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042 英雄たちに祝福を!

 ロドノフ卿は死に、チョールヌイは保護され、ミラーズは謀反の罪で囚われ、晩極戦争は幕を降ろした。

 飛行船を牙のモンスターに破壊されガフーリ湾に取り残された一行はサスリカの他地域基地からの応援で帰還した。

 ユーベルとアステリア、そしてチョールヌイは帰還後も治療が必要だった。チョールヌイに関しては基地内での保護を統合幕僚長が許可するはずもなく、刑務所に併設された治療施設に収容されることとなった。無論、罪人やら訳ありのモンスターやらに治療を施すための場所だ。健康そのものでも返ってあっという間に体調を崩しそうな至極居心地の悪いところで治療とはなんのことやらといった扱い。こうなってからというもの、黒羽とシロ、ドレイクは一日も欠かさず彼女の見舞いに来ていた。


「ったく、ひでぇもんだなぁ。何が幕僚長だ。戦いもしないで偉そうな部屋で偉そうに椅子に座ってただけの豚の分際で、自分の部下たちのために戦ってくれたやつをこんなとこに閉じ込めるとは。こりゃ次の相手は幕僚長だな」


 朝、ドレイクの声が一足先にチョールヌイの部屋へ入ってきた。とても自分の上司に向けて発するものではない言葉を毎日一発目に放つのだ。

 そんな彼の性格だ。黒羽とはよく気が合う。そんなわけで毎日朝から物騒な会話が続くのだった。


「ああ。でも今日で終わりなんだ。幕僚長にはユーベルも文句の一つや二つ言わないでいられないだろうよ。ヤツは同格なんだし、俺たちが一発お見舞いするより効くに違いない」

「ホントだよ。そうでなきゃオレはこの軍から抜けさせてもらうね」


 何と反応していいか分からないまま苦笑いしながら延々と聞かされるシロを癒してくれる人は扉の向こうだ。キノコが生えていないのが不思議なくらいの木の扉を3回ノックすると扉全体がガタガタ震えた。


「ララちゃん、おはよう。入るよ」


 雪雲越しとは言えしっかり太陽が昇っている国でカーテンも開きっぱなしなのに廃墟じみてどこか薄暗い嫌な部屋だ。しかもチョールヌイのベッド一台で半分が埋まる狭さ。治療施設とは名ばかりでものは牢屋と変わらないかそれ以下である。

 よほど劣悪な環境で育ったのだろう。チョールヌイはそれでも快適そうな顔でいつも本を手に黒羽たちが来るのを待っていた。


「おはよう」


 チョールヌイ・ロドニナーはどこにでもいる女の子のように争いを知らないような目で二人と一匹を迎えた。

 黒羽がシロの背中からチョールヌイのベッドに飛び移る。


「前世は殺し屋で今世は野良猫生まれの俺でも嫌になりそうな部屋なのに、気分悪くなるどころか昨日より元気そうじゃねぇか。行く末恐ろしいガキだなぁ」

「ベッドだけは寝心地いいけんね。はぁ〜、クロハネもふもふ」

「けっ、ドイツもコイツも女ってヤツは例外なく片っ端から俺様を好き放題いじりやがる。もう好きにしてくれ。退院祝いだ」

「へ?」


 黒羽を撫でるチョールヌイの手が止まる。彼女は銀色の瞳をぱちぱちしてシロとドレイクの顔を見上げた。


「ああ、今日でここさ出られるんけ?」

「うん、そうだよ。もう出血した分の血液も再生して疲労も取れてるからもうすぐ出られるって」

「そういえばシロ、見かけによらず頭良かったんだったな。そうやって言うと医者みたいだ」

「むぅ〜っ」


 シロが頬を膨れさせるとチョールヌイが人差し指で突いて萎ませ、ふふっと無邪気に笑った。

 チョールヌイが元気そうでドレイクもほっとしたよう。さっきまでのイライラを忘れて機嫌良さげに頬を緩めていた。


「ま、これでようやくひと段落ってわけだ。戦位もアステリアお嬢さんも回復してるし、夕方には一緒に戦った仲間が揃うな」

「……。仲間、かぁ——」


 部屋の薄気味悪さなんて忘れてしまうくらい幸せそうな笑みをチョールヌイが浮かべた。


「そうか、退院したらパーティーさぁするんだっけかやー。なんか知らないけど、楽しいんじゃろ? すっげぇ楽しみじゃ」

「ぷふっ、ぷはははは! すっげぇってのもどっかの訛りなのかよ。よく分かんねぇけどツボに入ったわ。はははは!」


 治療施設でも周りの部屋はほとんど空き部屋だ。ドレイクの笑い声がよく響く。


「普通の喋り方がよく分からんのじゃよねぇ。ドレイクがくれた本で勉強してるけどまだよく分からんのさな」

「いいよいいよ、ララちゃんはそのままで。私その喋り方結構好きだよ。なんか落ち着く」

「おお、ほんと?」

「ウソ」

「もう、クロちゃんっ」

「ウソウソ」

「ははははっ、嘘しか言ってないやん」

「ウソ!?」

「もうおもんないで」

「……ウソ」

「ははははははっ! あー、はははっ! クロちゃん面白い。お腹痛い。また入院せないかん」

「ウッソ!」

「もうやめて、はははっ」


 シロが呆れて「意外とウソだけで会話できるもんだね」と呟くとチョールヌイがまたけらけら笑いだした。黒羽も可笑しくなってきてクスクス笑いだして、だんだん苦しくなってきて「そろそろホントにやめよう」と言ったら冗談でもなく本当に苦しくなるくらい笑ってしまってようやく落ち着いた。


「オレお前らのツボ分からねぇわ」

「俺も分からない」

「あー、可笑しい。ほんにぃくだらなすぎさね。はははっ」

「もう、ホントホント。ははははっ」


 チョールヌイは笑い泣きして涙を拭い、


「そんで、ここさ出るのはもうちょいかかるん? 楽しみぃすぎて早う出たなってきた」

「今日は戦位も来ててな。今ちょうどドクターと話して退院の手続きしてくれてんだ。偉い様なのに自ら進んで面倒な仕事してくれるなんて、いい上司を持ったねぇオレは。ってなわけでもうすぐ出られるぜ。戦位が呼びに来るのも時間の問題だ」

「おお! やった! なんや、そうやったんさね」


 にっこり笑うと猫目が細くなってキツネ目になった。

 昨日の敵は今日の友。チョールヌイともすっかり打ち解けて、彼女との間にも平穏な時間が流れるようになっていた。



○○○○



 その後間も無くユーベルが手続きを終えてチョールヌイは無事に退院した。

 軍基地まではおよそ6時間。ドレイクの車で帰路についた。

 毎日見舞いはしていたものの、これだけ長時間チョールヌイと一緒にいたのは初めて。彼女はロドノフ卿に攫われて以来今まで十年近くも殺しを強制されて生きてきたのだ。平和とはかけ離れた生活から解放されたのはいいが、好きでやっていたわけではないのだから彼女なりに自責の念があるようで、少し間が空けば車窓から雪雲を遠く見つめて、きっと自分を責めているのだろう、物思いに耽ってしまう。周りに黒羽たちがいても彼女の心はすぐに独りになる。でも笑えないわけではないらいしいのだからと、みんな彼女を笑わせてやろうと他愛もない冗談を言い合い、これだけの移動時間も車内は優しさと笑い声で溢れていた。

 午後4時、軍基地に到着。長時間の移動だったのに疲れるどころか全員上機嫌でユーベルに案内されて基地内の広間に入った。


「みんな! 英雄たちのお帰りだ!」


 入ると他基地からかけつけたサスリカ兵の一人が大声で一行の到着を知らせた。

 驚いたことに、チョールヌイをあんな治療施設に閉じ込める指示をした豚みたいに太った統合幕僚長は頭の先から酒を浴びてぐちゃぐちゃで椅子に座らされていた。


「やれやれ、負けたよユーベル。どうやらチョールヌイが寝返ったというのは本当だったらしい」

「ああ。彼女も私の恩人だ。やむを得ない判断だったとはいえ、あんな施設に入れられるくらいの苦痛を貴様にも味わってもらわねば道理に合わんよ」

「ま、この賭けに私が勝つ場合の方がよっぽど恐ろしかったがな。賭けに負けるのも悪くない。彼女と戦うことももう無いわけだし、私は文字通り浴びるほど酒を飲めたんだからね」

「貴様の憎まれ口をこうしてまた聞くことができたのも彼女をはじめ良い出会いに恵まれたおかげ。さて、泣く子も眠る馬鹿みたいに退屈な前置きはこのくらいにして、今宵は無礼講といこうじゃないか」


 ユーベルが雇われ人からグラスを受け取り、そう言って高く翳すと広場にいたサスリカの兵士たちが一斉に「乾杯!」と叫んだ。途端、誰かがフィドル——バイオリンのことだが演奏の仕方によって敢えてこう呼ばれる——を持ち出し、ケルト音楽のような踊り出したくなる景気のいい音楽を演奏しはじめた。誰かと思えばドレイクだ。器用なのは狙撃だけではなかったらしい。


「へっへーん! 今日は一人残らず酒を飲め! 歌って踊れ! 新しい仲間が出来た祝いだ! 命を賭して戦った戦友たちの鎮魂歌を、さあ! 歌えや踊れや今宵は無礼講だぁ!」


 豪華に合唱団まで呼ばれている。

 考えてみれば戦争が終わったばかりで死者も大勢出たのにパーティーなんて不謹慎なはずだが、その疑問は彼らの歌う曲の歌詞を聴けばすぐに分かった。


「歌えや踊れや無礼講! さあ! 安心させてやれ! 我らサスリカの民に涙はいらない。生きていても死んでいても関係ない! 笑えや叫べや無礼講! 命を賭して戦った戦友たちは正直、ただでさえ辛いのだ! 私たちが泣いてはもっと苦しませてしまうぞ! 英雄たちの魂に労いと祝福を! 幸せな来世を願って、さあ! 歌えや踊れや笑えや歌え! 泣けば目玉が凍るぞ! 脅しではないぞ! 寒い雪国サスリカ人の魂は死後まで暖かくあれ!」


 これが文化の違いというものだとありありと思い知らされるような歌詞に黒羽は感動していた。

 晩極戦争では思っていたほど力になれなかった。そのことを人知れず悔やんでいたが、なんだかこの陽気なフィドルの音色と合唱団の力強い歌声で後ろ向きな気持ちが吹き飛ばされてしまうようだ。

 ああ、と思わず溜息をつく。


「素晴らしい。なんて良い国なんだ。まさか、始まったばかりでこんなに感動させられるとは」


 いつのまにかドレイクのフィドル演奏や合唱団の歌う姿に見惚れていた黒羽は背後からチョールヌイに抱き上げられた。そのまま彼女は壁際に置かれていた椅子に座り、彼を膝に乗せる。

 黒羽の頭のてっぺんに水滴が落ちた。何だろうと黒羽が振り返ると、チョールヌイが嬉しそうな笑みをしつつ、大粒の涙を流していた。


「クロハネ、私、本当に良かっただ。みんなと、こうして分かり合うことができて。……助けてくれて、ありがとう」

「……。やめてくれ。俺は、別に何もしちゃいないさ」


 強がってまた背中を向けるとぎゅうう、と抱きしめられた。

 死んでも素直じゃない男、黒羽。彼は本当はチョールヌイを助けられて、前世でも今世でも初めて感じるくらいの喜びを噛み締めていた。

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