048 罰ゲーム
黒羽は正直、突然に新たな仲間ができて戸惑っていた。
シロは相棒もいいところの関係だし、チョールヌイとドレイクとは戦友だ。仲間になる深い理由があって仲間になっている。しかしこの船の船長であるモナは、言ってしまえば仕方なく同行することになった存在。すぐに仲良くとはいかないものだ。
(どうしたもんかな)
案内された船室は明るく綺麗な内装で居間のように寛げる。みんな団欒しているが、モナも気まずく感じているのか席を外していた。運転も自動操縦にしたはずなのに、他の仕事があってもこんなにかかるものなのかと疑問になるほど最後に顔を見てから経っていた。
単に仕事があるせいか、それとも本当に居づらいと感じているのか、どちらにせよ行動を共にするからには打ち解けたいところ。かなり元気のいい印象だったが、既に構築されている輪の中にはやはり入りにくいだろうと思っていた。
(フォイの連中も何を考えてるんだか。せめてほかにも船員をつけておけばモナも肩身の狭い思いはしないでいいものを)
すぐに船室へ戻ってくるならと思って待っていたが戻ってこないので黒羽は段々苛立ってきた。
周りでは三人ともソファーに座ってうとうとしている。黒羽は「ちょっと船の見学をしてくる」とシロに一言断って彼女の膝を降り、外へ出ていった。
船室に出入りするには階段を使う。上ってみると甲板にも船尾にもモナの姿がなかった。
船の構造に疎い黒羽は軽く迷子だ。案外扉や階段があちこちにある。最初に開けた扉は帆布置き場のもので、次は洗濯室。これは船尾側は荷物置きだなと考え、甲板を通って船首へ行くとぽつんと一つだけ扉があった。しかも白塗りの上に青い錨の絵が描かれており、ドアノブは金色。これが船長室に違いないと開けてみるとやっとモナを見つけた。
「おっ? どうされましたー?」
いちいち語尾に「!」がつきそうな大きめの声。何故だか楽しくなってくる。
「ちょっと世間話でもと思って探してたんだ。仕事はひと段落ついたか?」
「はーい! 今は前方に異常がないか見張ってるところです。もうすぐ途中のシュバータの空域に入るんで、そうすれば私もこの部屋から出れますね」
「なるほど」
気を遣わせてしまっていたわけではなかったようだ。ほっと一息ついた。
「どうかされたんですか?」
「いや、別に。……、シュバータの空域に入るとなんでもう見張りしなくてよくなるんだ?」
「フォイの航空会社はイソストゥール中の島国や周辺の国々に進出しているんですが、会社がある国では上空に警備隊が設置されて代わりに見張りをしてくれているので、領空に入ってしまえば船長は見張りをしなくてよくなるんですよ」
「なるほどな。じゃあ、手が空いたら船室に来ないか? これから一緒に旅をするんだ。親睦会みたいなことができればと思ってな。とはいえまだ何も用意していないんだが」
「おお! ホントですか! 何をやりましょうかねぇ! 私としてはお喋りできるだけでも嬉しいですよ!」
「ああ、まあ、なんか考えとくよ。つまらないかもしれないがな。じゃ、待ってるから、手が空いたら遠慮なく来てくれ」
「はい! ありがとうございますぅー!」
小恥ずかしくて会話はすぐに終わった。生まれ変わって女性への耐性も初期化されたせいだ。黒羽は船長室を出ると首をブンブン振って船室へ戻っていった。
時刻は13時。みんな相変わらず暇を持て余しているかと思えばドレイクはセルゲイ・レオンの手入れをし、シロとチョールヌイはジェンガで遊んでいた。
「……」
見覚えのあるジェンガだ。
シロが笑顔で誘ってくる。
「あ、クロちゃんお帰り。クロちゃんも一緒に遊ばない?」
「いや、俺はいい。親指がないからできねぇんだ。横で見させてもらうよ」
親指がなくても念力を使えばいい話だがそれだとあまりに卑怯だ。
とりあえず高く積まれたジェンガの横に座ってモナとの親睦会の話をした。するとチョールヌイが目を輝かせた。
「おお! じゃあ船長も一緒にジェンガやろまい!」
「どんだけジェンガ好きなんだ」
「なんかこう、おっ、おっ、おっ、お〜っ! うあ〜っ! ってなるのがいい!」
「ね! 楽しいよね!」
「……。ふうーん」
女子二人で盛り上がっているが黒羽にはジェンガの良さが分からなかった。楽しそうにしているところを見るのは楽しいが一緒にやるのはクソほどもつまらない。
「うわ!」
それからずぐのチョールヌイの番でジェンガが崩れてしまった。二人とも面白おかしく笑いながら散り散りになったジェンガを集めるが、チョールヌイはソファーに置いていた自分の鞄を途中で取りにいく。
「ねぇ、クロハネもできる遊びにしよっか」
「そうだね。他にも何かある?」
「トランプならあるけんね、ジェンガばカタすだ」
カタすというのは片付けるということらしく、チョールヌイはジェンガを無造作に鞄に放り込み、トランプを出した。
「初めてやるんじゃが、どう遊ぶんかやー」
「いろんな遊び方があるよ。まずはオーソドックスにババ抜きにしようか」
「うん!」
「よし、んじゃやるか」
今度は黒羽も混じる。ババ抜きなら昨日のジェンガの時みたいに一瞬で負けることもない。
シロがトランプをシャッフルしてくれる。実はサスリカの飛行船で戦地へ向かっていたときもそうだったが、シロはシャッフルがものすごく上手い。しゃっしゃっしゃっしゃ、と軽やかな音を立ててあっという間に混ぜてしまう。上手すぎてチョールヌイも見惚れていた。
黒羽が訊く。
「俺もトランプは前世で大分やってたが、シロ、シャッフル上手いよな。結構やってたのか?」
「え、あんまりよく覚えてないな。シャッフルに上手いとかあるの?」
「あるよ。それなりに練習しないと普通はそんなにならないだろ」
「へぇ、じゃ、私すごいんだね!」
「すごいけど……、まあいいや」
シロはよそ見して会話しながらも変わらぬ技術でシャッフルしていた。
黒羽は前世の頃死に別れた姉のことが思い出される。黒羽は前世の姉、黒羽博愛ともよくトランプで遊んだものだった。彼女も今のシロくらいシャッフルが上手く、よく喋りながらでもスムーズにやっていた。
黒羽が懐かしいことを思い出して遠い目をしているとトランプが目の前に飛んでくる。シロが配りはじめたのだ。
念力でトランプを宙に浮かせて数字の被ったペアを場に捨てる。チョールヌイへのルール説明はシロが配りながらやってくれた。
そんなこんなで第一回戦。黒羽が勝ち、チョールヌイが一番負けた。
「うう、二人ともつよい」
「「……意外と顔に出るんだ」」
ルールは聞いていたはずだが、チョールヌイは手札にジョーカーが来ると必ずおどおどして、持っていかれるとほっとして、を繰り返していた。話にならない弱さだ。
考えてみればチョールヌイの戦闘スタイルに駆け引きなんてなかった。攻撃は最大の防御の精神。生い立ちを考えればひねくれていそうなところだが案外素直だった。
一戦終わったいいタイミングで階段を降りる音が聞こえてくる。船室の扉をノックされる前に黒羽が念力で開けてやった。
「お、開いた」
「俺が開けたんだ」
「ありがとうございます! すみません、お邪魔しても良かったですか?」
「仲間同士気なんか遣うことねぇよ。丁度トランプして遊んでたとこだ。こんなもんしかないが、良ければ一緒にやろうぜ」
「オレもやる!」
可愛らしい船長が来た途端にずっと銃を磨いていたドレイクも小学生みたいに加わってきた。
「やります! 何やりますか?」
「ババ抜き!」
チョールヌイが言った。悔しかったようだ。
四人と一匹でジャンケンをして順番を決める。黒羽がチョキを出すと一人勝ちした。
「猫でもチョキは出せるんだよ、頑張ればな。ふんっ」
本当は猫の霊感で偶然みんなパーを出そうとしていたのが分かっていただけだ。ゲーム中は心が読めるとつまらないから霊感には頼らないが、順番だけはいつも最初がいいのでイカサマしていた。
「おお、器用ですね、恐れ入りました〜」
「ふはは、もっと言ってくれ」
「はいはい、じゃ、クロハネから時計回りで」
黒羽のウザ絡みをドレイクが笑いながら止めて順番を決めた。
記念すべきモナ船長との第一試合。やはりベテランの黒羽が一番にあがり、次にドレイク、そしてシロと続いてモナとチョールヌイが睨み合うことに。
「素直かお前らっ」
モナもチョールヌイと同じく物凄く顔に出るタイプだった。おまけにお互いに賢さに欠ける。時々相手がジョーカーを取ってくれて手札に加えたらそれをそのまま取り返すということも何度かあった。
手札は今モナが二枚でチョールヌイが一枚だ。ジョーカーはモナの手にある。
「うぬぬぬ」
チョールヌイがこめかみから粒のような汗をかいて真剣にトランプを睨んでいる。対するモナはもう勝ち誇ったようなホクホク顔で高みの見物。そんな余裕ないはずだが……。
「これだ! ぬああああー!」
「ふっふーん、またジョーカー引きましたね! ララちゃんは顔に出やすいんですよ!」
「なにをおお〜っ!」
ここまできたら顔に出してもいいだろとみんな言いたくなるが、こらからもずっとこの馬鹿さ加減でいてほしいので必死に笑いを堪えて見守っている。
「今度は私の番です! それ! んな!! ……ジョーカー。これで勝てると思ったのにぃ〜」
「ふっふーん、人生そんな甘くないやで」
あがった二人と一匹でもう堪え切れなくて笑いだす。
それからジョーカーが行ったり来たりするのを二回繰り返し、ここへ来て軍配はチョールヌイに上がった。
「うわ〜、いい戦いでしたね!」
「ね!」
先にあがっていた二人と一匹は心の中でどこがだよと笑う。
決着がついたところで黒羽が提案する。
「じゃ、負けたモナ船長、罰ゲームといきましょうかねぇ」
「え!?」
顔を赤くするモナ船長。
シロとドレイク、チョールヌイが顔を見合わせる。
「ドレイク君はどんな罰ゲームがしたい?」
「いや待て、聞き方おかしいでしょ。ははは、言いにくいわ」
「なんか暴露話とかないか? 実は男ですみたいな」
「私は女の子ですよ! 暴露話ですか、うーん、特に無いですねぇ」
モナが頬をツンツン突いて考えていると、腰に巻いていたポーチから何かカードのようなものがはみ出していた。
「お、なんだこれ」
黒羽が前脚で指し示すとモナは顔を真っ赤にして手で隠した。
「こ、これはダメですって。恥ずかしいです!」
三人と一匹が悪い顔を見合わせる。
「ひいぃぃ!」
「負けた自分が悪い。諦めるんだ船長。さもなくばこの船は俺たちがいただいていく」
「この船はほぼほぼもう既にみなさんのですよ!」
「いいから見せろよ」
「いやぁあ! 恥ずかしい!」
シロが呟く。
「クロちゃん、変態にしか見えないよ」
「じゃかましい!」
黒羽が念力で奪い取るとトランプが散らばっている上に落ちた。
ドレイクが眺めて、
「なんだこれ。ライセンスカード?」
「せ、船長の資格を取った時のです。結構恥ずかしがりだったんで、すっごい緊張してる顔で撮られちゃったんですよ。んん、恥ずかしい〜」
両手で顔を隠して恥じらうモナをよそにみんなライセンスカードを覗き込む。まだ幼さの残るモナの写真がついていた。
可哀想になったのか、ドレイクがフォローする。
「はは、ホントだ。めっちゃ緊張してんじゃん。でもオレも軍で撮られた写真こんな感じだったぞ」
「ドレイクは女の子だったのか」
「ちげぇわい! コンニャロめ」
「コンニャロめ」
じゃれあいはじめた黒羽とドレイクを尻目にシロがライセンスカードを返す。
「うわ〜、可愛い! ごめんね、ありがとう。船長さん今いくつなの?」
「18です」
「え! 同い年!」
「え!」
シロとモナが同い年だったことが判明。
テンションが急上昇する二人だが、船長になったばかりでないとなるとかなりすごい人であるようだ。みんなモナの今までの話を聞きたくなった。