098 変身
ベラポネの卑怯から間も無く10分が経過しようとしていた頃。エルツェーラーは忽然と目の前から姿を消した黒鬼を不思議に思った様子で辺りを警戒しながら踵を返した。
しかし歩みを進めはじめると地面が大きく揺れはじめたではないか。
何事かと立ち止まって辺りを見渡すが人っ子一人いない、森の中の広く拓かれた集落の跡だ。まるで何か巨大なものが地中を動いているかのよう。いや、やはりそうに違いない。ところどころ地盤が崩れて遠くの木々が順番に根こそぎ沈むように倒れていく。
それは突如として姿を現した。
塔だ。地下から森を押し上げ吹き飛ばしながら巨大な塔が急激に天を突いた。いや、これは塔などではない。まさか、この建造物としか思えない大きさで動いている。
エルツェーラーは押し寄せる砂埃に顔を庇いながら身構えた。
「いったい何だ、あれは!?」
空へ聳え立ち、集落跡を影にする巨体。大量の土砂を滝のように頭から流し尽くして、ようやくその姿が明らかになった。
黒く巨大な立方体の箱のような構造がいくつも連結し、ヘビを模したロボットのよう。おもむろにエルツェーラーのほうを向く。その頭も立方体で、正方形の平らな顔の中央には目なのかコアなのか、青いガラス玉のようなものが一つ埋まる。そして四つの角にはそれぞれ刃みたいに鋭利で内側へ湾曲する銀色の牙が生えていた。
そう、ガフーリでも出現した牙のモンスターだ。もしやこれこそ黒鬼の真の姿なのか、それとも使い魔か何かか。
牙のモンスターはエルツェーラーに顔を向けたまま様子を伺うように辺りを一周する。エルツェーラーの周りを一周する頃には木々がことごとく轢き倒され、森は瓦礫の山に。ただ這うだけで地響きを起こす迫力にエルツェーラーも困惑していたのだが、どういうわけか今や不敵な笑みをうかべてさも嬉しいことのようにじっと眺めていた。
「ああ、いいですねぇ。これはこれは、願ってもない至高のエネルギー源。なぜ我々がこの島を選んだと思います? ここはこの世界で最も太陽のエネルギーを受ける場所だったからですよ。皮肉にもシュペルファーレン様の故郷とのことでしたが、快く明け渡してくださいました。この地の底で最後のアハダアシャラが目を覚ますのも、もう時間の問題でしょうねぇ。それに——」
エルツェーラーは昂って牙のモンスターを見上げ、両腕を大きく開いて天を仰いだ。
「我々アハダアシャラはある条件を満たすことでどこまでも力を得ることができる! ワタクシの場合はそう、言葉を発する、ただそれのみ! あなたが本気を出すというのなら、これまで溜め込んでいた力、解放してあげますよ!!」
するとエルツェーラーの身体が真っ白な光に包まれ、光の球のようになった。牙のモンスターに影にされていた集落跡が再び真昼の明るさを取り戻すほど。光の球は大きくなっていき、元の三倍ほどまでに膨れ上がった。
とうとう、殻が割れるように光の球に亀裂が入っていき、一気に炸裂。光の中から新たな姿へと変貌したエルツェーラーが現れた。
全身が白く鱗に覆われ、まるでドラゴンが人に化けたかのよう。もはや面影は一切ない。
ドラゴンのような顔だが小さくスリムな頭部になり、目も鼻も付いている。肩幅は広く、肩の筋肉ははち切れそうなほどに巨大で鎧のようだ。左右の鎖骨あたりからはヘビの尻尾に似た器官が輪のように生えて頭部を風神みたいに覆って守っている。これまでの華奢な姿からは一変して足腰も屈強で足の爪は鋭く、長い尾も生えていた。
一体どれだけの力を蓄えていたというのか。身長も3メートルを超えるくらいで、まるで別人だ。牙のモンスターの巨躯を前にして、立ち向かうというよりも、がっかりさせるなよと言うかのような落ち着いた表情だ。
「……さて、やろうか」
甲高い嗄れ声も落ち着いた低く通るものに変わっていた。寡黙にそれ以上語らず、待ち受ける牙のモンスターの前まで浮遊していく。
あるところまで近づくと牙のモンスターのほうから襲いかかった。巨体からは考えられない、近づいた獲物を一瞬で捕らえる爬虫類のようなあっという間の出来事。それでもエルツェーラーはあっさりとかわし、手始めに牙のモンスターを蹴り飛ばした。
強めに蹴ったはずだが少し巨体がうねった程度。何かエルツェーラーを押し返そうとする磁力のような力が働いて威力が軽減された。
すぐに牙のモンスターが頭を振ってエルツェーラーに体当たりするも、彼はその牙に掴みかかってそれだけで動きを封じてしまう。しかし牙を閉じられエルツェーラーは逆に挟まれて青いコアの前に固定されてしまった。その瞬間、この至近距離でコアから青白い光線が即座に発射される。宇宙まで突き抜ける太く眩い閃光に、地上の木々さえ距離があったのに焼かれながら吹き飛ばされ、海も割れるような勢いで高く飛沫を上げた。一撃で地上は山火事になってしまったと思えば、遅れて空の彼方で何かが明るく光るように。近くにあった惑星が運悪く直撃し、爆散してしまったようだ。
だがしかし、そんなものをまともに受けたはずのエルツェーラーはガードした姿勢で耐え、身体から細く煙を上げるも全くと言っていいほど効いていなかった。
突然エルツェーラーは何事かを叫んだ。頭を覆っている器官はスピーカーの役割も担うのか、到底生き物の喉だけから出るような音量ではなかった。攻撃音とでも呼べそうなこの音圧には牙のモンスターも押されて怯んでしまう。中心のコアも砕け散ってしまった。
牙のモンスターの攻撃力はもはや天文学的レベルだが、エルツェーラーの耐久力はそれを更に凌いでしまっている。惑星同士が生物に化けて戦っているようなものだ。
牙のモンスターが怯んだ隙にエルツェーラーが畳み掛けようとするが、今度は逆に見えない力で引き離されてしまった。磁力や反重力のような何かを操る能力があるとみえる。
その間にコアは回復。お互いにそう簡単に倒れるような者ではない。
だが、牙のモンスターは先程の攻撃からして短期決着を狙っているよう。今度は自らの体を連結部ごとに切り離し、宙を漂う複数の立方体となった。あの引き離すような力はやはり反重力だったのだろう。
驚いたことに、立方体の一つ一つに牙こそ無いものの、全てにコアが埋まっていた。つまり、あの惑星すら容易く破壊する光線を立方体の数だけ同時に放つことも可能なわけだ。今まさにそれをやるつもりのようで、立方体はエルツェーラーを四方八方から反重力で抑えつけて拘束しながら急接近し、一つの部屋のようになって閉じ込めてしまった。
当然、壁も床も天井も青いコアがエルツェーラーを見つめている。
至近距離でほぼダメージを受けずに凌いだエルツェーラーがまたも耐え抜くか、それとも無数のコアからの集中防火が消し炭にするか。
部屋が組まれた瞬間、その中で全方位からの青い光線と全方位へのエルツェーラーの攻撃音が激突。青い光と共に牙のモンスターは身体ごと粉々に空中で大爆発を起こした。もう地上の万物が吹き飛んで集落跡はクレーターのようにぽっかりと窪んでしまい、木片や土砂が空高く舞い上がった。
一発で惑星を塵に変える威力だ。
牙のモンスター自身も体が耐えられないほどの火力。
地上で爆発していればこの星も跡形もなく消えていたかもしれないほどだ。それでも、爆炎の中には人影が。
風神のような独特のシルエット。全方位からの光線を集中砲火されておきながら、エルツェーラーは攻撃音で相殺したのかまたも持ち堪えてしまった。
自爆とも言える牙のモンスターの渾身の一撃だったが、風に爆炎が流されるとエルツェーラーは流石に全身に黒く火傷を負いながらも、既に少しずつ再生しはじめているではないか。
とんだ戦法だったが、その中でもエルツェーラーは見逃していなかった。あの牙の生えた頭部だけは部屋の一部を構成していなかったということを。