閑話:ジョシュの初恋
※本編15話以降にお読み下さい。
――――カランカラン。
「失礼いたします、店主様いらしゃいますか?」
物腰の柔らかそうな女性の声がする。
「はいよ、ワシじゃ」
「私、シュトラウト家の家令イーナでございます。カリメア様からの言伝で、簡易靴について少しお話をお伺いしたいとの事です。若手の方でもいいので、お時間をいただけないでしょうか?」
「それはこれから開発するためにか?」
「いえ、カナタ様というお嬢様が考案済みの物について意見をお伺いしたいのが主な内容でございます」
「考案済みか……」
店内でじぃ様とカリメア様の所の家令さんが話しているのが作業場まで聞こえてきた。
「おい、ジョシュ聞こえたか?」
「うん」
「簡易靴って、前に奴隷みたいって言われてたヤツだよな? 恥ずかしくて履けねぇよな」
「うーん。結構前だったよね。あれは確かに……でも、もっとデザインとか用途とかちゃんと考えれば……」
「かー! お前さ、職人目指してんだからそういうのは考えずに、デザイナーや客が考えた通りのを作れるようになるべきだろ!」
兄弟子の言う事も必要だと思うけど、デザイナーやお客さんの好みって足に悪いことがある。そういうのを訂正しつつデザイン提案できるようになった方が喜ばれると思うんだけどね。
簡易靴かぁ。楽しそうだな……僕も参加したいけど、今注文を請け負ってるし。誰が行くんだろう?
今、作業場には五人いる。父さん、父さんの弟子が二人、一昨年正式にじぃ様の弟子になった僕と兄弟子だ。
「ジョシュ、お前の作業はどこまで進んどる?」
「中底を縫い付けてる所だけど」
「んじゃ、ワシが続きやっとくからお前がカリメアの所に行ってこい」
まさか僕を選ぶとは思わなかった。そりゃぁ小さいころからここに入り浸ってたけどちゃんと働きだしてまだ三年。ちょっとずつフルオーダーの仕事をやらせてもらえている程度だ。
「え、僕でいいの? カリメア様がやるって言ったら結構な事になりそうだけど……」
「だからじゃ! ヤツが呼ぶんじゃ、聞くだけじゃ終わらんのは分かっとるわい。だからこそお前が行ってこい。何してもいい。金がかかっても構わん、大波に乗り遅れるでないぞ?」
「うーん、分かったよ。父さんはいいの?」
「んー。俺もカリメア様苦手だし、ジョシュが頑張ってよ」
「別にワシは苦手ではないわ! あの女が突っかかってくるだけじゃわい!」
どっちもどっちかなぁ。
「じゃぁ、行ってきます」
普段、弟子に差は付けないように扱われてても、こういう時はやっぱり僕が行くことが多い。兄弟子達の目が痛いけど、この店を継ぎたいんなら出れる所には出て行くべきだ……ってじぃ様が言ってた。
――――はぁ、カリメア様かぁ。何が起こるか解らないし心して行かないと。
家令のイーナさんについて行くと、なぜか隣の仕立屋に入った。
「おー、イーナよ、カリメアが奥の作業場で待っておるぞ」
「畏まりました。さっ、ジョシュ様、こちらでございますよ」
「は、はい」
店内のフィッテングスペースにゴーゼル様とバウンティまでいた。格好良いけど……顔が怖い。
大丈夫かな。なんか不安になってきた。
作業場を恐る恐る覗くとべリンダさんがこちらに気付いた。カリメア様と見た事ない小さな女の子がいる。
「ジョシュじゃない、どうしたの?」
「あぁ、私が呼んだのよ。ジョシュ、手が空いてたのね」
「いえ、じぃ様がカリメア様が呼ぶんならお前が行けって」
「……めざといじじぃね」
相変わらず仲悪そうだなぁ。
カリメア様から女の子を紹介された。
「ジョシュ、この子はカナタよ」
「カナタ、ジョシュよ。この子は隣の靴屋で修行してるのよ。十四歳だけどしっかりしてるし、将来も見据えて商品の相談するといいわよ」
「おぉ。ジョシュくん、よろしくね! お仕事頑張ってるんだねぇ。凄いなぁ」
真っ黒でサラサラと煌く髪と、吸い込まれそうなほど奥が深い、夜のような瞳の女の子だった。そして、とっても眩しく笑いかけてくれた。額のガーゼが気になる。
「よろしくカナタちゃん。おでこどうしたの?」
「ん、これ? ちょっとぶつけちゃってね。もう痛くないから気にしないでね」
いや、気になるよ……とは何となく言えなかった。
「――――という訳でカナタがスリッパを作りたいのよ、で、どうせならきちんと製品化もさせたいじゃない?」
「スリッパ、良い案だわ。靴屋では思い付かないのかしら?」
凄い。僕より小っちゃい子が生活スタイルや衛生面を考えて製品を考案するなんて……僕は今まで何してたんだろう。少し凹むなぁ。
「昔、窮屈でない簡易の靴の案が出た覚えはあります、ただ、奴隷みたいだと皆が馬鹿にしていて、結局頓挫しました」
僕がそう言うと皆暗い顔になってしまった。空気を悪くしてしまったと慌てていたら、カナタちゃんが「木の靴も可愛いと思うんだけどね」とポツリと呟いて、ニッコリ笑った。
「とりあえずスリッパ作ってみませんか?」
え、作っちゃうの? ていうか作り方教えてくれるの?
「そうね。私は作ってみたいわね。ジョシュはどうするの? 聞いてくる?」
「いえ、大丈夫です。僕も参加します」
じぃ様には許可貰ってるし情報料は分かんないけど、きっとこれが大波だ。
サクサクと物事が進んでいく。
「バウンティ靴脱いでー。そうそう、んで厚紙に足型取ったらこう……卵型の楕円形にするんです。あ、靴履いていいよ」
カナタちゃんがあのバウンティに軽い感じで話しかけてる。しかも頭を撫でる手を払い除けているし。親戚かな? もしかして子供とか? あれ? 結婚はしてなかったよね……どんな関係なんだろう。
「後は、また作業場に戻って縫いましょう」
スリッパを作りながら色んな靴の話をした。ビーチで履く用のサンダル、略してビーサンって呼んでいるらしい。足先まで覆われているスリッパ、踵も覆われているものなどを教えてくれた。
僕らは割と早くスリッパが出来上がった。それからは一緒に絵を描いた。木の靴の話もした。カラフルな鼻緒という紐のようなものを付けて夏の外履きにしたいらしい。
「歩くとね、カランコロンって音が鳴るの! 凄く夏って感じがするの」
「あはは、その音が夏のイメージなの?」
「なんで笑うの? もーっ、カランコロンは夏なんだよ!」
「あははは。解った覚えとくよ。それにしても、カナタちゃんのデザインは面白いものばかりだね。僕ももっと勉強しなきゃ」
「……ありがと。ジョシュ君は靴屋さんになるの?」
「うん、じぃ様の後を継ぎたいんだ。今はまだまだだけどね」
「私もジョシュ君に負けてられないなぁ。私は強い賞金稼ぎになりたいんだ。お互い修行頑張ろうねー」
「うん!」
賞金稼ぎになりたいのか。靴屋さんとか興味ないのかなぁ。一緒に色んな靴作りたいな。もっと話したい……
皆、スリッパ一号が縫い終わったのでバウンティ達の所に持っていくそうだ。
「どう? 小さすぎない」
「ん、丁度良い。フカフカだな。歩くのも問題ないな」
「私も履くー。ん、ちょっと大きいけど歩けるし、これトイレ用ね! 部屋履きはゆっくり作ろうかなぁ」
「わかったトイレ用だな」
仲いいなー。僕ともこんな風に話してくれないかな? カナタちゃんの笑顔が見たい。僕に、僕だけに笑ってくれないかな。
……部屋履きと簡易靴を作ってあげたら喜んでくれる?
「カナタちゃん! 室内履きのスリッパと簡易の靴は僕に作らせてくれないかな?」
カナタちゃんに聞いてみた。勢いに任せてたらいつのまにか手を繋いでいた。
なんか全身が熱い。ドキドキする…………手、小さいな。可愛い。好きだな。
――――好き?
っあ。僕、カナタちゃんが好きなんだ! うわぁ、どうしよう……初めて女の子を好きになったかも。心臓がドキドキする。手、繋いでるだけでこんなに幸せになるんだ? さっきのバウンティみたいに頭を撫でたり、抱きついたり……キ、キスなんて……出来たら僕、心臓止まるかも!
「えっ、作ってもらえるなら凄く嬉しいけど、オーダーメイドだよね? 私、金貨五枚しか持って無いんだけど。今日の材料費もあるし………」
あ、うん。そうだよね。なに一人で興奮してるんだ僕。ちゃんと気持ち伝えなきゃ。
少しずつでもいいから好きになってもらえるように頑張ろう。……そう決心していたのに。
バウンティが繋いだ手にチョップをしながら僕を睨んできた。魔王が目の前にいる。膝が震えそうだけど、好きな子の前でそんな恥ずかしい事になりたくない。
「俺のとお揃いで作れ、金貨二十枚渡しておく。カナタの普段履きもその中から何足か用意しろ」
急に言われた。お揃い? 意味が解らないけど……注文は注文だよね?
「か……かしこまりました。お揃い? お二人はどういったご関係……」
「カナタは俺の嫁だ」
え? ええ? 嫁って……何?
「え、カナタちゃんいくつ? 僕より小さいよね……」
「あ、言ってなかった? 私、十九歳だよ」
「なっ……親戚か、子供だと……」
こんなにちっさいのに十九歳? え?
「結婚してるの?」
「んあ、まだだよ! バウンティが勝手に言ってるだけ」
「するって言った!」
「いや、するけど。申請中じゃん?」
って事は結婚は決定なんだね。
それに、それを知ってから二人を見ると物凄くラブラブだし。僕の入る隙間なんて無さそう。
こうして僕の初恋は微塵の可能性もなくあっけなく散って終わった。
僕に残ったのは、靴の注文だけ。
いい、頑張って作って少しでもカナタちゃんに笑いかけてもらおう。両想いの可能性は全くないだろうけど。それでも僕はカナタちゃんが好きだし。往生際が悪くてもいい。せめて友達にはなりたいな……。