閑話:ユーリのとある一日
※本編27話以降にお読み下さい。
最近、バウンティが奥さんを見付けた。カナタちゃんって言う異世界から来た子。遠くでお兄ちゃんと話してるの見たけど、すっごく小っちゃくて可愛いの。
カナタちゃんのおかげでアイツと結婚すればいいとか、あーだこーだ言うヤツが減ったから嬉しい。買い物への足取りがとっても軽くなった。
「あ、ユーリ。買い物?」
「うん。ジョシュは店の前で何してるの?」
「あー、カナタちゃんの噂を聞いて関係ない人が店に来るから外で相手させられてんの」
「何それー。何があったの?」
「それがさぁ――――」
王様に反対されて、それでも結婚したいから国を捨てる? 何それ、そんな素敵な恋物語がこんな近くに転がっているの?
「っていうか、ユーリまだバウンティさん無視してるの?」
「だって……ムカつくんだもん。何も言わないせいで私が散々な目に遭ったのに、それでも『ん』しか言わないんだもん!」
「口下手そうだから仕方ないと思うよ。カナタちゃんともそれでケンカになってたし。僕的には寡黙で格好良い大人って感じなんだけどなぁ。ちょっと怖いけど」
「なんでそんなに詳しいのよ!」
「え、カナタちゃんと友達だし」
「はぁぁぁ? 何でよ! この前知り合ったばっかりって言ってたじゃない!」
「何騒いでんの?」
叫んだせいでワラワラと知り合いが集まりだしちゃった。
「ねーねージョシュ、バウンティの噂って本当なの?」
「あー、うん」
ジョシュがカナタちゃんの噂を皆に話している。カナタちゃんも国王の反対が悲しいらしい。私も応援してあげよう。
「えーでもぉ、バウンティ様はぁ、ユーリと結婚するんでしょう? 私そう聞いたわ」
っ、あの女! 私と好きな人が同じだったからってだけで、バウンティと私の噂を捏造して広げた張本人。もう四年も経つのにしつこい。それにそんな恋はもう終わって眼中にも無いし。
「だから、しないって言ってるのに、まだそんなウソ言ってるの?」
「えー、マリィ嘘ついてないしぃ! バウンティ様に聞いたら『うん』って言ってたしぃ」
あんのバカバウンティ『ん』って返事するの止めてよホント! 紛らわしいんだから。
「……マリィちゃんさぁ、その話、今後しないでくれないかな? ユーリ嫌がってるよ?」
「何よぉ! ジョシュはぁ、バウンティ様のいう事信じないの?」
「あのさ、バウンティさん……『ん』って言っただけだと思うよ? よく言ってたし」
「はぁ? 『ん』って何なのよ?」
「さぁ、質問にもよるけど、『何だ?』って聞き返しただけだと思うんだけど……」
「そんなの判んないじゃん!」
ジョシュが長い溜息を吐いてマリィを少し睨んだ。凄く珍しい。ジョシュって怒るんだ。
「マリィちゃんさ、街中でユーリとバウンティさんが手繋いだり一緒に出掛けてるの見たことある?」
「え、無いわよ」
「バウンティさんさ、何ていうか……愛情表現ストレートだから、人目気にせず行動してるよ?」
「それは……公園の…………見たけどぉ」
「はぁ? マリィ、あんたもアレ見ててユーリの噂をまだ言いふらしてたの? 最低!」
「えー、あんなの見たら二人を応援するしかないって思わないの?」
何か風向きが変わった。そんなに公園で凄いことになってたの?
いい。それより今は周りの子たちがマリィ説を打ち消して……
「そんなの、愛人の可能性もあるでしょぉぉぉ!」
なんてこと叫ぶのよ、バカ女! 何で一瞬好きになった人が同じだっただけでここまで言われなきゃいけないのよ。カナタちゃんまでバカにして。あんな素敵な物語みたいな出会いをアンタの嘘で汚さないでよ!
「マリィちゃん? ユーリとカナタちゃんは僕の友達なんだ。そういう嘘で二人を貶めたり、傷付けるのは許さないよ。本気で怒らせないでよ」
「ふ、ふん。靴屋が何よ! 私の家、今年からシルバーになったのよ! カッパーのくせに中町に店を構えてるだけのジョシュやユーリの所とは違うのよ! 情報もいっぱいあるんだから!」
「ねぇ、権力かざして楽しい? 恥ずかしくないの? 本当に権力がある人って自分の権力や地位にそんなに興味ないと思うんだよね」
「なによ……あ、私の事妬んでるんでしょ!」
ジョシュの言ってる事は正しいと思う。
バウンティあれでもプラチナなのに、毎食お金払ってお兄ちゃんの適当な料理食べてるし。いや、美味しいけど。
洗濯する服は既製品ばっかりで超愛用してるし。破れてるの縫ったらそのまま着るし。もう買い直せってメモ付けると素直に買い直すし。
時々外で会うカリメア様はお兄ちゃんのあの軽い口調を笑って聞いてるし。笑顔で私を撫でてくれる。
ゴーゼル様は……笑い声がちょっと大きいけど。良いおじさんって感じだし。
マリィみたいに権力を前面に出して人を押さえ付けたり、バカになんて絶対しない。
「マリィちゃん、いい加減にしようよ」
「なによ、なによ! パパに言ってアンタのダサい靴屋なんて潰してやる」
「へぇ。そんなことするんだ? すごいねぇ、権力ってそんな風に使えるんだね。マリィちゃんって凄いんだね」
「そ、そうよ! 簡単に潰せるんだから!」
「僕、相談しなきゃ。今回の噂の件でシルバーの人怒らせちゃったって」
「ふん、あの煩いおじーちゃんに言ったところで……」
「あ、マリィちゃん。僕が相談するのはカリメアさんとバウンティさんだよ? カナタちゃんには内緒にしなきゃいけないかなぁ。悲しませちゃいそう、こんなバカみたいな嘘で豪商さんが消えたなんて知ったら……」
ジョシュの本気が怖い。しかも朗らかな笑顔で首を傾げてる。ちょっとマリィに同情しそう。
「っ……そんなバレる嘘なんて信じないわよ!」
「あー、ジョシュくーん! まだ立ってるの?」
「あ、カナタちゃん。もちょっとだけね。カナタちゃんは終わったの?」
「うん。ばっちり! ごめんね頑張ってね」
「あはは。いーよ。バイバーイ」
「ん。バイバイ」
ご本人登場とか聞いてない。何アレ、超かわいい! っていうかバウンティのシャツ着てる! 私が洗ったやつ! なんか似合ってるし。
バウンティと手繋いでニコニコしてるー!
「あら、ジョシュ。お友達? ふふふ。しっかりね」
「あはは。はい」
「ん? そこに座って……ユーリちゃん? なんで泣いてるのかしら?」
「あ、カリメア様ぁ……」
「ジョシュ、説明しなさい」
「まって、違うんです。私ただカナタちゃん達二人が幸せそうだなって思ったら涙出ただけです」
「そぉ? ま、いいわ。仲良くしなさいよ」
カリメア様まで現れた。きっと嘘はバレてるけど、怒らず笑ってくれる。そしてやっぱり頭を撫でてくれた、それからすぐ手を振って去って行った。
あんな自立した女性になりたい。
しばしの静寂の後、マリィが突然叫びだした。
「何なのよ! 何なの? 私を騙したの?」
「え? 誰も騙してないっていうか……」
「そーね、全部怖いほど真実だったっていうか……」
「なによ! 皆で私をバカにしてっ!」
皆がポカンとする中、マリィが悲劇のヒロイン張りに泣きながら走って逃げてしまった。
「あー……傷付けちゃったよねぇ。大丈夫かなぁ。……あと、カナタちゃんのタイミングが良すぎてびっくりした」
ジョシュが困ったように笑ってる。少しマリィの心配してるのが何かムカつく。
「ねー、ていうか、さっきバウンティ様、ユーリを見たけど何も言わなかったね」
「当り前じゃん。別に友達でもないし、ウチに泊まってるだけだし。あんなヤツ……」
「ねぇー、ジョシュとはあんなに仲良さそうなのに。なんでユーリはカナタちゃんと友達じゃないのぉ? ユーリの所にいるんだよね? 声掛けられなかったでしょ?」
「あー、ホントだー。なんでぇ?」
少し小さい子が無邪気に聞いてくる。だってバウンティがいるから近寄れないとは言えない。
「きっと僕で見えなかったんだよ。座ってたし。カナタちゃんからは丁度真後ろだったし」
「ふーん」
「さ、もう遅いし皆解散しよ」
ジョシュの一声で皆わらわらと散っていった。
「ジョシュー、私カナタちゃんと友達じゃないよー」
「わかってるよ」
「じゃ、なんであんなこと言うの。友達になれないのに」
「だって、あんな風に言われてユーリ辛そうだったし。大丈夫だよ、カナタちゃんとちょっとでも話せればきっと好きになってくれるよ。ユーリは可愛いし、いい子だもん」
「っ……」
「え、大丈夫? 顔真っ赤だよ?」
「ジョシュの鈍感すけこまし」
「えぇっ……す、すけ?」
何か言うジョシュを無視して走って帰った。
翌朝、まさかのサプライズだった。カナタちゃんが洗濯を頼みたいって呼んでるって! 全速力で走った。
超小っちゃい! しかも笑いかけてくれた! お兄ちゃんが撫でて良いって言うからホントに撫でちゃった。髪の毛サラッサラなの、あーこんな女の子に生まれたかった。
バウンティを完全無視してたらカナタちゃんが困ったように笑った。こういう所、ジョシュに少し似てる。
なんでかカナタちゃんがバウンティに部屋に戻るよう言い出した。
「さて。ユーリちゃん、バウンティの事、嫌い?」
ニッコリ笑ってそんなこと聞かないで。怒られるのかな? でも嘘は吐きたくない。
「……嫌い。だいっきらい」
「ね、バウンティと結婚する私は嫌いにならないの?」
「ならない! 市内中カナタちゃんがちっちゃくて可愛いって言ってた。女神さまみたいに優しいって……アイツとの結婚も、本みたいに素敵なお話を聞いて憧れない女の子いないよ! それに、ジョシュが友達になったってニコニコ笑うの。私の所にいるのになんで私は知らないのかって他の子供達が言ってくるけど、 カナタちゃん必ずアイツといるし……」
「そっか、ごめんね連れてきちゃって。今度から気を付けるよ」
意味が解らないよ、カナタちゃん……
「え……? 何でって聞かないの? 嫌っちゃだめって言わないの?」
「えー? 嫌いなら仕方ないじゃん。私はユーリちゃんの事が好きになったし。バウンティはユーリちゃんの事、大切に思ってるし。問題は起きない! 大丈夫!」
カナタちゃんが胸を張って笑ってた。超可愛い! お兄ちゃんはニヤニヤしてる。
「カナタちゃんが気にする所はソコなのね。まぁユーリの心配してくれてありがとう」
ほんとに、ジョシュの言った通りになった。カナタちゃんが好きって言ってくれた。ついでに、バウンティは……まぁ、酷い態度とっても怒らないしそうなんだろうね。どうでもいいけど!
何だか物凄く恥ずかしいお兄ちゃんの背中に隠れた。
「あれ? どうしたの?」
「嬉しいんじゃない? カナタちゃんに好きって言われて、バウンティには大切に思われててー」
「うるさい。違うもん。カナタちゃんが優しくて嬉しかっただけだもん。私、洗濯してくるね! またね、カナタちゃん」
お兄ちゃんがさっきからニヤニヤしてキモいし逃げよう。
昨日はマリィのせいでモヤモヤしてたけど、今日は何かキラキラしてる。後でジョシュにお礼言いに行こう。そして、カナタちゃんに好きって言ってもらえたって自慢しよう。
まずは洗濯しなきゃね。