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038 運命を切り拓く双剣

 ——数分前。

 黒羽はチョールヌイの双剣から放たれた雷撃に撃たれ、感電し、火に包まれていた。

 それでも、彼はどうにか持ち堪えていた。体の火は空気中の水分を集めて消火。ダメージも自己再生してまた立ち上がった。わずかでも体力が残っていれば全回復できた。

 たかが猫のくせにまるでゾンビのようだ。ご丁寧に毛並みまで元通り。チョールヌイも舌を打ち、双剣を構え直した。


「……」

「……」


 普通、これだけのことをされればすかさず反撃が飛んでくるものだ。が、黒羽は起き上がったらチョールヌイを見つめたまま何もしようとしなかった。

 今か今かとチョールヌイは黒羽の出方を窺い、こめかみから汗を一筋流すほど彼を注視し構えを崩さない。それでも、まだ黒羽は動かなかった。

 チョールヌイも所詮は子供。見るからに動揺していた。黒羽が本当に自分をロドノフ卿の呪縛から助けようとしてくれているのならどうしよう。そんな思いがこみ上げていることが顔に書いてあった。


「……どうしてじゃ。どうして何もしようとせんのじゃ」

「お前と戦う気は毛頭ない。俺たちは、お前の味方なんだ」

「嘘さ! そんな……、馬鹿馬鹿しい! 誰が敵意を向ける相手のために戦おうなんかするもんかや! あんまり、人を馬鹿にすんのもいい加減にするんさな。こんな子供騙しが、通用するかや!」


 チョールヌイが体の周りに風をまとう。

 風は気圧の高いところから低いところへ吹くもの。即ち、彼女は気圧を操るということである。気圧の変化で小さな雲を作り、風で撹拌し、プラスイオンとマイナスイオンを分離。その電位差で雷を発生させることで電撃も同時にまとった。

 風神雷神が一つになったかのような勢いだ。ごうごうと吹き荒れる風に粉雪が舞い上げられ白い柱のようになり、その中を雷光がばちばちと踊っている。小さな嵐を手足のように操り、黒羽を威嚇していた。

 一方で黒羽は全く動じない。来るなら来いと言うような顔をして、ただ結界で防御態勢を整えるだけだった。


「……」

「守ってばっかじゃなんにもならんで。くそ、一体お前は、何を考えているんじゃ」

「俺たちはお前の敵じゃない。それだけだ」

「……、まだそんなことを」

「そんなに殺したいなら殺してみろ」

「……っ!」


 黒羽の目は真っ直ぐチョールヌイを見つめていた。その目には一点の嘘も感じられない。何が何でも助け出すと口ほどに語るその力強い眼差しに、チョールヌイは苦しみはじめた。もしかしたら本当にロドノフ卿から解放されるかもしれない。それでも戦うしかない。そう葛藤していることが目に見える。

 黒羽は続ける。


「さっきのはいい一撃だった。今のお前なら猫一匹片付けるくらい大したことはないだろう? 俺がどうして敵対しているはずのお前にここまで情けをかけているのか、それが本当に真実なのか、分からせてやる」

「……、こうするしか、ないんじゃ」


 チョールヌイが心なしか涙目になりはじめた。


「戦わなくちゃ、殺さなくちゃ……、生きられない。私が、殺されるんだ。ロドノフ卿には、誰も……、勝てないんだよ」


 彼女の双剣が周囲の風を、電撃を集めまとい、激しく電気火花を散らす。両腕を大きく左右に広げて構え、感情を吹き飛ばすように雄叫びを上げた。

 力強く雪原を蹴り、黒羽めがけ一っ飛び。さながら雷が肉体を持って遅いかかるかのような一撃。

 黒猫一匹など間違いなく跡形もなく消し飛んでいただろう。チョールヌイは黒羽の手前で見えない柔らかな壁に吸い込まれるようにして突如失速。まとっていた電撃や風は爆発を起こして消滅し、チョールヌイはその場に倒れ伏した。



○○○○



 チョールヌイは気がつくと暗闇の中にいた。

 たった今までガフーリ湾で戦っていたはず。まるで狐に化かされたように訳が分からず辺りを見渡すが、どこもかしこも黒、黒、黒。何もないだだっ広い闇が永遠に続いていた。

 しばらく不安げな顔をするも、すぐに憤怒に声を荒げた。


「どこや、クロハネ!」


 剣を握って周囲に風を起こし、気配を探る。けれどなんの気配も感じられず、チョールヌイは呆気にとられた。

 どこからともなく黒羽の声が彼女に話しかける。


「そう慌てるな。何度も言うが、お前と戦う気は全くない」

「じゃあこれは何のつもりなんかて!」

「お前があんまり暴れるから化かさせてもらった」

「……化かした、じゃと」

「夢を見ているようなもんだ。お前の体ならぐっすり眠って雪の上に転がってるよ」

「……ちっ。卑怯者め」

「言ったはずだぞ。俺がどうして敵対しているはずのお前にここまで情けをかけているのか、それが本当に真実なのか、分からせてやると。あまり、こんな手は使いたくなかったんだがなぁ」


 黒羽の声はそう言い残して一旦消え、チョールヌイの周りの闇は少しずつ明るくなり、とある風景に変わった。


「……。こ、これは——」


 彼女の周りに広がった景色。それは黒羽が前世で家族を殺された日のものだった。

 チョールヌイの周りには当時現場となったホテルの一室が広がっていた。

 目の前には血だまりを作ってぐったりと横たわる黒髪の少女。そして彼女に縋って泣き喚く男の子が一人。引き剥がそうとする大柄の男たち——当時黒羽を助けたマフィアたち——に必死で抵抗して少女に泣きついていた。

 驚いて立ち尽くすチョールヌイにどこからともなく黒羽の声が話しかける。


「これは俺の前世の記憶だ」

「前世の、記憶……」

「そうだ。このとき、俺は7つ。マフィアのいざこざに巻き込まれて、何の罪もない俺の家族はこうして殺された。生き残っていたのは俺一人だ」


 このときの景色はふわりと煙のように空気に消え入り、また新たな景色を見せる。

 今度はどこか小さなみすぼらしい部屋で、青い目の大柄の男に拳銃を渡されたところだった。


「最終的に俺を助けたのもまたマフィアだった。私情に巻き込んだせめてもの償いで、俺はボスに拾われた」


 まだ幼い黒羽がボスから銃の撃ち方を教わっている。無造作に床に置かれたぼろぼろのサンドバッグに向けて引き金を引く。一発撃つごとにボスから銃の握り方や撃つときの踏ん張り方などをアドバイスされていた。


「こんな子供に銃の扱いとはな。教育に悪いったらねぇだろ。だからこんな奴になっちまった。すまんな」

「……」


 チョールヌイは無言で立ち尽くし、ただ黒羽の記憶の景色を見つめていた。

 再び景色が変わる。すると鼓膜を殴りつけるような激しい銃声が聞こえてきて、チョールヌイは思わず両耳を塞いだ。


「今度は一体——」

「俺が家族の仇を討った日のことだ」


 場所はビジネス業界によくある何の飾り気もないオフィス内だった。

 腰まで伸びる白い長髪で黒いトレンチコートを着た長身の男が、先端にナイフが付いたような拳銃を二丁握って、たった一人で何十人ものマフィアを相手に暴れていた。

 遠くの相手は脳天をぶち抜き、銃弾の雨を掻い潜って(ふところ)に詰め寄ってきた強者は銃の先端の刃で喉元を搔き切る。撃たれそうになったらそこら中の書類やら小物やらをばら撒いて相手の視界を撹乱し、その隙に頭蓋骨ごと頭を吹き飛ばした。もはや人間の身のこなしではない。相手の銃弾がスローで見えているかのような動きで逃げも隠れもせずあっという間に掃討してしまった。

 最後に残ったのは敵のボスのみ。まだ生きていた部下を盾にして生き長らえていた。


「どこかで、見た顔だ」

「奇遇だな。俺もだ」


 このとき黒羽はまだ16歳。ただ、マフィアの英才教育で体格はやや細めの熊だ。

 二丁の小型銃剣を揃えボスに向けて鬼のような目で穴が空くほど睨みつけていた。

 消炎と血の臭いが混ざる荒れに荒れたオフィスに冷たい空気が流れる。

 ボスは部下の死体を捨て、黒革のイスにどっしりと腰掛けた。黒縁丸メガネをした初老の大男だった。真っ赤なネクタイを緩め、胸ポケットからタバコを取り出し火をつける。二本同時に咥えて堪能し、顔が見えなくなるくらいの煙をぶわりと吐き出した。


「はて、いつ会ったかな」

「俺がガキの頃だ。どこかの家族を適当に撃ちまくって殺したことがあったはずだ。それが、俺の家族だ」

「……あーあ、あのホテルのガキかぁ。懐かしいなあ」

「……」


 ボスはこの状況で薄ら笑いを浮かべてみせた。今さら死ぬことなど怖くも何ともなかったのだろう。

 風邪を引いているみたいに嗄れた声で続ける。


「どうだ、小僧。憎くて憎くて、仕方がないだろう。見たところまだ若いが、これほどの戦闘技術。身につけるのに散々殺してきたんじゃないか?」

「ああ。それがどうした」

「楽しかったか?」


 オフィスの窓を割るような乾いた銃声が響いた。黒羽が撃ったのだ。

 放たれた銃弾はボスの左後ろの壁に当たった。


「鼓膜の次は耳が消えるぜ」

「達者になったもんだ。俺とてこれから死ぬことくらい分かっているさ。最後にいいことを教えてやろうというんだ。そうカッカするんじゃねぇよ」


 黒羽は床に唾を吐いて耳を傾ける。


「……憎しみってのは、連鎖するもんだなぁ」

「どういう意味だ」

「……。俺は生まれた時からマフィアの家庭だった。俺の時代(ころ)は成人するまでは仕事として殺しをやっていたが、兄弟を殺されてなぁ。酷いもんだ。相手は俺に恨みがあったってっから、俺にものすごく辛い思いをしてもらおうと、俺だけ残して他のやつを殺したって言っていた。しょうもねぇ争いしたって、そいつもまたしょうもねぇ。憂さ晴らしに散々虐めて殺してやったけどよ、楽しかったのは仇を討つ、その時だけだった」

「……」

「何を言ってんのか分かんねーって顔してんな。そりゃそうだ。おめーも俺を殺してやっとこの意味が分かんだからよぉ」


 ボスはまたタバコを二本ふかして大きな煙を吐いた。


「俺の人生は、仇を討ったその日で終わった。それからは何もねぇ。金を巻き上げようが誰を殺そうがどんな美人を抱こうが何にも感じやしねぇ。……呪われちまったのさ」

「……」

「仇を討った時点で、そいつの正義って感覚は音を立てて崩れ去る。人を殺すのはものすごく悪いこった。だが仇を討つってのは、何だ? 悪いことか? そうでなきゃ正義なのか? 答えはどっちでもねぇ。ただの自己満足なのさ」


 ボスはタバコの火を死んだ部下の頭で消した。

 そのまま吸い殻を床へ放り捨て、拳銃を握る。それを自分のこめかみに突きつけた。


「じゃあな、坊主。お前も悲しいなぁ、俺みたいに。俺が死んだら、お前ももう今までのお前としては生きていられなくなる。長い長い、抜け殻の人生だ。精々、意味のある仇討ちにしろよ。そうすりゃ、抜け殻の中身が戻ってくるかもしれねぇ」

「まて——」


 仇のボスは自らの頭を撃ち抜いて死んだ。

 その後は心をなくしたように機械の如く殺戮に明け暮れる黒羽の姿がチョールヌイの前に現れていた。あのときのボスが言い残したように、人生に目的を失い、時間の許すまま、上から支持されるままに敵のマフィアを殺して殺して殺し続ける殺人兵器と化した黒羽がそこにいた。


「今のお前はまさに、この頃の俺のようになりつつある。生きるために戦うと言っていたが、じゃあお前は何のために生きている。ひたすら殺し回ることがお前の幸せなのか。この異常さが分からなきゃ、不満だらけのままで地獄行きだ。あるいは、俺みたいに地獄より残酷な来世が待ってるぜ。この負の連鎖を今すぐ断ち切れ。お前には立派な武器と、新しい仲間がいるじゃねぇか。戦うべき相手は誰だ。いつまで恐がって都合のいいチョールヌイでいる気だ。いい加減、目を覚ませ、ララ——」

「——!」


 チョールヌイは雪原の上で目を覚ました。

 彼女の目に写ったのは満天の星々。これまでの彼女なら気にすることもなく視界になど入らなかったものたちだ。

 チョールヌイはひらりと飛び起きてロドノフ卿たちの方角を睨む。彼女の双剣が狙うものはもう、黒羽たちではなかった。

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