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閑話:ドミニク隊長の運が悪い件

※本編45話以降にお読み下さい。




 ――――何でこうなった?

 運が悪いにも程がある。


 思えば、今朝から予定が狂ったりと妙な空気は流れていた。




 ――――子供の誘拐は、夫妻の妹が犯人、若しくは手引き? なんて残酷な。


「緊急任務だ! 我らの担当はベイレンツ港だ。容疑者、アンナ・スタークスが、定期船に乗船しているそうだ。捕縛にいくぞ。着港は十四時予定だ。十二時には出発し、現場を固める」

「はっ。出発準備に取り掛かります」


 丁度ベイレンツ近くの演習場で訓練していたので騎士達を集めて緊急の任務を伝えた。

 嫌な仕事だ。しかし任務は任務。


「隊長ー! 待ってください! 先ほどのは誤報だそうです」

「なんだ。そうだよな、そんな子供が容疑者な訳無いよな。すまない、訓練を再開――――」

「隊長! それが、バウンティ様と奥様がベイレンツ港にいらっしゃるので迎えに行くようにと……」

「は? 何しにだ? なぜ我々が……」

「それが、ややこしいのですが。先ほどの事件を解決するため、定期船から一時下船して犯人宅に向かわれるそうです」

「いや、だから、なぜ我々がだな……」

「それが、ゴーゼル様、カリメア様の連名で、誘拐された子供達を保護後は護衛にあたるように、とのことです。バウンティ様達は翌日の定期船出港までに解決したいらしく、護衛と送迎の両方をご希望されているそうです」

「我々はタクシーか! 全く、あのお方達は自由すぎる。……総員、再度出発準備だ」

「「はっ!」」




 ベイレンツ港でバウンティ様達を迎える。初めて近くで見たが、でかい。エメラルドグリーンの瞳が刺すように睨み付けてくる。

 機嫌でも悪いのだろうか。

 二つ結びの少女の手を取り、タラップを降りるのをエスコートしていた。次に降りてきた少年がタラップの残り二段を飛び降り「おぉ、地上に立つと揺れる!」とケタケタと笑っていた。初めて船にでも乗ったのだろうか。それとも定期船が今回は豪華だったので嬉しかったのか、船を見上げてニコニコしている。

 

「ほら、行くぞ」

 

 バウンティ様が少年の首を引っ張っていた。仲の良い主従のようだ。

 挨拶を済ませ乗車を進める。まずは医者の所だそうだ。

 バウンティ様が一台目の後部座席のドアを開けると、二つ結びの少女が乗り込んだ。彼女がカナタ様だな。噂通りかわいいが、少しというか、かなり若過ぎやしないだろうか。まぁ、趣味は人それぞれだしな。

 そんな事を考えていると従者であろう少年が少女の次に乗り込もうとしていた。


 おいおいおい、主人を差し置いて何をしているんだ。バウンティ様に怒られるぞ。


 慌てて少年の肩を引いた。 


「おい、少年。従者は後続車に乗るものだぞ、覚えておきなさい」

「……はーい」


 少年が一瞬、黒い瞳を見開いたが、にっこり笑って後続車に移動し始めた。素直な子だ。

 そう思った次の瞬間、バウンティ様が慌てて少年の腕を掴んでいた。


「カナタ! 怒らないで! 戻って!」

「や、怒ってないよ。狭いし、後続車でいいよ?」

「駄目だ!」

「えー、だってギュウギュウじゃん?」

「カナタちゃん、それなら私が――――」

「「それは駄目!」」


 ――――なんだと!? 少年ではなかったのか! なぜズボンを履いているんだ! それなら、二つ結びの少女は誰なんだ?


 しかし、これはまずい。勢いよく跪き頭を下げた。


「大変なご無礼申し訳ありませんでした! 私のみの処分でお許しいただけないでしょうか?」

「はい? 処分って何?」

「ですらか、先ほどのカナタ様に対するご無礼……」

「あー、いつもの事なので気にしないでください」


 物理的に首が飛ぶレベルでの失態だった。私のみの処分で済めばと嘆願したが、お二人とも気にした様子もなく、カナタ様に至っては笑っている。何の処分も無いらしい。


「カナタ乗って!」

「ハイハイ」

 

 ……軽い。



 医者を説得したらしく、連れて行くそうだ。先頭車内で話があるらしく、先頭車に乗ってくれといわれた。最初の無礼で不快だったろうと、後続車に移っていたのだが……


「隊長さん、無理言ってすみません」

「いえ、大丈夫ですよ。何かお話があるんですよね?」

「はい。それは……後々」


 なぜか頭を下げられた。

 私達、騎士団は基本、貴族出身だ。私も例に漏れずゴールド階級だ。それは貴族の犯罪者を取り締まる為にも必要なのだが、その為か『所詮、成り上がり』と偉そうな態度を取られる。

 バウンティ様も当たり前のように我々に指示を出しているしな。


「ねぇ、バウンティ」

「ん?」


 ふと、カナタ様が話し出した。


「ルイーザさんの家に着いたら、私と先生だけで会いに行くから。いるか解んないし、会ってもらえるかも解んないけどね」

「危険すぎる。駄目だ」


 何を言い出すのかと思ったが、良かった。誰でも止める無謀さだ。


「許可は求めてないよ。報告だから」

「なっ……駄目に決まってるだろう!」

「煩いよ?」


 え……この少女、物怖じしないにも程があるだろう。


「何で? そうやって勝手に決めるの……。相談して、話し合おうってカナタが言ったよな?」

「言ったね」

「何で約束破るんだ?」

「バウンティと守りたい約束なんて、もう無い」


 ――――ヒュッ。


 た、助けてくれ! 息さえも出来ない! こんな爆弾を抱えた車になぜ私は乗っているんだ! この二人に何があったんだ!


 運転席の部下を見ると真っ青で脂汗を垂らしている。


「それは置いといて。色々考えたけど、やっぱり私と先生のみが一番安全だよ」

「……まだ怒ってるのか?」

「今話す事じゃない」

「はい。ごめんなさい」


 なっ……謝った! どれだけ弱みを握られているんだ? いったいバウンティ様は何をしたんだ?


「もしルイーザさんがいて中に通してもらえたら、バレないように近くで待機してね。窓とかドアとか。場所はプロにお任せします。バウンティは先生を、騎士さん達は子供達を優先的に守って下さい。なるべく話し合いに持って行きますけど、念のための措置です。あ、一人は車内でアンナちゃんの警護をお願いしていいですか?」

「は、はい。承知しました」


 二人の会話に呆気に取られていたら、カナタ様がサクサクと指示を出し始めた。犯人邸宅に着いてからもサクサクと指示が出された。




 念の為、ツーマンセルで行動していると、急にバウンティ様がカナタ様のほうへ走って行き、濃厚なキスをしていた。二人の水音が少し離れているこちらまで聞こえてくる。いったい何を考えているんだ、この人達は。

 カナタ様が無表情でバウンティ様を平手打ちしようとしていた。受け止められはしたが。


 もしや、バウンティ様の一方通行なのか? いや、だが噂では両思いだと……。

 はっ! 私は任務中に何を考えているんだ。


 


 カナタ様とマーロウ医師が招き入れられたので、部下達は窓の外で、私とバウンティ様は邸宅内に侵入する事になった。

 玄関には鍵が掛かっていたので何処かの窓から侵入するかと考えていたら、バウンティ様が腕のバングルを外し、金具を取り出すと鍵穴に挿し一瞬で開けてしまった。貴族の邸宅の鍵はそんなに簡単に開くはずがないのだが……透明石の冒険者とはここまで有能なのか。ウォーレン団長が欲しがっているという噂も事実なのかもしれないな。




 リビングの脇に待機して中の様子を伺う。メイドと乳母しかいないとはいえ、いつ誰に見つかるか分からない。息を潜め会話に耳を傾ける。

 急に人の気配が感じられなくなりバウンティ様が移動したのかと思い振り返ると真後ろにいた。完全な無表情で気配を絶っている……もしやカナタ様が係わらないと、とてつもなく有能なのでは……

 いや、カナタ様が悪いって訳でもないのだろうが。

 



 急に肩を叩かれ騎士団で使われている手信号で話して来た。


『メイド、出てくる、立ち位置、交代、俺、確保、説得』


 なぜ出来る。もう考えたらいけないのかもしれない。


『了解、交代』


 ――――ガチャッ。パタン。


 バウンティ様が、出てきたメイドの口を手で塞ぎ、もう片手で腰を抱き寄せ、ドアから少し離れて小声で話しかけていた。


「手荒な事をしてすまない。賞金稼ぎのバウンティだ。あっちのは騎士団だ。今から手を放すが叫ばずにいてくれ。俺は中にいる全てを守りたい」

 

 愛を囁くような笑顔で言っていた。きっと、カナタ様の希望する全て守るつもりなのだろう。


「いいな、ゆっくり離すぞ」


 メイドを解放していた。


「メイド、ルイーザに決して悪いようにはならないよう、中のカナタが努力している。お前も、この状態は危険だとわかっているだろう?」

「はい」

「ん、いい子だ。なるべく穏便に済ませたい。ルイーザが自ら子供を手放せるようなら、このまま撤退する。今この瞬間の事は、何も見なかった、何も無かった事にしてくれないか?」

「はい。畏まりました。お嬢様をよろしくお願いします」

「ん。分かった。キッチンに避難していろ」

「はい」

 

 ゆっくりとドアまで戻ると、また気配を完全に消していた。




 中の様子が慌ただしくなってきた。

 

「でね、時間つぶしに騎士団の演習場に行ってるらしいから、ここに呼んでもいい? なるべく優しい騎士の人連れて来るように言うから」


 会話に耳を寄せていると、また肩を叩かれた。


『撤退、早急、精霊、来る、家、出る』


 そういうことか。音を立てないよう早急に邸宅を出た。




「いよぉーバウンティ。カナタから伝言な『――――どのくらいで着く?』ってさ。返事すんの?」

「あぁ」

「んじゃ、喋れ」

「カナタに『今、市内にいる。二十分位で行く』って伝えて」

「はいはい。じゃーなー」


 ……精霊とはあんなに厳しい態度をとるものだったか? 多少、契約主の感情につられるが……精霊が命令していたな。本当にカナタ様と何があったんだ!




 すべて滞りなく進みだした。子供も保護し、祖父母の家に連れて行った。今はキッチンでカナタ様、メイド、乳母で夕飯を作っているのでその警護だ。

 楽しそうにお喋りしながら作っている。こういう会話を聞くと、昼間の車内の空気が嘘のようだ。年相応の普通の子供だ。

 バウンティ様が小腹が空いたとの事で、カナタ様が、つまむものを持って行った。……山盛りの野菜だった。やはり扱いが雑だな。


「おわっ。隊長さん何してるの?」

「警護ですよ」

「それは、お疲れ様です」


 リビングから戻ったカナタ様にびっくりされた。今まで気付いてなかったらしい。

 それからも楽しい会話に耳を傾けつつ、いい匂いに耐えていた。




 カツカツカツとヒールを鳴らし、金髪の長い髪を綺麗に編み上げたスタイルのいい女性が現れた。絶世の美女と言っても過言じゃない。

 チラリとこちらを見るだけで、颯爽とキッチンに入って行った。


「ほほぉん。盛大にして本格的な味見ねぇ。カナタ?」

「カリメアさーん!」


 なんと、カリメア様だったのか。ゴーゼル様は見たことあったがカリメア様は初めて見た。

 そんな事を考えていると、小さなお皿をもったバウンティ様が小走りで近づいてきた。

 二人の話を邪魔しないようになのか急に歩みを緩め、なぜか気配を消していた。


「何よ。どうしたのよ?」

「バウンティが……浮気したぁぁぁ! 船で酔っ払った女の人にキスされて、早く離してほしかったからって……舌使って蕩けさせてた! 私の目の前で! しかも何人にもキスされてた! 怒ったら『たかがキスだろ』って開き直るのっ! この前のケンカから全然学んでない! うぅー。ムカつくー。裏切られた! グスッ……」


 ――――えっ。本人がいるんだが! 私の目の前に!


 無表情のバウンティ様がグイグイと小皿を渡してくる。


「何で……何で三日離れただけでそんなアホな事してるのよ! あの糞ガキは!」

「カリメアさん、頑張っても許せないの。愛してるって気持ちが出てこないの。触られると気持ち悪いの! バウンティにキスされても嫌悪感しか感じないの。もうやだよ」


 急に手信号で『全て、忘れろ』とだけ言って足早に去って行った。


「…………どうやったら許せるのかなぁ?」


 ――――えっ? 許したいのか。

 え、まずいぞ? そこはバウンティ様が聞いておいた方が良くなかったか?

 ちょっと、誰か! 助けてくれ! 本当に! 二人の妙な雰囲気の理由は気になっていたが、こんな形で知りたくはなかったぞ!

 俺の今日の運勢どうなってるんだ。何でこんなに肝が冷える事しか起こらないんだ。


 ――――本気で運が悪い!




 お気の毒な隊長さん。

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