050 フォイのギルド
黒羽たちの乗ってきた飛行船はすっぽりとプリン形の建物の大口に収まった。男の子なら誰もが一度は宇宙船などの乗り物が壮大な基地に出入りするシーンに胸を踊らせるものだ。黒羽も童心に帰り、飛行船が完全に停止するまでシロの背中から周りを舐めるように見渡していた。
外から見ても大きかったが中は見た目以上に広く感じる。滑走路こそ無いが、飛行場がすっかり屋内に収まっているようなものだ。他にも二隻が碇泊しているがもう一隻入る余裕がある。それにしてもこれだけの広く巨大な建築物が全て木造だとは驚いたものだ。壁や柱に使われている木材には継ぎ目がほとんどない。つまり一つ一つの木材が10から20メートル程度もある。それだけ大樹に恵まれている国のようだ。そのおかげで見た目に圧迫感がなく自然の香りに包まれていて心地よい。風通しも良いので海の家にでも来たようだ。
船から降りると花びらをコンセプトにしたであろうデザインの美しい制服を着た細っそりした女性が近づいてきた。桃色髪に赤い瞳で背が高い。ドレイクとあまり背丈に差がなかった。大人っぽい笑みを浮かべて「こんにちは」と挨拶した。
「お疲れ様です。クロハネ様御一行ですね」
「ああ」
「ユーベル様よりお話をうかがっております。私、フォイのギルドマスター、ティオーレ・テラハルノンと申します」
「ギルドマスター?」
黒羽が首を傾げるとモナがティオーレの横に立って解説してくれる。
「ここはフォイのギルドなんです。今いるこの場所は冒険者さんたちが出入りするための飛行船の碇泊場で、私たちの後ろにあるあの入り口の向こうがギルド酒場になってるんです。ここが最上階でこれより下は全部冒険者さんたちの宿泊施設になってます」
「なるほど。よろしく頼む」
シロが「お世話になります」と続いて、ドレイクとチョールヌイは会釈だけした。
「いえいえ、こちらこそ。ではどうぞこちらへ」
かなりクールな人だ。無駄なことは一切話さない。そんなギルドマスターのティオーレに案内され酒場に入る。
「こちらではいつでも無料でバイキング形式でお食事いただけますので、どうぞお寛ぎください。私は奥のカウンターにおりますので、御用の際はご遠慮なくお越しください」
「分かった。ありがとう」
「いえいえ、では失礼致します」
ティオーレは丁寧にお辞儀して酒場の奥のカウンターへ去っていった。
「絵に描いたような酒場だな。洒落てるような小汚いような曖昧な感じでなかなかいい雰囲気じゃないか。お言葉に甘えてちょっと休むか」
「そうだな。おやつに何か適当につまむか」
黒羽とドレイクがそう話しているとチョールヌイがシロの背中をつんつん突いた。
「ん?」
「シロちゃん、ちょっと、船に戻れないかや。私ばれてるみたいや。視線がさ」
チョールヌイは船から降りるときには黒いローブを着てフードを深く被り顔を隠していたが、それでも酒場いっぱいの冒険者たちはじろじろと訝しげに視線を向けてきていた。
「クロちゃん」
「堂々としていろ。何かあったらはっ倒せばいい」
モナとドレイクが空気を読んで笑顔で前に出る。
「それではみなさん! お席へご案内しますね!」
「しゃあ! やっと着いたぜ! ゆっくりできるな!」
迫真の演技の二人。その後ろを黒羽を背に乗せたシロが緊張した顔で、さらにその後ろをチョールヌイが必死で視線から顔を背けながらついていく。
「おい」
順調に誤魔化せているかと思われたが、壁のような色黒の大男が行く手を阻んだ。
見かけによらずモナは顔色一つ変えず大男を見上げる。
「はい、どうなさいました?」
「どうしたじゃねぇよ。おい、そこのフード被ってるやつ、ちいと面見せてみろ」
大男はチョールヌイを指差していた。
彼の仲間なのか、周りにいた男たちも立ち上がり、黒羽たちは囲まれてしまった。
「だめだ」
「ああ? なんだ小僧」
黒羽が言ったのにまさか猫が喋るとは思わなかったようでドレイクがメンチ切られる。オレじゃないよと苦笑いするかと思えばメンチを切り返してセルゲイ・レオンに手を添えた。
「うるせぇ、ちょっと通してくんねぇかつってんだよ。来たばっかで手荒な真似させんじゃねぇ」
「なんだ、やろうってのか? いい男気だが生憎テメーに用はねぇ。そこのフード。面見せろってんだ」
酒場は静まり返り、大男の野太い声ばかりが響く。
黒羽が言う。
「だめだって言ってるだろ。コイツはそういう文化の育ちなんだ。あんまりしつこいと国際問題になるぞ」
「おお!? 猫が喋ってるぞ!?」
「とにかくそういうことです。分かったら道を開けてください。怒りますよ?」
モナは兄に似ているのか意外に気が強かった。大人と子供くらい体格差があるのに一歩も引かず睨みあげている。
「へっ、お前が怒ったとこで何になるんだ。はっきり言うが、俺はこのローブの女があの大犯罪者のチョールヌイなんじゃねぇかと疑ってんだ」
「そんなわけないじゃないですか! この子は私の親戚なんですよ!」
「は? んなわけあるか」
「本当です。ちなみに知ってると思いますが、私はここの国の船長ですよ! 今回は親戚を含め、旅の方をおもてなしするのも仕事の一環です。これ以上は業務妨害で訴えますよ!」
「……」
自動車くらいなら片手でひっくり返せそうな屈強な大男がモナの気迫に押されて怯む。ドレイクが今にも発砲しそうに両手を添えるのを見てますます考え込む。モナとチョールヌイを見比べ、諦めるかと思いきやまだ続けた。
「嘘も大概にするんだな。このオレの目は誤魔化せねぇぜ。てめーら! フードひっぺがしてやれ!」
「いい加減にしなさい!」
ドレイクがモナの前に出て銃を肩から下ろした瞬間、囲んでいた男たちの背後から若い女の怒声が矢のように鋭く飛んできた。女とは思えない迫力に男たちは一斉に声のした方を振り向く。
長い金髪、オレンジ色の瞳。私服なのか、涼しげな黒い服を着た少女が大男を睨みつけていた。背後には彼女の仲間か、まだ成人しているかも分からない少女が二人とお人形みたいに小さな女の子が立っていた。
「その人たち今到着したばっかりで疲れてるんだから! ほとんど女の子ばっかりのべスティーにいい年したおっさんたちが真昼間から寄ってたかって絡んで、恥ずかしくないのっ?」
黒羽の第六感が騒ぐ。この中で一番危険なのは今怒ってくれている金髪の少女ではなく、一見一番弱そうに見えるお人形さんみたいに小さな女の子の方だ。放っているオーラが他の冒険者たちとまるで違う。人は見かけによらないとはよく言ったものだ。
「ちっ、ルナのベスティーか」
大男が呟いて、他の男たちをアゴで合図し、何も言わずに渋々それぞれの席へ戻っていった。
金髪の少女が仲間たちを連れて「ごめんなさい」と近づいてくる。
「冒険者はみんな血の気が多いだけなの。本当はフォイは優しい人が多い良い国なんだから、どうか悪く思わないで」
「ああ。すまなかった。面倒に巻き込んでしまったな」
黒羽が金髪の少女に言うとお人気さんみたいな女の子が反応する。
「うわあ! 猫ちゃんがしゃべってる! 可愛い〜!」
「……」
第六感がうるさく警鐘を鳴らしている。見た目は可愛い幼女だが中身が尋常ではない。確実にミル以上の能力がある。黒羽は警戒しつつ話を続ける。
「助けてもらって難だがみなさんは一体」
「オレたちはこの国からクエストを依頼されてサスリカから集まった冒険者だ。よかったら一緒に話さないか?」
ドレイクが空いている大人数用の長テーブルを指して言ってくれた。今の男たちからも充分離れた席だった。
「ええ、いいわよ。簡単に自己紹介だけしちゃうわね。私はルナ。ルナ・ルッセンハイアー。こっちの銀髪の子がフミュルイ。家事全般得意でとても良い子なの」
「そんなことないよ。フミュルイ・ハリーです。よろしくです」
冒険者という響きがとても似合わないお淑やかな少女だ。ペコっと会釈した。
「で、こっちがベラポネさん。フォイ人の魔法使いよ」
「ベラポネ・ベルルッセンです。よろしく」
淡い赤毛の目つきの悪い少女だ。声も低く貫禄ある雰囲気。
ルナはお人形さんみたいな幼女の頭にポンと手を乗せた。
「そしてこの子が白ノ井 珠ちゃん。しらたまちゃんって呼んであげて。こう見えて半妖族っていう妖の種族のミルなの」
「よろしくしにゃさんせーっ!」
「なるほど」
どおりで雰囲気が違うと思えば半妖だったわけだ。しかもミル。どこからどう見てもただの可愛らしい女の子だが、オーラが違いすぎて緊張感が解けない。
「この国ではパーティのことをベスティーって言うんだけど、この三人が私のベスティーなの。みなさんのことはあっちで聞かせてくれればいいわ。それじゃ、行きましょうか」
しらたまちゃんが「こっちだよー」と無邪気な笑顔で手招きする。
早々にトラブル発生かと思われたがルナのベスティーに救われ難を逃れた。みんなほっとしてルナたちについていく。
○登場人物紹介
ギルドマスター
【ティオーレ・テラハルノン】
ルナのベスティー
【ルナ・ルッセンハイアー】
【フミュルイ・ハリー】
【ベラポネ・ベルルッセン】
【白ノ井 珠】
しらたまちゃん