033 謎の巨体
トランプを始めてから2時間が経った。その間、ババ抜きや神経衰弱、大富豪など、色々なものをやったが全部黒羽が勝ち続けていた。
もちろん偶然などではない。黒羽はまだ人間だった頃、マフィアの間では暇つぶしとしてトランプはもちろんオセロやチェスなどのゲームが行われるのが常だった。案外暇な時間も多く、その辺のプロよりやり込んでいたのではというほどやったものだったのである。しかも毎回のように賭けで行われるのだから強くなろうとしないはずがない。そんな環境でやってきた黒羽からすればルールを知らない子供と遊んでやっているのと変わらなかった。
「んあ〜! また負けた! クロちゃん強すぎるよ。も〜! どうなってるのっ?」
「さあ、どうなってんだろうな」
とうとうシロが嫌になって最後にババ抜きで大量に余った手札をテーブルに捨てるように置いた。
「ホント、強いね〜。クロハネくん頭も良いんだ〜」
「まあな。俺の知能指数は53万ってとこだ」
「あははは、そうなんだ〜」
どうもツッコミ役はこの場にはいなかったようだ。
「そろそろトランプはやめにして、なんか別のことしないか。もう2時間もやってるぞ」
「……私、2時間もやってたのに勝てなかった」
「すまんな。これがスポーツマンシップってやつだ。許せ」
黒羽はそう言いつつ大人気なかったと思って念力でトランプを箱にしまいはじめていた。
シャルロンがチョコレートの包みを開けながら訊く。
「クロハネくんはトランプの他には何がしたいん〜?」
「そうだな……。何でもいいぞ」
「じゃ、トランプしよっか〜」
「どうなってんだよお前のアタマ」
「だってやることないじゃんね〜」
「割と暇つぶしにはなったけどな。流石にトランプばっかりは耐久レースだ」
トランプをすっかり箱に戻し、テーブルの上を滑らせてシャルロンに返した。
シロが両手で頬づえをついてあくびする。
「なんか、これから戦争が始まるのに、現実離れな感じが凄くて実感湧かないや。それでこんなに暇しちゃうって凄い状況だね」
「確かにな。人生最大の暇かもしれん」
「いつもこんな感じだよ〜。でもいいの? 色々聞きたいこととかないの?」
「さあ。暇すぎて頭が働いてないから何が知りたいのかも知らん」
黒羽もチョコレートの包みを開く。そして食べようと念力で浮かせて口へ運ぼうとすると、噛み付くちょうどそのときに誰かに横取りされてしまった。
「んあ?」
「んぐんぐんぐ、もぐ……ごきゅん。よっ、クロハネ」
間の抜けた顔のアステリアが立っていた。
「猫がチョコレートなんて食べて大丈夫なの?」
「俺は大丈夫だ。他のやつは知らん。まあ座れよ。ちょうど暇してたんだ」
「ん〜」
アステリアも加わったもののこちらも暇すぎて脳みそが溶けてそうだ。暇人が増えただけかもしれない。彼女はシャルロンの隣に座った。
「結構暇でしょ。出発から何時間か経ってるけど、ずっとこんなに静かにしてたの?」
「ううん、ババ抜きとかトランプしてたんだ。でももう流石に飽きちゃった」
シロはそう応えてまたあくびした。
作戦も軍基地で一通り考えられていたし、あとは目的地に到着するのを待つだけ。ただひたすらに暇だ。
「ねぇね、シャルロン。ジュース出して」
「何がいい〜?」
「うーん、ベリーソーダ」
「は〜い」
アステリアの手の中にグラスに注がれたピンク色のソーダが現れた。ドリンクサーバーがあるのにシャルロンに頼んだ方が早いわけだ。
ストローで一口飲んで、寝ぼけたような目で言う。
「戦位がね、今回の作戦は上手くいかないかもしれないって」
「……そんなあっさり言うことじゃない気がするんだが」
「まあなんとかなるよ。戦位も戦うんだし」
「そういえば、ユーベルって何者なんだ? あいつはミルじゃないんだろ?」
「うん。それどころかカンストですらないよ」
「え」
黒羽は今ので眠りかけていた脳が働き始めた。
「戦位さんはレベル700代らしいけど〜、それでも充分強いらしいよ〜。だから統合幕僚長と同じくらいの地位なんだって〜」
「どういうことだよ」
「戦位はほぼ不死身なんだ。つまり自分の体への反動を気にせずに攻撃することができるから、攻撃力とかスピードとかはミル並の実力があるんだよ。レベルはあくまで攻撃力とか防御力とかのステータスを総合評価したものだから、戦位みたいにレベルと実力が見合わないこともあるんだ」
「へぇ〜」
「そうなのか。でもほぼ不死身なんだろ? ならミルでいいんじゃないのか?」
「ううん。戦位が不死身でいられる時間には限りがあるからミルとは言えないの。スキルっていうか、また変わった特殊能力だからね」
「戦位さんは魔法系の能力とか防御力とかがほとんどゼロだからミルとしては扱えないって聞いたことがあるよ〜」
「うん、そういうこと。再生力が凄いから防御力はそもそも要らなかったんだけどね。まあ戦場で見てみれば分かるよ」
「なるほど。それは見てみたいもんだな。でも時間制限付きとはいえ、どうやって不死身なんて能力を手に入れたんだ」
「さあ。私が戦位に会った頃にはもうその能力使えたから、分からないや」
レベル700程度でミルと肩を並べるとは恐ろしいやつだと黒羽は思った。
(なら、こういうことがあり得るということは相手がミルじゃなくても油断はできないわけだ。でもってミルならなおさらか。ん? 結局ミルの方が強いってことじゃないのか? ん? やっぱりよく分からんなぁ。要らない能力だけ切り捨てすぎてミル扱いされないミルといったとこなんだろうか)
「でもどうして作戦が上手くいかなさそうなんだ? お茶を濁さず教えてくれよ」
「ああ、言い忘れるとこだった。なんか、晩極周辺の磁場が乱れてて、予想だにしないことが起きる可能性があるんだって」
「そういうことか。まあ、臨機応変にやれってことだな」
「心配だね〜。何事もないといいんだけどね〜」
「まあ今どうしようか悩んでも仕方ないだろう。到着まではあとどのくらいなんだ?」
「9時間半くらいだね〜」
「もう寝ちゃおっか。一足早く起きちゃっても寝起きでぼんやりしてたらあっという間だよね。クロちゃんはどうする?」
「俺も寝るわ。お前らは?」
シャルロンとアステリアは顔を見合わせた。
「寝よっかね〜」
「寝よう。やることなさすぎなんだよね」
「みんな寝るんか。いいんかな戦争直前でこんなのんびりしてて」
「もういいから寝よ寝よクロちゃん。戦争に備えないと」
「確かにな」
「でもちゃんと起きなきゃダメだからね。クロちゃん一回寝たら全然——」
「分かってるよ」
結局三人と一匹は早めに寝ることに。皮肉にも戦争の直前が今までで一番落ち着いた時間だった。
寝室くらいは用意されているらしく、黒羽とシロはシャルロンとアステリアに案内してもらうのだった。
○○○○
その頃、管制室ではユーベルが忙しくしていた。
飛行船はようやく黒半球に入った頃だが、レーダーは既に異常を感知していた。晩極側から何かが迫ってきていたのである。それもかなり巨大な何かが飛行船と同等のスピードで移動していた。
「やはり、連中もじっと待ち構えてはいないようですな」
「このままでは6時間後には遭遇する計算です。しかしロドノフ卿とチョールヌイと思われる反応は確認できません。二人は晩極に残っている模様」
司令員の一人が石のように強張った顔で述べた。
「モンスターか。かなりのサイズだ。ゲデルモルクスのデカイ種類くらいあるんじゃないか?」
「ええ。電波が乱れますが、大きさとしてはそのくらいのようです。しかし形状は蛇のようです。こんなモンスターは聞いたことがありませんが……」
「このサイズで新種か。よく今まで見つからずにいられたものだ。ひとまず様子を見て、遭遇したときにはシャルロンに攻撃させる。討伐よりあくまで晩極への移動を優先する方向で」
「そのまま突っ切りますか?」
「もちろんだ。あいつの飴玉は世界一強い兵器だからなんとかなるだろう」
巨大な影はまっすぐにこちらへ向かっていた。まるで見えているかのように。
戦位は司令員たちと画面を睨みながら眉間にしわを寄せていた。このモンスターが移動しているのは地中のようなのだ。地上用のレーダーには反応がなく、水中などのために設置された地下用のレーダーにのみ蛇のような細長い体が映し出されていた。
「待て。約6時間後に遭遇するとなると、その場所はどこだ」
「フーリゲッラという先進国です。黒半球ではあるものの、白半球派の国です。ここでの戦闘は避けるべきかと」
「近くに戦闘に適した地形は?」
「ガフーリ湾はいかがでしょう。フーリゲッラのすぐ南の海洋ですが直撃よりは良いかと」
「よし、フーリゲッラには危険を知らせ、我々はガフーリ湾へ迂回しよう。それでやつが進行方向を変えてくれればいいが」
「了解」
「お待ちください!」
今度は別の司令員が声を上げた。
「先程よりフーリゲッラとの交信を試みているのですが、どの電波帯でも交信ができません。磁場の乱れの影響である疑いがあります」
「そのまま通信を試みていてくれ。こうする他ない」
「了解」
「では我々は進路をガフーリ湾へ一時変更します」
予想だにしていなかった第三の敵の出現。飛行船はガフーリ湾へ向かって旋回を始めた。