表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/119

043 [エピローグ]シャルロンが見た晩極戦争

 パーティーの後、ユーベルの姿は基地内の医務室にあった。

 会場となった広間とは真反対の基地の端に位置しており、統合幕僚長の許可がない限り立ち入り禁止とされている。ユーベルがやってきた医務室は言われなければそう見えないほどリビングのように生活感ある雰囲気作りが徹底されているものだった。外部からの目も遮るために窓は付いておらず、代わりにスクリーンで快晴の草原の景色が映し出されていて寧ろサスリカの雪景色を眺めるより清々しい。

 ところでこの医務室に寝かされているのは誰なのか。ユーベルが部屋に入ったらすぐにシャルロンと目が合った。魔法使いの格好から薄桃色のチェックの院内着に着替えており、晩極戦争から三日が過ぎた今でも顔色が悪いまま。護衛のために付き添っていたアステリアに右手をずっと握ってもらっていた。

 ユーベルは溜息をつきたい気持ちを押し殺す。何も言わず、見舞いに持ってきたフルーツをベッド脇の机に置いて椅子に腰掛けた。


「……。ありがとうございます」


 シャルロンは入院してから初めてユーベルに口をきいた。弱々しい声だったが、おかげで悲しげだったユーベルの目に光が差す。


「おお、良かった。少しは良くなったみたいだな」


 シャルロンは小さく頷いた。


「ありがとう、アステリア。お前さんも疲れたろう」

「ううん、平気」


 アステリアは戦地でも活躍して酷く消耗していたはずだが、ここへシャルロンが運び込まれてから自ら進んで献身的に付き添っていた。以前の彼女なら自己中心的で今頃パーティーで遊び疲れてぐっすりだったはずだが、この戦争で見違えていた。


「……。そうか。お前さんには、何と礼を言っても足りんな。無理はしないでくれよ」

「戦位こそ」


 シャルロンが小さな声で何か呟いた。ユーベルが耳を近づけると「ごめんなさい。どこから話せばいいか」と言っていた。


「誰にもお前さんを責めさせはしないさ。私も散々足を引っ張ってしまったしな。悔やんでも悔やみきれん。心身ともに疲弊したのはお互い様だ。……。どうした」


 シャルロンが赤い瞳に涙を浮かべる。この目は晩極戦争の別の姿を見ていたに違いない。きっと、ゼゼルを含む戦場医務官たちの身に起きた一部始終も見てきたはずだ。

 というのも、ロドノフ卿討伐後に帰還する際、ガフーリ湾のアステリアが広げた雪原上にはゼゼルたち戦場医務官の姿は既に無く、シャルロンただ一人が遠く離れた位置に瀕死の状態で倒れていたのだ。具体的には右上腕骨と左肋骨多発骨折、肋骨骨折による左肺の破裂、そして内臓破裂、両大腿骨骨折の重傷だった。治療の際には体表にまるで大蛇にでも強く締め上げられたような痛々しい痣が確認されていた。意識を回復しても常識では考えられないほどの疲労でとても会話はできた状態になかった。

 しばらく待っているとシャルロンはようやく、ゆっくり小さな声で何事かを語りはじめた。


「白い、化け物。……見たことも、聞いたこともない、化け物だったよ——」


 語尾が上がる訛り口調で余計に聞き取りにくく、ユーベルは彼女の口元に耳を近づけて目を閉じ集中する。


「私も、ゼゼルも、誰も、敵わなかった。……。戦う気にすらなれないほどの強さが、伝わってきて、目が合っただけで、体が、ガタガタ、震えた。……。杖を構えたまま、金縛りにあったみたいになって、長い尻尾でぐるぐる掴まれて、軽々持ち上げられた。……。化け物は、言葉を話した。トカゲを大きくしたような巨体に、頭だけ人間みたいで、男と女が同時に話してるような、不気味な声」


 そのときのことを思い出しただけでも恐ろしいのだろう。声を震わせて深呼吸して続ける。


「白い甲冑のを呼べ。片言な喋り方でそう言われて、ゼゼルたちのことだと分かった。どうしてゼゼルたちのことを知ってるのか分からなくて、恐くて、でも、私はゼゼルを守りたかった。……。嫌だって、それはできないって言ったの。そうしたら、尻尾で強く締め上げられて、最初に腕の骨を折られて、左の肋も折れる音がしたの。私はこれでもレベルは999。このままじゃ、私を殺した後すぐにゼゼルたちを探しに行って、他のみんなも襲われると思った。死ぬのを覚悟で、何をしたかは覚えてないけど、攻撃したわ。でも、全く効かなくて、また強く締め上げられて、もう、体が上と下で分かれそうだった。痛いなんてものじゃないの。もう、暑くて、火あぶりにされてるようで、手も足も出ないまま死ぬ寸前までいったわ。それでも私はゼゼルたちのことを話さなかった、それなのに、……。そこへゼゼルが来てしまったの」


 ユーベルがシャルロンの涙を拭いてやろうと顔を上げるが、彼女は必死で泣くのを堪えていた。


「ゼゼルがね、説得してくれたの、化け物を。でもね、自分が捕まる代わりに私を離すことを条件に、私を助けた。……。水に溺れてるみたいに苦しくても叫んだ。行かないでって。……。でも、それがいけなかった。見ていられなくなったゼゼルの部下の一人が化け物に立ち向かったの。自分の二倍はあるような化け物よ? 相当追い詰めてしまっていたわ。……。彼は、化け物の尻尾で簡単に弾かれて、それだけで、跡形もなく消し飛んだの。みんな震え上がった。……。私は、なんてことを。私が、死なせてしまった。……。みんなも、ゼゼルも、白い化け物に連れ去られた。化け物は名前を、シャーデンフロイデと名乗っていたわ。きっと一生忘れない。……。ゼゼルは、シャーデンフロイデには逆らってはいけないと言い残した。シャーデンフロイデは、何を意味していたのか、夜空を指差して、あそこへ行くと言っていたわ。……。私が覚えているのは、ここまでよ」


 ユーベルとアステリアは顔を見合わせた。

 シャルロンもゼゼルもカンストしていて戦闘能力はサスリカの隊長クラスだったはず。それがこんなに痛めつけられ、ゼゼルは戦うことも諦め連れ去られたというのだ。

 シャーデンフロイデとは一体何者なのか。これまでモンスターが人語を話したという報告は皆無。シャルロンが見たものが幻でないのなら前代未聞の種族である。

 また、ガフーリ湾から帰還する際にはもう一つ不可解な現象が起きていた。最初に飛行船を襲撃した牙の超巨大モンスターが忽然と消えていたのである。あの雪原にした範囲はぐるりと囲まれており、再び動き出そうものなら誰も目撃しないはずがないのに、誰一人として牙のモンスターが動く、あるいは消えるところを見た者はいなかった。

 シャルロンはシャーデンフロイデがゼゼルたちを連れ去る直前に意識を失ったという。何らかの方法でシャーデンフロイデが一緒に牙のモンスターも連れ帰ったとでもいうのだろうか。

 牙のモンスターの失踪、シャーデンフロイデと名乗る化け物、それが指差した夜空の先にあるもの、ゼゼルたちを連れ去った理由。収束したと思われた晩極戦争は過去に類を見ない謎を残していたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=547208215&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ