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032 黒半球から来た魔法使いがお菓子い

 ——翌日夕方。

 嵐の前の静けさとはよく言ったもの。今日の軍基地の周囲は吹雪いていないどころか一粒の雪も降っていなかった。鈍色の雪雲は薄く、灰色の日差しが奇怪な形状の飛行船の船体に銀色に眩しく反射していた。

 てっぺんのトンガリを水平に切り取られたピラミッドをひっくり返したような飛行船は幾何学的なスタイルで、堅苦しいという言葉を形にしたかのようで落ち着かない見た目だが、中へ入ってしまえばどうということはなかった。

 三階建の構造で外見通り上へ行くほど広くなる。中心部にある螺旋階段を上る。二階までは既に顔も分からないほど武装した兵士たちが集合していて緊張感が漂っていたが、黒羽たちが案内された三階は飛行船とは思えない明るい雰囲気の広間になっていた。

 白を基調とした内装で、この三階はまるごと一部屋になっていて体育館みたいに広い。壁際にはドリンクサーバーがあって自由に使えるし、お腹が空けば厨房の料理人に頼んでいつでも好きなものを作ってもらえる。長テーブルで食事しながら天井からぶら下がっているテレビを見て寛ぐこともできる。この異世界も国によってはなかなか科学が発達しているようだが番組は白黒だし内容もクソほどもつまらなかった。

 そこら中にソファーが置かれており、皆好き好きに過ごすことができる。部屋という仕切りがないのでプライバシーも何もあったものではないが、広いので互いに距離を取ればいい話だ。例えば、ミラーズは黒羽がシロをこの戦争に連れてきたことをよく思っているはずがない。黒羽とミラーズは離れられる限り離れていた。

 ここまで案内してくれたゼゼルはここで待つように言ってどこかへ行ってしまった。ユーベルやアステリアも一階二階のどちらかにいるはず。どうせ彼らのところへ行って打ち合わせでもしていることだろう。

 しばらくするとゼゼルが誰かを連れて戻ってきた。灰色のフードを被って禍々しいステッキを持つ、遠目にも絵に描いたような魔法使いなのが分かる。ゼゼルは黒羽とシロのところへまっすぐその人物を連れてやってきた。


「やあ、おまたせ。君たちにも合わせておきたい人がいるんだ」

「初めまして〜。今回協力することになった、魔法使いのシャルロン・ゲニアンです〜。よろしく、お願いします〜」


 語尾が上がり調子で伸びる訛り口調の若い女だった。フードを取ると古めかしい格好に反して精巧な彫刻作品のような美貌が現れた。クリーム色の長いポニーテールにルビーみたいに真っ赤に透ける瞳。陶器のような白い肌だから一段と赤く見えた。

 黒羽もシロもシャルロンが丁寧に頭を下げて挨拶するのでつられてこくりと頭を下げた。何者なのだろうと揃ってキョトンとシャルロンを見ているとゼゼルがこう続けた。


「彼女がこの前に言っていた、今回の戦争で我々に寒さ凌ぎの魔法をかけるなどして協力してくれる魔法使いさ。色んなことができるし色んなことを知っているから、遠慮なく話すといい。君たちにも興味があるらしいしね」

「俺に?」

「私たちに、だよクロちゃん」


 間髪入れずシロが訂正した。


「わあ、ホントに喋った〜。可愛い猫ちゃんね〜。クロハネくん、だっけ?」

「……けっ」


 何が可愛いだよバカヤロウ、と黒羽は思ってプイッと視線を逸らした。


「あら?」

「あああああ、き、気にしないでください。この子いつもこんな感じなので」


 人見知りのシロが人見知りなりに勇気を出してフォローしてくれているのに黒羽はそんなことなど気付かず背を向けたまま。


「ご、ごめんなさいぃ〜っ」

「ああ、あははははっ。いいのいいの〜。可愛いって言われるの嫌いだったんだね〜」

「ふん、分かればよろしい。立ち話も難だ。まあそこに座るといい」


 一体何様なのやら、と隣でシロが首を振る。

 シャルロンは上品に笑って黒羽たちの向かいのソファーに座った。ゼゼルは「じゃあ僕はこれで失礼するよ」と言って、今度はミラーズたちのところへ歩いていった。


「いきなりごめんなさいね〜。私なんかに気を遣うことなんかないから、肩の力を抜いて抜いて〜」

「え、えへへ」


 シロも前と比べるとまだ人見知りも良くなったほうだ。愛想笑いくらいできるようになっている。

 シャルロンはきりりとした目つきで一見して賢そうだが、かなりおっとりした喋り方でマイペースなよう。シロが成長して大人の女性になったらこんな感じになるのだろうかと黒羽は思った。


「俺たちも自己紹介がまだだった。俺は黒羽。こんな見た目だが一応ミルだ。で、こっちはシロ・メロウ。真面目なんだが、四六時中アタマの中が真っ白な感じのマイペースなやつだ。さっきの態度はちょっとした冗談だから許してくれ」

「……えへへ」

「あははは、うんうん。なるほど、お堅い感じの猫ちゃんと人見知りでマイペースな女の子。デコボココンビなんだね〜」


 黒羽は今までどうしてこんな時間の流れるスピードが1人だけ極端に遅そうなやつと上手くいっているのか不思議だったが、デコボココンビと言われて納得した。返って相性が良かったわけだ。

 シャルロンは何かを思いついて不意に手を叩いた。


「あ、ねぇねぇ、チョコ食べよ。はい、どうぞ」


 シャルロンがそう言い終わる頃には目の前の長テーブルに包みに紙に包まれたチョコレートが山のように現れていた。黒羽もシロも魔法は使えるし、ある程度生活に役立つこともできるが、何もないところに物を作り出すことはできない。


「おお、どこかから瞬間移動させたのか?」

「ううん。今作ったの。う〜ん、美味しい〜」


 どこかにあるチョコレートを瞬間移動させたわけでもなく、本当に無から作り出したよう。となれば、ロードから受け継いだ知識によればかなりの天才ということになるらしい。それなのに無邪気にチョコレートを頬張る。馬鹿そうなやつほど賢いということがあるが、シャルロンはそのパターンのようだ。

 シャルロンはチョコレートを飲み込んで、


「二人はどうして晩極戦争に協力してくれるの?」

「えっと……」

「仁義だよ。俺はこの前別件で怪我したんだが、サスリカの軍に世話になったんでな」

「ああ、そうなんだ〜。シロちゃんも戦う人なの?」

「い、いえ、私はヒーラーなんですけど、その……」

「まだ半人前だからあまり戦闘には出してない。ところで、そっちは魔法使いと聞いたが、初めて見る外見だ。どこから来たんだ?」

「ああ、私は黒半球から来たんです〜」

「……え、黒半球から?」


 黒羽は目を丸くした。

 今から黒半球へ襲撃しようという飛行船に黒半球の人間が乗っているのだ。少し興味が湧いた。


「ええ。黒半球の南にあるカレイトンっていう小さな国の小さな村の生まれなの〜。そんで、寒さを凌ぐ魔法が使えなきゃ生活できない環境だから〜、そういう魔法が得意な人が住んでます〜」

「なるほど。またなんでそんな遠くからわざわざこんな離れた国に。この戦争のためだけに呼び出されたのか?」


 シャルロンは「いいえ〜」と言いながら首を横に振った。

 どうでもいいが、終始にこやかだから黒羽は段々話すのが楽しくなってきた。


「18のときに白半球の国との戦争に巻き込まれたんだけど〜、ゼゼルに助けてもらって〜、それからゼゼルのいるサスリカにいるんです〜。私の家、サスリカの街にあるんだよ〜」

「なるほど」

「敵方の国の市民だったのに助けてくれるなんて〜、って思ってね〜。なはっ、私何言ってるんだろ〜、恥ずかしい〜っ」


 シャルロンは自分の広い額をパチッと弾くように叩いた。なんだか何一つ悩みのなさそうな人だ。


「要はそっちも恩返しってわけだな」

「そういうこと〜」

「ねぇね、シャルロンさん。魔法って、他にはどんなのが使えるんですか?」


 自分に似たものを感じたのだろう。シロももうシャルロンには人見知りせず珍しく自分から話しかけた。

 シャルロンは顔の前で右手をブンブン振って笑う。


「もうタメ口でいいよ〜、堅苦しいのキラーイ。魔法はね——」

「ま、魔法は——」


 同じ魔法使いだからか、シロが目を輝かせている。両手に拳を握って、サスリカの軍に頼られるほどの魔法使いとはどれほどのレベルなのかと期待に胸を膨らませていた。


「分かんないや〜」

「……へ?」

「え?」


 シロも黒羽も目が点になる。

 シャルロンはこう続ける。


「私、魔法は暇つぶしに好奇心のままに勉強してただけだから、出来ることと出来ないことの差が激しすぎてなんて答えればいいか分からないんだ〜。ん〜、例えば〜、寒さ凌ぎはできるけど暑さ凌ぎはできないし、食べ物は出せるけど機械とかは出せない。バリアーは使えるけど、攻撃魔法も回復魔法も使えない。瞬間移動もムリ。でも自分や他の人や物を宙に浮かべることはできるよ〜。あとはね〜、動物を喋れるようにすることはできないけど、人間くらい賢くすることはできるよ〜。そんな感じ〜」

「……なるほど。分かるような分からないような。じゃあ、ちなみにレベルはどのくらいなんだ? 700とか800とか、数字で表すだろ? ミルならミルだけど」

「999のカンストだよ〜」

「何でそんな高いんだよ」

「私の母国のカレイトンにはね、モンスターがたくさんいるんだけど〜、アタマの上にデッカいキャンディを作って落とすようにしてたらいつのまにかカンストしてたんだ〜」

「なるほど。めちゃくちゃ納得した」


 攻撃系の魔法は使えないと言っていたが、他の能力で補っていたというわけだ。本人は自覚していないようだが。


「シャルロンさんも戦うの?」

「ううん。私は怪我されちゃ困るからってこの飛行船にお留守番。飛行船の周りにバリアーを張って待っててってゼゼルに言われた〜。あと何かあったらデッカいキャンディを落としてって。あっ、ねぇねぇ——」


 また何か思いついたようで手を叩いた。


「トランプしな〜い?」

「修学旅行か!?」


 長テーブルにはもうトランプが用意されている。シャルロンはシロに手渡した。


「だって目的地に着くまであと12時間もあるんだもん。寝るまでにも4時間は暇だよ〜。テレビもつまんないし、やってられないじゃんね〜」

「まあ、確かにそうか」

「ほら、クロちゃんもやるよ!」


 見ると早速シロがトランプをシャッフルしていた。

 なんて呑気なことだろう。でも確かに暇は暇なのだ。黒羽も罪悪感を感じながら一緒にトランプで遊ぶことにした。

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