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魔法少女の黒猫がBOSSだったら  作者: 優勝者
Ⅲ 熱帯雨林の国
53/119

052 歓迎

 まだ上の階がありそうな外観だったがギルド酒場は最上階だった。黒羽たちはルナのベスティーに案内され、自分たちの出身地などを話しながら一つ下の階へ。チョールヌイのことに関しては話せば長くなるからまた詳しいことは後で話すと濁した。

 螺旋階段を降りると茶色が落ち着く木の長い廊下がまず目に入った。長細い廊下だった。両脇に数メートル間隔で扉が並んでいた。この廊下は上空から見ると円形のこの建物の直径を描くように端から端まで伸びているらしかった。ルナのベスティーの部屋は一番奥の右手側だった。

 中は案外広い。いきなり居間が広がっていて土足で上がっていい文化のようだった。途上国と聞いていたがやはりテレビはない。あったにせよこの世界では良くて白黒なのだから別にあまり関係ないかと黒羽は思った。

 扉は(かんぬき)の鍵。島国なので度々地震が起こるのだろう、照明は裸電球が天井からぶら下がり、スプリンクラーや火災報知器が付いていた。キッチンはコンロの代わりにIHのような電気ヒーターが設置されていた。豊富な天然資源を輸出した分海外から輸入するものは火災予防の機器を中心にしているようだ。黒羽はテレビがない国なのに電気ヒーターがあることが意外だった。

 電球のオレンジ色の明かりのおかげで部屋全体に温かい印象を受ける。そういえば窓がない。ルナによれば建物を強固なものにするため外壁が分厚いのでどの部屋にも窓がつけられなかったということらしかった。

 ソファが4脚、部屋の中心を囲うようにして置かれており、そのうちの一脚には途中やりの編み物が無造作に置かれていた。セーターでも編んでいたのだろうか。

 右手側の壁にはいくつか扉が並んでいた。ルナが指差して説明してくれる。


「一番奥から脱衣所とお風呂、お手洗い、私たちの寝室、お客さん用の寝室よ。このギルドにいる間はあのお客さん用の寝室を自由に使ってくれていいからね。船の中で過ごそうにもあの船着場はずっとうるさいからとてもとても寛げたものじゃないんだから」

「おお、なんて親切な。すまない、本当に助かるよ」

「いいのよ。今日はみんなゆっくり休んで。船長さんもまだ若いのにまさか独操船のライセンスだったなんて、一人で大変だったでしょ? 我が家だと思ってくれていいからね」

「すみません、お世話になります。ありがとうございます」


 ルナのベスティーはみんな親切だ。四人とも嫌な顔一つせずに笑顔で迎え入れてくれた。なんと心が広いのだろう、まさか初対面なのに客間まで貸してくれるとは誰も予想しなかった。

 しらたまちゃんがチョールヌイにかまってほしそうに抱きつくが、ベラポネに申し訳なさそうに手を引かれてソファへ連れていかれた。彼女の膝に乗せられ、ベラポネはしらたまちゃん越しに編み物の続きを始める。

 ルナとフミュルイは寝室に入っていき、黒羽たちはベラポネたちと居間に残された。


「そうだ、ちょうどいいわ。シロさんとララさんはこっちに来て」


 ベラポネに呼ばれて二人は何だろうと少し不安な顔で彼女の近くへ寄り、絨毯に座った。一方、ドレイクは何やらモナに手を引かれて客間へ入っていった。黒羽は二人の様子を見にいきたかったがシロにしっかり抱っこされていて一緒にいるしかない。

 ベラポネは特に機嫌が悪そうということもないが、編み物に目線をやりながら静かに話し始める。


「シロさんのそのローブ、貰い物よね? 誰からもらったの?」

「え、夕陽の国のギルドでお世話になった受付のお姉さんからです。……。何で分かるんですか?」

「私も魔法使いだからよ。伊達に150年も修行してないわ。そのローブは上物だけれど、追跡の魔法がかかっているの。狙われてるわね、あなた」

「え!」


 このローブはサスリカを裏切ったミラーズの妹、マリー・ミラーズから贈られたものだった。あらゆる攻撃や魔法の影響から着る者を守るという効果は黒羽も確認済みだったので今まで警戒していなかった。追跡の魔法がかけられているとは気がつかなかった。あの夕陽の国の受付嬢も確かにミラーズの妹なので何か関係がありそうではあったが、やはりグルだったわけだ。しかし追跡の魔法とは、シロを本気で狙うにしてはあまりに回りくどい効果だ。

 しばらく黒羽とシロは顔を見合わせていた。


「追跡の魔法だけなのか? よくないのは」

「そうね。さっきから気になってたんだけど、本当にそれだけのようよ。このくらいの魔法が使えるなら呪いくらいかけれそうなんだけれど。この魔法をかけた人は何がしたいのかしら。その受付嬢との関係は? 仲は良かったの?」


 編み物を見つめていたベラポネの目線がシロの方を向く。少し恐い目だ。


「え、えと、そんなにって言うわけでもないし、別に仲が悪いわけでも……」

「普通に受付嬢と冒険者ってだけの関係だったよな?」

「うん」


 ベラポネは「そう」と呟いて眉を歪めながらまた編み物を進めた。少し考えて続ける。


「ちょっと、その受付嬢の居場所を探すわね。今から見る物は私の仲間以外に話しちゃだめよ。国家的な秘密だからギルドの上層部から弁護の余地なく法的に厳罰を受けて活動がしにくくなるわよ」


 止める隙もなくベラポネは編み物から手を離し、しらたまちゃん越しにどこからともなく水晶玉を出現させた。くすんでいて透明度が低く、光もあまり反射しない。不思議なことにベラポネが操っているわけでもなさそうなのに浮遊している。しらたまちゃんが触ろうとすると独りでに逃げるように距離を離した。


「これは?」

「昔、ルナたちに出会う前に考古学の研究をしていたのだけれど、ある日古代遺跡から発掘したものよ。詳しいことは話すと長くなるから後でね。色んなちからがあるけれど、今回は千里眼の能力を借りるわ」


 みんな宙に浮くくすんだ水晶玉を見上げる。その中にはあの夕陽の国の受付嬢の顔が現れた。赤い髪に赤い瞳。間違いない。今ではあまり良い気分のする相手ではなくなってしまったが懐かしかった。

 受付嬢の姿が次第にぼんやりとして煙に包まれるように消えていく。ベラポネは首を傾げた。


「行方不明……。居場所が分からないわ。何かあったようね。失踪する直前にそのローブをサスリカ宛てに出しているわ。術者が失踪したのにまだ魔法の効力が続いているなんて、どうなっているのかしら。不吉だからやっぱり解いておきましょう」

「そうか。その方が良いだろう」


 黒羽も言うとシロは頷いた。

 ベラポネはシロの手を取り、何事かを聞き取れないくらいの声で呟く。呪文だろうか、かなり長く続く。

 まだ終わらない。しらたまちゃんがうずうずする。

 もう終わるだろうか。

 5分経った。しらたまちゃんが退屈してウトウトするがまだ続く。

 ベラポネの呪文は10分弱もひたすら続いてようやく終わった。シロの手を離し、胸を撫で下ろす。しらたまちゃんはベラポネに抱きついて寝てしまった。


「これで解けたわ。でも術者も解かれたことに気がついているはずよ。油断はできないわ」

「ありがとうございます」

「気分はどう? 顔色が悪いわね。紅茶でも飲みなさんな」


 ベラポネの魔力の影響か、シロは熱でも出たかのようなくらい怠そうだった。ベラポネが魔法でキッチンからカップとティーポットを浮遊させて運んでシロに紅茶を注いでくれる。一杯飲み干せばみるみるシロの顔色が良くなった。


「す、すごい。ねぇ、クロちゃん、ベラポネさんすごい魔法使いだよ! どうしたらこんなことできるようになるんですか!?」

「150年の修行の賜物よ」

「ひゃ、150年……」

「普通は死んじゃうからやめた方がいいわ。私は運が良かっただけ」


 ベラポネはようやく笑顔になって「良かったわね」と言ってくれる。厳しそうな印象だったのでベラポネの笑顔を見た途端にみんな緊張が解れた。

 ベラポネも紅茶を飲んで話を続ける。


「あと、ララさんね。あなた、チョールヌイなんでしょ。慌てなくていいわ。ちゃんと更生したこともこの水晶のちからで分かってるからあの時みんなで助けたのよ。クロハネさんももう気を遣う必要無いわ」

「すげぇ、占い師みたいだ」

「魔法使いだもの」

「……ごもっとも」


 シロがクスッと笑い、ベラポネも笑った。

 チョールヌイはフードを顔の前に引っ張って顔を隠す。どうしたのかとみんな彼女の方を見つめた。


「……あの、ありがとう」

「いいのよ。あなたほどの実力者が味方についてくれたなら心強いわ。さて、ごめんなさいね、呼びとめてしまって。もうルナの言うとおり楽にしてくれていいわ」


 チョールヌイはずっと不安だったのだろう。フードで顔を隠し、深呼吸して涙を堪えている。ベラポネが話題を急に変えたのは彼女への気遣いだった。なんて優しいベスティーなのだろう。

 何事もなかったように編み物を再開するベラポネに黒羽が前に出て言う。


「何て礼を言っていいか。仲間がこんなに世話になって」

「あら、いやね。私たちのことも仲間と思ってくれていいのよ。あんまりよそよそしいとこの水晶玉とか私の昔話とか長々と聞かせてやるわよ」

「へっ、はははははっ。アンタ良い性格してんな。それならちょうど気になってたとこだ。聞かせてくれよ」

「ふふっ、いいわよ」


 ベラポネの水晶玉は少しずつ薄くなって消えてしまった。ベラポネは途中やりの編み物を時々しらたまちゃんの身体と大きさを比べながら進める。どこから話そうか少し考えて、子供に昔話を聞かせる老婆のように話を始めた。



○○○○



 ドレイクはモナに客間へ半ば強引に連れ込まれていた。

 そして第一声「おお、客間って言葉が似合わねぇくらい広いな!」と客間を見渡して言った。あちこち忙しく見渡す視線の中にいつまでたってもモナが入らない。


「あの!」

「ん?」


 振り返ったドレイクは本当に何も察していない鈍感な顔だった。

 モナは一瞬ドレイクと目が合うとすぐに逃げるように視線を泳がせ、耳まで顔を赤くした。


「さ! ……さっきは、あ、ありがとう、で……、した」

「……え?」


 モナは大男の冒険者たちが囲んできたとき果敢に前に出て反論していたが、男たちにいざ襲われそうになった瞬間ドレイクが咄嗟に間に入って庇ってくれていたのだった。

 が、当の本人はそれがどれだけモナの目に男らしく写っていたか分かっていない。何に対して感謝されているのか分からず「えーっと」と呟くのを堪え天井をキョロキョロ見回した。

 考えに考えた挙句、諦めて視線をモナに戻した。


「ああ、おう。気にすんな。大したことじゃねぇから。ははははっ」

「……ん? ドレイクさん、イマイチ分かってないですよね?」

「ん? え? んなことねぇよ?」


 ドレイクが気まずくなってまた天井を見上げるとモナは頬を膨らませた。


「もう! ドレイクさん、さてはアホですね! 残念系イケめ……、ふん! 何でもないです!」

「何だよ急に。何をそんな怒ってんだ?」

「知らないですっ! いいですか? あそこの棚にトランプが置いてあるのが見えます。私と一緒にババ抜きやってくれたら許してあげてもいいです」

「っしゃあ! んじゃやるか!」

「へ? いいんですか?」

「おう! 船長の腕前を磨いてやらねぇとな!」

「んな! 余計なお世話です! 絶対私が勝ちますもん」

「おう? モナさん、さてはアホですな。残念系美少……、おふっ、何でもないです」


 モナは両手に拳を握ってプルプル震わせ、ますます顔を赤くする。


「くあぁぁぁ! もう怒りましたよ! 早くトランプ持ってきてください!」

「ははは、分かったよ」


 その後、二人は黒羽たちが入ってくるまでババ抜きをめちゃくちゃ続けたのだった。

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