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魔法少女の黒猫がBOSSだったら  作者: 優勝者
Ⅲ 熱帯雨林の国
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062 夢か幻か

 眠る気などなかったのに、いつの間にか寝てしまっているということはしばしば起こるものだ。

 そして目が覚めたかと思えばそれが夢の始まり。いつの間に寝たのか分からないからそれが夢だと分からず現実と錯覚し、混乱してしまう。

 黒羽は今まさにその状況だった。


「……隆二。ごめんね、こんなはずじゃ……、なかったのに」

「……」


 さっきまで鍋を囲んでいた居間には誰もいない。いるのは自分と、そして目の前にいる、前世で亡くした姉の博愛(ハクア)のみだった。

 飾り気なく長くすらりと降ろされた黒髪。シロと瓜二つの、生まれて一度も怒ったことがないような顔、耳を介さず胸に直接透き通って届くような優しい声。

 声を出すより先に涙が溢れる。夢とも現実ともつかないが、これだけ鮮明に博愛が現れ、声を聞かせてくれたのは初めてだった。

 これが夢なら明晰夢というものであろう。腹の底から湧き上がる熱さや頬を伝う涙の温もり、全ての感覚が目が覚めているときと変わらないのだ。


「姉貴……。これは一体、どうなってるんだ。夢でもいいから、ずっと会いたかったんだぞ。どうせなら、もっと早く会いに来てくれよ!」


 泣きながらで声が震えた。

 今にもこの空間は終わってしまうかもしれない。言葉なんて選んでいられず、感情がそのまま前に出た。

 博愛は静かに嬉し涙を拭う。しかしそこには悲しみも混ざっている。


「ごめんね、隆二」

「どうして謝るんだよ。謝らなきゃいけねぇのは、俺のほうだろう?」


 博愛はゆっくり首を振った。拳を強く握り締め、


「隆二には、苦労かけてしまうことになる。私は神様に逆らったの。ただ、また隆二や、父さんや母さんと過ごしたかった、それだけだったのに。……もう、行かなきゃ」

「そんなの俺がなんとかしてやるよ! 姉貴!」


 泣き出しそうな顔をした博愛は黒羽の一言に、どうにか笑顔を見せてくれた。

 それから黒羽はまた寝入るようにすうっと意識を失い、気がついたときには夕陽の国のロードの部屋にいた。

 やっとあれが夢だったのだと分かり、少し落ち込んでしまう。夕陽の国の地下に造られた密室であるロードの部屋に今更自分がいるわけがない。連続して二つ目の夢を見始めたのだとすぐに分かった。


「どうしたんだい、人がせっかく久しぶりに出てきてやったというのにそんなしけた面して」

「よお、久しぶりだな、ばあさん。こっちにも色々あるんだ」


 そろそろ目も合わせないのは失礼だと黒羽はロードの声のするほうを向いた。黒羽は年季の入った壊れかけのベッドから部屋の反対側のオープンキッチンを眺める形になる。キッチンの上に置かれたガラスボウルには白い毛長猫が液体みたいになって入っていた。これがロードだ。


「久しぶりすぎて忘れてないだろうね。一応言っておくが、私はお前さんに能力を与えたミルだった猫だよ」

「あ!」


 黒羽はあることを思い出し、絶叫した。


「なんだい、騒がしいねぇ」

「アンタ、そういえばシロのなんだっけか? 母親? 祖母?」

「母親だよ」


 あのミラーズ姉妹はシロの母親に恩があるからシロのために尽くしたいという話だったはずだ。そのことを今度またロードが夢に出てきたときに話したいとずっと思っていたのだった。


「単刀直入に訊く。ミラーズ姉妹とはどういう関係なんだ」


 ロードはしまったというような顔をした。ボウルの中から目を細める。


「話せば長くなる。とてもお前さんが寝ている間に終わる話ではない。簡単に言えば連中とはメロウ島で一悶着あって、助けてやったことがあったんだよ」

「メロウ島で、だと?」

「ああ。恩を売って、シロを守ってもらおうと思ってね。知っての通り連中は何をしでかすか分からないが、シロに直接害が及ぶことは無いだろう。あったなら連中の失敗に違いない。今回は他にも話さなければならないことがあるんでこの辺にさせてくれ」


 具体的に何があったのかを知りたかったが、これだけでもかなりの情報だ。黒羽は渋々頷いた。


「今お前さんたちが世話になっているドレイクという子の家だが、ベラポネという魔女が持っている水晶に似たようなものがある」

「は? ……は!?」


 ベラポネの話では確かあれは相当特殊な物体だったはずだ。物質的ミルという代物は物質でありながらミルに匹敵する能力を持つ物体だ、と。それが近くにもう一つあるとなれば大事だ。


「待て待て、頭がパンクしそうだ。色々あってからのこれはキツイ」

「単純な話だ。ただ、それがドレイクの妹、の部屋にあるんだが、そのことを問い詰めるような野暮なことはやめてやれということさ。妹の部屋だけ存在感がおかしかったろう? それはつまり、そういうことさ」

「……。なるほど」

「今、見るなと言われたら見たくなるような感情を抱いたな? 妹の部屋は見に行くんじゃないよ。後悔するからね。きっとそのうち仲良くなればドレイクの口から語られるだろうから詮索することはない。さて、そろそろ朝が来る。私はまた時々ヒントをやりに出てきてやるよ」

「待ってくれ、姉貴に会ったんだ」

「……。ほう」


 ガラスボウルの中にすっかり収まるように丸くなろうとしていたロードは興味深そうに首を持ち上げ傾聴する。


「神様に逆らったと言っていた。それにやっぱりシロと瓜二つだったし、二人に何か関係があるんじゃないかと思っているんだ。アンタはそこんとこ、どう思う?」


 ロードは「うーん」と唸りながら後ろ脚で首の辺りをポリポリして考える。あくびして、むにゃむにゃして、困った顔をした。


「神様に逆らったというのはよく分からないが、何か運命に逆らったということだろうか。にしてもそんなこと、私に思いつくのは黒魔術の類いで、とても肉体のない者にできることではないと思うんだが。分からん。シロとお前さんのお姉さんのそっくりさは認めるが、そんなこと言ったら私の若いときだって似てることになるよ」

「……確かに」

「ただ、引っかかるのは——」


 あともう少しというところで周りの景色が霞み始める。もう夢が覚めてしまう。

 黒羽はロードの言葉の後半を聞けることを祈り、耳を傾けた。


「——お前さんのお姉さん、この世界まで来ているなら霊体であるはずなのに、そうでもないんだ。全くの謎だ」


 黒羽は耳を疑った。

 ロードの部屋が霞み、白い光に包まれていく。同時に黒羽の意識も遠くなっていった。



○○○○



 黒羽の顔に太陽の光が当たる。

 先に起きたチョールヌイが窓を開けたのだ。


「クロハネ? クロハネ」

「……ん、んん〜」


 黒羽はチョールヌイに揺すり起こされた。だが目が開かない。目やにで上の瞼と下の瞼がくっついて開かなくなっていた。

 もがいているとチョールヌイが指で拭ってくれてやっと目が開けられた。

 寝ている間にシロが寝室に連れてきてくれていたらしい。三人でちょうどいいくらいの部屋に敷布団を敷いて寝かされていた。

 珍しくシロが背を向けて寝ている。なんでだよと不満に思いながら体を起こして見てみると余っていた枕を抱っこして胸にぎゅうぎゅう押し付け、頬ずりしてぐっすりだった。危うく寝ている間に乳圧で窒息させられるところだったようだ。喜べる話ではなく本当に危険なレベルだから黒羽は血の気が引いた。


「クロハネ、意外といつも通りだったんね」

「まあ、そりゃあ。まだ眠いけどな」


 チョールヌイは死んだ魚のような目の黒羽を心配そうに見下ろしている。お互いに何事か分からず数秒間じっと見つめ合ってしまった。


「何見てんだよ」

「はー、寝起き悪いねぇ。クロハネ、泣いたようなあとが付いとんで、(うな)されてたんか思ったんよ」

「ん? お、本当だ」


 目尻から頬の辺りまで触ると肉球でベタついたものを触れた。


「けっ、誰が魘されるかよ。寝てる間に目にホコリでも入ってたんだろ。時々あることだ」

「なんや、そうだったんか。心配して損したわ」

「……。そこまで言わなくても」


 大きな声で話しているとシロが気分悪そうな顔で寝返りを打った。一瞬目を開け、黒羽とチョールヌイの顔を見たがすぐに二度寝を始めた。


(……。ロードの若いときだって似てることになる、か)


 ロードの一言を思い出し、不安が晴れたような気分とむしゃくしゃしたような気分が混ざる。

 腹いせにシロを無理やり起こしてやることにする。前脚でほっぺたをムニムニつつく。


「おい、起きろ。朝だぞ」

「……ううぅ〜ん、いっつも朝じゃんこの国」

「そうだけども」


 他の部屋で寝ていたらしいルナたちも起きたよう。部屋の外からしらたまちゃんに振り回される声が聞こえてきた。

 シロは駄々をこねてなかなか起きようとしない。チョールヌイがほっぺたをつねっても起きない。終いにはとうとう黒羽が抱き枕の代わりにされて死にかける始末。

 部屋の外ではドレイクがそんなこととは知らず朝食の準備ができたと呼んでいる。

 今日は呆れるほど平和で呑気な朝だった。



○○○○



 まだみんな寝ていた頃。

 ドレイクの部屋へ続く階段を上った者がいた。

 モナだ。

 階段の途中で立ち止まり、周囲の音に耳を澄ませる。近くの部屋で寝ているドレイクの父親のいびきが微かに聞こえるだけで、他に気配はなかった。


「……ドレイクさん、さっきみんなの様子を窺っていたようだった。どうしよう、やめといたほうがいいかなぁ」


 ドレイクは全員寝ているかを確認しに廊下まで見回りをしていたが、返ってその気配でモナが目を覚ましていた。

 モナは一人部屋だったので、それからしばらく窓を開けわざと日差しを浴びて寝ないようにし、ドレイクが寝入るのを待っていた。

 ドレイクはなぜ見回りをしていたのか。見回りに気づいてしまえば疑問に思うのは当然。何かを隠しているかのような不審な動きの真相を突き止めようとしていた。

 モナは迷ったものの、再び階段を上りはじめる。

 部屋の扉の前まで来た。ここまで抜き足差し足で一切の物音を立てなかった。


「?」


 ここでモナは異変に気付く。

 ドレイクの部屋の隣の妹の部屋から、急に激しくペンを走らせるような音が聞こえてきたのだ。

 うるさいほどの音。ペンが暴れているかのよう。

 気づかれたのだろうかと、モナが逃げ出そうとしたその時。


「!!」


 扉が勢いよく開き、ドレイクが鬼のような顔で現れた。

 驚き、恐怖して飛び上がる。その場に腰を抜かしてもまだ体が震えた。


「何してる」

「ごご、ごめんなさい。その、その、私……」

「はぁ〜」


 ドレイクは深いため息をつき、人が変わったようにいつものドレイクの間の抜けた顔になった。


「そんなこわがるなよ。オレも一応軍人だから、物音がすると反射的に臨戦態勢になっちまうんだ。まさか、夜這いのつもりか?」

「んな!? ち、違います! ど、ドレイクの変態! どちくしょう! すっとこどっこい! ……。おやすみなさい!」

「ぬお!」


 今度はモナのほうから勢いよく扉を閉めた。

 そうして彼女は事なきを得てドレイクの妹の部屋をあとにしたが、疑問は拭えない。

 物音なんて一つも立てなかったはずなのに、ドレイクは物音がしたと言った。どちらかといえばドレイクのいた部屋からペンの音がしていたくらいだ。それにどうして自分の部屋ではなく、妹の部屋から出てきたのか。

 モナは寝ぼけていたのかな、と小首を傾げ、自分の部屋に戻っていった。

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