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閑話:リズの葛藤

※本編12話以降にお読み下さい。




 今日の仕事は八時の閉店まで、クシーナ菓子店で店番と明日の仕込み。そして、明日はお休みだ。

 ジュドが今日の夜、家に来るってわざわざ精霊を飛ばしてきた。


「伝言でございます『リーズー、今日ねぇ、すんげぇ良いもん手に入れたんだよ。十一時には行くから身も心も準備万端にしといてねぇー』とのことですが、お返事はいかがなさいますか?」

「ジュドに伝えてちょうだい『はいはい』、だけでいいわ」

「畏まりました、失礼します」


 ジュドのテンションと精霊のテンションが違いすぎて何度来られても違和感しか感じない。

 とりあえず時間もあるしゆっくりシャワーにかかろうかしら。




「お待たせー、リズ。――――チュッ」

「ん……っ。なんか甘い」

「あー、さっき異世界のお菓子食べたからかなぁ」


 ――――は?


「バウンティが保護したって子の話したじゃん? カナタちゃんって言うんだけど、一緒に向こうのケーキも転移してきたんだー。それを分けてもらったんだけど、すっごく美味しかったんだよ」


 ――――はぁ?


「しかもねぇ、三種類あって、全部食べさせてもらえたんだよ! テヘッ」


 殴りたい。


「アンタ、どれだけ貴重な情報を……無駄に」

「えー、褒めてくんないのぉ、ちゃんと作り方も聞いて来たのに」

「知ってたの……でも、内容によるわ」

「んー、じゃぁ。キス一回で、一レシピ――――んっ」

「チュッ……ほら喋りなさい」


 ジュドのバカな案に乗ってあげる。最近レシピがマンネリ化していて仕事にやる気が出てなかった。

 プディングからのスタッフドスイートポテト? なんて革新的な。使い方が勿体ないわね。甘味に飽きたどこかの貴族だったのかしら。


「クチュ……んはぁ……はい、二個目は?」

「ハァハァ…………リズ、いつもより激しいんだけど?」

「煩い、早く喋りなさいよ」


 チョコレートでコーティングするなんて新しいわ。あぁワクワクするわね。最後は何なのかしら……


「んぁっ……クチュ、チュ……んで、タルト生地を……んっ、被せて、ハァハァ……焼く、んだって…………ねぇ、今日はどうしたのリズ? すっごい積極的じゃん」

「ハァ……あんたが準備しとけって言ったじゃないの」

「っ……もぉ! リズ超可愛い」


 ジュドが急に抱きついて頬にキスしてくる。


「あ、忘れてた。これ食べてみてー」

「は? 何よ急に」

「スタッフドスイートポテト作ってみたんだけどさぁ、もうちょっとって感じなんだよね」

「ふーん。もう作ってみたの? 早いわね」


 モグモグモグ。……触感が緩い。水気が多いわね。


「……説明してもらった時メモ取ったでしょ? 見せて」

「ほい、これー」

「なるほどね、水分飛ばすのが少なすぎたか砂糖が足りてないか……プディングが甘さ控えめだった……」

「あ、プディングは使っていいよって、貰って来たよ。ほい」


 物凄くきれいなガラスのコップを渡された。


「何この物凄いコップ……触っていいの?」

「思うよねー、これ銅貨三枚だってよ」

「は? 金貨じゃなくて? 譲っても銀貨でしょ?」

「あははは。異世界って面白いよね。あ、プディング食べてみてよ、すげーから」

「んっ。なにこれ。濃厚でなめらか……どうやったら……ていうか、これを材料にしたの?」

「うん、衝撃で上の方がかなり形崩れしてたから、カナタちゃんがアレンジに使ったらって言い出してね」

「勿体ない。このプディングだけでも今あるものを改良できるほどなのに」


 ジュドから衝撃の情報が言い渡された。


「それがさぁ、たぶん、卵を卵黄だけに変えるか比率を増やして、牛乳をクリームに、プディング液を焼く前にキメの細かい濾し器で3回は濾したらいいって」

「何でそんなに説明が的確で細かいのよ。職人なの?」

「いや、ただ食べるのが好きなんだって。『食べたいから作って?』ってお願いされちゃった」


 話を聞いてると凄く可愛い女の子だった。何より小さいらしい。今はジュドの背が高いから誤魔化せてるけど、子供の頃から大女と呼ばれていた私の自尊心を傷付けるには充分だった。


「何? その子気に入ったんだ? やっぱり小さい方が可愛いわよね」

「リーズ? 何かその顔久し振りだな、嫉妬してくれたの?」

「別に……」

「カナタちゃん、バウンティと結婚するし、そんな感情湧かないから大丈夫だよ?」

「は? 保護したの昨日の夕方でしょ?」


 急展開過ぎる。


「まぁ、何か二人の事情があるんじゃない?」

「大丈夫なの? その子、バウンティに流されたりしてない?」

「多少……ぽやーっと流されてるけど、バウンティの暴走を物凄く説教してたし大丈夫そうだよ。何よりバウンティが珍しく執着してるしね」

「バウンティを説教? 凄い勇気ね」

「だよね! しかもさー、機嫌悪い時の殺人鬼顔あんじゃん? あれを笑って見てるんだぜ」

「は?」


 あの顔、何回見ても笑えないんだけど……ジュドがバウンティからかって怒らせてはあの顔にして逃げてくのも理解出来ないけど。


「それがさー、カナタちゃんいわく『いじけてる』んだって。バウンティに確認したら、『いじけてない』って目をそらすんだぜー! めっちゃ面白かった」

「凄いわね、カナタか。会ってみたいわね」

「リズがケーキ作って持ってってあげたらいいよ。他のレシピもきっと教えてくれるよ?」

「……分かった。今から作りましょ」

「え……待って待って……んっ……っう……」


 立ち上がって早速やろうと思ったのにジュドが止めてくるのでキスして黙らせた。


「リズ、本当に今から作るの?」

「当たり前じゃない! こんなレシピチラつかせておいて、我慢しろって言うの?」

「……俺も今、凄く我慢してるんだけど? リズが煽ったくせに? 明日作ればいいじゃん」

「っ……今したら、明日、絶対……作れなくなる」


 あーあ、絶対真っ赤だ。ジュドの目が見れない。


「ふっ……あはははは」

「笑わないでよ! ジュドのせいじゃない!」

「あはははは、ごめーん。俺が我慢するよ」


 ――――チュッ。


 おでこに優しくキスされた。


「さ、行こう。お店で作るんでしょ? クシーナさんにジーちゃん(精霊)飛ばしとく?」

「ううん、勝手に使って良いって、鍵渡されてるから大丈夫」




「ジュド、お鍋混ぜて」

「ほいほい。結構煮詰まって来たよ? カナタちゃんはここら辺で砂糖を焦がしつつカラメル色にしていくって言ってたかなぁ」


 甘藷を裏ごししながら鍋を覗く。


「んー……まだ煮汁が多いわね」

「あっ、煮汁が多い時は汁だけ別に煮詰めてドロドロにしてから戻すといいって」

「なるほどね。そうしましょ」


 ジュドがいると三種類同時進行で作れるからすごく助かる。今、オーブンではチョコレートスポンジを焼いている。

 本当に有能なのよね……アホだけど。

 元々、貴族向けのレストランで上り詰めてたくせに、急に辞めてホテル始めるとか言い出したと思ったら、ホイホイと中町にホテル建てて、特に経営に困ることもなく楽しそうにしてるし。

 両親が事故で死んで妹の面倒を見るってのが大きかったのかもしれないけど……何でレストランじゃなくホテルなのかしら?

 

「ねぇ、ジュド……」

「え? まだ煮詰まってないよ?」

「そっちじゃなくて、何でホテルにしたの? レストランでも出来たでしょ?」

「え? 今更聞くの? 言った時『へー、頑張れば』って言われたからどうでもいいんだと思ってた!」

「いや、まぁ、どうでもいいわね」

「しどい!」

「違うのよ。アンタ、わーわー騒いで煩いけど、ほっといても上手くいくから。まぁ、いいかなって思ってたんだけど。何でホテルしたかったのか聞いてなかったなぁって思い出したのよ」

「急に? 六年経ってるんですけど! リズの俺への興味が薄い問題が浮き彫りにされて辛いんですけど?」

「煩いわね。で、なんでよ?」


 さっさと言えばいいのに鍋を混ぜながらモジモジしてウザい。


「えー……そのー……」

「あ、もういいわ。待ち長いし」

「言います、言います! レストランってずっと大量に料理してずっと研究して、じゃん?」

「そりゃぁ、ずっと同じものって訳にもいかないわよねぇ」

「あの頃って朝から晩までずっと仕事でさ、ずっとケンカばっかしてたよね? 料理は好きだけど、リズとケンカするくらいなら時間に余裕のある仕事がいいなって思ったんだよ。で、丁度バウンティがホテルの飯がマズイってぼやいてたから、じゃ、美味い飯が出るホテルでいいやって」


 でいいや、って……


「やっぱり適当に決めたのね」

「えー? ちょ、ちゃんと聞いてたぁ?」

「聞いてたわよ。別にケンカ減ってないじゃない」

「あれー? そーだっけ?」

「ま、いいわ。アンタ毎日楽しそうだし」


 話し込んでる内に甘藷の裏ごしが終わった。くり抜いた皮に再度詰め直して形成する。溶いた卵黄をハケで塗り照りを出す。

 

「さて、スポンジが焼けたらザッハトルテね」

「チョコは刻んでるよ、リンゴの煮汁はもうちょっとで合体させるよ」

「わかったわ。作り直す時間はあるかしらね……朝日が出だしちゃったわ」


 真っ赤な朝焼けが少しずつ静かに上り出していた。


「うわー、これは完徹かなぁ」

「ありがと、わがままに付き合ってくれて――――チュッ」


 伸びをするジュドに通りすがりに頬にキスをすると、じっとこちらを見てくる。


「何よ?」

「気持ちがこもってないっ! んっ」


 口を突き出して来た。オレンジの瞳を閉じ、金色の髪をサラリと揺らしながら「んー、んー!」と唸っている。

 どんなに周りがジュドをイケメンだ、良い男だと言おうとも、心には響かない。だって、コイツほんとアホ。ゲスいし、時々乙女のようにキャーキャー煩い。


「ねー、まだー? んー!」


 今も煩い。

 でも、結局キスしてあげちゃうのよね。

 好きになった弱味ってどうにかやって無くせないものかしらね…………




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