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040 下剋上

 サスリカの兵が使用していたのはボルトアクション方式——手動で操作することで弾薬の装填、排出を行う機構を有する銃の総称——の小銃、セルゲイ・レオンM1891/30の狙撃銃型である。銃身は130センチ以上で重さ4キロ、灰色の塗装が施されているものであり、遠くからでは周囲の景色に紛れて見えにくくなる。銃身には木材が使用されていることもあって青々とした草むらの中ですら枯れ枝に見える始末だ。

 しかし、その中に一丁だけ少し異なるモデルがあった。それがたった今ロドノフ卿の一撃を退けた、セルゲイ・レオンM28である。銃身は120センチ程度まで縮小するも木材は使用されず全てが頑丈な特殊合金製となり重さは返って増えて5キロを超えた型となっていた。頑丈にするためやや太く改良され、弾丸をより長距離かつより高威力で射出することが可能になっていたが、時には頑丈さのあまり鈍器として使用することもできるため接近戦においても剣にも劣らない性能となっている。

 何と言っても特徴的なのが狙撃銃であるにも関わらずスコープが装着されていないということだ。これは装備の軽量化に加え、スコープのレンズによる光の反射で位置を悟られるのを避けるためである。つまりこのセルゲイ・レオンM28を使用できるのは、本来なら装着可能な3.5倍から4倍の倍率を持ったスコープを捨て、デフォルトで銃身に付いた鉄製の照星と照門のみで狙撃を行える二人といない天才ガンナーに限られる。

 そのガンナーの名は、ドレイク・ヘイム。彼の襟には赤い宝石の目を持つ漆黒の鷹の勲章が飾られていた。サスリカ軍で隊長になるには剣術、狙撃、体術などいずれかの分野で極めて優秀な成績を持つことが条件とされている。この鷹の勲章はそのうち狙撃の分野に秀でたことにより隊長になった者であることを意味していた。

 鋭く禍々しく周囲を睨む紅い鷹の目は、戦闘時のドレイクの紅い眼光にちなんでデザインされたものだ。ドレイクは正に今、真っ赤な瞳でロドノフ卿を刺すように睨み上げていた。

 チョールヌイを間一髪庇ったセルゲイ・レオンM28を0.1秒と経たず構え、銃口をロドノフ卿の口へ突っ込んだ。

 乾いた銃声が寒空によく響く。

 ロドノフ卿が操るユーベルの肉体は喉奥に風穴を開け、その場に崩れ落ちた。


「離れるぞ!」


 真っ赤な髪、真っ赤な瞳の若き隊長は隙を作ることに成功するや否やくるりと踵を返し、唖然とするチョールヌイを担ぎ上げ一目散に駆け出した。「来い!」と、シロとアステリアにも叫び誘導し、四人はロドノフ卿が点になるほど距離を取った。

 すかさずドレイクは雪原に伏せてセルゲイ・レオンを構える。照星の先には麻痺弾を受けて倒れ伏したままのロドノフ卿の姿があった。彼はそのままの体勢で言う。


「まさかお前が裏切るとはな。どういう風の吹き回しだ? あと一秒遅けりゃ今頃その首はもうどっかいってたぜ」

「よ、余計なお世話じゃし! それに、こんなとこまで離れてどうしろって言うんかや」


 チョールヌイにとって庇われることは恥だったようだ。顔を赤くして動揺していた。


「へぇ、ミルってのはやっぱ元気なもんだなぁ。オレがこうやって麻痺弾を撃ち続けてりゃそのうちロドノフの野郎も体が使いもんになんねぇんで出て来るしかなくなる——」


 ドレイクは喋りながら麻痺弾をもう一発発射し、針の先ほどの的に命中させた。


「——そこでちゃんと仕留められるように体力回復しつつ、どう殺すか考えるんだ。散々オレたちを困らせたお前なら、きっとできる。あと、姫さん二人は雪の中に隠れといてくれよ、万が一ってこともあるからな」


 シロは不安そうにアステリアを見つめる。自分より小さなミルの少女は細い眉を寄せて何事かを考えている様子だった。

 アステリアは渋々雪を操り、シロと一緒に地中へ消えていった。


「……お前は、いったい——」


 チョールヌイはドレイクの戦闘能力の高さに呆気にとられていた。ここぞという時を雪の中に身を隠して待ち伏せ、重い銃身を剣のようにしてものの見事に接近戦を切り抜け、まんまとロドノフ卿の動きを封じ、休む暇さえ作ってしまう。かと思えばこの距離からいとも簡単に狙撃も成功させた上、数手先のことまで考えているときた。チョールヌイがたった今まで死闘を繰り広げていたのが嘘のよう。彼女は彗星の如く現れた救世主を見るような視線を向けていた。


「ヘッヘーンッ! よくぞ聞いてくれました」

「……へ?」

「実はこのオレ、サスリカの第四隊隊長、ドレイク・ヘイム。狙撃の名手だ。よろしくな!」


 十秒前までカッコ良かったのに最悪だ。何かに秀でた者は大抵どこかのネジが外れている。どんな状況でもすぐに調子に乗る嫌いがあるらしい。


「オレはまだミルじゃねぇが時間の問題ってとこだぜ! 見ただろオレの腕前! 最高だぜ! 天才や神童って言葉はオレ様のためにあるってもんだ。って、のんびり自己紹介してる暇もねぇみてぇだな。ほら、必殺技は決まったか? ロドノフの野郎が出てくるぜ。ここぞという時がきたら合図してやる」


 バカと天才は紙一重とはこのこと。

 言われてチョールヌイは双剣を構え直し、ロドノフ卿のいる方角を見つめる。しかしこの距離ではやはりただの点にしか見えない。一体ドレイクの眼はどうなっているのか。

 ドレイクが叫ぶ。


「今だ!」


 ドレイクの周囲に突如爆風が巻き起こる。チョールヌイが力いっぱいに雪原を蹴ってロドノフ卿めがけ飛翔したのだ。反動で雪原が彼女の脚力に耐え切れず物理的に小さな爆発を起こし、ドレイクは吹き飛ばされてしまったのだった。

 もはや駆けるのではなく飛翔する。文字通り一矢報いる一撃が今、放たれる。


「……!」


 それは誰もがトドメの一撃になると思っていた。

 チョールヌイは出すことのできる最高移動速度マッハ3を発揮し、ただでさえ斬れ味のいい双剣は勢いに乗ってロドノフ卿の体を真っ二つにするはずだった。

 彼女はまんまとフェイントにかかった。

 麻痺した肉体を捨ててもロドノフ卿は半霊。ユーベルの太刀は元の体でも使うことは可能だ。

 こちらの手が読まれていた。

 真っ二つになったのはロドノフ卿ではなく、チョールヌイの双剣の方だった。ハサミのように斬りかかった真ん中を縦に斬り上げられ、双剣の切れ端と赤々とした鮮血が空を舞った。

 幸い、纏っていた風のバリアーで即死は免れたものの、チョールヌイはロドノフ卿の遥か後方まで白い雪原に赤い線を引いて転がった。もう少しで首が切れるところ。鎖骨の辺りを深く斬られていた。出血がひどい。手で押さえて止血しようにも止まるはずがなく、どくどくと脈打って溢れ、彼女の腕を伝い落ちていく。


「いい夢が見れたかい? ヌイ」


 痛みに閉じていた目を開くとすぐ目の前にロドノフ卿が不吉な仮面の顔を寄せてきていた。

 こんなに至近距離にいるのに、倒す術がない。ロドノフ卿の靄の盾はあらゆる物理攻撃を無効化する。鎌鼬(かまいたち)も効かない。不意を突くしかないのに彼にはそんな隙はまるで無かった。

 物理耐性の甚だしいロドノフ卿をほぼ物理攻撃専門のチョールヌイが倒そうなどそもそも相性が悪すぎるのだ。

 不意打ちすらできないなら勝ち目はない。ロドノフ卿が太刀を振り翳せばチョールヌイは死を覚悟し、歯を食いしばった。


「動くな」

「……」


 チョールヌイに制裁を加えようとしたそのとき、ロドノフ卿は後頭部に銃口を突きつけられた。

 逃げて、とチョールヌイが絶叫する。

 レビが殺された時もこうだった。弱った自分を庇って彼が殺された日から悪夢が始まったのだ。忘れもしないあの日がドレイクの姿と重なった。

 このままでは、今度はドレイクがレビのようになるに違いない。

 泣いて、むせって、ひたすら逃げてと喚いて喚いて喚き続ける。肩の致命傷に構わず、自分の死よりドレイクの死に恐怖していた。

 彼女をよそにロドノフ卿が(うそぶ)く。


「君はサスリカ兵のはずだ。いいのかい? ヌイを庇えば生きて帰れたとしても厳罰は免れないよ」

「バカ言えよ。コイツはこうなる覚悟でオレたちのために戦ってくれたんだ。チョールヌイはもう、オレ達の仲間だ! 続け! ヤロウども!!」


 ドレイクの声に続くように、雪の中から九人の隊長達が一斉に飛び出した。

 体術の隊長、剣術の隊長、弓の隊長、魔力の隊長、ドレイク以外にも数々の分野に秀でた隊長達が地中深くに潜伏していたのだった。

 敵だったはずのチョールヌイを助けるために、歴戦の隊長たちが空中で円陣を組んでロドノフ卿に飛びかかる。

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