086 全ての元凶
黒羽は小さな四角いバリアーを次々と空中に繰り出し、足場にして空中要塞の前までやって来た。
ラングヴァイレが背後に隠れていた背の低い寸胴形のアハダ・アシャラに上を指差して言う。
「オマエは上で周りを見てろ。他の奴が来るかもしれん。オレ達の邪魔したら殺すからな」
寸胴形のアハダ・アシャラはなんとも場違いな姿だ。団子のような耳と黒の碁石みたいな目が付いているだけの一頭身。ラングヴァイレに脅されてビビり散らして逃げるように空高くふわふわと飛んでいってしまった。
「これで一対一だ。オマエがリーダーか?」
「そうだ。だったら何だ」
黒羽がイライラしながら答えるとラングヴァイレは「おいおい、そうカッカすんなよ」と首を振った。
「勘違いすんなって。やったのはウチのバカどもだ。オレはただここにいた、それだけ」
「お前もアハダ・アシャラとかいう連中の一人なんだろ? 同罪だろうが」
「へぇ、よく知ってんなぁ。何で誰もオレらのこと気にしないのか不思議だったんだが、もう知ってたってわけか。あの堕天使から聞いたのか?」
「だからどうした」
黒羽が怒りに任せて、ゲフォルにやったのより強力な気弾を放ったが、ラングヴァイレはそれをあっさり素手で受け止めて見せた。
「……」
「おいおい、随分血の気が多いじゃねぇか」
「ちっ、キサマは何がしたいんだ、ダラダラ世間話なんかしやがって。天使の成れの果てだか何だか知らんが、誰がゴミに好奇心なんか抱くか」
「オレはオマエに興味湧いたけどな。この能力も貰いもんなんだろ? 変わった奴だ」
ラングヴァイレは受け止めた気弾を握りつぶしてしまった。
「天使の成れの果てとは酷い言われようだな。オレは正真正銘の、悪魔だよ」
「ふん、急にそんなこと言われて信じられるかバカバカしい。なんなら天使の成れの果てというのも自称だと思っているんだが」
「けっ、レビエルがさっき輪っかみたいなの見せてたろ。ほれ、こういうの」
頭上を指差すと、確かに黒い輪が出現した。レビのものより更に黒い。空間そのものに輪の形の穴が空いているかのようで、見ていると吸い込まれてしまいそうである。しかもこちらは炎のように揺らめき、ただならぬ殺気を向けられているような異様なものだ。
「昔、それはそれは間抜けな天使がいてよ、もう天使とかそういうの飽きたからとにかく力が欲しいとか言って、このオレ様と融合しないかと言ってきたんだ。ちょうど神の野郎に封印されちまってたし、解放してもらう条件で話を呑んで、ぶっ殺してやったよ。ははっ」
「ということは、他の奴らも——」
「いんや、その後、そいつが着てた天使の服を借りて話し方とか声とか真似ただけでマジで融合に成功したと信じるバカどもがいてな、それがあいつらだ。だが連中の場合は本当に融合しちまってるから、一割くらいは悪魔なんじゃねぇかな。無い頭で色々と試行錯誤して弱い悪魔でも取り込んだんだろうよ」
ラングヴァイレは「そういえば」と、目のない顔で黒羽を覗き込むようにして自分のアゴを撫でた。
「オマエ、さっきクロハネとかって呼ばれてたか?」
「だったら何だよ。そういうキサマはなんて言うんだ。名前くらいは聞いてから殺してやる」
「オレはラングヴァイレだ。長いから呼ぶならラングでいいぜ。いやぁ、にしてもよ、どういう風の吹きまわしだろうな。オマエのこと、死神の野郎から聞いたことあるぞ」
「何だと」
今まで半ば聞き流していたが、それは聞き捨てならなかった。
本当に融合もしていない純粋な悪魔だというのなら死神と関わりがあっても不思議ではない。
「なぜ死神が俺のことに言及するんだ」
「さあな。神も天使も悪魔もそれはそれは暇なんで単純に世間話が好きなんだよ。なんか、やたら絶望してる超能力者が病気で死んだって言ってたぜ。それにだ、オレ、オマエの前世でどっかですれ違ってたらしいぞ。こんなとこで再会とは何の因果だろうなぁ」
黒羽は首を傾げた。
「はぁ? 超能力者だ? それに何で悪魔のお前が人間界にいたんだよ」
「何だよ自覚してなかったのか? オマエ、銃で外したことなかったんだろ? 死神が言うには、飛び道具は百発百中の超能力者だったんだとよ」
確かに、初めて撃った時から狙った場所に当ってその後何かを盾にでもされない限り一度も外したことはなかった。
「け、羨ましいぜ。流石にオレも銃は練習したからなぁ。まあそれはそうと、悪魔は人間に取り憑いて周囲の連中の心をかき乱したくなる性分でな、オレも暇つぶしに色んな奴に取り憑いて遊ばせてもらった。ある時は強盗、ある時は政治家、ある時は殺し屋、ある時は医者、その他たくさんだ」
「おい、まさかとは思うが、お前——」
殺し屋と聞いて黒羽の心臓が、脈拍が、自分でも分かるほどに強く脈打った。
まさか、まさか、まさか。まさか、そんなことがあるのだろうか。
「何だ? とうとうゴミに好奇心が湧く物好きに成れ果てたのか?」
「……お前、まさかとは思うが、殺し屋になった時、手違いか何かで四人家族を襲ったことがないか。ホテルで、人相の悪い父親と、普通の母親と、姉と弟の家族だ。途中で他のマフィアが割って入って、弟だけが生き残った」
「……は? 何だよ藪からステッキに」
言いつつ、ラングヴァイレは心当たりがあるのか腕を組んで考え、考え、考えに考える。
「いやー、オレも結構長生きしてるもんでなぁ、そんなこと思い出せつっても、いちいち店で隣になった家族の顔を覚えてねぇのと一緒なんだよ。……ん?」
ラングヴァイレは船を見下ろして何か引っかかったようだ。目が無いのにどうやって見ているのやら。
「あれ? あの女、どこかで……」
「話を逸らすなよ」
「ううーん、結構大事なことだった気がするんだよなぁ」
「ちっ、女って、どいつのことだよ」
「ほら、あの、青い魔女の帽子のやつだ」
こんな離れた場所からでは何の意味もないのに指差した。ラングヴァイレが言っていたのはシロのことだ。一体どうして見覚えがあるのか。そうとなれば、それはそれで黒羽も気になった。
「何であいつのことを知ってやがる。あいつまだ18だぞ。お前たちは最近まで封印されてたと聞いたが」
「そうか、そうだよな。じゃあそっくりさんだ。うーん、にしても、良い〜体してるよなぁ〜」
「おい。でもそれはそう」
「抱いた娼婦ならみんな覚えてんだけどなぁ、みんな違うんだよなぁ。やっぱ顔だけだよなぁ。……ああっ!!」
ようやく思い出せたようだ。だがどうしたのか、ため息をついて苦そうな口をした。やれやれと首を軽く振りながら頭を掻く。
「うーわ」
「どうしたんだよ」
「あーあ、嫌なこと思い出しちまったなぁ、こりゃあ。ありゃー、間違って殺しちまった女だ」
「……」
「懐かしいなぁ。後で捕まえて抱いてやろうと思ってたのに、何でか殺しちまったんだよ。何でだったかなぁ」
「……」
「確か、何かを庇ったかなんかだったような」
「……」
「あ! そうだ、あの時の家族だ。いやあな、オレがマフィアやってた時に、父親が人相悪くてやたらターゲットに似てたせいで、襲っちまったんだけどよ、それが家族連れの一般人だったってことがあったんだ。ありゃ参ったなぁー。別人だとは気付いたんだけどよ、顔を見られちまったし、なんでもその子を一目で気に入っちまって、いらねぇのだけ殺して連れ帰ろうとしたんだよ。なのに、弟を庇いやがって、間違って撃っちまった。弟なんか生き残ったって、しょーがねぇのによお! 笑っちゃうよなぁクロハネ」