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魔法少女の黒猫がBOSSだったら  作者: 優勝者
Ⅲ 熱帯雨林の国
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069 傷跡

 黒羽はメイシーが言うルドルフの居場所へ着くまでは暢気にも船内で寛いで過ごそうと思っていたが、船の周囲の様子が怪しくなってきたとモナに言われ甲板で待機する羽目になっていた。

 どういうわけか、眼下に広がる大海原に点々と狼煙が上がっていたのである。モナやシロにもそれが何なのか彼女らの目では見えないようだが、黒羽の視力ならなんとか見ることができた。

 それらの正体は戦闘機だった。ついさっきまで空戦を繰り広げていたかのようにまだ沈み切っておらず、海面上で炎をあげているものが多い。しかし、これだけの数の戦闘機が撃ち落とされたばかりなら、相手の戦闘機はどこへ行ったのか。周りにある戦闘機という戦闘機は一つ残らず撃墜されており飛行を続けているものは一切見当たらない。

 黒羽は怪訝な目で空を見渡す。


「妙だな。まさか、戦闘機同士の空戦じゃあなかったのか」

「黒ちゃん、それって、さっきベラポネさんが言ってたシャルバベルキンのこと言ってるの?」

「まだそうと決まったわけじゃねぇがな。これだけ派手に散ってるんだ。あまり人の形をした相手だとは思えん」


 だがしかし、その後も警戒しながら飛行するも、モンスターらしきものは見つけられなかった。巨大だ巨大だと謳われるシャルバベルキンが相手ならすぐに分かるはずだが、相当小柄なドラゴンか何かが犯人だったのだろうか。

 結局真相は不明のままメイシーがここだと言う場所に到着し、全員が甲板に集まった。


「どうして、ここに……」


 チョールヌイが船の淵から一歩退きながら嫌そうに呟いた。

 ルドルフがいるという場所は彼女の故郷、ソルマール島だったのだ。

 ドレイクも不気味そうに島を見下ろす。


「おいおい、どういう風の吹き回しだよ。なんでララの故郷にルドルフがいるんだ。本当にここで合ってるのか?」


 メイシーはルナに身を隠すようにくっつきながら頷く。


「この前のゴア・ロドノフもこの島でララたちを襲撃したのが最初だ。きつと悪い奴らが集まってるんだろう。今はこの島はどういう扱いになってるんだ? ジャングルばっかりだが」


 黒羽はとりあえず物知りそうなベラポネに聞いた。彼女がチョールヌイを一瞥(いちべつ)して言いにくそうに答えようとすると、先にチョールヌイが答えた。


「誰も住んでない。ゴアがもう無人島になってるって言ってたさね」

「ん? でもララ、フォイから出るときに俺たちが声をかけなきゃ一人でこの島に来るつもりだったよな? てっきり親戚とかにでも会うつもりなのかと思ってたんだが、無人島だって知ってたんならどうして来たがってたんだ?」

「……それは」


 チョールヌイは口籠(くちごも)ってしまった。もう一分以上も言葉を探しているが見つからないようで、そうこうしているうちに船は海に降りた。操縦室から出てきたモナが何かを見つけたようで「見て!」と驚いた声で島を指差した。

 モナは黒羽の次に目がいい。つまりこの距離で何を見つけたのか分かるのは黒羽しかいなかった。


「なんだありゃ」

「え、二人ともどんな目してるのよ。何が見えてるの?」


 ルナが示された方角と、黒羽とモナをキョロキョロ見比べた。

 彼女に見えるのは青々と大木が繁るジャングルと強い日差しに白々と輝く砂浜、快晴の空と白波を立てる透き通った美しい海だけだ。


「遠くの海岸に何かデカイのが打ち上げられてるみたいだ。船長、錨は降ろしたか?」

「大丈夫!」

「よし、行ってみよう」


 黒羽たちは打ち上げられたものの近くの海岸へ瞬間移動し、恐る恐る近づいていく。全貌が見えてくるとベラポネが「うそ」と呟いた。


「シャルバベルキン。まさか、死んでるの?」

「は? まじかよ。一体誰が」


 ドレイクも驚いて辺りを警戒し銃を構える。だが島は静かなまま、みんなシャルバベルキンのもとまでたどり着いた。

 ドレイクが銃の先端で殻をつつくと中が空洞になっているようないい音がした。腐敗が進んでガスが溜まっているらしい。


「やっぱ腐ってるよな。うげ、嫌な臭いだ」

「おいおい、ドレイク、これを見てみろ」

「ん?」


 黒羽がシャルバベルキンの岩のような殻の上に乗ってドレイクを呼んだ。

 あれだけ恐れられていた甲殻類の巨大怪物は、胴体を真っ二つに一刀両断されて死んでいたのだった。


「やれやれ、賞味期限切れだなこりゃ。お前ん家で蟹すきでもやろうと思ってたのによ」

「こんなやつの脚が丸ごと入る鍋なんか売ってねぇよ!」


 ドレイクは鼻をつまみながらモゴモゴと言った。


「ねぇ」


 今度は辺りを探索していたルナが何かを見つけたらしい。


「これ、もしかして誰かにここまで引きずられて来たわけじゃないでしょうね?」

「「……」」


 ルナが見つけたのは砂浜に深く刻まれた、このシャルバベルキンの巨体を引きずったような跡だった。

 フミュルイも口元を手で覆って驚く。


「え、これ、引きずった跡だったの? こんな山みたいな生き物をどうやって……」


 これは戦艦をワイヤーで縛って砂浜を引きずるくらいに有り得ないことだ。シャルバベルキンの死骸は大きすぎて胴体はジャングルに突っ込む勢いで脚先は海の中なのである。


「島の中から続いてるのかこの跡は。わざわざここまで引きずってきてご丁寧に並べやがって。やられたな。敵の罠にかかったかもしれん」

「待って、大丈夫よ」


 ベラポネが水晶を見て言った。


「これは私たちに向けられた罠じゃないわ。さっき来る途中で撃墜されていた戦闘機の注意を引くためのものだったみたいね。誰がやったのかは分からないけれど、その本人ももうこの島にはいないみたい」

「こいつをやったのもそいつなのか?」

「そのようね。倒した後この島にコレクションしていたみたい」

「でも戻ってきたらどうする?」

「今日は戻って来ないわ。戻るのは三日後ね。それまでにはここを出ましょう」


 ドレイクが腕を組んで感心する。


「スゲー、そんなに色々分かるのかよ。でも肝心な犯人は分からないんだな」

「……うるさいわね。で、どうする? メイシーちゃん、ルドルフさんの居場所は分かる?」

「……あっち」


 とりあえずここにいてはシャルバベルキンの死骸のせいで目立ってしまう。黒羽たちはメイシーの指差した方角にあった山を目指して歩み始めた。

 島は行けども行けどもジャングルが続くが、ここに自生する樹木の葉はそれぞれが上手く重なり合うことなく繁っており、地面には網の目のように日光が隙間を縫って差し込んできていた。

 空気が美味しく、まだ波の音が聞こえている。とても危険が潜んでいるとは思えない静けさだった。

 しかし、波の音も聞こえないほど島の中へと進んでいくと無残な光景が広がり、一行は足を止めた。

 変わり果てた集落の跡だ。木々を伐採して拓かれた集落には体の各部位が離断した人骨が散らばり、どれが誰のものともつかない。樹木に吊り梯子を掛けて高く登り、ぽっかり空いたウロや太い枝の付け根に建てた家を住処にしていたようだがそのどれもが灰色に古びて崩れかけていた。

 黒羽がチョールヌイの顔色を伺うと彼女は呆然と立ちすくんでいた。何度か呼んでようやく目が合う。


「お前はお前の用事があるんだろ? 時間をやるから、その間は別行動にしよう」


 チョールヌイはばさっとフードを被って顔を隠した。この近くに家族と死に別れた場所があるに違いない。もしかしたら、それがこの集落ということもあり得る。


「ベラポネとしらたま。こいつについて行ってもらえないか。終わったら水晶で俺たちを見つけて追いかけてきてくれ」

「いいわ」

「……」


 しらたまちゃんは何かの気配を感じているのか、嫌な予感がするだけなのか、不安げな顔をするだけで何も言わなかった。


「すまない。ララを頼んだ」

「お安い御用よ」


 ベラポネは快く引き受けてくれて背を向けた。みんなに心配そうに見送られながらチョールヌイの背中を押してジャングルの中へ消えていった。



○○○○



 チョールヌイは先頭を歩いてベラポネとしらたまちゃんを案内しつつ、時々袖で目元を拭っていた。

 彼女はまだ覚えているのだろう、幼い頃にレビと遊んだ場所を。

 木々の根本には雨水が溜まり、大きな水溜りの中にジャングルが繁っているような格好だった。あの頃とは何も変わっていない。ひたひたと靴を濡らし、浮かぶ枯れ葉を蹴ってはぐにゃりと踏んで水面に波紋を広げながら歩んでいく。

 枯れた木には一文字に傷がいくつもつけられ、近くに誰かの名前と年齢が彫られていた。この島にいた子供たちが成長を記録したものだ。チョールヌイはその名前を辿ってレビの最期の場所を探す。

 そうしてチョールヌイは急に走り出し、あるもののそばに座り込んだ。

 小さな子供の骨だ。一部が赤黒く汚れ、繊維がほつれ、鼠色に変色した、元は白い着物だったと思しき布切れがその亡骸を覆っている。

 ぽつ……、ぽつ。

 その小さな亡骸の上に水滴が垂れる。


「レビ……。私、かえってきたよ……」


 亡骸にすがり、静かに涙をすする。レビの髑髏(どくろ)は撫でただけで崩れそうだった。

 人目も気にせず堪えきれず声を上げる。

 素手で近くに穴を掘る。

 細い骨々を埋め、最後に髑髏を埋め、別れを惜しむように少しずつ土を被せる。

 チョールヌイがこの島に戻って来た目的は、レビの亡骸を葬ってやることだったのだ。

 そうでなくちゃ、彼の死は理解できないものだったのだ。

 頭ではもう生きてはいまいと分かっていても、亡骸を目の当たりにしなくてはまだどこかで生きているかもしれないと思ってしまうもの。その救いようのない期待に終止符を打ち、別れを理解するために、人は骨を拾い、墓を作り、泣きながら乗り越えるのだ。

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