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魔法少女の黒猫がBOSSだったら  作者: 優勝者
Ⅲ 熱帯雨林の国
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060 ドレイクの家

 ケイアンは懐かしいものを感じさせる場所だった。というのも、フォイは緑の多い国だが、ここに生えている木々は日本にあったものととても良く似ていたのだ。

 林の中に降り立ち、右も左も木ばかりで道がない。この乱雑に茂り、あまり人の手が加えられていない、今にも陰からハチや動物が飛び出して来そうな感じ。黒羽がまだマフィアになる前、日本の小学校に通っていた頃に見慣れていた景色に近いものが久方ぶりに眼前に広がっていた。


「なんか、懐かしい感じがする」

「……」


 案外黒羽より先にシロが呟いた。思わず彼女の顔を見上げ、言葉を失う。


「そうですよね、なんか雰囲気が優しいから私も故郷みたいに感じます」

「……」


 フミュルイが言った。

 彼女とシロは母国が隣同士だ。彼女らの母国にもこういう種類の木々があったのだろうか。しかし、黒羽が訊くとそういうわけでもないらしい。


(やれやれ、俺は何を考えているんだか)


 黒羽はドレイクに話を振る。


「ここの木々はギルドの周辺のとはだいぶ様子が違うんだな」

「ああ、この辺は海に近いし風通しもいいから温帯になるんだ。言われてみれば植物の種類も違うな」

「なるほどな」


 四方八方似たような景色なのにドレイクは流石地元民なだけあって迷うことなく「ついてきて」と先を歩いていく。

 黒羽はシロに抱えてもらいながら日本風の木々と次々にすれ違う。考えれば考えるほど帰ってきたように思えて、そうすると前世で死に別れた姉のことを余計に思い出してしまう。おまけにシロがよく似ているからなおさら恋しい。

 黒羽はそうしているうちに胸が熱くなってきてどうしようもなくなり、ブンブンと首を振った。


「ん? どっかかゆいの?」

「あ、ああ、首筋がな」

「こちょこちょ〜」

「おおお、やめ、やめろ、それはくすぐったい」


 シロの悪戯のお陰で我に返った。

 そうこうしているうち林を抜けて開けた場所に着いた。道も舗装されていない小さな村だ。

 木造のキューブ型の民家が間隔を空けて点々とし、様々な方向を向いていた。民家はそれぞれ敷地を植え込みや石の塀で仕切っている。家の形こそ不思議だがやはり日本文化にどことなく似ていた。


「へぇ、結構落ち着く場所ね。こっちに来るのは初めてだけどいいところじゃない」


 ルナが言った。一見して田舎は好きそうではない派手な見た目の彼女でもここまで落ち着いた場所ではうっとりしてしまうのだろう。ドレイクは「田舎だからなんにもねぇけどな」と少し嬉しそうに笑っていた。

 道は平坦で枯草や小石が茶色い土に埋もれており、踏む度にぐしゃぐしゃと音を立てる。ベラポネと手を繋いでいたしらたまちゃんが楽しそうに弾んで踏み鳴らしながら後ろをついてきている。ルナとフミュルイも微笑ましそうにして、四人はしらたまちゃんを中心に一塊になっていた。

 不意に先頭のドレイクのすぐ後ろにいたモナが彼に声をかける。


「道が狭くなってきましたね。もうこの辺りなんですか?」

「ああ。もう見えてるよ。あれがオレん家」


 ドレイクの家は池のすぐそばにあった。外見からして二階建ての、他と比べて大きい部類の家だった。

 家に着いて、彼が玄関を開けようとする。が、開かない。扉を叩いても、開かない。

 辺りを見渡して何かに気が付いた。


「あ、釣竿がねぇ。ちょっと待っててくれ。親父呼んでくっから」


 ドレイクは小走りで池を見にいった。すぐに誰かを見つけたらしい。遠くで誰かに手招きして何事かを話している。父親だろう、釣竿とクーラーボックスを持った小太りの男がドレイクの元にやってきた。ドレイクが話しながらこちらを指差すと彼もこちらを見る。何か話を聞いては頷いて笑っている。彼が大きく手を振ろうとするとドレイクが慌てて止めた。


「親父さん明るそうだな」

「そうだね」


 シロと笑っているとモナがふぅ、と安堵したため息をついた。

 黒羽は霊感で察している。モナは偶然にも好きな相手の親に会うのだから緊張していたのだ。


「やあやあ、どうもはじめまして。(せがれ)がいつもお世話になってます。今開けますから自分の家だと思っておくつろぎください」


 相手が女性ばかりで恥ずかしいのか、口での挨拶はしっかりしているが目線が玄関の鍵しか見ていなかった。

 赤い髪に赤い目をして、赤い髭をフカフカと蓄え勢いがある風貌にどっしりしたお腹。見た目に反して内面はシャイで穏やからしい。

 ガラガラガラと玄関を開けるや否や脇目も振らず中へ飛び込んでいく。


「ささ、ご遠慮なくお上りください」


 やはり目線は全然関係ない床を見ている。

 ドレイクが父親に続いて家に入り、みんなを誘導した。

 一歩中へ入ると木の香りに包まれる。田舎の民家独特の雰囲気だ。

 見た感じは日本文化に近いものの、やはり似て非なる世界。土足のまま上がる文化で下駄箱が無い。それに廊下も幅が広くて大人数でも歩きやすいものだ。

 居間に着いた。黒羽が想像していたよりずっと広く、親戚で集まるのにも充分な広さがある。

 中央には足の短い長テーブルが鎮座していた。やけにその真下が暗いと思えば掘りごたつになっている。天井も高く、壁の色は明るく、高価そうな絵画や豪奢な装飾を施されたガラスの花瓶なども飾られており、飴色に輝く見たこともない美しい花が生けられていた。流石は軍人の自宅といったところか。外見の質素さに騙されていたが上流階級のにおいがする。

 だがしかし、黒羽はその高級感とは裏腹に少し広過ぎるような、どこか寂しいような気がした。ギルドからも遠く離れた田舎の地でありながらどうしてこんなに旅館みたいなまでになにもかも広くされ、飾られ、整えられているのだろう。見たところ大家族というわけでもないようだが。

 思い切ってドレイクに直接訊いてみようかと思うほど気になっていた。しかしやはり訊きにくいので、結局、この国は客をもてなすことを大事にする文化があるのだろうと解釈しておいた。


「あら、思っていたより広いのね。大人数で邪魔になるんじゃないかと心配していたけどこれなら安心だわ。ドレイクは兄弟が多いの?」


 せっかく黒羽が気を遣ったのにベラポネが訊いた。


「いや、親父とオレと妹の三人暮らしだよ。この家はじいちゃんの代から使ってるからちょっと広めなんだ」

「なるほどね」


 黒羽も心の中でなるほどと呟いた。

 みんな遠慮がちに腰掛けて休みはじめると、ドレイクは「じゃ、みんな適当に休んでてくれよ。オレは妹に会ってくるから」と言って父親を残し居間を出ていってしまった。


「ねぇ黒ちゃん」

「ん?」

「私たちも妹さんに挨拶しに行ったほうがよくない? お邪魔させてもらってるわけだし」


 シロが提案するが、チョールヌイが「あっ、でも」と言いかける。見ていたドレイクの父親が「いえいえ、お気遣い要りませんよ」と話しはじめた。


「娘は私に似てとても恥ずかしがり屋なので、行っても多分ベッドに隠れて出てきませんよ」


 チョールヌイが補足する。


「それにこの前ドレイクが言ってたけど、体調悪いみたいじゃし、体に障ってもよくないけんなぁ」

「ああ、そうなんだ。……。ごめんなさい」

「いえいえ、こちらこそお気を遣わせてしまって申し訳ない」


 ドレイクの父親は釣り具を仕舞うポケットの多いベストを脱いで居間の隅に無造作に置くと、「料理の準備をしてきますね」と言って出ていった。すると交代でドレイクが戻ってきた。


「ん? どうした? みんなこっち見るじゃん。あれ、親父は?」

「料理作るって言って行っちゃいましたよ。私もなんか手伝うよ」

「ああ、いいよ。船長たちはゆっくりしててくれよな」

「そ、そう?」


 モナは浮かせた腰を再び降ろした。

 ドレイクも父親を手伝いにまた居間を出ていくと、しらたまちゃんがモナにこんなことを言う。


「ねー、ねー、モナちゃんとお兄さんチューはしたの?」

「へ!?」


 今の一言はモナの脳内でこだましたであろう。一瞬で耳まで真っ赤になり、頭の先から一塊りの湯気を噴出する勢いだ。

 まだここにいる全員が知っていたわけではなかったのに、これでドレイクに好意を寄せはじめていたことが知れ渡ってしまった。


「ななな、な、ナニを言ってるのかなー、もう、や、ヤダなー、あは、あはははは」


 ルナとフミュルイが撃たれたような勢いで顔を見合わせた。ベラポネが一番性格が悪い。苦笑いしつつ横目でモナの顔を見て愉しんでいる。

 シロとチョールヌイは意外にもあまり驚いていなかった。黒羽がシロはどうしてこんなに切ない目でモナを見ているのだろうと不思議に思っていると、隣でチョールヌイが猫の聴覚でやっと聞こえるくらいの声で「はいはい羨ましい」と呟いていて凍りついた。


「おおお、やめろやめろ。あんまりいじってやんな。今のはナシだ。何も聞かなかった。いいな」


 黒羽が慌てて事態を収束させようとするも暖簾(のれん)に腕押しだ。特にルナとフミュルイがはしゃいでしまって聞く耳を持たない。

 恐る恐るチョールヌイの顔を見る。一体何の恨みがあるのか。ものすごく妬ましそうに黒いオーラをまとって戦闘のときよりこわい顔をしていた。


「せんちょー」


(おっ、この声は!)


 ちょうどよくドレイクが居間に戻ってきた。


「ごめん、やっぱ手伝ってくんね。魚捌ける?」

「うえ!? は、はい、捌けますよ」

「うん? どうした? めっちゃ挙動不審じゃん」


(ここでイチャイチャすんじゃねぇ! とっとと出ていけオマエラ!)


 あと三秒もすれば隣のチョールヌイがガルルルと吠えそうだ。ドレイクも気がついてビクっとする。


「とりあえず速く来て。速く!」

「は、はいっ。今行きます!」


 ドレイクに必死で手招きされてモナも居間を出ていった。

 しらたまちゃんは訳が分からずケラケラ笑っているが、ようやくルナとフミュルイもチョールヌイの様子に気がついて静かになった。

 チョールヌイはこみ上げるものをどうしていいか分からず「んん〜、んあ〜」と奇声を発している。

 ルナがこわごわ訊く。


「えっ、まさか、三角関係とかじゃないよね?」

「ぶんっ! ぶんっ!」


 唸るような声で大きく首を振った。

 シロも笑う。


「まあまあ、今のは不可抗力だよ」

「んん〜……。だって……。きゅすっ、きゅすっ」


 鳴き声みたいな声で小さく泣き始めてしまった。

 黒羽もやむなくなだめに入る。


「そんなこともあるさ。話聞くぞ。すまんな、俺らちょっと散歩してくるわ」


 ルナたちはチョールヌイの事情などまだほとんど知らないのできょとんとしていた。

 黒羽とシロはチョールヌイを連れて廊下へ出ていく。

 ドレイクたちが料理をしている音が聞こえる。反対は玄関だ。ちょうどいいからそこまで戻った。

 チョールヌイを座らせ、シロにも座ってもらう。


「まあ、あれだ。なんて言うか、まあ、俺も街とかで、仲のいい兄弟とか見かけたら、そりゃ切なくもなるよ」

「ごめん、ありがとう。もう大丈夫」

「ダイジョーウブなんかいっ」


 意外と立ち直りが速くて拍子抜けした。


「レビのこと、思い出しちゃってんね」

「なるほどな」

「うん。……はぁ〜。いいなぁ、モナちゃんは。お互い元気じゃもんねぇ」

「な、なぁ、ちょっといいか?」

「ん?」

「俺で涙拭くん? そんな吸収良くないだろ」

「あ、ごめん。モフモフしてたから、つい」

「あああ、別に嫌なわけでは、お、おおおお」


 チョールヌイが黒羽をハンカチ代わりに涙を拭いて、シロが笑うのを堪えている。相当頑張って堪えている。堪えすぎて体がふるふる震えているのが伝わってきていた。


「ありがとう。もう大丈夫さぁ」

「お、おう」


 鼻水までは垂らされなかったが、黒羽の体は一部ぐちゃぐちゃに濡れた。


「ごめん、びちゃびちゃんなっとる」

「おりゃ!」


 黒羽は体を振って涙を弾き、体を乾かした。


「これでよし。速乾性には定評があるんでな」

「そのボケくそつまらんよ」

「はははは、ふざけんなオマエ」


 このままではシロが笑い死にしてしまう。

 どうにかチョールヌイも辛辣な冗談が言えるくらいに落ち着いたのでそろそろ居間に戻ることにする。

 だが、廊下の途中で黒羽は立ち止まった。


「何か聞こえないか?」


 二階へ続く階段の上から物音がした。


「妹さんじゃない?」

「ああ、そっか。ちょっと俺だけこっそり挨拶してこようかな」

「だめだよ黒ちゃん。迷惑になっちゃうってば」


 ささっ、さささっ、しゅっしゅっ、さっ。

 黒羽の耳には何かを書いているような音が聞こえていた。大抵の場合、音の反響で部屋の広さや家具の配置などもある程度は分かるものだが、何故だかまるで分からなかった。向かいにはドレイクの部屋があるらしく、そちらは鮮明に分かるのに妹の部屋だけぼやけて感じた。


「……。分かったよ」


 妙だとは思いつつもシロの言う通り。

 黒羽たちは居間へ戻っていった。

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