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魔法少女の黒猫がBOSSだったら  作者: 優勝者
Ⅳ 熱帯雨林の国 ソルマール大戦
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077 師匠

 サスリカ軍は毎年、基本的に30歳以下の男女を募集している。

 年齢の下限は定められていない。世の中には神童というものが稀に存在するからだ。ドレイクが採用されたのも15のときだった。試験自体は簡単な知能テストと体力試験、得意分野の実演の三段階。入隊すること自体が難しいわけではないが、この若さで軍に志願した赤い髪と瞳の少年には好奇の目が向けられていた。

 採用1年目には教育部隊にて心身ともに訓練される。大半を占める20歳程度で採用された者たちでさえ、あまりに過酷であるため毎年その約半数がこの時点で脱落していく。ドレイクもその若さ故に辞職へ追い込まれるだろうと思われていたが、翌年彼は無事に修了し晴れて軍への配属が決まったのだった。

 厳しい訓練を乗り越えた大勢の新人たちは広間いっぱいに集められ、誰がどの部隊へ配属されるのか発表される。第一隊から第七隊までの隊長たちが登壇し、恵比寿のようなまるまるとした統合幕僚長が彼らを新人たちへ順に紹介した。

 このとき、第四隊の隊長はゼゼルだった。現在は戦場医務官として負傷者の治療を優先する部隊の隊長を務めているが、当時はまだその資格を取る前で剣技を得意とする隊長だったのだ。

 ドレイクはゼゼル隊長の率いる第四隊に配属することが決まり、同期たちと共に隊四隊の広間に集められた。

 ゼゼルは軍人とは思えないほど優しかった。肩に力の入る新人たちに隊長自らが淹れた紅茶を出してもてなし、順に自己紹介をさせては時折冗談を挟んで和気藹々(わきあいあい)と会話を弾ませ緊張をほぐし、あっという間にみんな打ち解けることができた。

 教育部隊での厳しい一年も嘘のように穏やかな日々が続き、ドレイクは体が(なま)りそうで不安なくらいでいたが、ちょうどそう感じはじめた頃に戦闘訓練を行うことを言い渡され、訓練場に集められた。

 基地の地下にある何もないただの空間だ。じりじりと蛍光灯にぼんやり青白く照らされ薄暗い。だだっ広く、並の人間が思いっきりボールを蹴っても向こうの壁には到底届かないだろうというくらいだ。

 ドレイクたちは壁際に一列で整列し、二人一組になるよう指示されたが奇数人であるため、はなからゼゼルと組むことに。

 組みを作ったらそれぞれ向かい合わせになり、向こうの壁まで等間隔で並んだ。

 ゼゼルが端まで聞こえるように大声で言う。


「もう察しているかもしれないが、今から君たちには怪我をしない程度に戦ってもらう。壁を背にした者は追い詰められた(てい)で防御に徹し、出来る限り反撃しないこと。もう一方は捕虜にしてやる気で加減して攻めること。順番の入れ替えは無しだ。今日一日、どちらかがギブアップするまで続ける。勝った方は勝った者同士でさらに同じことを続ける。両方とも攻める側や守る側ならじゃんけんで番手を決めて行ってくれ。質問は?」


 ゼゼルの目の前でドレイクが手を挙げた。


「飯はどうするんですか?」

「終わったらね」


 その笑顔に全員が不服な顔をした。

 ゼゼルが加える。


「早く終わればいつもより早く食べれるよ。だから頑張ろうね。それじゃ——」


 ゼゼルはドレイクに向き直る。目つきが変わるかと思いきや変わらない。いつもの優しい目だった。


「他に質問も無いようだから、よーい、はじめ!!」


 他の同期たちは一斉に攻防を始めたが、ドレイクはそうはいかない。何せ彼はスナイパーだ。こんな至近距離で戦わされるとは思ってもみなかった。かと言って同期たちの前でオレはスナイパーですけど、などと言い出すわけにもいかず、訓練が開始されてしまった。

 考えているうちにもゼゼルが抜刀する。鞘から抜かれたのは模造刀、ではなく、まさか、刃の反射が明らかに違う。涼しい顔で本物の剣を抜いた。

 次の瞬間、呆気に取られ冷や汗をかいて立ち尽くすドレイクの高い鼻の先に切っ先が向けられた。


「君はスナイパーだったね。近接戦は得意かい?」

「そそ、そんなわけないじゃないっスか!」

「そんなわけなきゃダメだと言っているんだ」

「……」


 表情も声色も何一つ変わらないのに雰囲気だけが違う。今のゼゼルはプレッシャーを放っていた。

 ドレイクはゴクリとツバをのんで聞く。


「君は今、壁に追いやられているね。戦場で万一背後を取られたりしたらどうする気でいたんだい?」

「あー、それは……、そう」

「追い詰められても戦う術がないといけない。でも君は遠くから攻めることができなければただの子供だ。もうこの時点で君は同期たちに差をつけられてしまっているんだよ。今この場で抵抗出来なかったのは君だけだ。観念して捕虜になるかい?」


 ドレイクはカッと歯を食いしばり、その瞬間、何よりも大切にしていた安物のスナイパーライフルでゼゼルの剣を弾き、退けた。

 背後へ回ろうとするがゼゼルも向きを変えてあっさり向かい合う。


「その調子だ。撃ってもいいから殺す気でおいで」


 だが、結局その日は一発も発砲することすらかなわなかった。けれど同期たちが互いに戦って体力を尽きさせていく中、最後まで立っていたのはドレイクだった。

 流石のゼゼルも本当に切り付けたりはしない。蹴り飛ばしたり剣の背側、(しのぎ)で殴打したり、引っ叩いたり。鎬で殴打されている時点で実際なら何度か死んでいるわけだが、彼はフラフラになっても同期の中ではついに最後まで立っていたのだった。



○○○○



 ゼゼルこそドレイクに近接戦を教えた恩師だった。

 これまで彼を慕い、尊敬し、憧れ、失踪したと聞いてからずっと無事を祈っていた。

 だからこそ、到底理解ができない。一体どうしてゼゼルが今この場に現れ、フミュルイを人質にしているのか。


「何やっているんだ! アンタは!!」


 怒鳴り、セルゲイの銃口をゼゼルに向けた。もうあの頃使っていた安物とはわけが違う。

 フミュルイの首筋にはナイフが突き立てられ、少しでも動けば切れてしまいそうだ。


「フミュルイを離せ!! 今更こんな形で出てきやがって、何をやっているのか分かってるのか!!」

「まあ落ち着けよ。私の狙いは君のほうだ。私は君と大事な話がしたい。そうさせてくれないというのなら、この子も、そこの小さい子も、私が殺す」

「な、待て!」


 ゼゼルはフミュルイを人質にしたまま後ろへ下がり、何メートルも下に静かに着地した。遺跡の屋上だ。元はここも部屋だったらしくわずかに壁の残骸が残されている。

 ドレイクとしらたまも追いかけて下へ降りた。


「話なら聞くからフミュルイを離せ! 今すぐだ!」


 ゼゼルはフミュルイを話すと蹴り飛ばした。

 

「てめぇ! なんてことしやがる!」

「離せと言ったじゃないか。それより、早く逃してやった方がいいんじゃないのか?」


 ドレイクがやむを得ず引き金を引いた。だが躊躇い、弾は左脇腹に命中。急所は外してしまった。

 ぼと。

 何か重い物が落ちる音がした。ドレイクの左腕だ。


「早過ぎて気が付かなかっただろう。肩の付け根から切断したからなぁ」


 いつのまに剣を抜いたのかまるで見えなかった。引き金を引いた時にはもう切られていたのではというほどの早業。しかももう剣は鞘の中だ。血も付かなかったらしい。

 あまりの激痛にその場に(うずくま)り、声にならない声で絶叫した。

 それでもドレイクの目は脇で身を寄せ合って震えているフミュルイとしらたまに向く。


「にげろ……。はやく! ……この人は、オレの、師匠だった人だ。……。勝てる相手じゃない!」

「そうだ。早く逃げろ。逃げればこの男を生かしてやろう」


 ドレイクがセルゲイを右手で拾い、左膝を枕にして銃口をゼゼルに、ではなく、フミュルイたちに向けた。


「にげろ! ……じゃなきゃ……、オレが殺すぞ!!」


 しらたまは怒りの表情でゼゼルを睨んでいたが、フミュルイが制するように抱えた。「ごめんなさい! 絶対助けに来るから!」と、そう涙ながらに言い残して走り去っていく。

 しらたまがフミュルイの背中を叩いてはドレイクの名を呼んでくれていたが、二人の姿はもう見えなくなった。

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