066 黒羽討伐作戦
フォイのギルドマスターのティオーレはエルドにフォイへ送ってもらっていた。
ギルドへ戻るなり通常通りギルドカウンターへ座り、黙々と業務を再開していた。そんな彼女のもとへ見慣れない風貌の少年が訪ねてきた。
「おい」
銀髪に紫色の鋭い目。見たことのない白の装束姿。横暴な態度に反する女のような滑らかな目鼻立ち。レビだった。
ティオーレは怪訝そうに見上げた。
「はい。どちら様ですか?」
「そんなことはどうでもいい。ここへオレに似た銀髪の背の低い女が来なかったか」
ティオーレは少し考え、
「その方とはどのようなご関係ですか?」
「オレの妹だ」
「ううん、背の低い銀髪の女性には心当たりがありますが、その方は銀色の瞳をされていましたよ」
「それだ!」
今まで獣のようだった目つきが一瞬だけ大人しくなった。レビはカウンターに乗り出す。ティオーレが体を後ろへ引き気味にするほどの勢いだ。
「今すぐ会いたい。どこへ行けばいい」
「残念ながら、つい先ほど出発されたところです」
「名前はララと言うんだ。間違いないか」
「え、ええ、左様でございますよ。ララ様はシュバータへ向かわれました。しかし、シュバータへの船は3時間後です。待合室へご案内しましょうか?」
「船はいらん。そのシュバータという国はどの方角にある」
ティオーレが指を差しながら「あちらです」と教えると、レビは礼も言わずギルドを飛び出していった。
レビがあっという間に海岸へやってくると多くの視線が集まった。
水着で海水浴をするでもなければ釣りをする格好でもない、白の装束姿で一人で海の向こう側を眺めている様はあまりにも不自然だった。
「なんだありゃ」
「頭おかしいんじゃないの?」
「あんな格好で何しにきたんだよ」
「なんかの修行?」
「だっせ、絶対やばいやつじゃん」
海水浴を楽しんでいた若いカップルたちがひそひそ話すのをよそに、レビは海に向かってクラウチングスタートの姿勢をとる。
暖かく穏やかな時が流れる海岸に現れた異様な光景。周囲の人々が不審がって足を止めて不安そうに見つめていた、次の瞬間。
「「ェェエエエーーーッッッ!!!」」
海岸が吹き飛ぶような大爆発。小石や貝殻は弾丸のように飛び散り、キメの細かい砂は高く広く巻き上がる。遅れて何やら大粒の雨が降り注いだ。いや、それは雨ではない。高らかに弾け飛んだ大量の海水が降ってきたものだ。
そう、レビは砂浜をひと蹴り、海の上をシュバータ目指して一直線に跳んでいったのだった。
数秒後、レビはシュバータの海を蹴って上空へ舞い上がり、ひらりと海岸へ着地した。
○○○○
シュバータ王は嘆いていた。
昨年は優秀な兵士を失い、そして今度は大切な姫まで連れ去られてしまった。
シュバータ王は緊急の集会を開いていた。此度の事件のため、大臣たちや学者たち、特殊部隊など国のありとあらゆる重要人物たちを召集し、広い城内も窮屈になっていた。
玉座に座るシュバータ王は涙を流しながら語る。
「とんでもない事態になってしまった。あぁ、私が間違っていたのだ。我が最愛の姫のためにと呼んだ冒険者に、まさか連れ去られようとは。やはりこれまでの通り国の中の者に任せるべきだったのだ」
「国王陛下」
名乗り出たのは国防省の大臣だった。
「まだそう遠くへは行っていないはずです。既に本国周囲に位置する東西サスリカ、ヨキ島、ヨマ島、ラーマンシア、ケビフーヲ島、フォイ、イリ、アンビュリューズ、マーキュラム、以上九つの国および地域にて飛行船の取締りを開始しております。また、メロウ島周辺、ソルマール島周辺、地獄島周辺は国際ギルド連盟の飛行船が警戒しております。これほどの目を潜り抜けることはほぼ不可能。姫がお戻りになられるのも時間の問題ですぞ」
「いいや」
シュバータ王は重々しく首を横へ振る。
「相手はミルなのだ。見つかったところで一筋縄ではいかぬ。国際ギルド連盟からもミルの派遣を要請しておるが、彼らが配置へ着くのが先か、クロハネ一行の突破が先かという状況である」
黒羽がメイシーを連れ去ったことでシュバータ王は姫が無事では戻らないのではと不安に思っていた。姫が戻らなくては王家はお終いである。最悪の場合は養子を迎えることで国家の継続は可能だが、だからといって簡単に諦められるものではない。王家の血筋が絶えることは本来あってはならないことだ。
シュバータは国を挙げ、国際ギルド連盟の協力も得て黒羽の包囲網を確立。しかし武力が理想に及ばない現実という壁に直面していた。不覚にも敵に回したくない相手を敵に回してしまったのである。
シュバータ王にとって最大のピンチと言って過言ではない。国際ギルド連盟に所属するミルたちが黒羽一行の通過より先に配置へ到着することを祈るしかなかった。
そんな中、ある一人の伝令が血相変えて城内へ飛び込んできた。
「国王陛下! 国王陛下! 大変ですぞ!」
「何事だ」
「たった今、ミルに相当する、いえ、それ以上の実力を持つ可能性のある人物がフォイから海上をほんの数秒で走り抜け、本国へ参られたのでございます!」
「なんだと!」
「はい! 臨時で行われた戦闘能力試験につきましても、推奨レベル999のジメラルダス、ザ・イーター、スーパーモンスター、ナガラハルディオンといった天才級生物たちを次々に一撃で葬るという前代未聞の能力を発揮いたしました! この人物なら、姫をきっと、いえ、必ずや無事にお連れできるに違いありません!」
「なに! どこにいるのだその人物は!」
「お連れせよ!」
伝令の指示で統合幕僚長が入り口へ入って来、手でこちらですと何者かに合図を送る。
統合幕僚長に促され姿を見せたのは、背の低い銀髪の少年、レビだ。
大臣たちが空ける道を歩く姿は救世主そのもの。シュバータ王の前まで来ると、レビはこう言う。
「聞きたいことがある。この国に、オレに似た背の低い銀髪の女が来なかったか」
「いいや、来ていたはずだが、私は会ったわけではない。貴公、名は何という」
「オレの名はレビだ。訳あって妹を捜している。ララという名だ。どこにいるか分からないか」
「……」
シュバータ王は腕を組み、眉間にシワを寄せて考える。そして何事かを思いついたように口を開いた。
「ララというお嬢さんなら、今頃クロハネという人語を話す猫に騙され、行動を共にしているであろう」
「クロハネに、騙されている、だと? どういうことだ」
「クロハネは悪党だ。我が最愛の娘である姫を誘拐し、今も逃亡中なのだ」
「なに」
シュバータ王は姿勢を前に傾け、レビに迫る。
「どうだね、レビよ。我が国の姫の居場所はじきに判明する。そしてお嬢さんも姫と同じくクロハネの被害者なのだから、必然的に姫と同じ場所にいることになる。居場所を教える代わり、クロハネを討ち、姫も救ってはくれぬか。姫とお嬢さんをクロハネの魔の手から救うのだ。もちろん、報酬もはずむぞ」
「……。分かった。では、居場所が分かり次第、教えてくれ」
シュバータ王とレビは手を結んだ。
レビが黒羽の討伐に向かう、上空警備隊と国際ギルド連盟による黒羽一行発見の時が刻一刻と迫っていた。