056 夜ご飯
その頃、ギルドではベラポネが編んでいたしらたまちゃんのセーターを完成させていた。出来上がったはいいが、しらたまちゃんはぐっすりで着せてみてもまだ目を覚ます気配がなかった。目を覚ましたらどんな顔をして喜んでくれるだろうと「我ながらよくできたわ」と満足げに微笑む。
ルナとフミュルイ、黒羽とシロ、チョールヌイが出かけていて部屋は静かだ。ドレイクとモナはさっきまで笑い声が聞こえていたがいつのまにかしーんとしていた。
水晶玉でルナたちの様子を覗いてみると案の定みんなで喫茶店で夜ご飯を食べているところだった。自分たちもそろそろ夜ご飯にしようと、ベラポネはしらたまちゃんをおんぶしてドレイクたちのいる客間に近づいていく。
コンコンコン、とノックした。が、反応がない。
「そろそろご飯作りましょうか?」
「……」
やはり返事がない。
水晶玉で部屋の様子を見てみる。すると、ドレイクとモナはトランプが散乱した床の上で眠ってしまっていた。大の字で大口を開けているドレイクと、彼の脇腹を枕にしているモナが水晶玉に浮かび上がった。
「まあまあ、まるで子供ね。……いけない、放っておいたらお腹壊しちゃうわ」
ベラポネはそおっと扉を開けて中へ入る。
静かに静かに近づいて、モナのほっぺたを突いた。
モナは口をむにゃむにゃしながら薄目を開け、起きるかと思ったらまた眠ろうと目を閉じてしまう。もう一度ほっぺたを突かれてようやく目をこすりながら体を起こした。
「……。あれ、ベラポネさん。ん〜、んにゃむにゃ……。くぁ〜……。……。え、あ? あ! ベラポネさん!?」
「しーっ。彼氏さん起きちゃうわよ」
モナはキョトンとしてドレイクを見るなり目を丸くし、顔を真っ赤にした。
「い、いやいや、ここここ、これはその、あああ、遊び疲れて、寝ちゃってたっていうだけで——」
「うふふ、冗談よ。そんなの分かってるわ」
「うう〜……。ど、ドレイクには、内緒ですよ」
「うん、うん」
ベラポネは満面の笑みで頷いていた。内緒にする気などさらさらないようにしか見えない。
モナはベラポネの両肩を掴んで顔をますます赤くする。
「ホントにホントに内緒なんですからねっ。ベラポネさ〜ん!」
「分かってる分かってる。とりあえず、部屋だけ整えるわね」
ベラポネは懐から杖を取り出した。軽く一振りすると散らばっていたトランプが宙を舞って片付けられ、もう一振りすると部屋の外で軋むような音がした。
「今日はお客さんが多いから部屋を増やしたわ。私の後ろの今までリビングに繋がってた扉を開けたら廊下に出るから、リビングに来るときは突き当りの扉を使ってね」
魔法でいとも簡単に部屋の数を増やしてしまった。ベラポネが説明しながら今入ってきた扉を開けるとその向こうはもうリビングではなく、廊下になっていた。
「おお……」
「とまぁ、こんなふうになってるから。あ、彼氏さんをベッドで寝かせてあげなきゃいけないわね」
「彼氏じゃないですってばぁっ!」
呆気にとられたり慌てたり忙しいモナを尻目にもう一度杖を振るとドレイクは大の字のまますぅー、と宙に浮き、ふわりとベッドに寝かされた。間抜けな一瞬だった。
モナは一部始終を不思議そうに目で追っていて「よく起きないなぁ」と呟いた。
「ホントに子供みたいね。あ、そうだ。そろそろご飯にしようと思うんだけれど、何か食べたいものある?」
「え、あ、え!? もしかして、作ってくださるんですか?」
「もちろんよ。何がいいかしら?」
「な、何でも食べますよ! 私も作るの手伝います! お料理なら私も大好きですっ!」
モナが袖を捲ってやる気満々な顔をするのが可笑しくてベラポネは娘の成長を喜ぶ母親みたいに微笑んでしまう。
「あらあら、そうなの。それじゃあよろしくね。今日はシチューにしましょうか」
「はーい!」
「彼氏さんにも喜んでもらえるといいわね」
「もう、ベラポネさんってばー!」
二人はドレイクを残して楽しそうに部屋を出ていった。
トントントントン、ジュージュージュージュー、トントントントン、グツグツグツ。まもなくしてお腹が空くような料理の音がしはじめる。
二人とも白いエプロンをして楽しそうに始めていた。モナが一通り野菜を切り終えて鍋に入れた。
「ベラポネさん魔法使えるのに料理は自分でやるんですね」
「まあね。やろうと思えば魔法でも作れるけれど、それじゃあ愛情も何もないじゃない? ドレイクさんもモナちゃんの手料理が食べれた方がいいだろうし」
「そ、そうですかねぇ……」
「ああ、ちょっと、鍋にまな板まで入ってるってば。私が悪かったから、しっかり、深呼吸してっ」
「あああ! ごめんなさい!」
なんだかんだでぼんやりしてまな板ごと鍋に投入してしまっていた。ベラポネが慌てて止めたおかげで鍋はひっくり返らずに済んだ。
ベラポネは鍋に蓋をして、ぐちゃぐちゃになったまな板を水で洗う。
「いいのよ。あとは待ってればできるわ。ドレイクさんを起こしてきてあげて」
「は、はい」
「あ、間違えたわ。彼氏さんね」
「いや別に間違えてないですよ!? もーう、ドレイクの前ではダメですよ!」
モナは逃げるようにキッチンを出ていった。
「うわあ!?」
「おお、わりい」
部屋へ行こうと扉に手をかけたら向こう側から開けられた。赤い髪をボサボサにしたドレイクが眠そうな目で立っていた。
「なんか部屋の数増えてなかったか? こんなんだったっけ?」
「ばーか! ばーか! ドレイクが寝てた間にベラポネさんがみんなの分も魔法で増やしてくれてたんですっ!」
「待って、それは流石に分からんって。ってか何だこのいい匂い。飯?」
ここぞとばかりにベラポネがやってきて言う。
「今晩はモナちゃんお手製のシチューですよ」
前もって魔法で用意されていたダークブラウンのダイニングテーブルにこれみよがしに鍋いっぱいのシチューが置かれる。その量も圧巻。テーブルの面積が半分以上覆われたのではというほどの大鍋に満タンだ。
「うぇー! 美味そう! すげぇ、船長めっちゃ料理上手じゃん!」
「こ、これは、その、わ、私は野菜、刻んだだけだし……」
モナがもじもじしているとベラポネがそっと囁いてくる。
「胃袋は掴んだわね」
極め付けにパシッと背中を叩かれた。モナの頭の先からバシュッ、と湯気が出る。
ドレイクは嬉しそうにお皿としゃもじを手に取り、炊飯器へ。
「っしゃあ! ありがたくいただくぜ! 船長!」
「ど、どうぞ」
炊飯器は二つもあるが、ドレイクは片方が空になる勢いでよそった。後ろでモナもお皿を持って待っているとドレイクは今よそった山盛りのお皿と交換した。
「え、私こんなに食べれないよ」
「それはオレのだよ。船長はこれの半分くらいでいいか?」
「あ、ああ。三分の一くらいで」
「こんくらいだな。ん? 何キョトンとしてんだ? 早くテーブル行って食おうぜ。もう少し少な目でよかった?」
「あ、いや、ううん。そのくらい」
モナとドレイクがテーブルに戻ろうとすると、四人掛けのテーブルでベラポネと目を覚ましたしらたまちゃんが向かい合わせで座っていた。しかもなぜかもうご飯もよそってある。ベラポネが魔法でよそっていたに違いない。
「しらたまちゃん、そのセーターどう? 気に入った?」
「うん! ベラばあちゃんのセーターかわいい! ありがとう!」
「そうかいそうかい、わしゃ喜んでもらえて幸せじゃよ」
「えへへへ!」
もうダメだ。こんなに楽しそうにしていてはもうどうにもならない。モナは止むを得ずベラポネの隣に座り、ドレイクと向かい合った。
「あ、しらたまちゃん起きたんだな。よく寝れたか?」
「うん! あ! ドレイクそんなに食べれるの?」
「ああ。今日はモナお姉ちゃんが美味しいシチューを作ってくれたからな、しらたまちゃんもいっぱい食べるんだぞ〜」
「うん!」
ドレイクは自分のより先にしらたまちゃんの分のシチューをよそってあげる。
「このくらい?」
「私もっと食べれるよ!」
「おお、このくらいでどうだ?」
「お皿いっぱい取りにゃんせ!」
しらたまちゃんにペチペチ腕を叩かれながらお皿いっぱいによそってあげた。まるで本当の兄妹以上に面倒見がいい。
「おお、よかったねぇ〜。ドレイクお兄ちゃん優しいねぇ〜っ」
「うん! ほらナニしてんの! ドレイクも早く食べなきゃダメでしょ!」
子供っぽい舌ったらずな口調で言われてまた腕をペチペチ叩いて急かされ、ドレイクは優しく笑ってやりながら一度置きかけたおたまを持ち直す。申し訳なさそうにベラポネとモナにペコっと軽く頭を下げて、
「さーせん、んじゃ、お先に」
「遠慮なく食べるがいいです。ね、ベラポネさん」
「うんうん、そうね」
「え、なんか船長、怒ってる?」
「怒ってないです。たくさん食べてくれないと怒りますよ」
「しゃっ! きた! 任せとけ!」
ドレイクは小鍋くらいある器にいっぱいによそった。
結局、黒羽たちは外食していることを知るとドレイクはますますスピードが上がり、三人が満腹になって残った分の大量のシチューも一滴残らず食べ尽くしてくれた。二つあった炊飯器のご飯も空っぽになった。
ベラポネがモナに囁く。
「一緒に作ってよかったわね」
「ね、ねぇ、ベラポネさん」
「ん?」
「まさか、惚れ薬とか、入れてないですよね?」
「入れるに決まってるじゃない」
「えっ……」
「嘘よ。そこまで厚かましくないわ」
「なっ、もう、ベラポネさん、お人が悪いですよ」
「ふふっ、ごめんごめん」
「船長!」
「は、はい!?」
「ごちそうさま! めっちゃ美味かった! な! しらたまちゃん!」
「うまかった!」
無邪気に満面の笑みで言われてモナは挙動不審になってしまう。なんの脈絡もなく突然立ち上がって「と、とりあえず、食器洗いますから」と何も持たずに流しに向かおうとしてみんな笑い出すのだった。
まるで家族みたいに暖かなひと時だった。
○○○○
山のように巨大な要塞が遥か上空を音も無く移動していた。
銀色の雫のような形の巨城。外装に壁や窓は一切なく、各階層は柱で支えられて吹き抜けになっていた。雲がこの巨城に当たれば中をそのまますり抜けて過ぎ去っていく。
金属光沢を放つ銀色の長い髪をした目隠しの女が淵に立って見えもしない空を見上げていた。
「……。今、確かに誰かに見られていた。それも、遥か遠くから」
「ナニ、案ズルコトハナイ」
彼女の背後から男と女が同時に喋っているような不気味な声が話しかけた。全身が骨のように白く、人間のような長い髪の頭部にトカゲを大きくしたような巨体。この世のものとは思えない怪物だった。
「ドウセ、誰モ、我ラニハ敵ワナイ」
「……。千里眼のような能力が実在するとは。それにしても、どうしてここを探ることができたのか。ゴアのせいか。まあいい。結界を強めておけ。無駄な争いは嫌いだ」
「御意」
銀髪の女と白い怪物は周囲を警戒した後、城内へ帰っていった。