047 出港
黒羽は寝たふりでチョールヌイが泣いていたことは気がつかなかったことにした。嘘も百回言えば本当になる。本当に気がつかなかったということになって、チョールヌイは寝たふりをし続けた黒羽を涙を拭って優しく抱き抱え、シロの部屋まで連れていったのだった。
どこで起きたらいいかということで迷った黒羽だったが、料理が運ばれてきたら香りで覚醒したことにして「なんだこのいい匂いは!」と飛び起き、上手くやり過ごしていた。
チョールヌイは充分泣いてすっきりしたのかもう晴れ晴れした笑顔で楽しそうに料理を頬張っていた。
夕方、二人と一匹のいる部屋の扉をドレイクが叩いた。
「ドレイクだ。えと、ララ……さんがこっちに来てないか?」
「……。ララでええよ——」
チョールヌイが扉を開けてやった。
「どうしたん?」
「あ、ああ、ここにいたなら話が早い。ちょっとみんなで話したいことがあったんだ。……。入ってもいいか?」
すかさず黒羽が「このケダモノめ!」と罵る。
「お前に言われたくねぇ!」
「冗談だ。とっとと入ってこいよ」
「おうよ。……失礼」
三人と一匹。部屋の床に輪になって座った。
「ごほん! ……。話ってのは、ララが故郷へ行くことについてなんだ」
「俺もシロも付いていくぞ」
「そうか。できればオレからも頼みた……、あ、そうなのか」
「うん、私たちも行くよ」
シロが快く微笑む。ドレイクは胸を撫で下ろして「ははは」と軽く苦笑いで気まずさを誤魔化した。
「なーんだ、そうだったのか。それならもう話は残り半分だ」
「ほほう」
「実は、オレ、三ヶ月も休暇をもらってな!」
「「「三ヶ月!?」」」
「ありがとう、ありがとう、ナイスリアクション。そうなんだよ、オレが放った弾で戦位を助けたからってことでご褒美もらっちまったのさ。……。ごほん! まぁ、それはさておき、ってなわけでオレもララとの旅に同行させてもらおうと思うんだ」
チョールヌイが困った顔でドレイクを見上げる。
「え、でも、ドレイクは妹がいるんじゃ? 会いに行かなくていいの?」
「いや、道中で多分寄ることになるからその辺は問題ない。これからはきっとあちこちの国を回る旅になると思われるんで、友好国のフォイって炎の国が旅のために飛行船を一機譲ってくれるかもって話になってんだ」
「「「……。え!?」」」
「お、いいリアクション」
「それ要らないから話を続けてくれ」
「ごほん! すまん。フォイってのは飛行船の技術が世界トップレベルでよ、実はこのサスリカの飛行船もフォイで作られたものなんだ。最近のじゃ色んなタイプがあるんだけど、一番頑丈で一番……、いや、二番目くらいに速いやつをくれるっていうんだ」
「流石に最速は無理だったか」
「せやな」
「まあ、仕方ないよね」
「言うて一番と大差ないからその辺は心配すんなって。で! 飛行船をもらうならその船でフォイの人に迎えに来てもらって、一旦はあっちの国で何かしらのクエストを受けて欲しいらしいんだ。報酬が飛行船ってわけだな。かなり豪華な船なんだぜ! オレも手伝うから、どうかなって思うんだ。……どう?」
要するに豪華な船をくれてやる代わりに面倒事を頼まれてくれということだ。
黒羽が訊く。
「クエストを受けないって言ったら飛行船の話はどうなる?」
「おじゃん」
「依頼主は? 依頼内容は?」
「依頼主はシュバータっていう怪物の国の王様だ」
「よし、みんな、世界を歩いて旅するとしよう。美味い話には裏があるってもんだな」
シロとチョールヌイが顔を見合わせる。
「いや、待ってクロハネ。私、まだ世界中で狙われてるけん、変装したとしても堂々と人前を歩くのはキツイものがあるさね」
「……。確かに」
「それじゃやっぱり飛行船があった方がいいね」
「うん」
「……んじゃ、やるか? その、怪物の国のクエストとやらを」
みんな不安そうにドレイクの顔を見る。
「依頼内容としては人捜しだと。なんでも王の城の門番をしていた青年が去年失踪したらしくて、困ってるらしいんだ。お姫様が思いを寄せてた相手だったんだと」
「へぇ、父親が自分の娘を奪おうとしてた男が疾走したって血眼で捜し回ってるのか。珍しいこともあるんだな。まさか猫が迷子の人間様の張り紙をそこら中に張り付けて回る側になる日が来ようとはねぇ」
「クロちゃん、そんな皮肉不謹慎だよ」
「すまねぇ」
黒羽はシロに怒られて黙った。
「私はララちゃんさえその気なら、そのクエストに参加させてもらうよ」
「私もやる気さ。移動手段も確保できてせめてもの償いもできるんなら一石二鳥やん」
「しゃーね、やるか」
「っしゃあ! 決まりだ!」
ドレイクがガッツポーズした。
「ところで、お前、妹のとこには道中で寄ることになるって言ってたが、どこなんだ?」
「ああ、妹ならフォイにいるんだ。サスリカ人は赤毛に赤目だから紛らわしいんだけど、オレは同じ赤毛赤目でもフォイ人なんだよ。狙撃ばっかでやってきてるけど、炎もちゃんと使えるんだぜ」
「そうか」
「ガク」
「「「……」」」
しらけるが、ドレイクは鋼のメンタルで続ける。まさかそのまま続けるとは思わずみんな笑いを堪えながら聞く。
「ま、というわけで、ソルマール島に至るまでに通る道筋としては、炎の国フォイ、怪物の国シュバータ、で、燃料の補給とかするだろうからまた一旦フォイに戻ってソルマールってとこかな」
「お前の精神力尊敬するわ。からかって悪かったよ」
「ははははっ」
ドレイクも彼なりに真面目に話しているのに弄られて哀れなものだ。
どうにかこれで話はまとまった。早速ドレイクはフォイに連絡をしに部屋を出ていった。
○○○○
翌日昼過ぎ、黒羽とシロ、チョールヌイ、ドレイクの四人は見送りに来てくれたユーベルとアステリア、車椅子に座るシャルロンたちと軍基地の外に出てきた。
シャルロンも可哀想に。あまり眠れていないようで目の下がクマになってますます具合悪そうだった。
「無理しないでいいんだぜ。あんたもケガ人なんだから、安静にしてなきゃ」
ドレイクが心配するが彼女は首を横に振った。
「私、みんなのためにお守りを作ったわ」
固く握っていた手を開く。宝石のような黄緑色の石が一つついた首飾りが4つ。
「これは一日に一度、致命的なダメージを無効化する強力なお守りだよ。いつか近いうちにまたみんながどこかへ旅に出て行くと、占いで分かっていたの。だから、病室でこの数日ずっと魔法をかけ続けていたんだよ。1分で1回分長引かせられるの。出発するギリギリまでここで魔法をかけながら待っていたいんだ」
「……」
目の下のクマはきっとこのためにできたものだったのだろう。あまりの必死な眼差しにドレイクは言葉を失った。
「あなたたちだけは守りたい。一日でも長く生きていて欲しい。だから、お願い」
「分かった。ありがとう。……なんて礼を言っていいか」
礼なんていらないわ、と首を振るシャルロンの肩にアステリアが手を置く。
「私も頑張って少将の代行をする。みんなをお願いドレイク少将」
「……。はは、一番お手柄だったのはお嬢さんじゃないか。全く、ちっとも自慢したり得意になったりしないんだから。見習わなくちゃな」
アステリアたちと微笑み合うドレイクに後ろから黒羽が声をかける。
「おーい、自分だけいいとこ持ってくなよー。船が来たぞー」
「あいよ」
雪雲の空を見上げると葉巻型の飛行物体が見えていた。徐々に垂直に高度を下げてくる。
やがて雪の上に着陸した。その見た目は海賊船。翼もなければ気球のように風船も付いていないのだからどういう原理で飛んでいるのか謎である。
「とうちゃ〜〜っく!!」
船尾の舵にうんっと伸びをする人影が見える。
さっ、と身軽に手すりを飛び越え何メートルもある高さから音もなく着地した。豪奢な装飾の白くて爽やかな制服に身を包んだ十代後半くらいの少女だ。ところどころ赤系統のグラデーションがかかる紫色の不思議な色合いの癖っ毛のすごいロングに赤茶色のぱっちりした瞳。
黒羽たちが誰だろうと眺めていると言われるまでもなく元気に右手を挙げて自己紹介を始めた。
「こんにちは! 私、フォイからお迎えに来ました! この船の船長のモナです! クロハネさん! シロさん! ララさん! ドレイクさん! お見えですかーっ!?」
ユーベルが答える。
「ああ、よく来てくれたね。それならこの三人と一匹だよ。よろしく頼むね」
「はーい!」
シャルロンのケガももう治ってしまいそうなほどの元気だ。鉛色の雪雲も気のせいに感じてくるほど清々しい声。ユーベルたちとの別れ際の憂鬱な気持ちも、背中を押されるように和らぐというものだ。
「行ってらっしゃい。元気で、上手くやるんだよ」
シャルロンから首飾りをもらい、三人と一匹は礼を言って手を振りながら船長のモナのところへ。
特にシロとアステリアは力を合わせてロドノフ卿との戦闘に終止符を打った仲だ。飛行船が離陸して高度を上げ、お互いに姿が見えなくなるまで手を振りあいながら涙していた。
三人と一匹。みんな船の形をした飛行船の柵に掴まって下を見下ろしていた。なぜだか風がないのでさほど高度が高くない間は恐ろしくない。針の先ほどになった軍基地を見てシロがため息をつく。
「はああ、基地が、もうあんなに小さく」
「あそこにいた間に、お前は人見知りも治して、医療魔法も勉強して、サスリカの言葉も学んだよな。それに晩極戦争も乗り越えて、立派になったよな、ホント」
シロが驚いて黒羽を見つめる。
「なんだ?」
「ふふっ、クロちゃん、たまにはいいこと言うんだね」
「いつも言ってるだろ。はっ倒すぞ」
「それ久しぶりに聞いた。ね、そろそろ船長さんに挨拶しにいこうか。下見るの流石に怖くなってきた」
「そうだな」
ドレイクとチョールヌイにも声をかけて船尾へ。何やら一人で「面舵いっぱ〜い! 当て舵慎重にぃ〜!」と楽しそうに叫んでいる。そのうち「これでよーっし! 直進!」と叫び、足元の金具で舵を固定した。
「なんか、すごい楽しそうな人だな」
ドレイクが苦笑いで言った。
船長のモナは三人と一匹に気がついてほんの数歩分の距離で大きく手を振ってきた。
「はじめまして〜! 船長のモナでーっす! これからみなさんの旅に舵取り役としてお供させていただきまーっす!」
「よろしく。船はもう自動操縦になったのか?」
「はーい! ささ、みなさん船の中をご案内しますね!」
「ちょっと待て、旅にお供するって、フォイに着いてからもずっとってことか?」
「……。ご迷惑でした?」
「いや、とんでもない。そこまで良くしてくれるとは思ってなかったんでな」
「ふあ〜あ! 嬉しい! ありがとうございます! そう言っていただけると船長冥利に尽きますねぇ〜!」
一瞬見せた不安気な顔もまた美人で黒羽は心が浄化されすぎて消えて無くなるかと思った。
思わぬところで仲間が増えた。舵取り役なら戦闘に出ることもないし、多少は安心であろう。
モナは満面の笑みで嬉しそうに「改めて、これからよろしくお願いします」と深くお辞儀したのだった。