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魔法少女の黒猫がBOSSだったら  作者: 優勝者
Ⅲ 熱帯雨林の国
54/119

053 デベリュウロン遺跡の物質的ミル

挿絵(By みてみん)


 ——60年前、6月24日。

 ナトスは五本の指に入るほどの国土面積を誇る国だが、その8割が砂漠化しているため面積の割に人口が少ない国である。居住区域はほぼ東西両端に偏り、中央部は無人になっていた。超高温乾燥の気候で草木もほとんど生育できないのである。

 しかしオアシスが存在する場所もあり、大昔には人々が生活していた形跡が確認されていた。

 ベラポネはこの日、考古学調査隊の一員としてナトス中央部に位置するデベリュウロンという古代遺跡の調査にやってきていた。

 デベリュウロンは陽の光から逃れるように地下に築かれた遺跡だった。地下2キロにも達する深さを有し、一体どのようにして古代人たちがここまで深く掘り進めたのかは謎に包まれている。

 この日までその深さはレーダーによって算出されたものに過ぎず、まだ誰も足を踏み入れたことはなかった。今回の調査が無事に終われば最深部に初めて入った現代人となる。一つの文明が築かれてしまうほど広大な地下空間だ。未確認モンスターが生息している可能性も指摘されていたため、臨機応変に対応することのできる魔法使いのベラポネが研究者を兼ねて用心棒として抜擢されていたのだった。

 この考古学調査隊はアンビュリューズ人の考古学権威であるソブゾーム博士が率いていた。砂と太陽光に痛み切った茶褐色の長髪に長い髭を蓄えた、体毛もろとも日焼けしたサンタクロースみたいな中年男だ。地上では灼熱の太陽光で体力を奪われてしまうので全員が遺跡に少し潜ったところで最初の挨拶がされた。

 博士の低い声はよく通るので80名の研究者たちに隅々までよく伝わった。


「現在までにこのデベリュウロン地下遺跡は地下1500メートルまでの探索が行われている。報告によれば1487メートル地点で最初の横穴が出現し、進んだ先には足場の無い巨大な縦穴が空いているのが確認されたとのことである。ロープで10メートルほど潜ってもライトの光が届かないほどの深さが続いており、ロープが足らずに前回の調査は断念されている。今回の調査ではフォイから魔法使いのベルルッセン氏を招き、この縦穴は彼女の力をお借りして浮遊しながら降下、突破する作戦である。なお、この縦穴の直径は30メートルに達しており、当時の罪人たちの墓穴として使われていたにしては必要以上の巨大さを誇るため、未知の巨大生物が潜んでいる可能性もあると指摘されている。調査には充分注意し、何らかの異常を感知した場合は即座に報告するように」


 その後、博士は食糧や休憩など注意事項も一通り説明を終え、調査が開始された。

 遺跡内の構造物に木材は一切存在せず、専ら石材や粘土によって像や柱、家屋らしきものの痕跡などが確認された。

 地下300メートル地点からは平民の墓場の跡が新たに発掘され、無造作に積み重ねられた白骨化した人骨や小動物の骨なども出土した。調査隊は順調に新たな発見を重ねながら地下へ地下へと進んでいく。

 今回のソブゾーム博士率いる考古学調査隊80名のうち、ベラポネを含む40名はレベル700以上の上位の冒険者あるいは元冒険者であった。他の調査隊による以前までの調査では半数程度が体調不良を訴え横穴が出現する1487メートル地点に到達しなかったというが、今回はベラポネの魔法による保護のおかげで80名全員が到達に成功した。

 横穴は大人一人が通れる程度しかなく、ベラポネが率先して入っていった。

 ここまで魔法で遺跡内を昼間のように照らしていたが眼前に広がった巨大な縦穴は彼女の光の届く範囲を超えて深く、円形の黒い絨毯を広げたように真っ黒で何も見えなかった。冷たい空気が漂って、足を滑らせればそのまま地獄の底まで真っ逆さまに転げ落ちそうな気がしてしまいベラポネは足がすくんでその場にしゃがみ込んでしまった。


「大丈夫かね」

「……ええ」


 すぐ後ろについてきていたソブゾーム博士の低い声に胸を撫で下ろす。こんな場所に一人で立つほどの恐怖はない。


「まるで地獄の入り口ね」

「我々に気を遣うことはない。無理そうなら遠慮なく言ってくれ。何かあってからでは遅い」

「大丈夫。私もこう見えて女なので、少し怖がりなだけです」


 ベラポネはその場に浮遊する。地に足がついているから怖いのであって、体を浮かせてしまえば巨大な穴があろうと関係ない。


「体を浮かせてしまえば案外平気なもんですね。ちゃんと下へ降りれそうです」

「そうか。ならよかった」


 ソブゾーム博士は後続隊に合図して彼らも縦穴に誘導した。

 ベラポネの魔法で80名全員が縦穴の真上に浮遊する。なるべく壁際を沿うようにしてゆっくりと降下を始め、現在までの最高到達地点であった1500メートル地点も難なく突破した。

 何もない巨大空間が永遠と続く。ベラポネの魔法の光で向こう岸にいる仲間の顔も見えるからいいが、これが真っ暗なままなら気が狂うに違いない。

 地下1842メートル地点。久しぶりに地面が現れ、全員着地する。穴の入り口より狭く直径は20メートル程度。正円をした閉ざされた空間の真ん中には正方形の石盤が置かれていた。

 ソブゾーム博士が石盤に積もった砂を払い、何か書かれていることに気づく。


「何かの文字だな。この遺跡でこれまでに確認されたものとは違う字だ。これも魔法で解読できますかな?」

「やってみます。……。この世を見渡す千の目はただの千の目では足りぬ。非凡なる千の目でもまだ足りぬ。王の持つ千の目でのみ成される。最後の一つの目は全ての目を結ぶ目だ。だがしかし、やみくもに目を合わせれば済むものではない。目を持つ者たちの魂が一つにならなければこの目は成されない。明日を向く目は昨日を見つめ、今日に泣いた。この目が成されし時、これ見つめる、これ見つめた全て、語らるるだろう」

「目にまつわる何らかの儀式が行われていたのだろうか。観測によればまだここは最深部ではない。何か周りに異常はないか」


 ソブゾーム博士が全員に問いかけるが誰も何も見つけていないらしく返事をする者はいない。大抵、こういった場所には白骨化した人骨が積もっている不気味な景色がつきものだが、地面は全て砂だ。不気味でないことが返って不気味だった。


「……石盤の下」


 しばらく瞳を閉じて集中していたベラポネが呟いた。


「そんな、まさか。この下から、視線を感じます」

「なんだと? 全員、石盤から離れろ」


 ソブゾーム博士の大声で全員壁際へ離れた。

 ベラポネはローブの内ポケットから杖を取り出し、石盤に構える。


「他に何か気配を感じる者はいるか」


 博士が問いかけるがベラポネ以外に視線を感じる者はいなかった。


「博士、石盤の下を調べてもいいですか? ここの下にまだ150メートル程度の空間があるはずなんですよね? その入り口があるとすれば、これの下です」

「分かった。やってくれ」


 ベラポネが額から汗を一筋流しながら頷くと、冒険者あるいは元冒険者たちは戦闘態勢に入り、石盤の方を睨んで構えた。

 恐る恐るベラポネが石盤を浮かべ始める。すると石盤に見えていたものは長い石柱だったようでいつまでも高く伸び続けた。どれだけ長いのか、ベラポネの魔法の光が及ぶ範囲もとっくに超えてまだまだ終わらず地面から抜かれ続ける。

 石柱はやっとのことで全て引っこ抜かれ、壁に立てかけられた。地面にはぽっかりと四角い穴が空き、下への入り口と化した。大人一人が入れるほどの穴だが、腹回りの太ったソブゾーム博士では通れなさそうだ。


「僕が行きます」


 誰が最初に入るかと誰もが嫌そうな顔をする静寂を若い青年の声が破った。線の細いカンストの冒険者の男だった。


「ここから先は危険でしょうし、ベラポネさんに万一のことがあっては脱出できなくなります。僕のベスティーが下の様子を確認してきます」


 流石カンストともなれば勇敢なものだ。あんな不気味な文章の刻まれていた石柱に守られていた穴の下へ行くなど恐怖以外の何ものでもない。彼のベスティーのメンバーたちも覚悟を決めた顔だった。

 ソブゾーム博士が了解すると彼らは穴の周りに集まった。


「ではベラポネさん、よろしくお願いします」

「……」

「大丈夫です。必ず戻ります」


 ベラポネが心配して躊躇っていると堂々とした口ぶりでそう促されてしまった。


「……分かりました。でも何かあったらすぐに叫ぶなりして合図してくださいね。絶対です」

「ええ、もちろん」


 そして、青年のベスティーはおそらく最後の穴の下へと潜っていった。

 彼らには彼らの周囲が明るく照らされる魔法をかけて見送った。

 全員が潜ってから約一時間。無事に「上げてくれ」という青年の合図が聞こえ、彼らは怪我一つせずに帰還し、ベラポネは心からほっとした。

 すぐに石柱を元どおりに嵌め込み、彼らから話を聞いたところ、最深部には数え切れないほどのミイラが納められており、中心から歩いて片道10分ほどでやっと壁に到達し、それから壁に刻まれた大量の壁画を観察していたとのことだった。そして壁の一部には何か球のようなものがとてつもない力で飛び出していったような損傷の激しい穴が空いており、不自然に途中から急激に方向を変えて上へ向かって穴が続いていたという。

 ソブゾーム博士の考古学調査隊はこれをもって遺跡調査を終了し、地上へ帰還することになった。

 だがしかし、地上へ戻るとレーダーには最初は感知されていなかった反応があった。位置は海抜およそ1キロメートル上空で、ちょうど最深部の真上あたりだった。

 調査隊はこれを回収することを決断し、充分な警戒の下でベラポネに地上まで降ろしてもらうことに。

 レーダーが捉えた浮遊物体は砂や塵をまとった泥団子のような汚らしい球体だった。ベラポネが付着していた砂や塵を回収して水で洗うと白く濁った光沢のない水晶玉のような本体が現れたが、正体は分からないまま。灼熱の太陽光を受けても眩しく反射せず、それどころか逆光になって暗く見えた。

 ベラポネが手に取ってみるが何も起こらない。彼女自身もこれが何なのか分からず、きょとんとしてソブゾーム博士に見せてみる。


「……これは、一体何だ。おっと!」


 ソブゾーム博士が不思議そうに指先で突いてみると「バチ!」と音を立てて静電気のような放電を起こした。だが痛がったのは博士だけで同時に触れていたはずのベラポネには何の影響もなかった。


「何か、不思議な力を感じます。これも資料として回収して、付着していた砂や塵と一緒に分析してみましょう。何か分かるかもしれませんし」

「ああ、そうしよう。ただ、どういうわけか君しかこれに触れることができないらしい。アンビュリューズの研究所に戻るまで持っていてはくれないか? あの最深部から飛び出していった物体がこれである可能性もある。見張っておいてほしい」

「そうですね、分かりました」


 ナトスのデベリュウロン遺跡の調査はこの謎の浮遊物体の回収を最後に終了した。

 その後、アンビュリューズに持ち帰られたこの浮遊物体は外見から水晶と名付けられ、数々の実験が行われた。その結果、自我を持たない物質でありながらミル以上の能力を持っていることが確認され、世界初の物質的ミルとして登録されることとなったのだった。

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