051 繋がり
フォイの主食はジャガイモに酷似した芋類だった。フライドポテトにしたものやじゃがバターにしたものなどが米の代わりだ。島国なので魚も豊富で黒羽もご満悦。
ルナたちのおかげで平和に食事を済ませることができた。
食事中は適当な世間話をしていた。基本的によく喋るのはルナ一人で、ヒーラーのフミュルイと魔法使いのベラポネは口数が少なく、しらたまちゃんはデザートを食べるのに夢中だった。
フォイは農業と水産業、航空業に支えられている国で農産物も水産物も輸出しても余るくらい満ち足りている豊かな国ではあるものの、科学技術や医療技術には乏しく途上国に分類されるという。ただ、年間を通して温暖で風通しもよく自然豊かなのでおそらく昼間の国々の中では最も過ごしやすい国ではないかとルナは話していた。一時期ルナのベスティーは拠点にする場所を求めて昼間の国々を旅していたというが、そういった理由でフォイに落ち着いたという。
ルナも完食してフキンで口を拭って続ける。
「飛行船の乗り場とギルドが一体化してるから便利もいいし、料理も美味しいし自然豊かで空気もいいわ。街の人はほとんど農家だからのほほんとしていて治安もいいの。あちこちの国を見てきたけどここが最高よ。クロハネさんたちもここを拠点にすることをすごくおススメするわ」
「へーえ。それは良いことを聞いた。確かに空気がいいよな。夕陽の国もまあ良かったが空気はこれほど美味しくなかった。サスリカはサスリカで分厚い雪雲はうんざりするからなぁ」
「クロハネさんたちはどこの国の出身なの? あ、いけない、こういうことはまず自分の方から言うのが礼儀よね」
礼儀なんかどうでもいいのにと黒羽は思いながら耳を傾ける。
「私はレイトラっていう夜中の国の出身のレイトラ人とフォイ人のハーフよ。お母さんは私を産んですぐに死んじゃってて話したことがないわ。で、小さい頃に戦争が起きて、フォイ人のお父さんに連れられてこの国に逃げてきたの。冒険者になったのは賢者の石を見つけて戦争のない世界にするためよ」
結構壮絶な人生なのだがあっさり話すのであんまり感動できなかった。
「へぇ、すごい立派!」
「いえいえ」
シロもなんて軽く流すのだろう。これほど淡白に終わる立派な話がかつてあっただろうか。
ルナが隣に座るベラポネに話を振る。
「じゃあ次、ベラポネさんの番だからね」
「私はフォイ生まれのフォイ人魔法使いよ。それ以上話すことなんてないわ」
「またまた〜。趣味は料理に絵画に編み物。女子力高いんだから!」
「みんなやることじゃない。あ、そういえばアンタはやらないわね」
「……。苦手ね」
「練習したら? 剣ばっかり振り回してるからいつまでたっても彼氏ができないんじゃないの」
「まだ若いからいいんですっ! ベラポネおばあちゃんは長生きだから色々できるだけでしょ」
「年の話はやめなさい」
二人がお互いを弄り合ううちギスギスし始めたのでベラポネの隣にいたフミュルイが「まあまあ」と仲裁に入った。
「ごめんなさい、二人とも距離が近すぎてよくぶつかるんです」
「あなた私より大人ね」
「……えへへ」
ベラポネはまだ多く見積もっても20代半ばにしか見えないが、実際はもっと長生きしているよう。黒羽は彼女の年齢を透視してみる。
(220歳。魔法使いってそんな長生きなのか)
これは触れちゃいけないと思って何も言わずフミュルイの話を待つ。
ルナがすぐにフミュルイにも話を振った。
おっとりした口調で話し始める。
「私はマーキュラムっていう鋼の国と、ケビフーヲっていう砂の国のハーフです」
「……ケビフーヲ? ケビフーヲ!?」
「え、はい。ケビフーヲ出身ですが——」
ケビフーヲと言えばシロの起源の手がかりがあるかもしれない、もう世界地図に載らない天空の国のあるメロウ島のすぐ隣の国だ。黒羽はサスリカでユーベルに見せてもらった地図が今目の前にあるかのごとく浮かんでいた。
「隣に島があるよな。ケビフーヲと同じくらいの」
「え、よく知ってますね。メロウ島っていう島があったところです」
「……。あったところ? どういうことなんだ?」
ルナたちもメロウ島の話を聞くのは初めてなのか、この場にいる全員の視線がフミュルイに集まった。
「あ、いえ、無くなったとかじゃないですよ。ただ、いつからか突然真っ白な霧に覆われてしまって島全体が見えなくなってるんです。どんな手段を使っても上陸は愚か、島を見ることもできない魔の海域になってます」
「ええ〜! そうだったの!? 知らなかった!」
やはりルナも初耳だったらしい。
黒羽は驚くルナに見向きもせず続ける。
「近くまで行ったことはあるのか?」
「ありますよ。あ、私漁師町で生まれたんですけど、漁師をしてるお父さんと船で近くまで釣りに行ったことがあって、でも白い霧の塊にしか見えなかったですね。ケビフーヲからも見えるんですけど、どこから見ても島は見えません」
「他に何か、メロウ島について知らないか? 俺たちはそのうちメロウ島に上陸したいと思っていてな」
「あ、そうなんですね。確か、ケビフーヲにメロウ島出身の人が何人かいましたよ。メロウ島には天空の国っていう国があって、そこからケビフーヲに出かけてる間に謎の霧に包まれてしまって帰れなくなったって」
まさかここに来て偶然これほど濃い手がかりにありつけるとは。
フミュルイも質問責めに快く答えてくれるので黒羽はどんどん質問する。今度はシロを指差して訊く。
「そいつら、その人たちってこんな雰囲気じゃないか?」
「言われてみれば、確かにそうですね。少し青みがかった白い髪に青い瞳で、そしてみんな頭がいいです」
間違いない。シロは意外にほんの数日でサスリカの文字を読めるようになってしまうくらいの頭脳がある。
「天空の国がどんな国だったか知らないか?」
「うーん、ケビフーヲにはいくつか天空の国の人たちが描いたメロウ島の絵画があるけど、ものすごく細長い山があることくらいしか。その山の頂上に天空の国があって、王様のお城も細長い一本の塔だったとか、塔のてっぺんは悪い人を閉じ込めておく檻になってたとか、本当か分からない噂があるくらいですね。あとは、分からないです。ごめんなさい」
「……。いや、ありがとう。すごく助かった」
「でもどうしてメロウ島に? シロさんも天空の国の出身なんですか?」
訊かれて何と答えようか黒羽は少し困った。
「シロは夕陽の国の出身らしいんだが、人種的には天空の国なんじゃって話でな」
「なるほど」
納得するフミュルイの隣でベラポネが怪訝そうな顔をしていた。シロが天空の国の出身である可能性がほぼ確信になったのはたった今なのに矛盾している。ベラポネはまあいいかと穏やかな顔をしてお茶をすすりはじめたが黒羽はなんだか悪いことをした気分だった。
結局メロウ島は謎が多いままだが、フミュルイのおかげで貴重な情報がたくさん手に入った。今までに得ていた手がかりの数々がこれで繋がった。
特に天空の国の王の城が一本の塔であり、その頂上は檻になっているという噂。これはサスリカの祭りでキケラメティディーギスが見せてくれたシロの失われた記憶の景色と一致している。あれはどこか雲ほども高いところにある檻から地上を見下ろしている光景だった。噂が正しければあれは塔の形をしている王の城の頂上の檻からの景色だったわけだ。しかしそれが悪い人を閉じ込めておく檻というのはどういうことか。黒羽は所詮噂なんだから多少事実と異なるところもあるのだろうと考えた。
だが黒羽はもう一つ思い出した。キケラメティディーギスのショーをしていた老紳士の言っていたことだ。彼は10年前には天空の国でもショーをやって、記念に塔にも寄ったことがあると言っていた。けれど入り口らしきものはどこにもなくて登れないと分かり落胆したと話していたはず。実際に行ってきた人物が言うことであり、落胆するという感情を抱いたくらい印象が残っているのだからその記憶はほぼ間違いないだろう。だとすればその塔は王の城ではない”何か”だ。シロは一体なぜそんな場所に閉じ込められていたのだろうか。
「次は私のばーん!」
唐突なしらたまちゃんの元気な声に黒羽は思考を遮られた。
今はとても真剣なことを考えていられる空気ではないし、今考えたところでどうにかなるわけでもない。
みんなフミュルイの膝にちょこんと座っているしらたまちゃんを見つめた。
「私は〜、キツネ! ほら!」
しらたまちゃんはモコモコとしたキツネ色の塊を見せた。尻尾だ。
さっきこのテーブルに来るときは前を歩かれていても気がつかなかった。自由に出したり消したりできるのだろうか。
「半分キツネの妖なんせ! すっごい強いよ! えへへ〜」
ぽんっ、とキツネの尻尾が消える。
「変身できるの?」
シロが訊いた。
「うん!」
「ダメよ!」
しらたまちゃんが元気に頷くとベラポネが慌てて声を上げた。
「えへへ〜」
「あぶない。こんな狭いところで変化なんてしたら、ギルドが塵になるわ」
「そんなに激しいんだ……」
「ええ、もう大変よ」
ルナがまとめてくれる。
「しらたまちゃんは元々ベラポネさんとのベスティーだったの。そこに後から私とフミュルイのベスティーが合併したって感じね」
「ベラばあちゃんとは長い付き合いなのです」
「こら」
仲のいいベスティーだ。
話がひと段落したところで今度は黒羽たちが話す番だ。しかしもうみんな食べ終わってだいぶ経つし、チョールヌイの話もするのならここではまずい。黒羽は一旦場所を変えようと提案した。
「どうする、俺たちの船に行くか?」
「ううん、せっかくだし、私たちの部屋に来てみない? 我が家だと思ってゆっくりくつろいでもらっていいから。この国の物にも触れておいた方がいいでしょ?」
ルナのベスティーは四人ともそのつもりらしいし、しらたまちゃんはフミュルイの膝から降りて「早く来なさんせ」とチョールヌイの手を引っ張っている。黒羽たちはお言葉に甘えてルナのベスティーの部屋におじゃまさせてもらうことにした。