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魔法少女の黒猫がBOSSだったら  作者: 優勝者
Ⅰ 夕陽の国
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005 捕食の契約

 目の前には細い煙を上げる拳銃、足元には血だまりの中で衰弱していくシロ。

 黒羽はシロに庇われた瞬間、忘れていた前世の悪夢がフラッシュバックしていた。自分を抱きしめて庇い、銃弾を浴びて若い女が崩れていく光景を前にも見たことがあった。

 黒羽は一般的な家庭に生まれ、その日は小学校から帰ったばかりだった。両親が出かけていて姉と二人でいたところに鬼のような顔をした男たちが押しかけてきたのである。

 前後の記憶も、部屋の様子も思い出せないが、目の前で姉が撃たれて死んでいく残酷な光景は死んでも記憶の隅に焼き付いていたのである。

 今、足元に倒れたシロが、あの時自分を庇った姉の姿と、重なる。


『……隆二、……隆、二』

「……黒ちゃん、逃げて」

「……、姉貴」


 黒羽の長い爪がベッドの脇に深く突き刺さる。茜色の夕闇の中で固く閉ざされた瞳が切って開いたように鋭く見開かれる。金の眼光は白スーツの男を睨みあげた。


「おい、小僧、これは何のつもりだ」


 黒羽は無論丸腰のままでベッドを降り、拳銃を持った男たちに堂々と近づいていく。彼らの拳銃はシロから黒羽へ照準を切り替えた。


「ほう、喋れる猫か。ふん、だがそれがどうしたというんだ。喋れてもたかが猫の分際で何ができると思ってるんだ?」

「お前らのせいで時間がねぇんだ。とっとと終わらせてもらうからな」


 男たちは一斉に大爆笑だ。猫ごときが何を勢いづいているのかと腹を抱えた。

 白スーツの男がシロに笑う。


「バカな猫だ。なぁ、お嬢さんよう。死ぬ前によく見てろよ、お前の大事な大事なペットが弾け飛ぶところをよう!」

「……」


 シロのかすかな泣き声が聞こえた。

 直後、硬い壁を突き破るような銃声が爆ぜ、銃弾が黒羽に放たれた。


「……、な、何もんだ……、テメーは」

「……」


 銃弾は確かに黒羽の顔面を撃ち抜いたはず。しかし、彼は無傷だった。

 黒羽が口を開けて見せる。すると、放たれた銃弾は彼の口から転がり出したではないか。


「このくらい人間だった頃は日常茶飯事だったんだ。猫になりゃ動体視力も半端じゃねぇ。こんなもんが効くわけがないんだよ」

「ちっ、この畜生ごときが!! 撃て!!」


 逆上した男たちが一匹の猫相手に一斉に引き金を引く。あっという間に十発を超え、二十発を超え、やがて三人とも弾を使い切ってしまった。

 床には黒羽が口で受け止めた大量の銃弾が転がる。三丁も拳銃があってただの一発も黒羽に傷を負わせることができなかった。


「終わりか? じゃあ、次は俺の番だな」

「待て! 何をする気だ! うわ!!」


 次の瞬間には白スーツの男が首から血を噴いて悶絶。黒羽は床をひと蹴りで首筋まで跳び上がり、脳へ酸素を供給する動脈を爪で正確に貫いたのだ。

 残りの二人も首の動脈を切られ数秒で意識を失い、倒れ、生存は絶望的。三人合わせてたった一秒間の出来事だった。

 瀕死の三人を踏みつけて外へ出て、辺りを見渡して安全を確認した。そしてシロに駆け寄って、


「シロ、シロ。しっかりするんだ」


 前脚でシロの肩を揺すると彼女は薄目を開けた。顔色も悪く、目も虚ろでもうあとどれだけもつか分からない。


「シロ、シロ。必ず助けてやるからな。お前は助かるんだからな。ここで待ってろよ」


 シロは頷いたように見えた。

 黒羽は踵を返し、勢いよく外へ駆け出していった。



○○○○



 どこかの木造の小さな部屋は窓もなく、天井に吊り下げられたランプにオレンジの炎でぼんやりと照らされていた。


「……ここは」


 ようやくシロが目を覚ますと、彼女はベッドに寝かされていた。胸元には黒羽が大きな体を丸めて眠っている。制服も血で染まったはずなのに何事もなかったかのようにキレイになって、何がどうなっているのか分からなかった。

 肩までふかふかの布団がかけられて暖かい。シロが布団の中で自分のお腹を触ってみると、あれだけのケガだったのにすっかり治ってしまっていた。

 部屋の中を見れば自分の部屋ではないのは一目瞭然。天井のランプの灯りが心地よく、今起きたばかりなのにまた眠くなってしまいそうだった。


「気がついたかい?」

「……あなたは」


 しゃがれた老婆のような声がした。

 部屋の奥にはキッチンらしきものが見える。木のオープンキッチンだ。吹き抜けになっていて鍋やフライパンが丸見えで、その間に一匹の白い毛長猫が首を持ち上げてこちらを見ていた。喋ったのはこの猫だったらしい。


「私はロード。ここは私の部屋だ。ここには出入り口が存在しないから、私が許さない限り誰も入ってはこられない」


 言われてシロが再び辺りを見渡すと確かに出入り口らしきものは何も無かった。まるでチーズの穴の中のような閉鎖空間だった。


「こ、これは……」

「魔法さ。私は魔法が使える猫だ。散歩してたら偶然そこの黒いのが大事な人が死にそうになってるんだと泣きついてきてね。私がアンタを助けてやったというわけだ。散々走り回ったんだろう。そこの黒いのは脚を血だらけにしていたよ。そいつには感謝しないとねぇ」

「……黒ちゃん」


 黒羽の目は濡れていた。夢の中でも自分を責めているよう。よく見ればあまり気持ちよさそうではなかった。

 彼はシロに揺すられて線のような細目を開ける。


「……、姉貴……」


 どうにか聞き取れるくらいの声で寝言を言った。静かだが(うな)されているよう。可哀想だとシロはもう少し揺すって黒羽を起こした。


「……、シロ。シロ! 大丈夫か?」

「うん。ありがとう」


 シロはそう言って微笑むが、まだ顔色はそれほど良くなかった。黒羽はシロが回復してきていることに安心し、おかげですっかり目が覚めた。黒羽が無理せずに休んでいろと言ってやるとシロは目を閉じた。


「まだもう少しかかりそうだねぇ。血が足りてないんだろう」


 黒羽の隣にロードがやってきて言った。


「助かったぜ、婆さん。本当に危ないところだったんだ。何発も撃たれてよう」

「分かってるよ。あんだけの血だまり久しぶりに見たから私も焦った焦った。運が良かったねぇ」

「ああ。全くだ。まさかこんな街外れにアンタみたいのがいたとはなぁ」


 ロードはいつ寿命を迎えてもおかしくはない超高齢の猫だった。

 若い頃は街で昔のシロのように過ごしていたというが、彼女の場合は能力が高すぎるあまりパーティーを組む必要がなく、たった一匹で多くの困難な依頼をこなしていたという。

 ロードはあくびして、


「老後はゆっくりしたかったのさ。街にいても仕事を頼まれるだけでのんびりなんてできやしないからねぇ。おや、この子もう寝ちゃったのかい」


 ロードに言われて黒羽もシロを見てみれば、彼女は子供のようにすやすや眠ってしまっていた。


「大丈夫なのか?」

「大丈夫だとも。アンタの顔が見れて安心したんだろう」


 黒羽はいつからかシロを亡き姉と重ねていた。不思議と一緒にいて落ち着いたのも、シロが姉に似ていたせいだと思った。シロの安らかな寝顔を見ていると、亡き姉と再会しているような懐かしさや安心感が込み上げてくる。だがロードがいる手前だ。黒羽は視線を落とした。


「……、俺は、コイツに会ってからいい意味でおかしくなってる気がしている」

「うん。だろうねぇ。今のアンタはとても殺し屋のそれには見えない。仲間がいるのは一人で戦うのとはわけが違う。自分だけじゃなく仲間の体まで気遣わなきゃならんからなぁ」

「けっ、俺の心もお見通しってわけだ」

「失礼したね」


 黒羽は自分の弱さに絶望していた。自分の身を守ることくらいは慣れたものだが、仲間までとなるとやはり難しい。

 シロが撃たれ、急激に弱りはじめる光景が黒羽のまぶたに浮かぶ。


「相当、痛かったろうな。女のクセに、恐がりのクセに、無茶しやがって」

「なあ、アンタ。この子を守れるだけの力が、欲しくないかね」

「欲しいに決まってる。俺は自惚(うぬぼ)れていたんだ。実際は、攻撃するしか能の無い役立たずだったんだ。だから、シロは……」


 黒羽の目は人間の口ほどにものを語っていた。目を細くし、男泣きを堪えて遠くを見つめていた。


「どうだね、この私の能力をもらってはくれないか」

「……、なに」


 ロードのほうへ振り向き、目を丸くした。


「私はこの世の全ての魔法を使うことができる。それも体力も関係なくいくらでも使いたい放題さ。世界一頑丈な結界も張れるし、つまり寝てる間でも片時も途切れることなくこの子を完璧な結界で守ってやれる」

「ちょっと待て、そんなことができるのか?」

「ああ」


 驚く黒羽に、ロードは自分の周りに結界を張って見せてやった。

 彼女の体は青白いガラスのような壁に包まれ、黒羽が突っつくとカンカン、と固そうな音を立てた。


「この子を治したように回復魔法も使えれば、このように結界も張れる。攻撃もその辺の勇者気取りの若造なんか話にならないレベルさ。惑星の一つや二つ簡単に消せるだろう。もうすぐ寿命を迎える私が持っていても仕方がないからどうしようかと思っていたところだったんだ。アンタがこの能力を、私の代わりに有効に使ってはくれないか」

「……いいのか、本当に」

「もちろんだとも。熱い友情を見せてもらったお礼さ。それに、私は世の為人の為に戦って生きてきた。私はこの世の平和と幸福を切に願っているのだよ。つまり、この能力をアンタに与えることは、私の願いが叶うことに限りなく等しい意味を持つのさ。悪い話ではないと思うが」

「分かった」


 上手い話には裏があるとはいうが、ロードはシロを助けてくれた恩人だ。彼女が何か良からぬことを企むとは到底思えなかった。


「ありがとう。これで私はなんの悔いもなく死ねる」

「でもよ、能力をくれるとは言っても、俺はどう受け取ればいいんだ? どうやってアンタは俺に能力を譲る気なんだ?」

「簡単さ」


 ロードは緑色の瞳を細めた。孫を見るような優しい目だった。


「生き物は他の生き物を食べてその分生きていく。アンタは、私を食べてこの能力を得るのさ」

「な、なんだと……」

「殺し屋よ、お前は今、大切な人のために私を食べざるを得ないのだ。私を食べることで、命の重みを、その身に焼き付けなさい。この子は顔に出さなかったが、お前にあの悪人たちを殺させてしまったことを嘆いているよ」

「……」


 ロードは黒羽をオープンキッチンの裏に連れていく。そして二匹はキッチンの陰に隠れて、シロからは見えなくなった。

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