
はぁ、こんなんだからユーリが怒るんだろうな。優柔不断なのは解ってるんだけどね。
少し散歩しようと思い何となく歩いた。……何となく歩いていたはずなのに、足が勝手にラセット亭に向かっていた。
――――僕ってどうしてこう……。
「はぁ? アンタ、何したか解ってんの?」
「や、ソレはちゃんと謝ったじゃん。リズさぁ、何でそんなにイライラしてんの? そうやって怒鳴るリズ、凄く嫌いなんだけど?」
「っ……もういいわよ! アンタとは別れるわ!」
「はぁ、勝手にしなよ」
「っ……」
バタバタとリズさんが走って行ってしまった。
聞くつもりは無かったんだけど、角を曲がったら目の前で言い合いしていたものだから、避けられなかった。
「お、ジョシュじゃん」
「っ、すみません。聞いてしまいました……」
「あぁ、いいよ。往来で言い合ってたしね。それに、いつもの事だし。リズ、何かイライラしてたみたいだし、生理前なんじゃない?」
――――と言われても返事に困ります!
あはは。と笑うしか出来ない。
「でも、以外でした」
「ん、何がぁ?」
「ジュドさんも、あんな風にハッキリ『嫌い』って言うんですね」
「そりゃあ、言っちゃうよ。ちゃんと言わないと伝わらないからね。吐き出さずに我慢してると何処かで爆発しちゃうし。まぁ、リズはああやって爆発させてスッキリする派なんだけどね……」
ユーリもカナタちゃんも、ジュドさんの事『自由人』って言うけど、凄く大人な人だと思う。自由な感じなのはきっと自分を持っていて、自信や余裕があるからこその振る舞いなんだと思う。
「ちゃんと言うのって大切ですよね……」
「うん。俺はそう思うよ? 『いつか』って思ってて伝えれなかった事、沢山あったからね」
ジュドさんが少し目を細めて寂しそうに笑っていた。
――――昔、何かあったのかな。
もう一度ジュドさんに軽く謝って公園に向かった。
のんびり散歩コースを歩いた。日中はずいぶん暑くなった。この散歩コースは木が密集しているから日影がとても涼しい。
池の周りに設置してあるベンチに座り、木漏れ日をボーッと眺めていた。
――――トスッ。
横に人が来たので、そっと視線をやるとユーリだった。
「っ……」
「ユーリ、久し振りだね? ユーリもお散歩?」
「……うん」
「そっか。ここ風が気持ちいいもんね」
「ジョシュ、まだ皆に無視されてるの? 大丈夫?」
心配そうに眉を寄せて僕を覗き込んでくれる、優しいユーリ。
見た目のせいで、悪い方向に勘違いされる事が多いけど、本当は可愛いものが大好きで、良く笑って、怖がりで、ちょっと涙もろくて、感情豊かな少女だと僕は知っている。
「ありがとう。ユーリは優しいね。ねえ、マリィちゃんがユーリとバウンティさんの噂流してた時、我慢してたでしょ? 『違う』とは言ってたけど、マリィちゃんが嘘吐いてるとは絶対言わなかったよね。何でだったの?」
「……だって、あんな馬鹿な嘘で私を排除したいくらいにマリィは彼の事が好きだったんでしょ? ソレが彼にバレたら可哀想かなって」
――――彼?
「え? 彼って誰?」
「え? あっ…………そ、そのね、好きな人が一緒だったの」
――――好きな人、って今言った?
「だから、マリィが噂を流して私を牽制してたの」
「っ……そう、なんだ? まだその彼が好きなんだ?」
「えっ……」
ユーリの顔が真っ赤だ。もじもじしていて可愛いけど、答えは聞かなくてもいいや。
「噂も嘘だって皆解ったし、彼とうまくいくといいね。じゃ、僕は帰るよ」
――――グイッ。
鼻の奥が痛い。また泣いちゃう前に立ち去ろうとしたら、ユーリが僕のシャツの裾を不安そうな顔で握っていた。
「ジョシュ、何か怒ってる?」
「ううん、紛らわしくてごめんね。少し辛くてね?」
「えっ? 大丈夫っ?」
キョトンとした顔で僕を見上げてくるユーリがとても可愛くて、僕の中に渦巻く感情が飛び出したいと、伝えたいと訴えてくる。
何の準備もしてないこんな状況だけど、ジュドさんが言うように『いつか』って先伸ばししたらダメなんだろう。
「ユーリ、好きだよ。君の優しさが、笑顔が凄く好きなんだ。ユーリと仲良く手を繋いで、見詰め合ってデートしたいんだ。この前みたいなキスを、今度は僕からユーリにしたい。好きな人がいるのは解ったけど、諦められないんだ――――」
「ダメッ……キャーッ!」
――――ダダダダッ。
最後まで言う前に、ユーリが叫んで走って消えてしまった。
「えっと……フラれたの、かな?」
どうやってかは覚えてないけれど、気が付けば家に帰り着いていた。
「おかえり、ジョシュ。さっき、ユーリちゃんが来て手紙置いてったよ?」
父さんから手紙を受け取った。手紙で断られるんだろうか。見る勇気が出なくて先に夕食を食べた。
部屋に戻って、深呼吸してから手紙を開けた。
『ジョシュへ。明日、お仕事が終わったら、今日と同じ場所に来て下さい。待ってます』
よく意味が解らない。同じ場所で正式にフラれるのかな?
あんな事があったのに、仕事はちゃんと出来るから不思議だ。
そして思いの外、仕事が捗った。
――――僕って冷徹な人間なのかなぁ?
わざわざフラれに行きたくないと思うけど、ユーリが僕を待っていてくれると思うと凄く嬉しい。
少し早歩きで公園の昨日の場所へ向かう。
ベンチにユーリがいた。
少し膨れっ面で風に取られてたなびく髪を押さえていた。金色の髪の毛が夕日でキラキラと輝いて、とても幻想的で絵画のような瞬間だった。
「ユーリ、お待たせ。今日は風が強いね。ユーリの髪がね、夕日でキラキラしてるよ。凄く綺麗」
「っ…………」
「あっ、ごめんね。ユーリが用事があったんだよね? 何かな?」
――――って、解りきってるんだけど。僕って性格悪いな。
気まずそうにもじもじするユーリを見詰めていたら、スーッと視線を外されてしまった。
「ユーリ?」
「っ…………昨日の! もう一回言って?」
何か言って欲しくて名前を呼んでみたら、予想外の事を言われた。一からやり直したいのかな?
「昨日のって……好きだよ?」
「っ、ちっ、違うの!」
「えぇっ?」
ユーリが真っ赤になってジタバタしている。全く意味が解らないけど、とにかく可愛い。
「あ、彼とうまくいくといいね?」
「違うー!」
「えっ、他には特に……言ってないよね?」
「すっ……好きの続き!」
――――好きの続き?
「えーっと……全く同じには言えないけど……」
深呼吸をしてもう一度伝えよう。
「ユーリ、好きだよ。君の優しさや笑顔が凄く好き。ユーリと仲良く手を繋いで、見詰め合ってデートしたいんだ。今度は僕からユーリにキスしたい」
「っ……ぅん」
ユーリがジタバタした後、ベンチの上で膝を抱えて丸まってしまった。顔が見えない。
「ユーリ? 返事、してくれないかな?」
「……うんって……さっき言った!」
――――え? さっきの?
「あはっ、ごめんね、聞き逃しちゃったんだね。ユーリ顔を上げてよ?」
「イヤ……」
「何で? お願い。ユーリを見たいんだ。照れてるんだね、可愛い」
ちょっと膨れっ面で真っ赤になっていた。可愛いユーリ。
そっと頬を撫でてみると、口をフニャフニャさせて何か言いたそうにしている。
「どうしたの?」
「私も……好きっ」
「ユーリ、これからよろ――――」
――――チュッ。
両頬に細くて綺麗な手が伸びて来たと思ったら、ユーリの真っ赤な顔が段々近付いて来た。
潤んだ深いオレンジの瞳に見とれていたら、柔らかくて艶々の唇が僕の唇とくっついていた。
――――またユーリからキス。
「もう! 僕からしたかったのに!」
「だって、ジョシュの顔が真っ赤で可愛いんだもん」
「……夕日のせいだから」
――――チュッ。
今度こそ僕からキスした。
「あはは、ユーリだって真っ赤だよ?」
「ジョシュのバカッ!」
「あはははっ。ねぇ、ユーリ、何で昨日逃げたの? 僕ね、フラれたと思ってたんだけど。他の人が好きみたいだったし……」
――――そういえばマリィちゃんと同じ人が好きだったんだよね。
「その……彼の事はもういいの?」
「あれは、違うの! 何年も前に終わったやつ! あと、たぶん恋とかじゃ無かった」
「そうなんだ! じゃ、何で逃げたの?」
不思議になって聞いてみたら、またユーリがジタバタしだしてしまった。何か嫌だったのかな?
「昨日……休みでね、特に誰とも遊ばないから良いかなって……ニンニクたっぷりのアヒージョをね、モリモリ食べちゃってたの!」
「え? アヒージョ?」
「……うん」
「え? だから逃げたの?」
「だって! ジョシュが……キスしたいって!」
――――そこ?
「あははは! そっ、それで逃げたの!? あはっ。ユーリってば、本当に可愛い!」
真っ赤なユーリにポカポカと叩かれてしまった。
「ユーリ、これからよろしくね。僕の可愛い彼女さん?」
「っ……うん」
ちょっと照れながらユーリと手を繋いで歩く。離れがたいけど、ラセット亭に送って手を振って帰る。
今度の休みは朝からデートをしよう。楽しみだな。
お久し振りの更新です。
ジョシュの恋話は一先ず終了。