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034 天変地異

 寝室は二階にあった。飛行船の中心の非常階段みたいな閉ざされた階段を降りてすぐのところ。兵士たちの待機場所の向かいだった。

 扉を開けると狭い廊下が外に向かって真っ直ぐに伸びており、左右に部屋がずらりと並んでいた。シャルロンは一番手前の右側の部屋へ案内してくれた。

 中へ入ると、二段ベッドが二台あるだけの寝るためだけにあるような部屋だった。


「狭いけど、一応、ここが寝室だよ〜」

「軍の船なのにベッドがあるだけ上等だ。とっとと寝るぞ。おやすみ」


 黒羽はシャルロンを尻目に左手側の二段ベッドの上側にひょいっと跳び乗り、着地したその勢いで眠りに堕ちていった。

 アステリアが下から見上げて、


「クロハネ? あれ、まさか今ので寝たの?」

「……zzZ」

「クロちゃん、いびきかいてるし。相当疲れてたんだね」


 シロもベッドのハシゴを上って見てみる。やはり黒羽は布団と一体化するようにぐっすり眠っていた。


「仕方ないなぁ。こんな一瞬で寝ちゃうなんて」

「私たちも寝よっかね〜。ふわ〜、眠くなってきたよ〜」

「じゃ、私ハシゴ上るの嫌だから下がいい」


 そんなこんなで好き好きに場所を選び、横になる。左の二段ベッドには上にシロと黒羽が、その下にシャルロン、右側の二段ベッドには下をアステリアが使った。

 みんなおやすみと言い合い、静かになる。そして誰からともなく寝息を立てはじめた。結局やることがなくなって暇を持て余したら寝るしかないのだ。今から寝ておけば予定より長く体を休めることができるし、寝坊もあり得ない。みんなそう思って安心していたのか眠りにつくのは黒羽みたいにあっという間だった。

 それからどれくらい経っただろう。その時は突然やってきた。

 狭い部屋にけたたましい非常ベルの音が鳴り響く。天井の明かりも勝手に点灯し赤く不吉に明滅しはじめた。

 シロたちは叩き起こされて何事かとベッドから一斉に顔を覗かせた。

 数秒も経たずアナウンスが入る。


『緊急事態発生。緊急事態発生。未確認モンスター接近中。各隊隊長は至急、一階管制室へ集合せよ。繰り返す。未確認モンスター接近中。各隊隊長は至急、一階管制室へ集合せよ』


 三人は顔を見合わせた。だがこの状況でアステリアはあくびする。


「ふわわ〜、ねっむい。……まあいいや、寝よ」

「いやそんな場合じゃないってっ。まずいよ、クロちゃんも全然起きないし。起きてクロちゃん! 緊急事態だよおおお!」


 シロが黒羽の両脇を持って体を前後に激しく揺さぶるが、黒羽はまるで猫のぬいぐるみのように無反応。これっぽっちも起きる気配がない。シロは蒼ざめた。


「どうしよ、どうしよ」

「困ったね〜。とりあえず、シロちゃんたちはここにいて。私とアステリアちゃんで見てくるよ〜」

「んあ〜、私も寝ようとしてたのにぃ〜」

「え、でも——」


 シャルロンはあんまり真面目そうには見えなかったが、見かけによらず案外冷静に判断して行動できる人だったらしい。だだをこねる子供を引きずるようにすぐにアステリアを引っ張って部屋を出ていった。

 けれどどうして自分だけ安全な場所にいられるだろう。シロも黒羽を抱え、二人を追いかけた。



○○○○



 シロも寝起きでふらつく足で階段を駆け下り、管制室へ。

 管制室では一番奥に並ぶ機材の手前でちょうどユーベルが状況を説明しだしたところだった。ユーベルの手前にはゼゼルとミラーズが、さらにその手前には先程のアナウンスで呼び出された武装した隊長クラスの兵士たちが、そしてシャルロン、アステリアと続いていた。


「我々は黒半球に到達直後、巨大モンスターの接近を確認した。今から約6時間前のことだ。各隊、異常はないか」


 隊長たちが次々に「異常なし」と報告し、全員特に問題は無かった。兵士たちにはモンスターを発見した旨が伝えられていたらしい。


「よし。我々は目標との地上戦を避け、ガフーリ湾へ進路を変更。海戦に誘導する策を取った。結果、目標も進路を変え、10分後には接触する。ただ、未だ姿は確認できていないため、まずは出方を窺う。姿を現したところで偶数隊は船の上へ出て臨戦態勢に移れ。奇数隊は下の出撃用ハッチで待機。指示に従って行動を取るように」

「了解」


 隊長たち全員の声がきれいに重なった。

 ひと段落したところでユーベルの視線がシロたちに向けられる。


「そこの4人は3階で待機だ。ここで体力を消耗されては困る」

「了解!」


 アステリアが嬉しそうに返事した。本当に出ていこうとしてシャルロンに止められていた。


「たく、だりぃよなぁ、パシられ兵士は」


 隊長の一人が悪態をついた。


「どういう意味だ?」

「俺らばっかこき使われてんの、上が楽したいからだぜ? どうせ最後まで上は出番ねぇよ」

「それが縦社会だろう。今さら何言ってる」


 他の隊長にそう言われるとアステリアが気に食わないんだと目で語るように一瞥した。


「まだ子供なんだ。大目に見てやれ」

「へん、ま、それもそうだな。俺ももう大人なんだ。子供には優しくしてやんねぇとなぁ」


 会話を聞いていた他の隊長が小声で言う。


「お前、知らないのか? アステリアは戦位の義理の娘だって話だ。滅多なこと言わねぇほうが身のためだぞ」

「別に、俺だけが思ってるわけじゃねぇだろ。気に入らなきゃ兵士全員辞めさせちまえよってんだ」


 悪態をついていた隊長はアステリアには目を合わせず管制室を出て階段を上がっていった。

 あまり気分のいい会話ではなかった。シロは気にしてアステリアの顔色をうかがってみる。と、何事もなかったようにあくびをして目をこすっていた。

 管制室は案外緊張感がなかった。誰もが冷静、もしくは暢気だからだろう。比較的落ち着きがないのはレーダーを監視する司令員くらいだった。

 司令員の一人が声を上げる。


「モンスターが姿を現しました!」


 外の映像を映す画面には、サーチライトに照らされたガフーリ湾の水中を泳ぐ巨大な陰が映っていた。



○○○○



 永遠に陽が昇らない黒半球。

 ガフーリ湾は飛行船のサーチライトに照らされてもなお暗かった。まるで墨が海を成しているように黒く、波が静かなのが返って不気味だった。

 とうとう巨大な何かが姿を見せる。一際大きく波を立て、水面に黒光りする背中を見せた。

 やはりヘビのように長い体躯をしているよう。長く丸めた背中を順々に見せてまた深く潜った。

 一瞬だったが、見えた体の特徴は誰もが想像していたものとは違っていた。普通ならごつごつとした分厚い鱗をまとっているところだろうが、まるで人の手で作られた機械のように金属質の四角い胴体が連なった体をしていた。ゲテルモルクスではないことは確かになったが、生命体なのか人工物なのかも曖昧になった。


「なんだ、これは」


 凍りつく司令員たちの後ろでユーベルも唖然とした。

 あの巨大なゲテルモルクスに天敵がいるのなら、それはこんな怪物なのだろう。

 モンスターは水中で飛行船を囲うようにぐるぐると回遊して様子を窺っている。円を描くように荒波が立っていた。円はただでさえ大きいのに何重にもなっていて、全長は少なくとも200メートルを超えている。まるで違う星の生き物だ。


「……戦位、あれを」


 司令員の一人が画面に映し出された映像の一部を指差した。ギリギリ映る程度の距離に尻尾らしきものが。これが全部で一つの体なら全長は200メートル程度では済まない。水平線まで体で囲まれているのだ。300メートル、いや400メートルも超えかねない。大きすぎて画面に収まっていなかった。これじゃ見た目が既に暴力だ。

 と、その時だ。

 その一瞬は時間の流れが急に遅くなって感じられた。サーチライトに照らされた水面からモンスターが顔を出し、飛行船へ真っ直ぐ垂直に迫ってきたのだ。

 黒い金属質の立方体をいくつも連ねた体。当然正方形で平たい顔面。その中心の赤いガラス玉のような隻眼で飛行船に狙いを定め、滝のように水を撒き散らしながら飛び上がってきた。角に生える銀色の人工的な四本の牙を口を開けるように大きく広げ、次の瞬間、勢いよく飛行船に喰らいついた。

 半重力装置で浮遊する飛行船に噛みつき、黒い巨体は奈落の底へ引きずり込もうと言わんばかりに重々しくぶら下がる。こんなモンスターは過去に類がない。仮に呼ぶなら機械族モンスターといったところか。危なっかしく低い音で時折放電し、水を蒸発させてごうごうと湯気を吹いていた。


「振り払え!」


 戦位は操縦士へ指示したつもりだったが、「はーい!」とシャルロンが返事した。同時に杖を振ると、どこからともなく巨大なボールが飛行船とモンスターとの間に割って入るように出現し、たまらず引き剥がされ水面へ叩き落とされていった。

 空中の飛行船まで届くほど水しぶきを上げ、再び水中へ。


「流石の巨大モンスターでも大きすぎるキャンディはお口に合わなかったみたいだね〜」

「よくやった。だがまだ次がある。偶数隊は一旦待機。奇数隊は出撃用ハッチへ移動開始だ」

「了解!」

「あれ、アステリアちゃんは——」


 シロはアステリアがいつの間にかいなくなっていることに気がついた。今まですぐ隣にいたのに忽然と姿を消していた。


「まさか——」

「戦位! あれを!」

「!」


 司令員の声でユーベルが画面に振り返る。

 モンスターは水中でもなお雷のような轟音を立てる放電を続け、禍々しく青白い電気火花を散らしていた。まるで地獄絵図だ。海水が放電で煮えたぎり、ごうごうと湯気を吹いてそこら中に雲を成していた。

 今、その熱い雲を真っ逆さまに突っ切って空中を翔け降りていく人影が一つ。アステリアだった。

 再び水中から機械族モンスターが顔を出し、黒い水しぶきと電撃を撒き散らしアステリアへ一直線に襲いかかる。


挿絵(By みてみん)

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