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魔法少女の黒猫がBOSSだったら  作者: 優勝者
Ⅲ 熱帯雨林の国
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061 オバケ?

 居間に戻った黒羽はシロとチョールヌイの間で丸くなっていた。

 料理も捗っているようで、黒羽の鼻にはいい匂いが届く。つい、きゅるる、とお腹が鳴ってしまった。


「んお、猫もお腹鳴るんさね」

「まあな。魚介類のいい匂いがする。ああ、腹減ったなぁ」


 チョールヌイがクンクン辺りの匂いを嗅ぎ、眉を歪める。


「え、もうそんな匂いしとー?」

「ああ。……フガッ」


 不意に誰かに鼻を突かれて変な声が出た。なにをする、と目を開けるとシロだった。


「黒ちゃんは鼻がいいもんね」

「おうよ」

「へぇ、そうなんや。猫はみんな鼻がいいんかね?」

「おうよ」

「黒ちゃんいっつも私たちの匂い嗅いでるらしいよ」

「やば」

「おかしいおかしい」


 そういえばサスリカの祭のときにそんな話をされていた。

 黒羽はあのときの意地の悪いアステリアの笑顔が瞼に浮かび、軽く引いているチョールヌイの膝を思わず肉球でペチペチしていた。必死の形相で。


「お、俺は変態なんかじゃねぇぞ。俺は変態なんかじゃない、信じてくれよっ」

「クロハネ、本当は猫に化けてる人類なんやないの?」

「あながち間違ってないとこ責めてくんな。……ちくしょう、アステリアめ。地味にトラウマじゃねぇか」


 やめてくれよ、という目でシロを見上げると面白がって笑っていた。

 黒羽は結構どっしり構えているつもりなのに時々いじられるのが不思議だった。もうこれ以上リアクションすると余計にいじられると思って不貞腐れたように丸くなってやった。

 シロとチョールヌイが何事かを話しているが聞かぬフリ。

 しばらくして寝返りをうつように体をくねらせると、掘りごたつの暗がりに薄く光る赤い眼が見えて「ぬわっ」と驚いた。


「おあ!」


 赤い眼のオバケの正体はしらたまちゃんだ。驚いた黒羽の声に自分まで驚いていた。


「なんだお前か。驚かすほうまで驚いてどうする」

「えへへ〜、私までたんまげたったよ。ねんね、そはそうと遊ばんせ。こっちゃ来なさんせ」


 どこの鈍りだか知らないがもはや何を言っているのか分からない。とりあえず遊びたがっているようなので黒羽も掘りごたつの中に降りてやる。するとこのタイミングでベラポネが覗き込んできた。


「こら、そんなとこ入らないの。出てきなさい」

「ええ〜、この狭いんがいいの〜。ねぇ、猫ちゃん」

「確かに気持ちは分からんでもない。でも暗いところにいるとオバケが出るかもしれねぇぞ。猫は霊感があるから分かるんだ」

「いやあああああ〜あ〜あ〜あ〜っ!」


 ちょっと脅かしただけでしらたまちゃんはテーブルの裏側に頭をぶつけながら慌てて逃げ出した。掘りごたつで出てくるオバケとは一体どんなやつなのだろう。黒羽は可笑しくてたまらない。

 と、しらたまちゃんはベラポネの隣へ這い出して逃げ切ったと思っているようだが右足が掘りに少しはみ出している。

 しめたと両前脚で掴んでやると……。


「あああ! あし! あし掴まれてるよお! ベラばあ! あし掴まれてるよお!」

「よく見なさい。それはオバケの手よ」

「いやあああああ!」


 黒羽は気がつかないが彼の黒い体は掘りごたつの暗さにしっかり溶け込んでしまい、目つきの悪い金色の目と毒々しいピンク色の薄い舌だけが闇に浮かんでいてそれなりにオバケらしく見えていた。加えてベラポネのドエスな追い討ち。これ以上いじめるとしらたまちゃんが泣いてしまいそうなので離してやった。

 黒羽とベラポネにいじめられたしらたまちゃんは半泣きでフミュルイのところへ。


「あ、ははは、二人ともやりすぎですよ」

「ぐじゅんっ、おっがながった。まーおっがながった。ぐじゅっ。ベーラばっぱのおんつぁざげす」

「よしよし。頭までぶっちゃって、痛かったね」


 あんまりフミュルイが優しく宥めるから黒羽もなんだか真剣に申し訳なくなってきた。ここまで怖がられるとは思わず、悪者になった気分だ。もっとも、前世は悪名高きマフィア。善玉とも言い難いが。


「あー、クロハネさん小さい子泣かせた〜」

「なぬっ」


 ルナにもいじられる始末。

 見ればシロとチョールヌイもあらあらという顔。

 しらたまちゃんが言い捨てた「ベーラばっぱのおんつぁざげす」は「ベラポネ婆ちゃんのばーか」みたいな意味だったのだろう。ベラポネは眉間にシワを寄せつつなんだかしょぼんとしていた。


「……。すまん、悪かったよ」


 やむなく黒羽はしらたまちゃんの小さい背中に謝るが、ぐじゅん、ぐじゅん、と鼻をすするばかりで反応がない。

 しらたまちゃんの背中をトントン叩いて、


「なあ、悪かったって。そんな怖がられるとは思わ——」

「んばっ!」

「……」


 やられた。

 別に子どもは嫌いではないが、少し腹が立つくらいまんまとハメられてしまった。しらたまちゃんは泣いてもいなければいじけてもいない。はなっからからかわれていたのだ。


「猫ちゃんのあんぽんた〜ん! べぇ〜」

「この! やりやがったな! こんにゃろめ、こんにゃろめ」


 黒羽が仕返しにしらたまちゃんのほっぺたをつついたり引っ張ったりしてむにむにすると、しらたまちゃんもやり返してくる。

 だんだん楽しくなってきた。しらたまちゃんとじゃれあっているとこっちまで子どもに戻った気がしてしまう。

 そうやってお互いにほっぺたをむにむにしている間にドレイクの声が聞こえてきた。


「みんなー、できたぞー。扉開けてくれー」


 ルナが開けると、ドレイクが大きな鍋を抱えていた。

 あっという間に部屋が魚介類の香ばしい香りに満たされる。まるで空腹感を刺激するガスを撒かれたみたいだ。

 鍋がどっしり置かれればますます中毒である。胃液もよだれも出るだけ出されるようないい香り。蓋を開けられれば、中には真っ白に煮られた魚の開きが丸ごとと、そのほか貝類やフカヒレみたいなものがとろりとした橙色のあんの中にぐつぐつ踊っていた。よく見るとうどんみたいな太めの麺も入っている。

 少し違うが日本食に近く、思い出補正も相まって早く口に入れたくて仕方がない。とうとう黒羽はよだれを垂れていた。


「はははは、黒羽どんな顔してんだよ。ほら、とっとと食えよ」


 ドレイクからお皿を受け取るが、我先にと手をつけるのは申し訳ない。前脚でよだれを拭いながら全員分皿が行き渡るまで待った。

 ドレイクの父親ももう一つ鍋を運んできて、モナも後ろについて戻って来た。

 黒羽はもうそこからどんな会話があったか記憶がない。食べれる時分になり次第念力で皿に盛り付けては一心不乱に貪った。

 これは待った甲斐があった。確実にこの世界に生まれてから食べたものの中で一番美味かった。ちゃんとしらたまちゃんにほっぺたをほぐされていなければ今頃両方とも落ちて転がっていたことだろう。

 噛めば噛むほど溢れ出す魚の脂の旨さと、それでいてクセのないさっぱり感。かかっているあんがとろりとしていたのにくどさも全くなかった。美味しいところしかないから永遠に食べ続けられそうだった。麺にもいい具合に味が染み込んでいて、それだけでも一品として成り立つくらいに良かった。

 待った時間に比べて食べ切るまでが一瞬だったが余韻が半端ではない。五臓六腑に染み渡り、体がぽかぽかとして、そのまま夢見心地。黒羽はすっかり満足してごちそうさまも言わず眠ってしまった。



○○○○



 夜になった。

 もうみんな寝てしまった頃だ。

 誰の起きている気配もないことをしっかり確認したから間違いない。

 手には今日の料理を盛った器。ドレイクは妹にやるためにとっておいたのだ。

 ツンツンツン、と静かに指先で妹の部屋をノックする。扉を開け、中へ入った。

 誰もいない。


「ほら、今日はお前の好きな魚介鍋を作ったんだ」


 ドレイクは器を妹の机に置いた。

 昔、妹の誕生日に買ってやったペンがノートの脇に置かれている。それがひとりでに動き、ノートに何事かを書き始めた。


『ありがと』


 ドレイクは妹の机に座り、頬杖をついてぼんやりその字を眺めた。拙い字で紙いっぱいに大きく書かれていた。

 ノートをめくる。またペンが動き出す。


『おかえり』

「ああ、ただいま。ごめんな、しばらく戻れなくて」

『ううん。おつかれさま』


 ドレイクは目を擦って大きなあくびをした。


『きょう、いっぱいおきゃくさんきてたね』

「そうだな。賑やかだったけど、ちょっと疲れちゃったかも」

『そっか。もうやすんだら?』

「なんでだよ。お前に会いに帰ってきたのに」


 ペンが何を書こうか迷うように紙をつついて無数の点を書く。


『にーさん』

「ん?」

『おきゃくさん、なんにんきてた?』

「えーと、7人と1匹かな」

『おかしいな、みんなこせいてきだったからかな』

「ん? どういうことだ?」

『もうひとりいなかった?』

「おいおい、怖いこと言うなよ」

『こわいひとはいなかったけど。あかいかみのけのひとはいたよね』

「ベラポネさんか。いたよ」

『しろいかみのけのひとは』

「フミュルイさんとしらたまちゃんと、シロさんだな」

『きんぱつのひと』

「ルナさんだな」

『むらさきっぽいかみのけのひと』

「船長だな」

『ぎんぱつのひと』

「いたね」

『くろかみのひと』

「……。黒羽のこと言ってる? あいつは猫だぞ」

『ちがう。くろいかみのけの、やさしそうなおねえさんがいたよ。ねこちゃんといたおねえさんのふたごかな』

「え? おいおい、やめてくれよ。寝れんじゃん」

『オバケ? だったとしても、わるいひとじゃない。すごくいいひと』

「まあ、悪く無けりゃいいけど、やめよ、この話。オレ苦手なんだよ」

『ごめん。なんかふんいきちがったから、たしかめたかった』

「お前、ひどいぞ。そんなこと言って今晩はこの部屋で寝て欲しいだけなんだろ? 嫌だって言われてももうお前のベッドで寝るからな」

『しかたないですなぁ』


 ドレイクは何を言われているのか分からず、冗談だと思って妹のベッドに潜った。

 遊び疲れた子どもみたいに、横になった途端に眠ってしまった。

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