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魔法少女の黒猫がBOSSだったら  作者: 優勝者
Ⅲ 熱帯雨林の国
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045 事件

 晩極戦争が終わったことでサスリカに居座る理由はなくなった。夕陽の国で初めてロドノフ卿と戦闘になったときの傷を手当てしてもらった恩も返したし、チョールヌイも救出できた。これからはシロの失われた記憶の謎を探る旅が始まるといったところ。

 黒羽はユーベルから革の鞄をもらい、念力で宙に浮かべながら部屋へ戻ってきた。シロに渡すと彼女はナニコレと不思議そうに眺めた。


「もう明日明後日には出発しよう。目指すはキケラメティディーギスが見せてくれた、お前と関係が深そうな天空の国とやらだ。場所も分かってる。荷物まとめておけよ」


 シロは細い眉をハの字に傾ける。


「私の国は後回しでいいよ」

「後回し? 先にやることなんかあったか?」

「あれ、クロちゃん聞いてない? ララちゃんがね、お姉さんに会いたがってるんだよ」

「お姉さん?」


 暢気なものだ。争いごとがひと段落したらもう頭の中がスッカラカン。黒羽は小坊主が得意のトンチを効かせるような顔で小さい頭の中の記憶の引き出しを次々にひっくり返し始める。


「おっ、ああ、思い出した思い出した。難しい名前だったから頑張って覚えたんだよ。すげぇ、ちゃんと覚えてたなぁ。ええと確か、しゅ、……しゅぺ、ん? しゅぺるナンチャラって言ったっけ」

「……クロちゃん、それ覚えきれてないよ」

「はははは、ダメだったわ。とりあえずそのナンチャラってのがあいつの姉貴ってことなんだな?」

「うん。シュペルファーレンさんね」

「ああ、そそ、それそれ」

「まだはっきり実の姉妹だと決まったわけではないみたいなんだけど、苗字が同じだし、可能性が高いからって。ララちゃん、お姉さんの行方を追う手がかりが掴めるかもしれないから故郷のソルマール島に行くつもりらしいの。心配だから、私たちも一緒についていっちゃだめかな?」

「なるほど。シュペ、んん、もう呼びづらい! どうせ最初はSuから綴るんだろ。スゥでいいわ。で、スゥは確か、あのロドノフ卿が死に際に殺せって叫んでたやつだよな。あいつが恐れるくらいだ。そんなヤバそうなやつに会いに行くっていうなら、放ってはおけねぇなぁ」


 お、これはきたか、とシロが笑顔になる。


「んん、でもあいつなら何とかなりそうな気もするんだよなぁ」

「ダメだよ。いくら強くても、女の子なんだから」

「しゃあない。シロが自分の事情もそっちのけにしてそこまで言うんだ。ついていってやろう」


 これでやっとシロの謎を探れると思ったのだが、ここまで言われては黒羽も根負けした。チョールヌイもせっかく助けたのに一人で行かせるわけにはいかない。

 最近は自分の考えにシロを振り回していたような気もしていた黒羽は、そうと決まれば早速チョールヌイと自ら話をしに部屋を出ていった。

 チョールヌイは昨日ロドノフ卿が埋葬された地へ出向いて泣いていたと、廊下でドレイクとすれ違って聞かされた。そしてシロからたった今聞いたばかりのシュペルファーレンの話もまた聞かされ、心の中でタイミングが悪いと悪態をつき、居場所だけ聞いて手を振る代わりに前脚を振った。

 チョールヌイなりにショックを受けていたのだなぁと、急に話しかけにくくなった。実の兄弟に拉致され劣悪な環境で育てられ、ずっと敵対関係にあるとは、あいつもまだ子供なのに可哀想なやつだ。きっと今も部屋で一人きりで膝でも抱えて窓越しにどんよりした雪雲をぼーっと見上げて孤独にしているに違いない。そんなことを黒羽は思いながらドレイクに教えられた部屋の扉を念力でゆっくり開けていく。


「ララ、いるか? 俺だ。何て言うか、俺もあんまりいい生い立ちしたわけじゃねぇ。似た者同士、ちょっと話そうじゃないか」

「お、クロハネやん! クロハネも一緒にジェンガやらんだ?」

「……」


 部屋の中をよく見ると照明も煌々としていて明るく、チョールヌイはアステリアと一緒に仲良くジェンガで遊んでいた。チョールヌイは赤ずきんちゃんを黒くしたような格好で、これからおばあさんに会いにいくようなワクワクした満面の笑みを浮かべてこちらを見ていた。薄暗がりでポツンと涙を浮かべながら床にのの字を描いているかと思いきやその真逆。黒羽は拍子抜けしつつ、腹の底から湧き上がる恥ずかしさを押し殺そうとすっとぼけた顔で「お、おうおう、やろうやろう」としれっと混ざった。が、アステリアの視線が痛く、高く積まれたジェンガの前で縮こまる。


「クロハネ。今絶対ララちゃん一人でしょぼんとしてるだろうなぁとか思って物凄く心配してたでしょ」

「その洞察力を今すぐその辺の雪に埋めてきてもらえませんかねぇ」

「「……きゅん」」

「二人揃ってキュンとすな!」


 黒羽は顔が火照るのを感じるが、真っ黒の毛並みのお陰で赤面していても分からないこの体に心から感謝した。


「クロハネも結構可愛いんさの。私なら人一倍丈夫じゃけ、そんな心配せんでええんやで」

「はいはいもう分かった。もういい満足。はい! ジェンガやるぞ。次は俺の番な! あっ!」


 恥ずかしさに体が震えてジェンガに前脚を伸ばそうものなら水平に真っ二つにするようにして盛大に崩壊させてしまった。負けるタイムアタックならおそらく世界最速である。


「おっ、クロハネの負けやで! そんだら罰ゲームしやなかんね!」

「ね!」

「……え」


 チョールヌイに会いに来て数分と経たぬうちにまさかのモフモフタイムに突入。夢にも思わなかった展開に小さな脳みそが追いつかず、黒羽は二人がかりでモフモフされながらもはや無抵抗で状況把握に集中する。


(おかしいな。何でだ? 俺はララに、一緒に姉貴を見付けような! って背中を押してやりに来たはずだ。なのに何で俺は今こんなにモフモフパラダイスなんだ? え、おかしくね? それにジェンガってこんな難しかったっけか? ん? あるぇぇぇ!?)


 哀れ黒羽。散々弄ばれ黒い綿あめみたいになってしまった。

 やっとのことで解放され調子を整えるも、その後の二人の会話によればどうもチョールヌイはジェンガを見るのも触るのも生まれて初めてだったよう。子供みたいに夢中になっていてせっかく楽しんでいるのだから黒羽はシリアスな話なんてとてもする気になれず、チョールヌイが消灯時間も近くなって飽きるまでずっと付き合わされたのだった。



○○○○



 ——翌朝。

 サスリカの北の果ての地下に建設された刑務所で不可解な事件が起きたとユーベルに朝一で連絡が入った。

 ドレイクとアステリアを連れて事件のあった地下刑務所、リミュヘルタンへ向かった。謀反の罪で収容されていたミラーズ元戦場医務官が、手枷や足枷、それに檻の鉄柵ごと忽然と姿を消し、さらに他の囚人たちや見張り警官は一人残らず窒息死していたと死因を推定されているというのだ。

 まさかシャルロンが言っていたシャーデンフロイデと名乗る化け物の仕業ではと疑うも、一行が現場に着くと周囲にモンスターの足跡らしきものは見当たらなかった。あるのは分厚い雪雲を貫いた鈍い日光を浴びる一面の雪と、自分たちと同様駆けつけた地元警官四名と刑事一名の姿のみ。

 草食モンスターの毛皮で作られた質の良さそうなベージュのもふもふコートに身を包んだ大柄の、きれいに髭を剃っている初老の男がこの辺り一帯で名高いハルフムート刑事だ。何事もなかったかのような笑顔で古い付き合いのユーベルと握手を交わした。


「やあやあ、遠くまですまないね。この前の戦争ではまたご苦労だった」

「いえいえ、そちらこそ。ご無沙汰しています。ところで、せっかくの再開で申し訳ないのですが、単刀直入に現場を見せていただいてもよろしいですかな?」

「ああ、もちろん。遺体は全部霊安室に移送されてもぬけの殻だが、犯人は有り得ない痕跡を残していった。ミラーズと彼女の周辺にあった金属という金属を破片一つ残さずキレイさっぱりどこかへやってしまったんだ。どのくらいきれいにされていることか、その目で見てほしい」


 まるで家宝でも自慢するかのように上機嫌で先頭をどんどん歩いていく。

 地下というだけあって地面に伏せられるように設置されていた扉の下に隠れていた階段を降りていくとおばけ屋敷と言われた方がしっくりくるほど恐ろしい。

 こういうとき、女の子は怖がって手を繋ぎにくるのではとドレイクは横目でアステリアの様子をチラチラ窺っていたが肝が座っている彼女に限ってそんなはずもなく、寧ろこっちから手を繋ぎたくなって彼は落ち着きなくそわそわ動かしていた。

 階段を降りるほどにアンモニア臭が濃ゆくなっていく。臭いものには蓋をしろとはよく言ったもの。たまらずドレイクはそわそわしていた手で鼻をつまんだ。


「ひぇ、たまんねぇっすわ。臭すぎて鼻がもげそうだ」

「強くつまみすぎなんじゃない?」


 そう言うアステリアも鼻声。見ると鼻をつまんだうえ息を止めて顔を青くしていた。


「なるほど。この臭いのせいでみんな窒息したんだな」

「ははは、不謹慎だねぇ、ははは」

「ふふん、あなたもですよ、刑事」

「みんな不謹慎」


 つい昨晩の間に大勢の囚人と見張りの警官が死亡した現場だというのに、慣れとは恐ろしいもの。慣れて平気なのが一周回って不謹慎に笑ってしまう。

 とうとう地下刑務所の牢獄が並ぶ階層へ到着すると、もう誰もいないはずなのに誰かの視線を感じるようだった。どれだけ怖いかと言えばアステリアでさえついにドレイクの手首を掴んでしまうほどだ。しかしドレイクももう喜んでいる場合ではない。風呂に入るときも寝る時も肌身離さず持ち歩いているセルゲイ・レオンに片手を添えてハルフムート刑事とユーベルの後ろを周りに警戒しながら進んでいた。


「戦位。今度また取り憑かれたらもう容赦しないからね」

「……。本当にすまない」


 ユーベルにとって怖いのはアステリアの方だった。

 そのとき、何者かの嗄れた笑い声が響き渡る。アステリアが震え上がって思わず手に力が入ると手首を掴まれていたドレイクが「ぎゃっ!」と声をあげた。


「すまないね、つい可笑しくて笑ってしまったよ」


 笑い声の正体はハルフムート刑事だった。


「……。死体が一つ増えま、んぐんぐ!」


 とんでもないことを言い出すので咄嗟にドレイクがアステリアの口を塞いで苦笑いで誤魔化した。ドレイクにとっても怖いのはアステリアに切り替わった。

 一行はさらに階下へ降り、最下層までやってきた。階段を降りたところでハルフムート刑事がこちらを振り返り、場違いな笑顔で解説する。


「見てごらんなさいな。ここも昨日まで牢獄だったのに、鉄柵やら手枷足枷の鎖やらがまるで溶かされたかのようにきれいさっぱり消えている」


 観光ツアーかと言いたくなるような上機嫌でユーベルたちを先導し、根元から引っこ抜かれたようになっている鉄柵があった跡や、手枷足枷に繋がっていた鎖が溶かされて盗まれたかのようにぽっかり空洞になったコンクリート質の壁を得意げに指差した。


「消えた分の金属は合計で200キロを超える。そんなもの、持ち出そうにもなかなかの体積になるから力持ちなミルでもあんな小さな出入り口に傷一つつけず持ち出すなんて、よほど頑張らないといけない。というか、それ以前に溶かして盗んだのなら壁に焼け跡が残るはず。でもそれすらない。悪いことはするものではないね。ミラーズもまさかこんなことをする奇妙な輩に連れ去られるとは思わなかったことだろう」


 この階はその昔、拷問に使われていた。天井や壁から繋がれた太い鎖に首と手足を拘束され、散々痛い思いをさせられるのである。ミラーズもその時代のように直立の姿勢で体を拘束され、拷問はされなかったものの見張り警官の一人に尋問を受け続けていた。だがそれも昨日までの話。見張り警官は殺され、周囲の金属はかけらも残さず消され、ミラーズは謎の失踪を遂げた。

 現在手掛かりは何一つない。この事件は早くも迷宮入りが確定しそうである。

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