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039 奇跡

 黒羽はロドノフ卿に戦闘を仕掛けに行ったチョールヌイを追ってシロと共に瞬間移動した。

 なかなかいいタイミングだった。何かがダメだったら今頃アステリアは無事では済まされなかったことだろう。間一髪のところでチョールヌイがロドノフ卿の振るったユーベルの太刀を受け流し、彼女を庇っていた。

 自らの双剣の側面を盾に使い、ロドノフ卿による一撃を受け流したのだ。だがロドノフ卿は太刀を翻して下から上へ斬り上げる。が、今度は二本の剣で弾き飛ばし、ロドノフ卿は衝撃で押し戻され大きく怯んだ。

 はたから見れば親子同然の関係だったユーベルとアステリアが殺し合っていたように見える状況。訳がわからずシロが困惑する。


「どうして。何でユーベルさんがアステリアちゃんを」

「これはロドノフ卿の能力じゃ——」


 チョールヌイが言った。

 追い詰められたアステリアを庇うように彼女の前に立ち塞がり、双剣を構えロドノフ卿を睨みつけたまま続ける。


「ロドノフ卿は幻影のミル。半分人で、半分悪霊なんじゃ。じゃけ、この人に取り憑いて操ってるってとこさ」

「そんな——」


 まさか味方と戦うことになるとは。最悪の事態にシロも言葉を失った。

 黒羽はシロと戦意を喪失したアステリアを結界で保護し、


「状況は分かった。とりあえず二人は結界で保護してある。こいつは俺たちでどうにかしよう」


 チョールヌイは頷いた。

 ユーベルに憑依したロドノフ卿の背後にはミラーズとサスリカの兵士たちの姿があった。しかし様子がおかしい。まるでこちらに敵意を向けるような姿勢で、兵士たちも皆睨みつけてきていた。

 ロドノフ卿が彼女らを指差して、


「やあ、クロハネ。気がついたかい? 彼女らももう君の仲間ではないんだよ」

「……。ミラーズ、お前、まさか裏切ったのか」


 ミラーズは横へ首を振る。


「いいえ。そもそも私たちは、こちら側なの。ねぇ?」


 背後の兵士たちも一様に頷く。

 まさかミラーズが敵だったとは。まるで訳が分からず黒羽は目を丸くした。

 あんなに親切で、シロには毎晩のように夜通しで勉強を教えて、しかも街で使う金銭まで与えてくれていたミラーズが敵だとは。シロの母親には恩があると言っていたあれは嘘だったというのだろうか。


「ミラーズ。貴様の目的は何だ。気でも狂ったのか」

「いいえ、私は正気も正気よ。私の目的は——」


 ミラーズはゆっくりと腕を伸ばし、シロを指差した。


「この子だけよ。この子のために一番有利な側につく。それだけの、単純なことよ」

「なるほど。もう少し賢いやつだと思っていたが、バカと天才は紙一重だったわけだ」

「雑談は済んだかい?」


 ロドノフ卿が口を挟んだ。

 大きな体でミラーズたちの前を塞いで太刀を構えた。一人で相手してやろうというよう。

 だからといって怯む黒羽ではないが、隣の少女は怯えていた。チョールヌイはロドノフ卿に長年にわたって支配されていたのだ。アステリアを庇ったのもかなりの勇気が必要だったはず。負けじと構えているものの、無理もない、微かに足を震わせていた。


「お前はよくやった。このクソ野郎は俺に任せろ」

「——いや」

「……」


 チョールヌイは一層険しくロドノフ卿を睨みつける。


「この敵討ちには意味があるんじゃ。私は、今までの私を超える。大丈夫。こいつは私が倒してみせるさ」

「そうか。無理はするなよ」


 邪の道は蛇なのか、チョールヌイにはあのとき聞かせたマフィアの言葉の意味が分かったのだろう。覚悟を決めたというのなら仕方がない。

 さて、ならば準備は整った。ミラーズも余裕綽綽の不敵な笑みで手招いている。


「俺も黒猫が不吉の象徴だとあの阿呆(あほう)に教えてやらないといけないみたいだな。じゃ、いくぞララ。三つ数えたら死刑執行だ。一——」

「二の——」


 チョールヌイと黒羽による、ロドノフ卿とミラーズとの予想だにしない晩極戦争が——。


「「三!!」」


 始まった。



○○○○



 黒羽は邪魔なロドノフ卿を瞬間移動で飛び越え、ミラーズたちへ真っ向から飛びかかった。

 少なくとも、彼女たちにはそのように見えていただろう。すかさずミラーズが射撃の指示を出すも、どういうわけかただの一発も射出されない。

 そう、瞬間移動したのは黒羽だけではないのである。黒羽はミラーズと兵士たちもろとも、ガフーリ湾の海底へ瞬間移動させたのだ。

 当然銃は火薬が濡れて使い物にならない。そしてさらには、黒羽は自分の周りを空気を含んだ結界で覆うから当然何事もないが、兵士たちは息ができず苦しみ、戦闘どころではなくなる。重い装備をまとっているのだから最期に足掻くこともできず、ただの瀕死の落ち武者に早変わりだ。

 けれどミラーズはそうはいかなかった。彼女は戦場医務官だ。生命維持能力においては一流。細胞が酸欠になったそばから回復技か何かで強引に正常化し機能させているといったところだろう。水中で呼吸ができないにも関わらず、顔色一つ変えず迫り来る黒羽をひらりとかわした。

 脇差から剣を抜き水中で構える様は、赤い髪が水流に炎のように揺らめくのも相まって悪魔のようだ。もはや昨日までの柔和なミラーズはどこにもいない。


(流石に一筋縄ではいかねぇみてぇだな。だが、水中なら水の抵抗で自由には動けないはず——)


 そう思った矢先、ミラーズは野生の動体視力でようやく追えるという程の猛スピードで斬りかかった。

 思わず驚いて飛び退いた弾みで球体状に張った黒羽の結界が動き、太刀筋がずれて表面を滑った。水中なのに火花が散る一撃。

 咄嗟に瞬間移動で距離を離す。ミラーズはミルではないはずだが、どうやら近接戦に関してはそれを凌ぐらしい。まともに当たっていればチョールヌイの斬撃にも匹敵しただろう。

 ならば遠距離攻撃を仕掛けるまで。

 突如海底が目を焼くようなまばゆい光で大爆発する。黒羽は水中で大放電を起こしたのだ。

 四方八方を水で満たされた海底にいたのでは感電は免れない。これにはミラーズも体の自由を奪われ剣を落としてしまっていた。


(今だ!)


 心の中で自分の声が叫んだ。

 所詮ミルでないのなら攻撃さえ当たればこの程度ということだ。武器を手放し、全身が麻痺して水に力なく浮かび始めた丸腰状態のミラーズが目の前にいる。運良く手にした絶好の攻撃チャンスだ。

 しかし、黒羽はミラーズの剣を瞬間移動で地中深くへ埋めるに留まった。

 水中を漂うミラーズを前に、軍基地での出来事が走馬灯のように黒羽の脳裏を駆けた。夕陽の国で深傷(ふかで)を負ったところを助けられ、シロの面倒も見てもらい、街へ行くときにも手助けしてくれた。裏切ったことも気でも狂ったのだと考えて自分を納得させようとしていたがやはりそう都合よくはいかなかった。シロにまつわる何らかの情報も持っていることは間違いないし、裏切ったのも散々悩んだ末の苦肉の策だったのではと思うと納得がいかないわけではない。彼女がこんな常軌を逸した行動に出るまでに一人何を思い悩んでいたのか知れないのだ。

 心の中で舌を打つ。前世でなら敵に情けなどかけたりはしなかった。しばらく平和に溺れていたうちにだいぶ甘くなっていたらしい。

 黒羽はミラーズを殺しはせず、脳にわずかな電撃を浴びせ、完全に意識を消失させるに留めた。



○○○○



 水素と酸素を2対1の割合で一箇所に集め、火花を散らすと化学反応で水ができる過程で爆発を起こす。そして、水素と酸素は大気中に豊富に含まれる気体であり、簡単に取り出すことさえできればこれほど身近で大量の爆薬はない。

 普通なら実験器具を揃えて手間をかけなければ集められないが、大気を操るチョールヌイにはそんなものがなくても事足りる。

 ロドノフ卿もまさか自分の周りを無色無臭の大量の爆発物に取り囲まれているとは夢にも思わなかっただろう。不意にチョールヌイが双剣を火打ち石のように叩いて火花を散らしても何の意味があるのかさっぱりだったに違いない。

 奇しくも大爆発が地上でも起きていた。

 しかも並みの実験では不可能なほど高圧高濃度に水素と酸素を凝縮して爆破したのだ。酸素は肺の中にも存在する。ロドノフ卿が憑依していたユーベルの体は外も内も爆破されていた。

 この反応自体は煙を出さないものだが、犠牲になった兵士たちの亡骸も巻き添いになり黒煙が少し立ち込めた。熱で氷が溶け、水浸しになった雪原の上に体の半分以上を焼かれたユーベルの巨体が横たわっていた。体を焼かれてしまっては戦えたものではない。

 これでロドノフ卿はユーベルの体から出させられるはずだとチョールヌイは考えたのだろう。そのまま構えて現れるのを待っていると背後でアステリアの声がした。


「逃げて! 戦位はそんな簡単には死なない! まだ終わってない!」

「そんな!」


 ユーベルは不死身であるがためにたったレベル700ほどで、カンストすらしていないのに統合幕僚長級の地位に立った男だ。体を内外から爆破されても彼にとってはかすり傷も同然のよう。みるみるうちに火傷を再生していき、焼けただれた肌が元どおりになっていく。

 二十秒。爆発からたったそれだけの間で立ち上がってしまった。


「……。あーあ、痛い痛い。おいたが過ぎるんじゃないか、ヌイ」


 ロドノフ卿がまた太刀を構える。


「来るな!!」


 もう一度、一瞬のうちに水素と酸素を高圧高濃度に凝縮し、双剣を打ち付け火花を散らし爆破した。

 今度は先程よりも凄まじい爆発を起こし、兵士たちの亡骸は骨の髄まで焼かれて視界を奪うほどもくもくと黒煙を上げる。


「!!」


 チョールヌイの心臓が飛び跳ねる。

 全身を再び黒く焼かれたユーベルの巨体が黒煙の中から飛びかかってきたのだ。今度は剣で防ぐ暇などない。ロドノフ卿の太刀が今、チョールヌイの首を()ねんと迫り来る。

 甲高い金属音が全身を駆け抜けた。

 ロドノフ卿が斬りつけたのは、チョールヌイの首ではなかった。サスリカの兵士たちが持っていた銃剣。その銃身を斬りつけ弾かれていた。

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