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魔法少女の黒猫がBOSSだったら  作者: 優勝者
Ⅲ 熱帯雨林の国
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064 シュバータ王国の姫

 エルドはティオーレをフォイのギルドまで送り、黒羽たちは真っ直ぐにシュバータへの移動を開始した。

 嵐なんて本当にあったのだろうかというほど空はどこまでも見通せる快晴だった。

 ドレイクは始終昼寝で過ごしていたので変に気をつかうこともなく済み、思いの外平和にシュバータへ到着してしまった。

 フォイが緑豊かだったのに対し、シュバータは石の国だ。飛行船は港に着水させ、降りていけば真っ白に輝く石造りの街並みが出迎えてくれた。この世界では何と呼ばれているかは分からないが大理石に酷似した石材らしい。地面は赤と灰のレンガを組んで道が作られ、子供たちが赤いところだけ踏んで遊んでいる。


(おお、スゲー。ゲームの中の世界みてぇだ)


 険しい顔の怪物の像などがあるのを見ると、前世で時々やっていたRPGの世界を思い出してしまう。民家の形もそれらしい。

 ホームランを打っても窓に届きそうにないくらいの広々とした噴水広場に到着。ここでエルドと合流することになっていた。全員イスになっている噴水の縁に腰掛けて日向ぼっこしながら到着を待つ。

 シュバータに初めて来たのは黒羽とシロだけ。みんなはしらたまちゃんをおもちゃにしたりウトウトしたりしているが、黒羽とシロは街並みや行き交う人々を新鮮に感じてキョロキョロしてしまう。

 フォイの道はバカみたいに長かったりアホみたいに入り組んでいたりしたが、この国の道は細くて真っ直ぐ。ところどころに似たような広場があるようで、道の一本一本はそれぞれを繋いでいるらしい。道の先を眺めると全てが広場らしき開けた場所に続いていた。

 開放感があっていい街並みだ。たまにドードーかダチョウみたいな背が高くて丸い体の飛べそうにない鳥が馬車のように車を引いて行き交う。この世界に馬はいないのだろうか。それにこの道の細さではサスリカのようにバスは通れまい。交通の便は悪そうだ。

 そんなことを考えていると自転車が通っていった。それも結構速かった。うまく人混みを縫うように抜けていった。形が古めかしい気がしたが、おそらくロードバイクにあたるもの。交通手段は徒歩か自転車がオーソドックスなようだ。


「あれ、気球飛んでる」

「おっ、ホントだ」


 シロが10時の方角の黄色と青の鮮やかな熱気球を示した。


「すごい、私初めて見た」

「なるほど、遠くへ行くには気球を使うというわけか」


 移動を始めると思っていたより速かった。空に漂うところだけ見れば楽しそうだが、カゴ一つで暴風に煽られたら一発アウトの状態ではあんまり楽しそうじゃない。

 シロの表情の変わりようが面白い。気球が動き出すまでは目をキラキラさせていたのに動いた途端に青くなった。


「ちょっと乗ってみたくねぇか?」

「……。いいや」


 ルナとモナがシロに言う。


「心配しなくても後で乗るよ。ねぇ、船長(せんちょ)さん」

「はい。目的地は気球でしか行けませんから」

「……。そ、そうなんだ、た、たのしみだなぁ〜。えへ、えへへへ」


 笑っているのにすごく嫌そう。

 だんだん黒羽も楽しくなってきた。


「良かったな、シロ。初めて気球を見たその日に乗れるんだぞ」

「……。ぅぅ」


 泣きそうな目で訴えられた。


「嬉し泣き?」

「……。いいもん。黒ちゃんのことギュウギュウ抱きしめて耐えるもん」

「俺が悪かった」


 なぜだろう。シロをからかったつもりが、いつのまにか自分に跳ね返ってくる。

 まだ幸せな死に方をするには早すぎるので黒羽は黙るしかなかった。

 

「お待たせ致しました」


 不意に視界の外からの太い声がしてみんな驚いた。エルドが立っていた。


「お前、体デカイくせに影薄くね?」

「ちょっと黒ちゃん」


 エルドは苦笑いする。

 ここからは彼を先頭に、依頼主であるシュバータ王の城まで案内してもらう。

 エルドの肩幅がギリギリの細い道を抜け、とうとう気球が現れた。黒羽を抱っこするシロの腕に力が入る。まだ後頭部が言わずと知れた物に押し付けられるだけなので首が痛いが嬉しさが勝った。

 気球に乗り込む。しっかりした命綱があった。係の職員が全員に装着を済ませたらシロも安心したのか腕の力が緩んで黒羽は楽になったが、むすっと不満な顔になった。

 少しずつ、ゆっくりゆらゆら、気球が上昇する。


「ごふっ」

「見て! 黒ちゃん! シュバータの街並みすんごいキレイ!」

「ちょ、苦しい」


 さっきまでの恐怖はどこへいったのか。シロははしゃいで気球のカゴから身を乗り出し、黒羽は彼女の胸とカゴの縁に挟まれ顔を平たくしていた。


「あ、ああ、ごめん」

「半分だけ許す。ん? あいつら、あんなところで何やってんだ?」


 黒羽は遠くの山の中に誰かが駆け回っているのを見つけた。

 ベラポネが水晶で大きく見せてくれる。するととても小さな黒髪の女の子が銀色の甲冑の大男二人に追い回されていたではないか。



○○○○



「待ちなさい!」

「嫌よ!」


 長い黒髪をポニーテールにした少女が木漏れ日の中を裸足で駆けていた。

 白く小さな足には血が滲み、時々土に赤い足跡をつけながらも走り続けていた。

 長槍を持った甲冑の大男に捕まりそうになっても体が小さいことを利用してひらりひらりと避け、逃げて逃げて、どこまでも逃げていく。


「早く城へお戻り下さい! 姫!」

「嫌よ! 嫌! 離して!」


 しかし、とうとう捕まってしまった。

 大男二人に左右の腕をそれぞれ掴まれ、足をどれだけ動かしてももう地面には届かない。


「離して! 離してったら! 私はこのシュバータ王国の姫よ!」


 舌ったらずで甲高い声が頭に響くよう。


「姫さまだからこそ、お城に帰るのです」

「嫌よ! 私には分かるんだもん! もうすぐルドルフを捜してくれる人たちが来てくれるの。もうすぐそこまで来てるの! 私も一緒に捜しに行くのよ! うぁ、イタッ」

「いけない。あっ!」


 少女が痛がる素振りをすると甲冑の大男の一人が手を緩めてしまった。その隙に少女はまた逃げ出した。


「姫!」


 少女が怯えて倒れ込む。木陰から突如、大男たちが見上げるほどの大蛇が飛び出したのだ。

 少女は文字通りヘビに睨まれたカエルのように動くことも声を出すこともできなくなり、震えた。

 咄嗟に彼女の前へ甲冑の大男たちが飛び出し槍を構える。


「姫、今のうちに城へお逃げ下さい!」

「……そんな」

「これこそ我らの努めであります。姫、お願いです」


 逃げようにも腰が抜けて後退ることしかできない。大蛇は真っ直ぐ少女を睨んでいた。

 この大蛇、ただの大蛇ではない。この辺一帯の主だ。鋼でできた銀色の(うろこ)が陽の光を受けて輝くその神々しさはまさに白い死神。

 おもむろにその口を開ければ、二人の屈強な大男でさえ石のように動けなくなった。その口は二人を同時に丸飲みにしてもまだ余りある、想像絶する巨大さだったのである。

 飲み込まれる。そう察した瞬間だった。


「すごく強い猫パンチ、喰らえ」


 何が起きたのか、鋼の大蛇は銅鑼の如き轟音を響かせ、呆気なく大空の果てまで飛んでいってしまった。


「見たか。俺は一応物理でもやれるんだ」

「すごい黒ちゃん!」

「まあ、余裕よ。おや、どうしたのかね、君たち」


 少女と大男たちの前に現れたのは黒羽たちだった。死んだと思った大男たちは開いた口が塞がらぬ顔でぽかんとしていたが、やっと我に帰った。


「あんな化け物を、こんな小さな猫が一瞬で……」

「信じられん。もしや、あなたたちは」

「そうだ。俺たちがシュバータ王のクエストを引き受けたこの俺、黒羽とその仲間たちだ」


 大男たちが顔を見合わせて背後に匿っていた少女を振り向くともう姿がなかった。彼女は知らぬうちに二人の前に出てきていた。彼女は仁王立ちで胸を張って威張っている黒羽の前脚を握りしめていた。


「あなたが、あなたが、クロハネさんなのね」

「い、いかにも。って、あの」


 少女は黒羽だと分かると涙ぐみ、ぎゅうっと抱き締めた。

 大男たちが黒羽たちの前に跪いて言う。


「「お待ちしておりました、黒羽御一行様。このお方こそがこのシュバータ王国の姫君、メイシー・シュペルハイム様でございます」」

「お、おお、分かった。分かったからちょっと離してくれねぇか? おま、いや、姫さまの方が少し背が高いんだ。苦しい」

「ああ、ごめんなさい」


 改めてお姫様を眺める。思っていたより大分若い。若いどころではない。まだ子供ではないか。

 確か、捜すのはこのお姫様の想い人のはずだが。いや、それは違いないはずだ。こんな砂利だらけの道を裸足でわざわざ出てきたのだ。足に血を滲ませて、そこまでする必要があったのだろうか。

 ルナが驚いて呟いてしまう。


「あら、血だらけじゃない。どうして」

「そうっ、私も一緒にルドルフを捜させて欲しいの! お願い! パパたちになんて会いにいったら私はお城で待ちぼうけよ。捜しに行った人たちはみんな二度と戻らないし、もう……、不甲斐ない日々を過ごすのは嫌。 そんなの絶対に嫌なの!」

「なるほど。とりあえず、足のケガ治そう。シロ、すまんな」


 メイシーは近くの切り株に座ってもらい、足のケガの手当てを始めた。

 シロは薬品を使わず、おまじないで傷を治していくがなぜか染みるらしい。手当てをしている間に黒羽は甲冑の大男たちから話を聞く。


「詳しいことはまた後ほど国王からお話されますが、姫は要するに、失踪した想い人を自分で捜しに行きたいというお気持ちであられるのです」

「ふむふむ」

「ですが当然そうはいきません。何度も何度も止めているのですが、毎日のようにあの手この手で城の外へ捜しに行こうとして聞かないのです。どうか黒羽様からも言ってはいただけませぬか。黒羽様から言われるのと私たちから言われるのとでは違いますが故」


 とても妥当な話だ。黒羽は断る理由もなく「分かった」と頷こうとするが、メイシーには話が聞こえていたらしい。


「私はルドルフの居場所が分かるの! パパたちに会う必要なんかないわ! 私だけいれば充分よ! 私を連れて行かないなら居場所は教えない! 船もあげないから! ……ねぇ、お願い、黒羽。一緒に連れていって」


 殺し屋の魂も清められるような涙ぐむ真っ直ぐな熱い眼差し。黒羽は弾丸を受けたことも何度かあったが、これほど鋭く胸をうたれたことは初めてだ。

 こんなに小さいのに足を血塗れにして泣きながら走って捜しに行こうとする姿。いつしか自分も瀕死のシロを助けるために夕陽の国を駆け回り、ロードに救われ、そして今がある。

 シロとチョールヌイ、ドレイク、モナ、そしてルナのベスティーたちの視線が黒羽に集まった。みんな考えていることは同じようだ。


「メイシー。一緒に捜しに行こう」

「黒羽さん」


 やつれたメイシーの幼い顔に満面の笑みが。彼女は黒羽の前脚を取り、「ありがとう」と嬉しそうに抱きしめた。

 甲冑の大男たちが飛ぶ鳥を落とす勢いで激昂する。


「貴様! 何を言っているのか分かっているのか!」

「死罪に値するぞ! この悪党め!」

「うるせぇ。俺は生まれる前から悪党だよ。だが姫様だけは命に変えても守ってやるさ」


 大男たちの長槍が黒羽に向かって突き出される。が、しかし、彼らの槍は空を突く。

 黒羽は全員まとめて瞬間移動してしまったのだった。

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